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<概要>
 生きた植物中を実際に水や元素が動く様子を、植物の外から画像として得るためには、水や元素を放射性同位元素(アイソトープ)で標識することが必要である。アイソトープから放出される放射線を植物の外から測定することができるからである。そのためにはガンマ線ベータ線、ならびに陽電子放出核種の利用が有効である。陽電子放出各種を利用した画像解析は、医学分野ではPET (Positron Emission Tomography:陽電子放射型断層影像法)として広く利用されているが、植物にはほとんど応用されてきていない。しかし本手法を植物のような平面状のものの画像取得に応用する際には装置の工夫と問題点の認識が必要となる。ベータ線放出核種では、トリチウム3H)のようにベータ線エネルギーが低いと植物の外からの計測ができないので、ある程度高いベータ線エネルギーを持つ核種の利用となるが、放射線で得られる画像は高い分解能と定量性を持たせることができる。
 ここでは、陽電子放出核種を用いた植物中の水動態ならびにベータ線放出核種を用いたイメージングについて紹介する。
<更新年月>
2007年02月   

<本文>
 植物における水や水に含まれる元素が移動する様子を捕らえることによって植物中の水の挙動や植物中の微量元素の挙動を知ることが出来る。
 陽電子(ポジトロン)放出核種は物質の中を進み、エネルギーを消滅する時に互いに反対方向へガンマ線(0.511MeV)を放出する。このガンマ線を計測すると植物中の水の動きをリアルタイムで画像化することができる。日本原子力研究開発機構で開発された装置の概要を図1に示す。植物を2つのガンマ線検出器に中間に固定し、陽電子放出核種で標識した水を植物に吸収させると、ガンマ線の計測を通してリアルタイムで水の動きをイメージとして捉えることができる。また、根から吸収された陽電子放出核種がエネルギーを消滅する際に生じるガンマ線の分布を測定することができる。図2(A)は、大型検出器(面積5cm×15cm)を用いてダイズを測定する時の検出器部、図2(B)は小型検出器(面積2mm×2mm)を用いたシステムの写真である。
 開発されたガンマカメラ(微小のシンチレーション検出器を連結したもの)の分解能は、2.4mmであり、各細胞を調べるのにはまだ不十分である。したがって、現在では植物の組織レベルの研究が主体となっている。なお、本装置では陽電子が植物の組織内で完全にエネルギーを消滅しない可能性があるため、植物試料はアクリル板などに固定した方が良く、片側だけでも厚さ2〜3mmの板があると陽電子が消滅しないで突き抜ける割合を少なくすることができる。しかし、生きた植物試料ではアクリル板などへの固定により植物の活動が変化する場合がある。計測値の定量性を追求するためには、組織中の放射能を別途Ge半導体検出器などを用いて測定する必要がある。実際に植物試料の像を得ると、特に通常厚さが1mm以下である葉ではポジトロンの抜けの割合が高いので、主に厚さのある茎の像が得られ、厚さの異なる各組織間の計測値を比較することは非常に困難である。そこで、定点における放射能の時間変化を調べることが最良の利用法である。
 以上のように、ポジトロン放出核種を用いるイメージング・計測においては、ア)組織の厚さによりポジトロンが抜け出るので(ポジトロンの抜け)どの位計測値が減少するのか、イ)キャリアーフリーのポジトロン放出核種の場合にはキャリアーの添加が必要である、ウ)利用するポジトロン放出核種の娘核種もポジトロン放出核種の場合には両核種の割合はどの位か、エ)生きた試料の場合には測定中の環境(照度、温度、湿度など)を整える必要がある、などの問題点をクリアしなければ定量的な計測のみならず、定性的な結果を得ることはできない。しかし本手法の最大の利点は、イ)非破壊測定であることから生きた植物の活動をリアルタイムで測定することができる、さらに、ロ)利用する陽電子放出核種は半減期の短いものが多いため、同じ植物を用いて何回も実験を繰り返すことができる、ことである。
1.18F核種によるイメージング・計測
 ヘリウムを加速し水を照射すると16O(α,pn)18F反応により、水分子を構成するの酸素原子の一部が陽電子放出核種である18Fに変換される。例えば、日本原子力研究所高崎研究所(現;日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所)のAVFサイクロトロンで約40分間Heを照射すると水6g中に10MBqほどの18Fが生成される。そこで植物に18F−水を与えると、水はまず地上部の最下部の茎を通りその上の節に一旦留まるが、またその上の茎、次に葉へと移動していくことが連続画像として捉えることができる。連続した放射能の積算画像から任意の点におけるガンマ線強度を測定すると、その箇所の経時的な18F−水分量の変化が求まる。
 例として、ササゲは、食用として栽培されているマメ科植物中、乾燥下で最も高い光合成を有し、インドやアフリカなどアジア・アフリカの半乾燥地の重要な穀物である。しかし、なぜ乾燥に耐性であるかについての研究報告は極めて少ない。ここではマメ科のササゲを用いた実験例を示す。ササゲは茎の一部が貯水組織として機能していること、乾燥処理下でも他の植物と比較して光合成能が高く、また葉の水分ポテンシャルも高く維持されることが知られている。18Fで標識した水をササゲおよびインゲンに1分間だけ吸収させ、水分動態をPETISで測定し、ササゲとインゲンの18F−水の吸収動態を比較すると、乾燥処理下でも18F−水吸収活性が非常に高く維持されることが示された(図3)。また、乾燥に耐性な(Tolerant)ササゲと感受性な(Sensitive)ササゲの吸水過程を比較すると、通常は耐性ササゲの方が吸水量は少ないものの、乾燥処理後には吸水能が約2倍と高くなることを示した(図4)。
2.15O核種によるイメージング・計測
 水そのものの動態を直接確かめるためには、水構成元素の同位体で水を標識する必要がある。酸素原子はそのほとんどが16Oで構成されているが、加速器を利用すると15Oを14N(d,n)15O反応により生成することができる。この15Oは18Fと同様、陽電子放出核種であるため、18Fの場合と同じ測定系を用いることができる。しかし、この方法の最大のネックは15Oの半減期が僅か2分という、非常に短時間なことである。15O標識水を製造するためには窒素ガスを重水素ビームで照射し、生成した15O標識炭酸ガスを15O酸素ガスに変換させ水中を通す。その際の交換反応により生成した15O標識水を植物に吸収させるとその移行過程をイメージングすることができる。しかし、半減期が2分ということは、20分で半減期の10倍、すなわち放射能は210分の1、約1/1000となってしまい測定が困難となる。そのため、減衰しても充分測定できるだけの大量の15O標識水を作ることが必要である。
 ダイズの場合に18F−水と15O標識水の動態を比較すると、15O標識水の動きはゆっくりであることが示される。また、15Oからの放射能が30〜40分も経つとほとんど検出されなくなるため、同じ植物を用いて何回も同じ実験を繰り返したところ、ダイズの水分吸収活性は午後1時〜3時ごろが最も高い時間帯であることも判る。
 ダイズの茎1cmをターゲットとして実際にどのように15O標識水が吸収されるかを調べた結果、常に多量の水が導管から漏れだしまた導管に戻ることが示された。
3.48V核種によるイメージング
 15Oおよびた18F以外にも陽電子放出核種を利用すると同様の実験を行うことが出来る。例として、ダイズのバナジウム吸収の例について示した。バナジン酸はリン酸と化学形態が類似しているので、リンを欠乏させるとバナジウムの吸収量は増加する(図5)。
4.汎用のアイソトープを用いるイメージング・計測
 ポジトロン放出核種は一般に半減期が短いため、製造される場所で実験を行う必要がある。しかし、通常のアイソトープ実験で用いられる市販のアイソトープを用いても十分イメージング・計測を行うことができる。現在アイソトープのイメージングにはイメージングプレート(IP)が用いられているが、IP専用のカセット中に試料を固定するため、同じ試料を用いて更に実験を継続することはできない。そこで平板のシンチレータを用い、アイソトープを吸収させた植物から出される放射線を光に変換して高感度カメラで検出すればリアルタイムの画像を得ることができる。この手法で、45Caなどのベータ線放出核種のイメージを定量的な画像として得ることができる。図6にダイズの根から吸収された32P標識のリン酸が葉に蓄積されていく様子を示した画像を示した。本手法の感度はIPの10倍以上であり、かつ分解能はIPと同等である。
(前回更新:2003年3月)
<図/表>
図1 ポジトロン放出核種を用いた実験の模式図
図1  ポジトロン放出核種を用いた実験の模式図
図2 ポジトロン放出核種を用いた実験装置例
図2  ポジトロン放出核種を用いた実験装置例
図3 ササゲとインゲンの
図3  ササゲとインゲンの
図4 乾燥に耐性および感受性ササゲにおける
図4  乾燥に耐性および感受性ササゲにおける
図5 ダイズにおける
図5  ダイズにおける
図6 ダイズにおける
図6  ダイズにおける

<関連タイトル>
PETの原理と応用 (08-02-01-04)
中性子イメージングプレートとその応用 (08-04-01-02)

<参考文献>
(1)J.Furukawa et al.:Vanadium Uptake Manner and an Effect of Vanadium Treatment on 18F-Labeled Water Movement in a Cowpea Plant by Positron Emitting Tracer Imaging System(PETIS),J.Radioanal. and Nucl. Chem.,249(2),p.495-498(2001)
(2)T.M.Nakanishi et al.:18F Used as Tracer to Study Water Uptake and Transport Imaging of a Cowpea,J.Radioanal. and Nucl. Chem.,249(2),p.503-507(2001)
(3)T.M.Nakanishi et al.:Circadian Rhythm in 15O-labeled Water Uptake Manner of a Soybean Plant by PETIS(Positron Emitting Tracer Imaging System,Radioisotopes,50(5),p.163-168(2001)
(4)K.Tanoi et al.:New Technique to Trace [15O]Water Uptake in a Living Plant with an Imaging Plate and a BGO Detector system,Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry,263(2),p.547−552(2005)
(5)K.Tanoi et al.:Analysis of Potassium Uptake by Rice Roots Treated with Aluminum Using a Positron Emitting Nuclide,38K. Soil Science and Plant Nutrition 51(5),p.715-717(2005)
(6)中西友子:「18F:耐乾植物ササゲにおける水の挙動」、放射線と産業80(1998)、p.21-25
(7)森敏ほか:植物の生理活動研究の手段としてのPET、Radioisotopes、50(2001)、p.408-418
(8)中西友子:放射線を用いた植物試料の水の動態、原子力eye、Vol.46、No.3(2000)、p.84-88
(9)中西友子:放射線イメージング技術の最前線(第8回)、ポジトロン放出核種による植物のイメージング、Radioisotopes、53(2004)、p.343-353
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