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<概要>
 核燃料サイクル技術では、原子力エネルギーの長期的な安定供給と核物質防護の双方を目的として、軽水炉並の発電効率と共に、半減期の長いマイナーアクチノイド(MA)の効率的燃焼と、238UからのPuの増殖比を1.1以上が確保出来る高速炉リサイクルが必要となる。高速炉としては液体金属Na冷却高速増殖炉が、またMOX燃料の再処理には先進湿式再処理法が選定されている。再処理では、核拡散防止、再処理コストの低減および半減期の長いMAの廃棄物への移行の低減等を念頭に、Np等のMAを含有した低除染で低廉なMOX燃料の製造技術と放射性廃棄物へのTRUやFPの移行を低減させる群分離技術が重要となる。その技術開発には、耐硝酸性に優れた材料技術が必要であり、本稿は現行機器の耐久性や安全性の改善に関わる技術的課題と新材料開発の動向を纏めた。
<更新年月>
2010年10月   

<本文>
1.湿式再処理の高度化に必要となる機器材料の高性能化
 現行の商業再処理に至る迄の湿式再処理用の材料技術の変遷は、原子力百科事典ATOMICAの「湿式再処理プロセス用材料」<04-07-01-11>に詳述されている。ピュレックス法の原理に基づく湿式再処理は、英国のTHORPや仏国のUP-2、UP-3等の現行の商業再処理施設、国内では東海再処理施設や六ヶ所再処理施設に適用されている(文献1、2)(図1)。現行では高い除染係数DFでUやPuを別々に分離しているが、将来の高速炉用の低除染MOX燃料用の先進再処理ではDFの低い合理化プロセスが採用される。再処理機器の高経年化に係わる腐食は、沸騰伝熱条件および、使用済燃料燃焼度と共に硝酸溶液中に増大するTRUやFPの酸化剤生成元素の濃度に依存するので、高燃焼度のUO2燃料やMOX燃料では使用済燃料の難溶化や残渣の増大への対応策が重要となる(文献3)(図2図3)。DFの低い合理化プロセスでのTRUの移行の重要度は、現行機器の硝酸廃液工程よりも燃料精製工程の機器の方が高い(文献4)。また、原子力施設では、日本固有の立地条件を考慮した原子力機器の耐震基準の見直しが平成18年11月に施行され、その後の平成19年7月に発電施設で直下型地震が経験された(文献5)。その改訂では、適切な地震力の評価に基づく耐震設計と過渡事象を想定した残余リスクの評価と共に、機器材料に対するLBB(破断前漏えい)の要求が一層明確にされた。湿式再処理機器は、高温高圧の原子炉機器よりも内在エネルギーが小さな常圧や低圧の運転機器で、負圧制御のセル内に設置されており、安全上のリスクが低い(文献2)。一方、複雑な支持構造の槽塔類が多く、硝酸系と加熱蒸気系の多数の配管が接合されており、閉じ込め機能の一層の確保には、局部腐食や環境誘起割れ等の経年劣化型事象が生じ難く、LBB上の機械的特性に優れた高性能材料が必要となる。
2.湿式再処理機器の健全性の確保と材料対策
 TRUやFPを多量に含む硝酸溶液を扱う主要機器には、漏えい、発火・爆発や臨界等に対する閉じ込め機能が要求される(文献6)。それは、形状管理による臨界防止、負圧制御の建家やセルによる多重防護、および漏えい検知器等による監視や定期検査等により担保されている。漏えい防止策では、ステンレス鋼(SUS)の場合、高酸化電位では酸化膜の保護性低下に伴う粒界腐食優先型の減肉として沸騰伝熱部の減肉、鍛造材加工方向のトンネル腐食、溶接継手の裏波腐食等が経験されており、粒界腐食の抑制鋼が必要となる(文献7、8、9)(図4左図)。ジルコニウム(Zr)やチタン(Ti)系合金は、摺動部の腐食減肉が生じ易く、構造上の防食対策が重要となる(図4右図)。また、発火・爆発の防止策では、有機溶媒、NOxガス等が関わるレッドオイル爆発の抑制対策として濃縮缶や蒸発缶の加熱蒸気の上限温度を135℃以下に規定しているほか、硝酸環境と機器材料の界面反応が係わるNOx割れの抑制が重要となる。NOx割れは、化学的に活性なZrやTiで感受性が高く(文献10、11)、硝酸製造設備の発煙硝酸系では水の蒸気圧が低下し相対的に20%近いN2O4会合ガスが局所的に凝縮する60℃程度の低温域で経験されている。共沸点濃度以下の硝酸を扱う再処理機器ではNOx生成量が低いが、触媒効果を持つ金属元素を含む硝酸プロセス系でN2O4黄色ガスを観察した低温の発火・爆発の事例もあり、NOxの局所的濃縮の防止の機器対策と共にNOx割れや応力腐食割れの抵抗性に一層優れた耐食金属が必要となる(文献12)。臨界防止策では、形状管理上、機械的強度が高く変形し難く且つ腐食減肉が小さい材料が有用となる。再処理機器の照射効果では、高速中性子による照射損傷を受けないが、高濃度の放射性核種により、硝酸溶液側と加熱蒸気側の双方の材料界面が放射線作用を受ける。前者では、硝酸溶液中では酸化剤が生成するので、隙間以外の自由表面の腐食に及ぼす放射線作用の重要度が低い。一方、加熱蒸気/冷却水側は、透過放射線による水−材料界面の低速電子励起効果により生成する酸化剤や水素による環境誘起割れの促進効果があり(文献13、14)、応力腐食割れや水素誘起割れの抵抗性に優れた耐食材料の適用が重要となる。
 湿式再処理機器の保守管理では、腐食と共に、硝酸中の溶出物の析出・沈着による計装や配管系の閉塞および伝熱部材の伝熱阻害が重要となる(文献3)。それには、Moや白金族金属等のFPやTRU、Gd等の中性子毒物元素、および機器材料からの溶出元素が係わり、使用済燃料の燃焼度に依存した低減策が必要となる。その抑制には、FP等の溶解度の高い混酸系の適用と材料の耐食性改善が有効である。米国等が選定した難溶性MOX燃料用にフッ素−硝酸の混酸溶液系の適用では、新耐食合金開発が必要となる。チタンは、TiO2の化学的安定性が高いが硝酸中の溶解度も比較的高く、材料自身の質量移行の抑制が重要となる。
3.湿式再処理の使用機器環境に対応した材料技術の高度化
 再処理機器への材料の適用性は、硝酸濃度、内容物、運転条件に依存する。ここでは、硝酸環境の酸化力を3段階に区分けし、各適用材料の開発状況を概観した。
3.1 低酸化性の低温機器用材料(SUS)
 商用再処理機器には、軽水炉用の低炭素L鋼よりも鋭敏化を抑制した極低炭素ULC鋼が適用され、その後、不純物低減や鍛造材の加工フロー除去用のESR溶製法を含めて耐食性を改善した現行R仕様のR-SUS304ULC等が選定され、溶接施工技術が基準化された(文献15、16)。SUSは、BNFL仕様の減圧蒸発缶や貯槽および配管等に適用されている(文献17)。しかし、それらの低温運転機器でも、沸騰伝熱面での金属表面温度や沸騰伝熱に依存した内容物からのNpO22+等の中酸化剤生成、放射性核種の凝集による局所的発熱、供給液に残存する酸化剤等により、粒界腐食支配の時間漸増型減肉が促進される(図5)。それの抑制には、粒界腐食を促進する不純物の粒界偏析の十分な抑制が不可欠となる(文献19、20)。それには、超高純度溶製法と加工熱処理による金属組織調整法がある(文献21)。前者では、B、C、N、O、H等の格子間侵入型元素、P、S、Siや酸化剤生成元素のMn等の他に、現行の真空二重溶解(VAR+VIM又はESR)で除去し難い揮発性不純物の除去と、凝固時のセラミックス製坩堝からのアルカリ系金属やCl等のハロゲンの汚染防止が重要となる。国のJST事業では、上記の超高純度EHP仕様鋼(オーステナイト系超高純度仕様合金)の熔製法として、低廉原料中の非揮発性元素を磁気浮上型真空誘導溶解炉(CCIM-CaF)の還元精錬で、揮発性元素をコールドハース使用の電子ビーム(EB)炉で除去する複合溶製法が開発されている(文献21)(図6)。その手段では、水冷銅を用いた連続凝固法により、坩堝からの汚染や凝固偏析が無く清浄度や歩留まりに優れたEHP仕様の大型中間製品が溶製できる(図7)。また、加工熱処理では、歪時効と中高温再結晶等を組み合わせたSAR処理により残留不純物の結晶粒内への固定化と、微細粒化により機械的強化と活性点分散を図る手法が最も優れている。
 再処理機器用SUSでは、母材と共に、溶接継手の施工性能と耐食性の確保が重要となる。再処理硝酸環境は、Crの防食効果が有効な酸化電位域にあり、18Cr−8NiのSUS304系よりも25Cr−20NiのSUS310系の方の適用性が優れている。後者は、安定オーステナイト鋼特有の溶接割れ感受性が高く、その抑制用に高Mn鋼の溶接材料を適用すると、耐硝酸性が大きく低下する。SUSの溶接施工性能にはPやS等の不純物が大きく係わっており、それを大幅に低減したEHP鋼では、共材TIG溶接でも凝固割れが生じず溶接割れ抵抗性と耐食性が確保できるようになった(図8)。安定オーステナイト鋼はSAR加工熱処理の適用性も高く、十分な粒界腐食の抑制効果が得られ、再処理機器へのSUSの適用性が拡大できる。EHP-SAR仕様のSUSは、過不働態相当の浸漬試験(Coriou試験)や沸騰伝熱面試験でも粒界腐食が生じず、腐食減肉を現行R-SUSの数分の1以下に低減出来る。耐粒界腐食性は、GD-MS等の機器分析による数十以上の不純物の残留量と粒界腐食抵抗性の相関性により評価されるが、実用的にはCoriou試験による粒界腐食の発生の有無が簡便な評価手段である。
3.2 中酸化性の伝熱機器用材料(高Si系合金)
 過不働態腐食の抑制型SUSは、SUS731鋼をベースに仏国や日本で開発され、発煙硝酸製造設備にはSNシリーズの高Si系ステンレス鋼が供用されている(文献21)。しかし、再処理硝酸系では、酸化剤と触媒作用を持つ白金属元素等が共存しており、陽極・陰極反応が復極し易く、Si主体の保護膜生成の阻害により逆に耐食性が低下する。その防止材には、Siと共に酸化膜生成電位域の異なるCr、Wを複合添加したRW合金(Ni−30Cr−10W−3Si)がある(文献19、20)(図5)。これは、沸騰伝熱面でも浸漬と同様の耐食性を保持する。それの溶製には、高Si系合金特有の共晶点低下による凝固割れやシリサイド生成による高温割れを抑制するために、前述の超高純度EHP溶製法の適用が不可欠であり、成形加工性や破壊靱性を含む機械的特性に優れた実用合金の溶製法が確立されている。溶接施工には、熱影響の少ない施工法の適用が必要であり、動的拡散接合によるステンレス鋼製伝熱部材への被覆法も適用できる。
3.3 強酸化性の常圧機器用材料
 現行の常圧機器には、過不働態腐食が生じないZrおよびTi系の耐食金属が適用されている。Zrでは、高酸化電位の共沸点濃度側で厚く脆い酸化膜が成長する脱不働化が起こるので、それに起因したSCCやNOx割れの抑制が重要となる(文献12、22)。Ti系合金では、硝酸中の溶解度が大きく、気−液界面近傍での凝縮流動硝酸腐食、蒸気圧の高いMO3の生成による気相への逃散および高酸化電位域での孔食の抑制が重要となる。高酸化電位の耐食性は、保護性に優れた高次酸化膜の形成能に依存し、MO2膜形成型のZrやTiよりもM2O5膜形成型のTaやNbの方が優れている。その違いは、酸化膜の保護性を低下させるハロゲンのフッ素を微量添加した沸騰硝酸中の平衡溶解度の違いに明瞭に現れる(図9)。Zr製機器は、孔食やSCC感受性の低減策として、給液中のフッ素の混入量を10ppm以下に規制している(文献22)。Nbは、フッ酸−硝酸の混酸中でも溶解度が低く混酸系への適用性が高い。機械的特性では、Zrは実用温度域のクリープ強度や疲労強度が低く、形状管理が重要な機器の構造設計や製造工程では、厚肉化、拘束強化、最小曲げ半径の制限、水素吸蔵防止等の制約が多い。体心立方晶の耐食金属Nbは、DBTT(延性−脆性遷移温度)の上昇が実用上の課題となるが、EHP溶製法により抑制出来る。Nb系合金では、固溶強化と耐硝酸性双方が改善出来るNb-W合金が最も優れている。共材溶接施工は、現行R-Zrに適用している不活性ガス下のTIG溶接で対応できる。Nbは、ZrやTi系合金と比較して硝酸溶液中の疲労き裂伝播速度が一桁以上小さく、SUSとの異材接合継手には破壊靱性に優れた動的拡散接合が適用でき、耐震性上のLBBの要求にも適合し易い。高酸化電位の沸騰硝酸中では、脱不働化の性質を持つZrは高いTGSCC(粒内型応力腐食割れ)感受性を示すが、耐硝酸性と機械的特性の双方に優れたNb-W合金は優れたSCC抵抗性を示す(図10)。
 表1に専門用語の解説を示す。
<図/表>
表1 専門用語解説
表1  専門用語解説
図1 湿式再処理で耐硝酸性が重要な伝熱機器と燃焼度に対応した材料開発の経緯
図1  湿式再処理で耐硝酸性が重要な伝熱機器と燃焼度に対応した材料開発の経緯
図2 再処理硝酸溶液系の内容物が関わる腐食性の変化
図2  再処理硝酸溶液系の内容物が関わる腐食性の変化
図3 硝酸濃度に依存した沸騰伝熱面腐食に関わる硝酸の溶液化学的性質
図3  硝酸濃度に依存した沸騰伝熱面腐食に関わる硝酸の溶液化学的性質
図4 再処理硝酸用伝熱機器で重要となる腐食や環境誘起割れの支配要因
図4  再処理硝酸用伝熱機器で重要となる腐食や環境誘起割れの支配要因
図5 腐食電位によるステンレス鋼の粒界腐食の促進要因の違いと腐食の抑制対策例
図5  腐食電位によるステンレス鋼の粒界腐食の促進要因の違いと腐食の抑制対策例
図6 大型実用構造物用の超高純度EHP仕様の低廉溶製技術の開発例
図6  大型実用構造物用の超高純度EHP仕様の低廉溶製技術の開発例
図7 EHP複合溶製技術に適用する電子ビームEB溶解法の不純物の揮発精製能力
図7  EHP複合溶製技術に適用する電子ビームEB溶解法の不純物の揮発精製能力
図8 EHP技術による安定オーステナイト系ステンレス鋼のTIG溶接施工性能の改善
図8  EHP技術による安定オーステナイト系ステンレス鋼のTIG溶接施工性能の改善
図9 耐食金属材料間の沸騰硝酸中の溶解度のフッ素添加量依存性の違い
図9  耐食金属材料間の沸騰硝酸中の溶解度のフッ素添加量依存性の違い
図10 耐食金属材料間の沸騰硝酸中の環境誘起割れ抵抗性の違い
図10  耐食金属材料間の沸騰硝酸中の環境誘起割れ抵抗性の違い

<関連タイトル>
再処理の概要 (04-07-01-01)
湿式再処理プロセス用材料 (04-07-01-11)

<参考文献>
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