<本文>
医療用具の一部である医療器具は、品質確保のために薬事法中の規制に従って製造されねばならない。とくに「医療用具の製造管理および品質管理規制」は重要で、これは医療用具の品質を総合的にかつシステム的に管理するための規則である。この規制は、「医療用具GMP(good manufacturing practice)」と呼ばれているが、罰則規定がなかったため、1994年薬事法が改正された。「医療用具GMPに適合しない医療用具製造業には、その製造業の許可を与えない」という改善が図られた。
さらに、この中に含まれる改正医療用具GMPでは、国際化に対応するために国際標準化機構が制定した品質保証規格ISO-9000シリーズが取り入れられ、かつ、保健衛生上の管理内容が詳しく網羅されている。また、科学的な検証法であるバリデーションの重要性が叫ばれ、滅菌医療用具に滅菌バリデーションの導入が図られ、国際的に通用するものになった。
1.放射線滅菌の方法
放射線滅菌は、化学変化の少ない、滅菌の信頼性が高い、工程管理が容易であるなどの多くの優れた点をもっているため、材料劣化という問題を抱えながらも普及が増大しつつある。医療用具の滅菌における留意事項としては、(1)患者に対する「無菌性の確保」と「残留毒性」についての安全性の保証、(2)滅菌作業における作業者と周辺環境の安全性の保証、(3)地球環境の保全の3点が挙げられる。現行の滅菌方法としては、高圧蒸気による加熱やγ線あるいは電子線など放射線による物理的方法と、EO(エチレンオキシド)などを用いる化学的方法が、その構造や材質にあわせて選択され実施されている(
表1)。
2.滅菌と無菌の概念
滅菌とは、「生きている微生物を殺滅又は除去する行為」をいう。この概念は確率的なものである。つまり、一回の滅菌処理を実施することによって、存在する生菌数が1/10に減少すると仮定すると、毎回1/10であるから、処理回数を重ねても生菌数は毎回1/10づつ減少していくだけで決してゼロ(無菌)にはならない。
生残菌数と
線量の関係は指数関数で表され、式で示される。
Nt=N0x10
−kt
Ntはt時間の処理後に生き残った菌数、N0は初発菌数、kは死滅常数、tは処理量(または処理時間)である(
図1)。
国際的には、滅菌保証レベル(SAL)として10
−6レベルが採用されている。すなわち、滅菌保証10
−6レベルとは、滅菌した個々の医療用具に、1個の微生物が生き残る確率が百万分の1であることを意味する(この状態を事実上無菌とする)。
医療器具の場合、処理によって残存する微生物の生残確率が、10
−3あるいは10
−6となるようにすることを目標としている。製品は現在200品目近くに上り、使用目的によって次のような区分になっている。すなわち、10
−3レベルが採血用具、タンポン、ガウン等、10
−6レベルが人工腎臓透析器、手術・治療用医療用具(注射器、注射針、メス等)である。そして、目的とするこれらの生残確率が得られた時に滅菌が達成されたことになる。
3.バリデーション管理
無菌性が得られたかどうかの判定には無菌試験が適用される。無菌とは、「生きている微生物が存在しない状態」をいう。「生菌が存在していない状態」または「生菌数はゼロの状態」で示され、滅菌とは異なる。付着菌による汚染程度が10
−6以上になることを要求するものについて、対象物の最も滅菌されにくい位置に入れた指標菌のすべてが死滅するのに要する照射時間の2倍を必要な時間として適用する「オーバーキル法」を採用したが、管理基準、操作手順等全体的にかなり煩雑になったので、根本的改善策として科学的検証の手法に立脚したバリデーションの重要性が認識され、急速に国際的な広がりをもって進展しはじめた。その骨子は、いわゆる医療用具GMPの原則に基づいて設定された規格に適合した工程、装置、材料により、製品が設定された基準に適合した品質を保有していることを保証し、文書化して(すなわち、ISOの基本理念)実証することを求められるものである。とくに線量については高精度の線量計による計測値(誤差±5%)が滅菌線量(通常25kGy)を充足しているかについて
査察を受けて確認されることで、滅菌保証の流れは製品に対する線量保証の段階からさまざまなソフト面で充実してきた。
日本では1997年7月に、滅菌バリデーション基準が通達され、1998年5月に、(1)放射線滅菌バリデーションガイドライン、(2)高圧蒸気滅菌バリデーションガイドライン、(3)酸化エチレンガス滅菌バリデーションガイドラインの3つが示された。医療用具関係の品質保証システムは、より完全なものに近づいた。
4.照射装置
γ線滅菌施設の例と電子線滅菌施設の例を
図2に示す
5.滅菌法の占有率と滅菌線量
わが国で生産される滅菌医療用具に占めるγ線滅菌の割合は、1997年の調査時点で50.6%(
図3左参照)となり、酸化エチレンガス滅菌の割合をはじめて上回った。このうちの半分が注射筒のγ線滅菌で占められている。残りは人工腎臓透析器、輸液セット、注射針などである。生産金額レベルで各滅菌法の占有率を推定してみると
図3右のようになる。推定値では、γ線滅菌で56.0%、酸化エチレンガス滅菌で30.1%、高圧蒸気滅菌で9.8%、電子線滅菌で4.1%となる。採用率としては、γ線滅菌は低い値であるが占有率で見ると50%を越え、わが国の主要な滅菌法となっていることが分かる。
滅菌線量を低く抑えることによって、材質劣化や照射コストを抑えることができ、照射品目数の増加が期待できる。
国内で生産される滅菌医療用具等の滅菌法でγ線滅菌法の占める割合は、
図3から明らかなように、滅菌される製品の中で50.6%を占め、体積量に換算して30万立方メートルにもなる。
次に、委託滅菌施設で採用している滅菌線量としては、10-30kGyという幅広い線量が用いられ、医療器具メーカーから依頼される製品の滅菌に幅広く対応している(
図4)。一方、自社滅菌施設で採用している滅菌線量は、3種類で20kGy、25kGy、32kGyである。そのうち20kGy、25kGyの2種類の滅菌線量が米国向け製品や欧州向け製品に採用されている(
図5)。
電子線滅菌では10kGy、15kGy、18kGy、20kGyの線量が採用され、主に、20kGyの線量が利用されている。
これまで、世界各国における必要滅菌線量はイギリス、米国などの25kGyが主流であり、デンマークなどのスカンジナビア諸国は35kGyを採用してきた。この線量の相違は滅菌指標菌のちがいによるものである。多くの国ではアメリカ医療器具振興協会(AAMI:Association for the Advancement of Medical Instrumentation)が制定した規格基準と類似した規制を導入している。
6.放射線滅菌される品目
γ線滅菌される品目は輸入品も含めて
表2に示すとおりである。
電子線滅菌されている医療器具としては、手術用手袋、ナイロン製縫合糸、カニューラ型ディスポーザブル留置針、ディスポーザブル膣鏡、ガーゼ付絆創膏、シャーレ、培養瓶、遠沈管、また不織布製品としてガウン、ドレープ、覆布等がある。放射線滅菌された医療器具類の例を
図6に示す。
<図/表>
<関連タイトル>
放射能 (08-01-01-03)
放射線と物質の相互作用 (08-01-02-03)
医療分野での放射線利用 (08-02-01-03)
放射性医薬品(放射性薬剤)の利用状況 (08-02-04-01)
イスラエル国ソレク原子力研究センターにおける医療用殺菌装置による被ばく事故 (09-03-02-01)
<参考文献>
(1)長倉 邦男:医療用具の放射線滅菌施設の現状と問題点、放射線と産業、No.38, 4−29(1987)
(2)伊藤 均:電子線の殺菌・滅菌効果、医器学、60(10), 469(1990)
(3)AAMI Recommended Practice(日本医療器具学会 訳):医療用具の放射線滅菌に関する工程管理ガイドライン
(4)伊藤 均ほか:制動放射X線によるBacillus族芽胞の滅菌、防菌防黴誌、Vol.19(4), 161−166(1991)
(5)日本アイソトープ協会(編):放射線滅菌の現状と展望(1998年9月25日)
(6)東京都立産業技術研究所(編):滅菌医療用具の市場動向と滅菌バリデーション、平成12年3月