<本文>
1.はじめに
自動車産業は鉄鋼、化学、石油産業はもとより電気、機械など広範な関連産業を持つ総合産業である。自動車は非常に多くの部品で組み立てられており、どんなに大きな自動車製造メーカーでもそれらの部品や材料をすべて生産しているわけではない。加工を外部に出すものや、タイヤ、バッテリー、窓ガラス、エアコン、電子制御システムなど、完成した構成部品を購入し、利用しているものも多くある。また、自動車工業で使用されている材料は鉄鋼、非鉄金属、ゴム、プラスチック、紙などさまざまな材料が用いられている。自動車を開発・製造する上で必要とされる技術の範囲は非常に広い。
放射線利用技術もその一つであり、その利用形態も様々である。自動車製造メーカーおよびそこに納入している材料メーカーや部品メーカーにおける放射線利用技術について、既に「自動車産業分野における放射線利用」(<08-04-02-11>を参照)で「加速器利用」、「密封RI利用」および「非密封RI利用」の3つの放射線源の形態に分けて概説されている。ここでは持続可能なモビリティの実現のために大切な環境と品質に関わるものへの利用の中から「第一報」に紹介されていない代表的なものを追加概説する。
2.IGBTの高性能化への利用
地球環境や都市環境に対する新しい自動車動力源としては、バッテリーでモーターを動かす電気自動車、
燃料電池でモーターを動かす燃料電池電気自動車がある。しかし、これらの自動車は単独ではその普及にコスト、走行可能距離、インフラの整備などまだ多くの問題を残している。
こうした中で、今あるエンジンと新しい駆動モーターを組み合わせたハイブリッド自動車が、持続性のある次世代自動車として最も有望視され普及しつつある。いずれにしてもモーターで駆動する自動車には、モーターをコントロールするインーバーター(
図1参照)が使われ、この中に重要な部品として、半導体スイッチであるIGBT(Insulated Gate Transistor)が使われている。このIGBTは、製造過程において
サイクロトロンによりイオン照射することで、エネルギー効率のよい高性能なものが開発され用いられている。IGBTには大電流が流れ、電流に応じて発熱する。
図2に示すように、イオン照射のないIGBTはoffするのに時間がかかり発熱するが、イオン照射するとoff時間が短くなり発熱を抑えることができる。
3.触媒機能のメカニズム解析への利用
自動車の排ガスにはCO、HC、NOxなどの有害成分が含まれている。これらの清浄化において現在最も普及しているのは、触媒を用いる方法である。触媒は
図3に示すように排気系統の途中に装着し、排ガスが通過する際に有害成分を無害化するものである。この触媒開発には分析技術が不可欠であり、放射線を利用した分析機器・設備が有効に利用されている。
ここでは、興味ある最近の利用例として、日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)、ダイハツ工業、豊田中央研究所、東京理科大学の協同研究で、大型放射光施設(Spring-8)の放射光
X線を利用し、新しく開発した貴金属複合ペロブスカイト型酸化触媒が、自動車の排ガス雰囲気の中で、自己再生機能があることを初めて解明したものを紹介する。
現在利用している排気触媒の大部分は、アルミナなどの
担体の表面にPd、Pt、Rhなどの貴金属を保持させている。そして触媒機能が長時間維持できるようにいろいろと工夫されているが、エンジンの運転に伴う高温・酸化還元の極めて煩雑な厳しい環境変化の中で使用されるため、貴金属粒子が担体の表面を合体、移動することにより、粒成長が起き、触媒機能の低下は避けることが出来なかった。
このような背景から新たにナノテクノロジー技術を駆使してペロブスカイト型酸化物にPdを複合させた新しい自動車用インテリジェント触媒(LaFe0.57Co0.38Pd0.05O3)が設計・合成された。この新しいインテリジェント触媒中のPd原子の挙動を排ガスが酸化還元変動を繰り返す環境下で、放射光X線(X線異常散乱)を利用した結晶構造解析により明らかにした。その結果、
図4に示すような優れた活性機能により触媒機能が持続されるメカニズムを原子レベルで解明している。
この成果は高価な貴金属の量を大幅に低減できるとともに、触媒開発に半永久的に使える自己再生機能という新しい触媒設計概念を示し、今後の自動車用排気触媒の実用化に大きな指針を与えた。この研究は2002年の英国の科学誌Natureに掲載された。
4.排出微粒子の粒径分布計測への利用
日本では激減したディーゼル乗用車も、燃費がよくCO
2の排出量が少ないことから、地球温暖化問題を重視する欧州では大幅に拡大し、販売比率は50%を越している。新燃料噴射技術などの大幅な進化により、排ガスの規制値をクリア、同時に振動・騒音も大幅に低減している。また、将来の化石代替燃料を考えると、今後ディーゼル車は欧州を中心にさらに広がっていくものと思われる。一方、このような背景の中で今後ディーゼル車に関する厳しい排ガスの規制の導入も予定されている。
ここで問題となるのがPM(Particulate Matter;浮遊粒子状物質)の計測方法である。PMが大幅に減少することが予想されることから、現在の規制で適合とされているフィルタ重量法では測定感度に限界がある。また今後、排出微粒子の研究において、粒径分布計測は欠かせない問題である。自動車排出微粒子の粒径分布を計測する技術には、慣性衝突法、静電分級法、光散乱法、拡散分級法などがある。この中で最近広く使われ始めたものに静電分級法の1つである走査型モビリティ粒径分析器(SMPS:Scanning Mobility Particle Sizer)がある。この装置にはRI(Radio Isotope)である85Krまたは241Amが荷電部に装着されている。装着の外観および静電式エアロゾル分級器の構成図を
図5に示す。
計測原理は粒子が荷電部を通過するとき平衡荷電された粒子は、その粒子径により電気移動度が反比例する原理を応用している。ここで分級された粒子を凝縮粒子カウンタで計測することにより粒子径分布を求める。各種粒子径測定器の較正、フィルタ効率試験、単分散エアロゾル発生器としても利用することができる。最近ではさらに改良され、トランジェトモードでの自動車排ガスの粒径分布を高分解能かつリアルタイムに計測可能な装置も開発されている。
5.その他の分析・計測・観察への利用
自動車には省資源や環境保護をはじめとして、一層の信頼性の向上や快適で安全性が望まれている。これらの要求を満たす自動車を開発・製造する上で分析・計測・観察技術は不可欠である。この中にはX線を利用した装置が非常に多くあり、有効に利用されている。
たとえば材料や部品の
非破壊検査にマイクロフォーカスX線(
図6参照)やX線CT装置などさまざまなタイプのX線透過検査装置、物質の結晶構造の解明にX線回析装置、
残留応力の測定にX線応力測定装置、元素の定性・定量分析に蛍光X線装置、ミクロ領域の元素分析に
X線マイクロアナライザーなどがあり頻繁に使われている。最近では高エネルギーの
放射線発生装置も良く使われている。
また部品のメッキや塗膜の被膜厚さの計測、紛体成形の成形体や焼結体の密度分布計測、特に最近では燃料電池の電解質膜の製造管理にも使われている。これらの中にはX線以外にRIからのβ線や
γ線を利用した装置もいくつか利用されている。一例としてγ線を用いた焼結部品の非破壊式密度測定器の構造を
図7に示す。
6.おわりに
自動車の製造・開発には非常に多くの産業が関わっているので、そこに必要とする技術の範囲は非常に広い。その中で放射線の利用技術は基本的には他の分野での利用方法と同じであり、ほとんどが応用技術と言える。しかし、そこで得られた成果は放射線を用いない他の手法では得られないものが多く一般的に強い影響や印象を与えるものが多い。
<図/表>
<関連タイトル>
工業用ラジオグラフィ(放射線透過試験) (08-04-02-03)
X線による応力測定の原理 (08-04-02-05)
自動車産業分野における放射線利用 (08-04-02-11)
放射性トレーサ法の原理と応用 (08-04-03-01)
<参考文献>
(1)山本匡吾:Isotope News、No.537(1999)、p.12-14
(2)山本匡吾:Isotope News、No.619(2005)、p.10-12
(3)T.Kushida,et al.:IEEE,0-7803-3993-2(1997),p.277-280
(4)M.Harada,et al.:Proc. ISPSD’94(1994),p.411-416
(5)Y.Nishihata,et al.:Nature,11.July(2002)
(6)船戸浩二:自動車技術、59(7)(2005)、p.59-64
(7)山本匡吾:原子力体験セミナー、自動車産業への放射線の利用、RADA(2006.8)、p.1-8
(8)KANOMAX:カタログ(CAT.No.A014)
(9)松定プレシジョン(株):カタログ
(10)クレープゼーゲ(ドイツ):カタログ「ガンマ デンソマット」