<本文>
1.ルミネッセンス年代測定法の原理
自然放射線の
照射効果を蛍光(ルミネッセンス)で検出して被ばく線量を求め、年間線量率を評価して年代値を決める手法である。自然放射線のα、β、
γ線によって生じた電子が、不純物や
格子欠陥に捕獲され蓄積されており、この捕獲電子を熱や光で解放して正孔と結合させて生じる再結合発光を測定し、その強度から
蓄積線量(集積被ばく線量)を求め、自然放射線の年間線量率を別途に評価して年代値を決める(参考文献1−5)。
(a)熱蛍光(TL:Thermoluminescence)年代測定法
長期間、自然放射線に曝され続けてきた鉱物には、放射線の
電離により生じ、不純物や格子欠陥に捕獲された「捕獲電子/正孔」が蓄積している。試料を加熱して捕獲電子を解放すると、電子と正孔は再結合して再結合発光が生じる(
図1)。
硫酸カルシウム(CaSO
4)やフッ化リチウム(LiF)を用いた熱蛍光線量計(TLD)は、この熱蛍光を利用している。この手法を鉱物の自然放射線の線量計測に用いて年代値を求めるのが、熱蛍光(TL)年代測定である。
Danielらが古い地質鉱物で試みたTL年代測定が提案で終わったのは、温度が摂氏200−300度で解放され熱蛍光を出す捕獲電子の寿命はせいぜい百万年以内のためである。長寿命の捕獲電子による熱蛍光は高温で観測され、熱輻射による背景光のため測定できない。
比較的若い考古遺物の土器や焼け石、焼け土のTL年代測定では、製作過程で粘土の焼成時の加熱によって捕獲電子が再結合発光で消え(TL時計のゼロセットと呼ぶ)、その後の自然放射線によって捕獲電子が蓄積する。したがって、測定時の加熱で観測されるTL発光強度は、焼成加熱してからの年代値に比例している。石英や長石粒子のTLは、古代人が火を用いた年代や火災の年代を決めたり、火山噴出物や地熱変質鉱物の熱履歴の研究手法になっている。考古遺物や土器などの骨董品は贋物も多く、TLやOSLなどの科学的手法で真偽判定が行われている。真偽判定は、年代測定よりも容易である(参考文献1、4)。
(b)光刺激発光(OSL)年代測定
自然放射線により生じた捕獲電子は、試料を加熱する代わりにレーザー光など光を照射しても解放され、電子と正孔との再結合発光が生じる(
図1)。この発光を光刺激発光(OSL:Optically Stimulated Luminescence)と呼び、CaSO
4フイルムにレーザー光を走査して被ばく像を得る
イメージング・プレートは、OSLの線量計測への応用例である。
Ugumori and Ikeyaは、CaSO
4イメージング・プレートの開発研究を年代測定へ応用する研究で、秋芳洞の鍾乳石を窒素レーザー光で励起し、発光強度が最近に析出した新しい表面から古い内側になるほど強くなることを見出し、「レーザー年代測定」と命名した(参考文献6)。Oxfordグループは、ウクライナで開発された「太陽光によるゼロセットに基づいた堆積層のTL年代測定」を発展させ、石英・長石粒子を抽出してアルゴンレーザーの514.5nm緑色光刺激で400nm発光を測定してOSL年代測定を確立した(参考文献5)。
捕獲電子のTL信号やESR信号は、太陽光によって完全に消える(退色:ブリーチ)ことがないが、OSL信号強度は試料が太陽光に曝されると秒から分単位で急速に減衰し、20分程度の露光で現在の海浜砂・風成塵と同じ微弱な強度になる。堆積時のOSL信号をゼロとみなし、風成・水成堆積物や遺跡の文化層の年代測定に利用されている。
2.ルミネッセンス(TL&OSL)測定装置と測定データ
TL測定装置:試料を加熱するために試料台にヒーターを取り付け(裏から光で加熱する場合もある)、温度を検出する熱電対と温度コントローラー、光を検出する
光電子増倍管(Photomultiplier Tube:PMT)、出力を記録する記録計またはPCからなる(
図2、
図3)。ヒーターからの黒体放射を遮光するフィルターや目的の波長を選別するフィルターをPMTの前に置く。一定速度で温度を上げて(T=To+at:T 絶対温度、To 初期温度、t 時間、a 定数)、光電子増倍管の電流を計測するか、パルス数で光量子数を検出(フォトン計数)して時間の関数として記録する。
遠隔TL(Remote-TL:R-TL):試料を炭酸ガスレーザーの赤外光や集光した光で離れた位置から加熱し、熱蛍光を測定する(参考文献7)。熱蛍光は全体的に放射されるので、強度は距離の2乗に反比例するが、光学測定は高感度ゆえに十分観測できるので、R-TLやR-OSLは、月面探査ルーバや小惑星探査で活躍すると期待される(
図4)。
OSL測定器:TL測定装置に励起光源をとりつけたもので、光ルミネッセンスの発光効率は試料温度に依存するので、試料台は30−100℃の温度範囲で定温に制御する(
図5)。OSL励起光源はレーザーに限らず、発光ダイオード(LED)も利用されており、刺激光を変調したり、パルスにしてOSLの時間変化を調べる方法もある。自動試料交換の回転ディスク付の試料台があり、付加線量の照射のためにβ線源が付いている。
OSLは、刺激光の波長で次のように略記されている(参考文献1、2)。
赤外線励起発光:IRSL(Infrared Stimulated Luminescence)
緑色光励起発光:GSL(Green Light Stimulated Luminescence)
青緑色光励起発光:BGSL(Blue-plus-green Light Stimulated Luminescence)
天然鉱物の不純物の種類や含有量は千差万別で、波長が異なる幾つもの発光帯があるため、フィルターを通して測定しているTLやOSLの蛍光スペクトルは複雑である。
将来的に外惑星の氷や地球の極域の氷の年代測定を目指した装置も開発され(
図6)、氷の基礎物性の測定が行われた。試料台はメタルデュワー中で液体窒素に浸かっている銅筒上にある。光電子増倍管は冷たい窒素ガスから保護するために周囲を真空に引いてある。
TL曲線とOSL曲線:熱蛍光生成曲線は、発光強度を時間の関数、すなわち温度の関数として示したものがほとんどである。参考までに、断層粘土のTL曲線を示す(
図7)。熱蛍光の強度は、最初は指数関数的に増大(exp(−E/kT))する。ここで温度をT、捕獲電子の活性化エネルギーをE(ev:エレクトロンボルト)、ボルツマン定数をkとする。
TLでは試料を加熱し、寿命が秒の近傍で発光が起こっているので、測定中に熱焼きなまし実験を行っているに等しい。寿命を縦軸半対数に横軸に1/Tにプロットするアレニウス直線にあてはめて室温に外挿し、捕獲電子の寿命(その数倍が年代値の上限値)を評価できる。
蛍光中心を励起すると、刺激光より低いエネルギーの光(長波長の光)が観測される(ストークス・シフトと呼ぶ)。OSLは、放射線よる電子・正孔分離という蓄積エネルギーがあるため、刺激光より発光のエネルギーが大きい。発光強度が最初に強く、少しずつ減衰するOSL曲線を照光—発光減衰曲線(shine down curve)と呼ぶ(
図8)。
付加線量法での非線形の生成曲線の補正:濃度の異なる捕獲中心が複数あったり、格子欠陥間の相互作用があると、TLやOSL発光強度の付加線量依存性は線型ではない。これはスプラリニアリティと呼ばれ、実験的な補正をして正確な年代を得ている(
図9)。
3.ルミネッセンス年代測定試料の採取処理法
太陽に露光しないように注意し、表面層を削り取りって内側の部分を取る。焼土は焼けていない土の混入を避ける。土器や焼石は試料処理前に暗室で表面をダイヤモンドカッターで剥離するか、フッ酸で溶解して内部のみを試料にする。テフラや堆積土は、暗幕で遮光するか、日没後に懐中電灯の薄明かりの下で採取する。
試料処理法:市原、長友らは、試料を適度に粉砕し粒径をそろえ、磁気選鉱で磁性鉱物を除去し、石英や長石を鉱物分離して精度を飛躍的に向上させた(
図10)。広島の原爆被爆の屋根瓦やレンガの石英粒子で、原爆放射線を求める研究も行われている。
粗粒子法では、ふるいと重液分離により粒径100ミクロン程度の石英または長石粒子のみを選別し、表面層を10ミクロン程度エッチングして
α線の照射効果を除去する。
微粒子法では、粒径2−8ミクロンの鉱物を選別して、有機物と炭酸塩鉱物を硫酸や塩酸、または有機酸で除去し、年間線量率にα線量率も入れる。粉末を試験管内の有機溶媒に拡散し、アルミディスク上に沈降させて乾燥した粉末を試料として用いる。粉砕により粒子表面の捕獲電子の一部が消えるので、酸でエッチング(溶解除去)することもある。
縄文土器・弥生土器・埴輪・土師器:ほぼルーチンワーク的に石英粗粒子法や微粒子法の試料処理が適用でき、決まった手順に従って処理をすればよい。ルミネッセンス年代測定研究会も活動し、考古学応用は、奈良教育大、新潟大、岡山理科大で行われている。
4.自然放射線の被ばく線量と年間線量の評価:年代値の誤差
付加線量法:γ線を既知線量だけ照射し、発光量の増大をゼロに外挿して被ばく線量(等価線量DE)を求める。
γ線分光法:
238U、
232Th系列、
40Kの含有量をγ線分光で、KとRbは
蛍光X線や炎光法で定量分析し、試料内部からの年間線量率を求める(Bell,1979,Ikeya 1993)。
α線の年間線量:硫化亜鉛(ZnS)を塗布した透明な樹脂を光電子増倍管の窓に張り付け、その上に現場の土を薄く広げた状態で2〜7日で測定する。
β線の年間線量:高感度のTLD線量計素子(CaSO
4:Tm,CaSO
4:Dy,LiFなどの粉末)をプレス成型して2枚の円盤をつくり土壌や試料をはさみ、2〜4週間後に測定。
外部γ線と
宇宙線の年間線量:α線とβ線を遮蔽する小型容器に高感度TL線量計素子を封入、深さ約50cmの土中に2か月〜1年間埋める。宇宙線は0.15〜0.3mGyで計算。
発掘や調査がすでに完了して現場が保存されていない場合でも試料と遺物出土層の土を数百グラム採取して、水分が蒸発しないように密封してあれば、年間線量率を評価できる。
年代値の誤差:年間線量に関しては、地下水の変動による周辺土壌の含水率の大きな変化は誤差要因となる。宇宙線量の割合は大きくないので、宇宙線強度の変動による誤差は無視できる。年代値(=蓄積線量/年間線量)の精度は、試料の条件と埋没状況によって、土器片5−6個、5−10%; 土壌、5−20%; 多数の試料、2−3% 程度である。
用語解説
単分割(Single Aliquot)法:1枚の試料皿の試料に対し、OSL測定と放射線照射を繰り返す方法。試料皿ごとのOSL信号強度の補正は必要ないが、再照射や測定の影響を含む。
単分割再現付加線量(SARA:Single Aliquot Regeneration Added Dose)法:複数の試料皿の試料に対し、照射や測定前の加熱処理で生ずる感度変化を考慮する方法。
<図/表>
<関連タイトル>
放射線の蛍光作用 (08-01-02-05)
放射線測定による年代推定 (08-04-01-11)
考古学研究への放射線利用 (08-04-01-13)
電子スピン共鳴法による年代測定 (08-04-01-35)
<参考文献>
(1)長友恒人(編):考古学のための年代測定、古今書院(1999)
(2)橋本哲夫:ルミネッセンス(発光)で探る古代情報、新潟日報事業社(2005)
(3)池谷元伺:放射線計測に基づく年代測定法、放射線と産業101(2004)、p.4-11
(4)M.J.Aitken:Thermoluminescence Dating,Academic Press(1985)
(5)M.J.Aitken:An Introduction to Optical Dating, Oxford Univ. Press(1998)
(6)T.Ugumori and M.Ikeya:Luminescence of CaCO3 under N2 laser excitation. Jpn. J. Appl. Phys.19(1980),p.459-465
(7)高木俊二、山中千博、池谷元伺:レーザ加熱による遠隔熱ルミネッセンス、惑星科学6、No.3(1997)、p.181-186
(8)塚本すみ子:光ルミネッセンス(OSL)年代測定における蓄積線量の推定法、放射線と産業101(2004)、p.42-47
(9)高田将志:第4紀試料のルミネッセンス年代測定−その現状と展望、地球26(1999)、p.108-118
(10)塚本すみ子:レスのルミネッセンス年代測定、地球26 (1999)、p.133-138