<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 二酸化トリウムコロイドを主剤とするX線 造影剤トロトラストは、わが国では広島、長崎の原爆に次ぐ大規模な放射線による健康障害をもたらした。体内に注入されたトロトラストは肝臓や骨髄などに沈着しα線を長年月にわたって放出する。数十年経過後、肝がん、肝硬変や白血病を発症し、死亡率も高いことが明らかにされている。
<更新年月>
2001年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 1895年、レントゲンによってX線が発見されて間もなくX線の透過力と写真作用は1915年頃から病気の診断に利用されるようになった。鮮明なX線写真を得るために造影剤が用いられるがヨウ素系の造影剤にくらべて、二酸化トリウム(ThO2)はきわめて勝れていることが明らかになった。当初は血管塞栓や痛みを伴うことが問題になったが、1929年にドイツのハイデン社が、二酸化トリウムのコロイド状水溶液を開発し、「トロトラスト」という商品名で市販された。気管支、肝臓、ひ臓および血管の造影に威力を発揮し、1930年以降ドイツを中心にポルトガル、デンマーク、スウェーデン、日本などで広く使われるようになった。
 トロトラストは、30〜100オングストローム(平均55オングストローム、1オングストローム=0.1nm)という微細で均一な二酸化トリウム(25%)に安定剤としてデキストリン(20%)などを加えたコロイド状水溶液である。
 血液内に注入されたトロトラストコロイドは血管内を循環した後、網内系細胞に異物として取り込まれ、その後、肝臓、ひ臓、骨髄に蓄積される。トロトラストは殆ど排泄されないので長期間トリウムからのα線や娘核種からのγ線照射されることになり、肝がん(癌、ガン)や白血病を誘発するのである。初めは血管内に使用してもアレルギーなどの早期の障害が認められなかったことから血管造影剤として利用され、威力を発揮した。とくに、これまで注入時の血管痛のため不可能とされていた脳血管造影が可能になった。世界各国で広く用いられるようになり、その数は数万に達するという。
 1942年、Wohlwillはトロトラスト血管内注入者に発生した急性白血病を初めて報告したが、その後、肝硬変、肝血管肉腫、白血病などが続出した。これらの報告を受け、放射線防護の立場から ICRP、IAEA、WHOは各国に呼びかけトロトラスト晩発障害の共同研究が始まった。
 血管内注入例における二酸化トリウム(ThO2)の臓器別分布は 表1 に示すように肝臓に最も集まる。 図1 はトロトラスト障害の肉眼像と電子顕微鏡像である。
 トロトラスト障害は、X線やγ線にくらべてRBE(生物効果比)の高いα線障害であり一般の放射線障害でのそれと比較する時は線質の違いを考慮しなくてはならない。また、トロトラスト顆粒の巨大化に伴う問題がある。すなわち、自己吸収および臓器内の不均等分布による局所的な大線量被ばくの問題もある。
 血管内注入で臓器および組織がトリウムとその娘核種から放出される放射線を吸収する線量はα線オートラジオグラフィー法、α線スペクトロメーター法、γ線シンチレーションスペクトロメーター法などで調べることができる。現在、国際的な標準法としてα線シンチレーションスペクトロメーターで測定したトリウムおよびその娘核種のγ線の値を各種の要素を考慮して補正しα線の値を求めている。
 表1は各国における調査結果で対象者、注入理由となった疾患や注入量が異なるので厳密な比較はむつかしいがいずれも生存率の低下が明らかである。
 わが国のトロトラスト血管内注入例で肝線量率と悪性腫瘍発生数、死亡までの期間を 表2 に示す。ドイツの研究でも注入量もしくは肝線量率が増大すると、肝悪性腫瘍で死亡するまでの期間が短縮することが認められた。
 わが国のトロトラスト血管内注入例における累積死亡率および累積死亡数の経時変化を 図2 に示す。
 トロトラスト注入から死亡までの期間は 表3 に示すように肝線量率が増大すると、期間が短縮する。
 また、各国における血液疾患の発生数と発生率は 表4 に示すようにかなり高いことも明らかにされている。
 トロトラストの使用が中止されて長い年月が経過しているため患者の数や実態は不明な点も多いが、現在でも研究は続けられている。
 なお、トロトラストは、がん抑制遺伝子P53に突然変異を起こしてがんを発生するといわれている。また、精巣にも沈着し、父親の精子の遺伝子を傷つけた影響が子供たちに伝わる恐れも指摘されているが、今後の課題であろう。
<図/表>
表1 トロトラスト血管内注入例における二酸化トリウム(ThO
表1  トロトラスト血管内注入例における二酸化トリウム(ThO
表2 トロトラスト投与患者の調査結果
表2  トロトラスト投与患者の調査結果
表3 わが国のトロトラスト血管内注入剖検例での肝線量率、肝悪性腫瘍発生数および注入より死亡までの期間の関係
表3  わが国のトロトラスト血管内注入剖検例での肝線量率、肝悪性腫瘍発生数および注入より死亡までの期間の関係
表4 各国のトロトラスト血管内注入例中での血液疾患の発生数と発生率
表4  各国のトロトラスト血管内注入例中での血液疾患の発生数と発生率
図1 トロトラスト障害の肉眼像と電子顕微鏡像
図1  トロトラスト障害の肉眼像と電子顕微鏡像
図2 トロトラスト患者の肝がんと白血病の発生
図2  トロトラスト患者の肝がんと白血病の発生

<関連タイトル>
放射線の晩発性影響 (09-02-03-02)
夜光塗料による放射線がんの発生 (09-03-01-10)

<参考文献>
(1)森武三郎:トロトラスト晩発障害、現代病理学大系10B,中山書店、(1990)
(2)松岡理:放射性物質の人体摂取障害の記録、日刊工業新聞社、(1995)
(3)The Intetnational Workshop on the Health Effects of Thorotrast, Radium,Radon and Other Alpha-Emitters 1999, Radiation Research,152,(1999)
(4)エックス線造影剤トロトラストからのアルファ放射線による発がん、癌の臨床、(1999)
(5)石川雄一:トロトラストによる肝臓がんの発生、放射線科学、42、430、(1999)
(6)渡利一夫、稲葉次郎:放射能と人体、研成社、(2000)
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ