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<概要>
 ロシア、東欧などにおける身元不明線源による被ばく事故の発生やテロリストによる「汚い爆弾」の脅威などを背景として、IAEAを中心に国際的な検討が行われ、先進国首脳会談(サミット)において協力体制が確認されている。ここでは、放射線源の現状と国内外のセキュリティに関する動きを紹介する。
<更新年月>
2009年02月   

<本文>
 放射線は、医療、教育、研究および工業、農業などの産業の広い分野で利用され、社会に大きく貢献している。しかし、それらの放射線利用が発展するに伴って、放射線源に関係した事故やトラブルも発生している。
 わが国では、放射性同位元素、核燃料物質等の放射性物質および放射線発生装置による放射線の利用は、原子力基本法に基づく放射線障害防止法および原子炉等規制法のほか、労働安全衛生法、医療法、薬事法等によって規制されている。これらの法令に基づく基準に則って適切な管理が行われている限り、関係者にも一般の人々にも重篤な放射線障害を生ずることがほとんどなかった。しかし、1999年(平成11年)9月に発生したJCO臨界事故の放射線被ばくで2名が死亡したほか、非破壊検査、放射線治療等の現場で放射線被ばく事故が発生している。2000年4月には、輸入された金属スクラップに混入した線源が発見され、その後も国内のスクラップからも放射線源を検出することが起きている。外国では、線源が紛失、盗難などの結果として、身元不明で管理されていない状態になったもの(オーファンソースあるいは身元不明線源と呼ばれている)によって、一般の人々が放射線被ばくで死亡した事故や放射線治療の際に手順の誤りがあって患者が死亡した事故がしばしば発生している。さらに、2001年9月11日の同時多発テロ以降、放射線源のセキュリティが国際的に重要な問題となってきた。
1.国内における放射線源とセキュリティ
(1)放射線源の状況
 平成12年6月にモナザイト鉱石問題が起こり、さらに相次いで放射性同位体の金属スクラップへの混入問題が発生したことに対応して、科学技術庁(当時)において有識者による検討を行い、「放射性物質の適切な管理について」とした報告を取りまとめ、関係省庁が連携して対応を図っている。また、近年の技術進歩や放射線利用の拡大に対応する医療施設における放射線防護については、厚生労働省が「医療放射線安全管理に関する検討会」で必要な検討を行い、進めている。
 わが国において、鋼材の原料となる金属スクラップから放射性物質が検出される事件が和歌山、加古川、水島などにおいて相次いで発生し、大型搬入物の放射線測定など各地で、これまでにない対応に迫られた。一方、日本保健物理学会においても身元不明線源問題を解決するために検討委員会を設置して検討を行い、報告書とともに以下の五つの提言をした(2002年5月)。
(イ)スクラップ業者を対象としたネットワークを構築する。
(ロ)輸入スクラップからの事故防止のため、水際のモニタリング体制を整備する。
(ハ)規制対象の線源については日本アイソトープ協会が回収できる体制を目指す。
(ニ)規制対象外の線源についても通常の廃棄物と同様の扱いとする。
(ホ)警察や消防の関係機関に対して、事件の対応マニュアルを作成し、その存在を公に知らしめる。
である。
(2)放射線源のセキュリティ
 IAEAを中心に国際的なセキュリティに関する検討が行われ「放射線源の安全とセキュリティのための行動規範」(2003年9月)、「放射線源の輸出入ガイダンス」(2004年9月)が決定され、日本もこの行動規範を支持することを表明した。「放射線源の安全とセキュリティのための行動規範」の概要は、次の通りである。
(目的)放射線源の安全とセキュリティを維持し、放射線源へ許可なく近寄ること、破壊活動・紛失、盗難、許可のない移動を防ぎ、被ばく事故の可能性や、人・社会・環境に対して影響を与える線源の悪意ある使用を減少するようにするとともに、放射線に関する事故、悪意ある行動による被ばくによる影響の減少を目的とする。
(適用範囲とカテゴリ)密封線源とし、廃棄処分を目的とした線源と研究炉および発電炉で使用される燃料物質は含まない。安全とセキュリティ対策は、カテゴリ1、2、3が対象となり、輸出入、線源登録はカテゴリ1、2が対象となる。カテゴリ分類は表1に示すとともに、国内で利用される放射線源の利用状況から、各カテゴリに該当する事業所数を業態別に集計したものを表2に示す。
(3)セキュリティ対策に関する動き
 世界同時多発テロ以降、汚い爆弾(ダーティーボム)によるテロの脅威が高まる中、IAEAを中心に国際的な検討が行われ「放射線源の安全とセキュリティのための行動規範」が定められた。また、国連における「核テロ防止条約」の採択とその早期批准に向けた準備が進められるとともに、重要防護対象施設の一つとして、国内の放射性同位元素取扱施設が指定されたことなどから、放射線源の安全とセキュリティに関する検討を進める必要が生じ、放射線安全規制検討会(文部科学省)の下に放射線源の安全とセキュリティに関する検討ワーキンググループを設置して具体的な検討を進めている。
2.IAEAを中心とした放射線源のセキュリティの動き
 2000年5月のIRPA−10(第10回放射線防護学会,広島)においても世界的に金属スクラップ中に放射性物質が紛れ込む事件が発生している。世界的に大きな問題になっていることが報告され、各国での対応が急がれている。いわゆる「オーファンソース:Orphaned Radioactive Source」による放射線被ばく事故がブラジル、グルジア、タイなど世界各地でしばしば問題になったことから、放射性物質と放射線源に係わる関係者が一堂に会して、行動に移す国際会議が企画された。
 1998年9月にフランスのデジョンで、国際原子力機関(IAEA)と欧州共同体(EC)、世界関税機構(WCO)、国際刑事警察機構(ICPO)共催で「放射性物質と放射線源の安全とセキュリティ」に関する最初の国際会議が開催され、80ヶ国から200人以上の安全担当者、規制担当者、税関担当者、法規制当局者などが参加・討議された。この会議を契機に、最も問題になっているオーファンソースへの国際的な取り組みが進められている。その内容は、線源の管理を徹底させることを主眼に、以下の行動計画が実施されている。
1)各国の国内規制システム確立へ放射性物質規制のインフラストラクチャー整備の支援
2)技術的情報提供:使用済み線源管理、リスクに基づく線源の分類
3)異常事態対応の支援:オーファンソース対策、被ばく事故対策、緊急時ネットワーク
4)情報交換:国際会議、地域ワークショップ、データベース開発整備等
5)教育訓練:教材整備、トレーニングコース、各国のトレーニングコース支援
6)国際取決め(Code of Conduct on the Safety and Security of Radioactive Sources)
これらの結果を受けて、IAEAが「放射線源の安全と防護のための行動計画」を進めてきた。
 その後、2000年12月に南米のブエノスアイレスで第2回目の国際会議が開かれ、各国の放射線源の規制担当者が招集されて、先の行動計画の見直しと再確認が行われた。行動計画に基づき、各国の法律や規制のインフラの基本とするための「行動規範(Code of Conduction Safety and Security of Radioactive Sources)」が策定され、その普及のためのワークショップも開かれ、活発な活動を行っている。
 2001年5月には、スウェーデンのストックホルムで核物質のセキュリティに関する国際会議が行われた。
 ところが、2001年9月11日ニューヨークにおける同時多発テロ以降、オーファンソースやダーティ爆弾テロに対する国際的懸念が一挙に高まり、広く民生に利用されている放射線源が悪用されないようにする対策の重要性が強く認識されるようになった。
 2003年3月ウィーンで「放射線源のセキュリティ」に関する国際会議が120ヵ国、12国際機関などから700名以上の出席者で開かれた。会議の中心課題は、オーファンソースについての米−露−IAEA協力のグローバル化と各国の安全規制インフラ整備に向けた規範の策定とIAEAモデルプロジェクトの拡大である。また、会議における討議の要点は次の通りである。(1)高リスクの線源の所在を特定し、線源の製造から処分までの管理の国際協力が必要、(2)放射線源利用者も線源の安全とセキュリティの責任を分担する必要、線源製造者と規制側にも重要な役割がある、(3)高リスクの線源(オーファンソース)の安全とセキュリティに、米−露−IAEA協力がモデルになる、(4)開発途上国の国内体制整備にIAEAの行動規範改訂とIAEA モデルプロジェクトが役立つ、(5)対策が必要な線源の所在の特定とIAEA 行動計画を実施し、長期的に見直しと付加対策を検討すべきである。多くの結論が得られたが、「放射線源の安全とセキュリティを強化する必要がある」という認識について合意が得られている。
 2003年6月、フランスのエビアンで主要国首脳会合(G8サミット)が開かれ、その席上で「放射線源の安全確保」、「大量破壊兵器の不拡散」などに関する首脳宣言が採択された(図1参照)。具体的には、先のウィーン国際会議での結論を踏まえ、G8諸国が放射線源について(1)国内登録、(2)行方不明線源の回収計画、(3)輸出規制の強化、(4)盗難・悪用への罰則、(5)物理的防護と入手管理、(6)使用済み線源の安全な処理、などを行うよう勧告、全ての国に対しては線源管理の強化を求め、線源の場所の特定、回収、安全確保のための国際協力を呼びかけている。
 2003年9月、モロッコのラバトで「効果的で持続性のあるシステムを目指した放射線安全のためのインフラストラクチャーに関する国際会議」が開かれた。
 2003年12月、ウィーンにおいてIAEA原子力セキュリティ諮問委員会(AdSec)が開催され、IAEAの原子力セキュリティ活動計画の実施、IAEA原子力セキュリティに関する文書のレビュー、情報セキュリティ制度の実施について検討された。
 2005年6月、フランスのボルドーで「放射線源の安全とセキュリティ」に関する国際会議が開かれ、行動作業における関係者間の幅広い情報交換が行われた。
 2006年2月、ロシアのモスクワで核や放射線の安全と原子力セキュリティの最近の事例に対する共通の理解を展開することを目的として、有効な核規制に関する国際会議が行われた。
 2007年11月、英国のエジンバラで原子力セキュリティ、諜報機関、裁判官、規制担当者、税関などの関係者の参加のもとに、「不法な核物質売買に関する国際会議」が行われた。
3.IAEAの原子力セキュリティ活動
 IAEAは核物質に関するセキュリティおよび核密輸対策については、核物質防護ガイドラインの作成、核物質防護条約の作成、不法密輸追跡データベース計画など、多くの努力が行われてきた。それに比べると、医療用、工業用線源として使用される放射線源をはじめとする放射性物質に関してのIAEAの努力は、これまで主として放射線安全面からの対策が中心となっていて、系統的なものではなかった。しかしながら国際情勢の変化によって、特に国際テロリストグループの活発化に伴って、IAEAとしては、核物質以外の放射性物質を用いる脅威(たとえば「汚い爆弾」といわれるセシウム・コバルト等の放射線源を通常の爆弾に混ぜて爆発させるRadioactivity Dispersal Device(RDD)への対策を強化する必要が生じている。加盟国から拠出されたNuclear Security Fundを中心とした財源を充当し、組織を整備し、包括的な原子力セキュリティ活動計画を2002年に作成し、2005年にさらに3年延長、実施されている。
(前回更新:2005年12月)
<図/表>
表1 IAEA報告書における線源のカテゴリ分け
表1  IAEA報告書における線源のカテゴリ分け
表2 機器の名称(種類)及び使用目的に基づくカテゴリ分け(暫定評価)
表2  機器の名称(種類)及び使用目的に基づくカテゴリ分け(暫定評価)
図1 放射線源の安全確保に関するG8首脳声明(骨子)
図1  放射線源の安全確保に関するG8首脳声明(骨子)

<関連タイトル>
身元不明線源 (08-01-03-18)
ブラジル国ゴイアニア放射線治療研究所からのセシウム137盗難による放射線被ばく事故 (09-03-02-04)
タイ王国におけるコバルト60による放射線被ばく事故 (09-03-02-17)

<参考文献>
(1) 日本保健物理学会:身元不明線源問題検討委員会報告書(2002年5月)
(2) 梅澤弘一:放射線源のセキュリティに関する国際会議報告、Isotope News(2003年7月号)
(3) 国際原子力機関:国際原子力機関(IAEA)ホームページ、http://www.iaea.org/http://www-ns.iaea.org/
(4) 原子力安全委員会:放射線障害防止基本専門部会、放射性物質及び放射線の関係する事故・トラブルについて(平成14年4月)
(5) 原子力安全委員会:原子力安全委員会定例会議(平成15年6月9日)
(6) 原子力委員会:第19回原子力委員会定例会議資料、「放射線源に関するG8首脳声明(骨子)」、http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2003/siryo19/siryo2.pdf
(7) 文部科学省:放射線安全規制検討会資料(2005年9月12日)
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