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<概要>
 RIミサイル療法は、がん等の疾病患者に対して、放射性同位体(ラジオアイソトープ)を身体の特定の臓器・組織・細胞に送り込み、その放射性同位体から出る放射線により目的とする細胞(がん細胞等)を選択的に照射、破壊することによって疾病を治療する方法である。その例として、よう素131による甲状腺疾患の治療や、よう素131で標識したがんのモノクローナル抗体によるがん治療がある。特に、身体内に広範囲に転移したがんの治療に効果の高い療法である。
<更新年月>
2010年02月   

<本文>
1.はじめに
 RIミサイル療法は、標的とする身体内の病巣の組織やがん細胞に放射性同位体(ラジオアイソトープ、RI、欧米ではRN)を送り込み、そのRIから出る飛程の短い放射線で病巣の組織やがん細胞を照射することによって、正常な身体組織やがん細胞への放射線の影響を低く押さえながら、目的とする病巣の組織や細胞を破壊して疾患を治療する方法である。RIをミサイル(軍事兵器)のように標的の組織やがん細胞に送り込んで取り込ませ、そこで作用させることからこの名称がある。
 RIを特定の組織・細胞に取り込ませるには、以下の3つの方法がある。第1はRIの元素本来の生理学的特性を利用する方法、第2は特定の組織・細胞に取り込まれやすい化合物(薬剤)にRIを化学的に結合させておく方法(RI標識法)、第3は抗原抗体反応を利用する方法で、まず目的とする細胞(がん細胞)の抗体(モノクローナル抗体)を作り、これをRIで標識する方法である。この第3の方法では特に選択的に目的の細胞に限定してRIを送り込むことができるので、「RIミサイル療法」(RI内用療法)という用語をこの方法に限定して用いることが多い。
2.RIミサイル療法
 ある種のRIは、特異な生理学的性質を有していて、身体内にある特定の組織・細胞に選択的に取り込まれることがある。インビボin vivo)の核医学診断・治療ではこの現象を利用して疾病の診断と治療を行うことが多い。診断の場合は少量のRIを、治療の場合は大量のRIを投与する。典型的な例として、放射性よう素(よう素131)が甲状腺に集まることを利用しての甲状腺疾患の診断と治療がある。バセドウ病患者(甲状腺機能亢進症)や甲状腺がん患者によう素131を投与して治療する試みは1930年代から行われており、現在でも有力な治療法である。バセドウ病患者では投与したよう素131の60〜70%が甲状腺細胞に取り込まれ、残りは尿便中に排泄されるのでよう素131投与による副作用はほとんどない。甲状腺の細胞(異常に増殖し機能が高まった細胞)に取り込まれたよう素131がベータ線を出してその細胞を破壊することにより治療効果が表れる。甲状腺癌の場合も同様である。米国のブッシュ大統領がバセドウ病になった際もこの治療が行われた。
 甲状腺疾患は、東南アジア地域で多発している疾患の一つであることから、国際原子力機関(IAEA)RCA(Regional Cooperative Agreement)では、1994年から甲状腺疾患のよう素131投与治療法の標準化について共同研究を実施している。よう素131は甲状腺由来のがん細胞に取り込まれるので、甲状腺癌が例えば肺等のほかの臓器に転移したような場合にもよう素131投与療法が有効である。
 よう素131と同じくベータ線を放出するRIであるストロンチウム89(89Sr)は骨に集まりやすいので(「骨親和性」という)、骨に転移したがんの治療に使われる。ストロンチウム89はがんの骨転移に伴う骨痛の治療に有効で(表1参照)、一度の静脈注射により3〜6ヶ月の除痛効果が得られる。
3.よう素131標識エピネフィリン誘導体又はよう素131標識モノクローナル抗体を用いるRIミサイル療法
 甲状腺以外の臓器によう素131を運ぶ「運び役」として、(1)エピネフィリン(Epinephrine)の誘導体(MIBG)を用いる方法と、(2)対象が「がん」である場合、そのがん細胞のモノクローナル抗体を用いる方法とがある。
 (1)エピネフィリンの誘導体(MIBG)を用いる方法は、褐色細胞腫、神経芽細胞にMIBGが特異的に取り込まれることを利用している。これらの二つのがんは、肺やリンパ節に転移すると、手術、外部照射放射線療法、化学療法が無効なことが多く、よう素131標識MIBGのミサイル療法が行われ効果をあげている。しかしながら日本ではよう素131標識MIBG療法は、対象患者数が少ないこともあって健康保険の対象となっていないために、患者の経済的負担が大きい。
 (2)がん細胞のモノクローナル抗体は、がん細胞(抗原)に対して「鍵と鍵の穴」の関係に例えられるように特異的に結合するので、よう素131標識モノクローナル抗体は理論的には最も優れたミサイルである。今までのところ、肺がん、大腸がん、膵臓がん、脳腫瘍など、多くのがんに対してモノクローナル抗体が開発されており、これをテクネチウム99m(99mTc)、インジウム111(111In)などのRIで標識したモノクローナル抗体を用いた診断や治療が行われる。このミサイル療法は今までのところ、多くの固型がんでは有効例が少ないが、悪性リンパ腫では優れた成績が欧米から報告されている。この方法の成否は腫瘍細胞とのみ結合し、正常細胞とは結合しないモノクローナル抗体製品の開発・製造にかかっている。
4.疼痛緩和療法
 がんの多くは骨に転移しやすいことが知られているが、骨痛の治療に最も有用なのはストロンチウム89(89Sr)である。ストロンチウム89による骨転移治療は、1942年に前立腺癌骨転移患者に投与し、疼痛軽減に有効であったと報告されたのが最初である。また、すでに海外十数カ国で承認され、米国食品医薬品局(FDA)は、1993年にすべての腫瘍における骨転移疼痛に対して承認をしている。半減期が長いので、外来1回投与で長期に持続する疼痛緩和をもたらしている。わが国でも89Srの臨床治験が終了しており、まもなく一般病院での臨床応用が期待されている。
5.RIミサイル療法の特徴と将来の展開
 RIミサイル療法はRI、RI標識化合物、あるいはRI標識モノクローナル抗体がある特定の組織・細胞に選択的に取り込まれることを利用しているので、標的とする細胞(がん細胞)が全身の臓器・組織に転移し、散在しているような場合でも、正常の組織・細胞に影響することなく、有効な治療が行える(図1参照)。これは手術、外部照射放射線療法、化学療法では得られない、RIミサイル療法独特の利点である。RIミサイル療法実施の手順を表2に示す。同一のRIやRI標識物質を用いてまず、少量投与の全身シンチグラフィにより診断を行って、RIの分布や取り込みの状況を調べ、正常組織への取り込みが少なく病変部位への取り込みが強いことを確認してから、大量RI投与による治療を行うことができるという点で、診断と治療とが有機的に関連付けられていることも特徴の一つである。よう素131、ストロンチウム89、リン32以外の標識用のRIとしてはイットリウム90(90Y)、サマリウム153(153Sm)、レニウム186(186Re)の利用が研究されている。いかに正常細胞を傷つけることなく、がん細胞のみを死滅させるか、腫瘍特異性がポイントとなっている。これらのRIを用いての腫瘍特異性を生かし、正常細胞への副作用を軽減させたRIミサイル療法は今後の可能性が豊かな治療法として期待されている。
<図/表>
表1 RIミサイル療法で用いられるRI標識物と対象疾患
表1  RIミサイル療法で用いられるRI標識物と対象疾患
表2 RIミサイル療法実施の手順
表2  RIミサイル療法実施の手順
図1 RIミサイル療法
図1  RIミサイル療法

<関連タイトル>
放射線によるがんの治療(特徴と利点) (08-02-02-03)
RI小線源によるがん治療 (08-02-02-04)
放射性医薬品(放射性薬剤)の利用状況 (08-02-04-01)

<参考文献>
(1)遠藤啓吾:RIミサイル療法、放射線と産業、N0.71、p34-38(1996)
(2)横山邦彦、絹谷清剛、利波紀久、久田欣一:新しいRI内用療法、Radioisotopes、44、p123-134(1995)
(3)国際原子力機関地域協力協定(IAEA-RCA)第18回Working Group Meeting報告書、IAEA、1996
(4)有水昇、高島力(編):標準放射線医学第4版、医学書院(1992年4月)
(5)木村修治、河野通雄(編):放射線治療学第2版、金芳堂(1996年6月)
(6)木村良子:89Sr骨転移疼痛緩和療法、日本放射線技術学会雑誌、p885-889 、2000年7月
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