<大項目> 放射線利用
<中項目> 放射線の理工学利用
<小項目> RIの利用
<タイトル>
放射性トレーサ法の原理と応用 (08-04-03-01)

<概要>
 放射性同位元素(RI)をトレーサ(追跡子、Tracer)として用い、放射性物質の検出感度が極めて大きいことを利用してある系内における物質の移動や分布、化学反応の過程などを調べる方法を放射性トレーサ法という。実験室規模で用いる場合と工場現場や野外で用いる場合とがある。トレーサは、化学反応を追跡する場合には化学的トレーサ、物質の物理的な移動や分布を調べる場合には物理的トレーサと呼ばれる。
<更新年月>
2005年04月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1. 原理・特徴
 トレーサー技術は、わが国では昭和25年ごろから研究に取り入れられるとともに、生物学、農学、林業学、水産学、畜産学、栄養学、環境科学などの基礎的、さらには応用研究に幅広く用いるようになっている。
 放射性トレーサ法(RIトレーサ法)は、トレーサとして添加した放射性同位元素(RI)の放射能を測定することによって、目的とする物質の移動や分布を追跡する方法である。RIトレーサ法の特徴は、追跡する放射性物質の検出感度が極めて大きいため、極微量のトレーサで検出可能であり、また対象物によっては非破壊でリアルタイム計測が可能である点にある。用いられるRIトレーサには化学的トレーサと物理的トレーサがある。化学的トレーサでは、RIまたはそのRIで標識した化合物が追跡されるものと同じ化学挙動を、また物理的トレーサでは、同じ物理的挙動をしなければならない。RIトレーサ法では、追跡される元素の放射性同位体を用いることが多いが、両者の質量数の差によって挙動の差がみられることがある。この差を同位体効果(isotopic effect)といい、質量の小さい元素ほど、この効果は大きい。RIトレーサ法の選定や調査にはこれらの点に注意する必要がある。
 参考までに具体的な原理の例として、化学的トレーサの例を2つ示す。
1)元素Aと元素Bが化合する反応で元素Aを未知の量とした場合に、RIで標識した元素B*の既知量と化合したとすると、
  A+B*=AB*
で、元素Aの量を知ることができる。
2)希釈分析と呼ばれる方法では、定量すべき物質の量Wxが未知の場合にRIで標識した比放射能S1、質量W1の同じ物質を添加して比放射能がS2になったとすると、
  Wx=(S1/S2-1)W1
の関係からWxを求めることができる。
2. RIトレーサ法の利用法
 RIは、その量が極めて微量であっても、放射線を検出することにより高感度でその存在と量を知ることができるため、さまざまな分野で利用されてきている。 理工学分野では、流速や流量の測定(原理を図1に示す)でのほかに混合、漏れ、摩耗などの測定に対して、物理的トレーサとして利用されると共に、化学反応中の原子・分子のトレーサとして拡散現象や吸着反応による表面現象、化学工程中の反応機構の解明などに化学的トレーサとして利用されている。また、以前には金属中の拡散や合金の研究にも多く利用された。
 農業においては、養分の吸収がどのように行われているかをRIで調べて、植物の生育機能や効率的な施肥法の開発が行われている。
 医学、生物学の分野においては、動物や植物実験にRI標識化合物を用いて、機能や代謝を調べたり、オートラジオグラフィ(標本中のRI分布を、放射線の感光作用によって標本に密着させたフィルムに記録する方法)により、組織や器官での分布を調べるなどの利用が多く見られる。その他インビトロの検査(生体の反応や機能を試験管内で検査する方法)で行われているラジオイムノアッセイ法(インビトロ検査により生体中の物質挙動を調べる方法)もRIトレーサの原理によるものであり、核医学診断で行われているシンチグラフィ(体内のRI分布を撮影する方法)やポジトロンCT陽電子の消滅放射線を同時計測することで体内の放射能分布を測定する方法)なども広い意味でのRIトレーサの応用である。
 特に最近目覚ましい発展を遂げつつある分子生物学、遺伝子工学への利用など、より複雑で高度な利用技術が開発され、関連産業の発展に大きく貢献している。
3. アクチバブル・トレーサ
 RIトレーサの利用形態には、実験室規模で用いる場合と、工場現場や野外で用いる場合とがある。実験室外のプラントや工場現場および野外でのRI利用は、今でも使われている国も多いが、わが国では法的規制の問題から現在ではあまり行われていない。
 このような場合、非RI(安定同位体)物質をトレーサとして用い、対象とする工程・過程において採取した試料を放射化分析することにより、その存在量を求めるアクチバブル・トレーサ法が用いられる。アクチバブル・トレーサによく用いられる元素や放射化した時の生成核種などを表1に示す。
 応用例としては、ヘリコプタで散布された農薬の分布や拡散状況の調査の他に、ダムの水漏れを検査したり、海水、河川水、大気など移動する様子を調査するのに利用されている。天然に存在しない希土類元素であるユーロピウム(Eu)をサケの餌にごくわずか混ぜ、日本の川に放流された稚魚がどのように回遊し、どの程度の割合で帰ってくるかを調査した例は特に有名である。図2参照。
4. 工業利用での具体的な利用—自動車産業分野—
 自動車産業は鉄鋼、化学、石油産業はもとより、電気、機械産業など多くの分野を含んだ総合産業であり、そこに必要とする技術の範囲は非常に広い。よってRIトレーサ利用も多種・多用である。ここでは、自動車開発を進める上で特に有効なトライボロジー分野(摩擦・摩耗、潤滑に係わる技術分野)への利用例について紹介する。
 トライボロジー分野での最も代表的なものは摩耗測定への利用である。RIトレーサ法による摩耗測定は、対象とする部品(ピストンリング)に原子炉による中性子照射し、放射化する。あるいは、サイクロトロンなどの高エネルギー加速器で荷電粒子(プロトンやデュートロンなど)を衝撃させ放射化する。この時起こる核反応で生成したRIをトレーサーとして利用する。すなわち図3に示すように、放射化部品を実用機械(例えば、自動車エンジン)に組付け、外部に設けた放射線検出器で、部品の摩耗による放射能変化を測定し、検量線を用いて摩耗の度合いを定量化するものである。測定結果の一例を図4に示すと共に、トランスミッションでの摩耗試験時の様子を図5に示す。
 高感度(サブミクロンの検出が可能)で、かつ実機での非分解リアルタイム測定できる点が大きな特徴である。特に加速器による荷電粒子放射化分析法は、表面層だけを放射化することから薄層放射化法と呼ばれ、ほとんどの金属材料に適用可能で、かつその放射能も37kBq〜1.85Mbq(1〜50μCi)で十分であるため、安全性は高く現在の主流である。また、エンジン油消費測定では潤滑油をRIで標識し、図6に示す方法などで、運転に従って排出される排ガス中の極微量の放射能強度を測定をすることにより、リアルタイムに油消費を求めたり、消費された油の未燃油量の測定に利用されている。高感度であるため図7に示すような油消費特性も容易に分かる。また分離測定が可能であることから、消費経路毎や気筒毎の油消費を知ることができる点が大きな特徴である。
 前述のように、ピストンリングの一部を放射化し、エンジン外部に設けた複数の検出器により、その回転挙動を測定したり、油や燃料をRIで標識し、シール部からの微少な漏れや狭隘部からの混入量の測定などに利用されている。
 RIトレーサの中には、他の機器分析技術が進歩した現在、ほとんど使われなくなった技術もあるが、ここで述べたものは、他の方法では得られない現象が把握できるため、設計面での効率的な見直しが可能となり、信頼性向上、メンテナンスフリーなどの顧客ニーズおよび低燃費、低公害化などの環境保護、省資源のニーズに対応した開発に有効に利用されている。
5. おわりに
 RIトレーサ法は非密封RIの使用であり、わが国では「放射線障害防止法」の規制対象となるため使用許可が必要で、法を満足する設備、施設および管理体制の中で行う必要がある。諸外国におけるトレーサ利用状況もわが国とほとんど変わらないが、日本の規制に比べかなり合理的であるためその利用は多様で活発である。
 特に極微量放射能に対する規制外での利用、および廃棄物の合理的な取扱いなどが行われており、利用しやすい環境になっている。わが国においてもRI利用技術の正しい理解が進み安全でかつ合理的な考え方が普及し、利用環境が整備されてゆけば、さらなる進展が期待できる。
<図/表>
表1 アクチバブル・トレーサに用いられる元素と生成核種
図1 流速、流量の測定方法
図2 アクチバブル・トレーサ法による鮭の回遊調査
図3 RIトレーサ法による摩耗測定法
図4 ピストンリングの初期摩耗測定結果の一例
図5 トランスミッション部品の摩耗試験時の様子
図6 RIトレーサ法によるエンジン油消費量の測定方法
図7 エンジン油消費特性の一例

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<関連タイトル>
放射線利用の概要 (08-01-04-01)
放射線による植物機能の解明 (08-03-01-05)

<参考文献>
(1)小林 昌敏:放射線の工業利用(1977)
(2)日本アイソトープ協会:アイソトープ手帳 改訂9版(1996)、p.107
(3)朝倉書店:放射線応用技術ハンドブック(1990)
(4)日本アイソトープ協会:放射線のABC(1990)、p.29
(5)山本 匡吾:RADIOISOTOPES,Vol.46,No7,p.56-63(1977)
(6)日本アイソトープ協会:やさしい放射線とアイソトープ、初版(1986)、p.69
(7)日本原子力産業会議:放射線利用における最近の進捗、平成12年6月
(8)日本原子力学会(編):原子力がひらく世紀、2004年3月
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