<本文>
1.はじめに
バイオドジメトリ(生物学的線量測定)は、広義には被ばくした生体の材料を用いて被ばく線量を計測する方法であり、緊急被ばく災害時やその他の不慮の被ばく時の被ばく者の選別と被ばく線量の計測、あるいは医療被ばくや職業被ばくの健康管理のためなどの研究開発が行われている。ここでは医療用具の放射線滅菌や
食品照射など放射線加工処理の分野におけるバイオドジメトリについて紹介する。
医療用具の放射線滅菌が世界的に普及し、食品照射も世界的に実用化が進展しており、照射の有無の検知技術と照射の生物学的効果を確認するため、微生物を使った
照射線量評価法の開発の必要性が高まった。こうしたニーズに応えるため、バイオドジメトリの一種として、滅菌指標菌を使用して放射線照射の細菌・黴に対する影響について、直接確認(生物学的効果を指標として線量を測定)する方法が開発・利用されている。微生物によるバイオドジメトリでは、使用する菌体が小さいため、複数箇所においてあるいは製品の微小部まで、容易に線量分布の測定ができるという利点がある。バイオドジメトリの技術開発が要請された理由として、照射施設が異なると線量均一度や照射条件が異なり、ことに電子線滅菌の場合、透過力が小さいため製品を均一に照射しにくいので、梱包内各部において線量の測定を直接行うことが必要なことが挙げられる。
一方、精度が高いとされる物理的あるいは化学的なドジメーター(線量計)では、生物学的な効果を製品全体にわたって直接確認し難いという短所がある。また、製品の材質に応じた滅菌線量の決定にも、バイオドジメトリは重要な役割を果たし得る。このため、照射依頼者の方でも、製品を梱包した容器の内部に滅菌指標菌を添付し、照射後に滅菌効果を確認することがある。照射施設側でも、これに呼応して滅菌の保証のために滅菌指標菌を用いることが多い。
2.微生物の放射線感受性と照射線量評価
生物の場合には生存率から線量を評価するので、多くの要因による生存率の変動を考慮する必要があり、物理的線量計や化学線量計に比べ精度が低いとされてきた。例えば、
図1に示すように、微生物の放射線感受性が微生物の種類や照射条件によって著しく異なるとされてきた。この中で、有芽胞細菌であるバチルス・プミルスの胞子(芽胞)は乾燥下でも水の存在下でも放射線感受性はほとんど差が見られない。
添加物の種類によりバチルス・プミルス胞子の放射線感受性は異なる。
図2−1および
図2−2に示すように、ペプトンやグリセリンのような添加物が共存すると、電子線照射と
ガンマ線照射のいずれの場合にも、無添加の場合に比較して照射線量が大きいにもかかわらず、菌の生存率が高いという傾向が認められる(酸素の供給を遮断し、過酸化物の発生・影響を防止する効果によるものと推定されている)。一方、この菌の胞子の放射線感受性は、
図3に示すように、ガラス繊維濾紙上、添加物(ペプトンおよびグリセリン)が共存しない状態で乾燥・照射すると、ガンマ線と電子線での差が認められない。
このように、微生物等の放射線感受性は、一定の条件で行うと再現性のある結果が得られ、物理的線量計や化学線量計と高い相関性を示すものである。有芽胞細菌の中でも、バチルス・プミルス胞子は取り扱いが簡単であり、再現性のある値が得られ、しかも放射線量測定に有利な放射線耐性が適度にあるため、高線量照射のバイオドジメトリに多く用いられている。乾燥条件下では、バチルス・プミルス胞子は長期にわたり安定であり、酸素や水分透過性のない包装材で密封しておけば、数ヶ月間その活性を安定に保存できる。
なお、胞子を形成しない細菌の中にも添加物共存下で乾燥して密封しておけば、数ヶ月安定な菌種があり、0.5〜10kGyの線量測定に利用可能である。
3.放射線加工処理における指標菌の利用
医療用具の放射線滅菌指標菌として、有芽胞細菌のバチルス・プミルスが多くの国で用いられている。バチルス・プミルス胞子の放射線感受性は、
図3に示したように、ガラス繊維濾紙の上で添加物が共存しない状態で乾燥・照射すると、ガンマ線と電子線での差は認められず、生存曲線の直線部で90%殺菌するのに要する線量は1.6kGyである。
具体的には、滅菌工程管理に用いられる滅菌指標菌試験片は、濾紙片(2×4cm)に胞子を約1×10
6個塗布・乾燥して作成し、梱包した製品の内部に添付して放射線で滅菌処理する。この後、試験片を液体培地に投入し数日間培養して、菌の
増殖の有無より滅菌効果を判定する。もし、製品が必要線量照射されていない可能性がある場合には、指標菌をさらに平板寒天培地に塗布して生残菌数より製品が受けた照射線量を推定する。
医療用具の滅菌指標菌による放射線滅菌の確認は、滅菌を保証する上で重要である。また、複雑な形状の製品内の滅菌効果を確認するために、バチルス・プミルスの胞子を製品の内部に加え乾燥し、照射後の生存率の分布または無菌試験により滅菌効果を確認することができる。
食品照射の場合には、製品各部における照射の有無の判別(検知法)が重要である。現在のところ、香辛科等の乾燥食品の場合にはサーモルミネッセンス法(熱発光線量測定法)が有望である。鶏肉等では骨片や砂などに残存する
フリーラジカルの量をESR(Electron Spin Resonance:電子スピン共鳴吸収)法で測定する方法が有望であるとされている。しかし、照射の有無に関する検知法では、熟練者による測定が必要であり、計測機器類も高価で、製品各部における正確な
吸収線量を測定することが困難な場合が多い。このため、食品照射の場合にも指標菌を使用したバイオドジメトリによる照射線量の保証が必要になる。このような食品照射の場合には放射線に感受性の高いシュウドモナス・フローレッセンスなどの細菌が有望と考えられる。
<図/表>
<関連タイトル>
放射線による医療器具の滅菌 (08-02-03-01)
食品に対する放射線照射(食品照射) (08-03-02-01)
放射線事故時の線量評価におけるバイオドジメトリーの適用例 (09-02-03-08)
放射線感受性についてのブロスの説 (09-02-07-05)
<参考文献>
(1)伊藤 均:電子線の殺菌・滅菌効果、医科機械学、60、469(1990年)
(2)伊藤 均、飯塚 廣、岡沢 精茂、渡辺 宏:放射線抵抗性細菌 Pseudomonas radioraの放射線感受性と放射線損傷からの回復、農化誌、46、127(1972年)
(3)藤巻 正生(監修):食品照射の効果と安全性、p111-135、日本文化振興財団(1991年)
(4)伊藤 均:放射線殺菌と食品の安全性、食品と容器 34(12)p134-142、缶詰技術研究会(1993年)
(5)日本原子力学会(編):原子力関係者のための放射線の健康影響用語集(1992年6月)
(6)達家 雅明:次世代バイオドジメトリーの開発研究