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<概要>
 ラジウムを含んだ夜光塗料を時計の文字盤に塗る作業をしていた女性従業員に顎の骨の骨髄炎が起きたり、白血病骨肉腫が多発した。筆先を舐めて穂先を尖らせて夜光塗料を塗布していたため、ラジウムを体内に取り込むことになった。ラジウムは骨に集まり易いため、ラジウムからでる放射線により骨に障害が生じたのである。内部被ばくによる障害例としては、トロトラスト、すなわちトリウムからの放射線による肝がんなどの晩発障害と並ぶ代表的な事例である。
<更新年月>
2001年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 時計をはじめ計器の文字盤、夜間の指示標識などに用いられている夜光塗料は現在、化学蓄光顔料が主流になりつつあるが、以前は蛍光塗料に放射性物質を加えたものが利用されていた。蛍光塗料は外部からの光の刺激で発光する。これに放射性物質から放出される放射線の刺激で持続的に発光するようになり、これを自発光塗料と呼ぶ。
 放射性物質としてはラジウム(226Ra,228Ra)が1900年代の初めからアメリカで主として夜光時計用に用いられていた。使われていたラジウムの量は1個当たり3.7キロベクレル(kBq)から100キロベクレル程度と言われている。夜光時計を製造していたのはラジウムダイアルペインターと呼ばれていた女子作業員で、とくに、抜歯をした後に顔が腫れたり、貧血、白血球の減少、感染症などで亡くなる人も出た。その後、しばらく経ってからも骨がんや骨折が多発した。1929年、MartlandとHumphriesは骨肉腫の発生を報告し、その後数多くの障害が明らかにされた。
 原因については初め不明であったが歯科用のフイルムなどを用いてラジウムの放射線によるものであることが明らかになった。これは、ラジウムを含む夜光塗料を文字盤に塗布する際、筆の穂先を尖らすために唇で舐めながら作業をしたのでラジウムを体内に取り込むことになったのである。
 ラジウムはカルシウムと同じアルカリ土類元素で化学的性質が似ている。そのため、カルシウムが多い骨に沈着し、骨の放射線障害を起こしたのである。
 ラジウムダイアルペインターは数千人に及ぶとされ、多数の犠牲者が出た歴史的な事例である。アメリカのこれらのラジウムペインターはその他のラジウムを含む夜光塗料産業の作業員やラジウムを取り扱う化学者達と共にアルゴンヌ国立研究所のCenter for Human Radiobiologyに登録され、追跡調査されている。ラジウムによる被ばく登録者は3800人、このうち2800人が夜光塗料産業関係者である。
 Barrerは、150例について調査し、そのうち3人に骨腫瘍を見付けた。また、死亡した女性の190人の死亡診断書を調べたところ64人(33.7%)に悪性腫瘍が記載され、そのうち16人は骨腫瘍と骨膜の腫瘍であった。
 Curieによってラジウムが分離されて間もなく、短寿命の224Raが骨に集まるという性質を利用して、結核や強直性脊椎症の治療に反復投与が試みられたり医療への利用が行われた。この時代は晩発障害という考えはなく早期の副作用のみを注目していたので1回に5〜200μg,全量で1000μgも投与された。1920年代になって、骨髄死が多発したことからラジウムの投与が問題とされた。ラジウムからのα線による内部被ばくが原因である。約2000人の投与患者のうち53%に骨肉腫の発生を見たというスピースの報告のあと、線量効果関係については、Rowlandの解析により 図1 のような直線関係を示す結果となった。
 Rowlandによると被ばく線量と発がんとの関係は 図2 に示すように1000ラドを超えると発がんが急に増加する。なお、骨のがんは一般に極めて悪性なため発生率は死亡率と同じと考えてよい。
 この事例は後に骨親和性の高い人工放射性核種90Srや239Puなどの体内挙動を明らかにするのに大いに役立った。放射線照射の晩発影響の存在を人類に教えた貴重な具体例である。
 ラジウムによる放射線障害が明らかにされて以来、自発光塗料に用いる放射性物質は安全性を重視して、α放射体からβ放射体へ、さらにエネルギーの低い核種半減期の短い核種へととって替ってきている。( 表1
<図/表>
表1 夜光塗料に使用される放射性核種
表1  夜光塗料に使用される放射性核種
図1
図1
図2 米国の
図2  米国の

<関連タイトル>
内部被ばく (09-01-05-02)
放射線の晩発性影響 (09-02-03-02)
トロトラストによる放射線の晩発障害 (09-03-01-11)

<参考文献>
(1) Spies,H.,: Radium-224 Induced Tumars in Children and Adults,In Delayed Effects of Bone Seeking Radionuclides, p227-247,Univ. of Utah Press,1959
(2) Martland,H.S.,R.E.Humphries:Osteegetic Sarcoma in Dial Painter using Luminous Paint,Archives of Pathology 7,406-417,1929
(3) Rowland,R.E.,et al.:Current Status of the Study of Ra-224 and Ra-226 in Humans at the Centar for Human Radiobiology, Health Physics,35,159-166,1978
(4) 松岡 理:放射性物質の人体摂取障害の記録、日刊工業新聞社、(1995)
(5) 渡利一夫、稲葉次郎編、放射能と人体、研成社、(2000)
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