<本文>
1.湿式再処理プロセス材料技術の変遷
湿式再処理プロセスの使用済燃料の溶解、分離、濃縮等の工程には、共沸点範囲の低−中濃度の硝酸が使用されており、超ウラン元素(
TRU )や核分裂生成物(
FP )等を多量に含む熱硝酸溶液を扱う主要機器の耐久性が重要となる(
図1 )。当初の兵器級Pu製造用の低燃焼度金属燃料の再処理には、硝酸製造設備と同等以上の溶接熱影響部の鋭敏化を防止した低炭素仕様SUS304LまたはSUS347安定化鋼等のステンレス鋼製機器が使用された。その後、再処理対象の燃料が炭酸ガス炉マグノックス、軽水炉酸化物燃料と高燃焼度になると共に、ステンレス鋼特有の過不働態腐食(後述3.(1))の問題が発生した。
表1 に、再処理の対象となった使用済燃料の歴史的推移をまとめて示す。
その防止対策として、仏国では、商業再処理仕様の極低炭素仕様のステンレス鋼(SUS310Nb相当材)を開発した。この材料は、仏国の旧UP-2及び東海再処理施設の溶解槽、酸回収蒸発缶、高レベル廃液濃縮缶等に導入されたが、鍛造部の端面腐食、伝熱管の時間漸増型減肉及び溶接継手の裏波腐食等が発生した。日本では、最新の材料製造技術を駆使した国産化材及び自動補修技術等が開発され、実機レベル試験体の模擬試験等により腐食機構が検討された。その結果、常圧の沸騰伝熱条件で使用するステンレス鋼製機器の耐食性低下の原因は、六価Cr等の強酸化剤の生成に伴い、非鋭敏化部を含めて過不働態と呼ばれる粒界腐食優先型の腐食を生じるためであることが分かった。
上記の経験から、一層の耐久性向上を図るために、常圧運転機器には耐硝酸性に優れた耐食金属製機器の製造技術、再処理硝酸の腐食性低減対策及び自動接合継手等の迅速な補修交換技術等の開発が行われた。東海再処理施設の酸回収蒸発缶等には、耐硝酸性金属Tiの課題であった凝縮流動硝酸腐食抵抗性を改善したTi-5Ta合金が採用された。一方英国の旧BNFL(現NDA)は、THORP(商業再処理施設)の酸回収及び高レベル廃液濃縮用の蒸発缶に低沸点減圧運転方式と極低炭素仕様の304ULCステンレス鋼を採用した。仏国の旧SGN-COGEMA(現AREVA NC)は、低沸点運転が困難な溶解槽等に耐食金属Zrを採用した。2006年3月よりアクティブ試験開始の六ヶ所再処理施設には、上記の仏国及び英国の再処理材料技術が導入されている。また、最新商業再処理施設では過去の運転経験を踏まえて予備機器を備えるほか、機器の補修交換や開放検査等の維持管理技術の高度化を図っている。
さらに、将来の核燃料サイクルの本格的導入では、
プルサーマル や
高速増殖炉 の混合酸化物燃料(MOX)に対応した湿式再処理の高度化が計画されている。TRUやFP含有量が多く、一層難溶性の高燃焼度
MOX燃料 の再処理には、耐久性のさらに優れたスーパーアロイや高融点耐食金属等の耐硝酸性材料の開発が必要となる。
2.再処理硝酸環境の腐食性
(1)硝酸の性質
湿式再処理に硝酸(HNO
3 )を使用する利点は、塩酸や硫酸等の他の無機酸と比較して、NOxガス生成を伴う高酸化力により酸化物燃料の酸化溶解が可能なことにある。併せて、中低温の硝酸溶液中では硝酸イオン種と金属イオンの親和力が比較的弱いので、酸濃度や各金属イオンの錯体形成能の違いを利用した原子価調整法及び有機溶媒抽出・分離によるTRUやFP等の分別回収が容易である。一方、機器材料の耐久性を支配する再処理硝酸の腐食性の観点から、高温側の沸騰条件の溶液化学的性質が非常に重要となる。水−硝酸2元溶液系(
図2 )は、蒸発に際して、低硝酸濃度の気相と高硝酸濃度の液相へ気液分離が生じ、純水と比較して蒸発潜熱が大きい。また、硝酸濃度に依存して粘性が大きくなるほか、熱分解が生じ易くなる。当該系には、溶液中に亜硝酸HNO
2 、硝酸イオンNO
3 − 及び会合硝酸((NO
3 )n)が、気相にNO
2 、NO等のNOxガスが、それぞれ硝酸濃度、温度に依存した平衡状態で存在する。NO
3 − は、他の無機酸の陰イオンと同様に、金属の陽イオンとの親和力が大きく、8−10規定の領域で最大濃度となる。一方、酸化力の指標となる会合硝酸は、硝酸濃度に比例して増大し、六価Crのような多価の金属の陰イオンを安定化させる(
図3 )。
硝酸の主要な熱分解ガスであるNO
2 は、低温で比較的容易に水と反応して亜硝酸を生成し、さらに酸素と反応して硝酸となる。そのために非沸騰・低温硝酸溶液の酸化−還元電位は、亜硝酸/硝酸の平衡電位に依存した1.0V以下の低い酸化力を示す。従来の硝酸濃縮技術には、希硝酸とNO
2 及び酸素を低温の高圧釜で反応させる方法があり、高温沸点側で逆反応が生じる。酸素の吹き込みは硝酸の酸化力を保持するので、燃料溶解に用いられたが、ステンレス鋼容器材の腐食が問題となった。一方、NO
2 ガスの吹き込みでは、ステンレス鋼の腐食の低減効果が認められている。そのように、同じ硝酸溶液中でも、非沸騰、低温では亜硝酸/硝酸の平衡に依存した低酸化力を示すが、亜硝酸が化学的に不安定な沸騰伝熱条件では硝酸は高酸化力を示す。
(2)再処理硝酸中の内容物
前述のように、沸騰伝熱条件での硝酸溶液の腐食性(
図4 )は、沸騰伝熱により、NOxガス、亜硝酸等が系外に移行し、硝酸の酸化力が高まり、内容物から酸化剤が生成するためである。また、一般の水腐食で重要なハロゲンの挙動については、沸騰硝酸中では塩素、
ヨウ素 が酸化されて気相へ逃散し、フッ素だけが安定に溶存する。フッ素は、特にTiやZr等の耐食金属の溶解度を上昇させて、均一腐食、局部腐食や環境割れへ影響を及ぼすので、十分な制限が必要である。実際に、仏国UP-3で、2006年に高トリチウム酸回収蒸発缶のZr製伝熱管でフッ素イオンによる腐食を経験している。高温側では六価Crや高原子価のTRU等の金属陰イオンは、酸化剤として材料の腐食を促進させ、亜硝酸が存在する低温側でも、これらの金属陰イオンは硝酸の会合錯体と結びつき安定している。一方、錯体形成能の低い陽イオン生成型金属イオンの溶解度は硝酸イオン濃度に依存し、それが極大となる8−10規定の硝酸濃度領域で極大を示す。四価Ceのように高酸化力の陽イオンは、温度低下と共に還元されるか酸化物として析出する。多くの耐食金属は、この濃度域で溶解度の極大を示し、腐食速度は飽和溶解度と実溶解度の差に依存する(
図5 )。
また、
白金属元素 Ruは、錯体を形成して多量に溶解するが、沸騰条件ではRuO
4 を生成して逃散する。一度、酸化物として生成したRuO
2 は、化学的安定性が非常に高い。白金Ptは、溶解電位域があること、亜硝酸との親和力が大であることなどから、六価Cr等の酸化剤生成の触媒作用、Zrの応力腐食割れ感受性を高める作用が知られている。高Si系ステンレス鋼は、強酸化剤の存在する硝酸で耐食性を発揮するが、白金属元素が共存すると陰極反応の復極効果により溶解する。
また、再処理硝酸溶液では、放射性核種による放射線作用として、硝酸濃度と共に、水素の収率が低下して、NO
3 が増大する傾向が知られており、発煙硝酸のNOx発生挙動を含めて、硝酸濃度の高い側での会合錯体が(NO
3 )nである可能性が示唆される。非沸騰硝酸溶液中では、β、γ等の放射線照射により強酸化剤の六価Crや四価Ceは還元され易いが、中酸化剤の五価のV、六価のRuやPuは影響を受けにくい。ステンレス鋼の耐食性では、沸騰伝熱面の粒界侵食速度に及ぼす放射線作用が非常に重要となる。
3.ステンレス鋼製再処理機器の耐久性支配要因
(1)硝酸環境条件
ステンレス鋼は、1.1V(SHE:Standard Hydrogen Electrode)以上の
腐食電位 の硝酸環境条件では、Cr酸化膜自体の化学的安定性が低下し、微量不純物が僅かに偏析した結晶粒界でも粒界腐食、いわゆる過不働態腐食が進行する(
図6 )。従来の粒界腐食では、鋭敏化と呼ばれる中高温域の溶接熱履歴等に伴う結晶粒界に沿ったCr炭化物生成域に生じるCr欠乏層の選択溶解が起こり、それは低炭素化により防止できるが、過不働態抑制には微量不純物の粒界偏析を防止するという高度な技術が必要となる。
常圧沸騰では、ステンレス鋼の溶出元素自体から六価Cr等の強酸化剤が生成するので、沸騰伝熱面の腐食抑制が原理的に困難である。一方、低沸点の
減圧沸騰 では、強酸化剤が生成しないが、1.0−1.3V程度の酸化−還元電位を持つNpやPu及びRu等からの中酸化剤が生成する。腐食速度は、硝酸濃度、金属イオン濃度、沸点のほかに沸騰伝熱、金属表面温度等の熱流動条件に依存し、中酸化剤の生成と金属溶解の還元反応の双方に支配される。酸化剤が沸騰伝熱面で消費しきれない場合には、質量移行して機器内の他の部位やステンレス鋼配管側の腐食を促進する。Zr等の高耐食金属製機器では、生成した酸化剤が排出液に残留し易い。
(2)材料側条件
再処理硝酸機器用ステンレス鋼には、複数の腐食形態が見出されているが、腐食機構は結晶粒界に偏析するB、Si、P等の微量不純物の分布状態に依存した粒界腐食である(
図7 )。
1)沸騰伝熱面腐食;加熱部の伝熱管等に見られる現象であり、全面腐食から粒界腐食、さらに、結晶粒ごと抜け落ちる脱粒支配へ移行するに伴い、腐食速度が加速される。
2)TIG溶接部の裏波腐食;溶着金属の粒界腐食は、主要金属濃度の違いの大きなセル状界面よりも微量不純物が偏析した大粒径の再結晶粒界に沿って進行する。特に、多層肉盛りの肉厚構造部材では、裏波と呼ばれる最も長い熱履歴を受けた初層の露出部位で粒界腐食が進行し易い。
3)端面腐食(トンネル腐食);英国ではナイフエッジアタック、国内では加工フロー腐食と称したが、基本的にはトンネル腐食である。鍛造材の加工方向に垂直な端面では、数粒の粒界腐食を生じた後に、微量不純物が連続的に偏析した結晶粒界群に沿った局所的な粒界侵食が加速的に進行する。数年内で環境割れに近い速度で10mmの肉厚に貫通孔を生じた例も多い。
4.商業再処理施設における防食対策
(1)ステンレス鋼製機器の高性能化
ステンレス鋼製機器の過不働態腐食の抑制には、材料側の粒界腐食抵抗性の改善と共に、硝酸環境の腐食性低減対策が必要である。英国の旧BNFL(現NDA)では、浸漬の隙間腐食試験を行い、六価Cr生成に起因した腐食が起こらない温度を選定して、低沸点で安定した運転が可能なサーモサイフォン型減圧蒸発缶を開発し、併せて、極低炭素仕様の304ULC鋼を採用した。六ヶ所再処理施設の硝酸廃液処理系には、その減圧蒸発缶が採用されている(
図8 )。国内では、再処理機器の要求特性に対応した極低炭素仕様R(Reprocessing)のステンレス鋼として、R-SUS304ULC、R-SUS310ULC、R-SUS316ULC等を規格化している(
表2 )。
(2)常圧運転機器への耐食金属の採用
Ti、Zr、Nb、Ta等の耐食金属は、脱不働態や孔食電位を持つものもあるが、ステンレス鋼のような酸化皮膜自体の化学的安定性低下に起因した過不働態の性質を示さず、酸化皮膜の溶解度に依存した低い均一腐食支配である(
図9 )。国内では、R-ZrとR-Ti-5Taの二つが再処理用耐食金属として規格化されている。R-Zrは、仏国の旧SGN-COGEMA(現AREVA NC)が、耐食性と原子力利用経験の観点から選定して、低沸点運転が困難な溶解槽やPu濃縮缶等の常圧運転機器に採用した経緯がある。後者は、硝酸中の溶解度が比較的高いTiの実用上の課題であった気相凝縮部の流動硝酸腐食をTa添加により抑制した合金であり、東海再処理施設に採用された。六ヶ所再処理施設の連続溶解槽等の常圧運転機器には、成形加工性等の製造技術を改良したR-Zrが採用されている(
表2 )。また、それらの金属製機器にはステンレス鋼製配管との接合が不可避である。R-Zrとステンレス鋼の異材接合継手では、Zr側の金属間化合物生成や割れの抑制が重要であり、高融点金属Taと低酸素の高延性Zrを挿入した爆着接合継手が開発された(
図10 )。仏国UP-3では、溶解槽にZrが使用され、20年を越える運転実績がある。
(3)寿命評価
再処理施設は、複雑なプロセスから構成された化学プラントであり、機器の寿命が使用済燃料の組成や燃焼履歴により影響を受け易く、運転管理に柔軟性が要求される。半世紀以上に亘る実機運転経験を持つ再処理先進国の英国、仏国においても、運転経験の蓄積をもとに運転管理、機器補修技術の高度化を継続的に進めている。国内では商業再処理に向けて、海外技術導入先の運転管理情報のほかに構造体規模の
モックアップ試験 、放射性核種効果等の評価を含めたコールド/
ホット試験 が実施されてきた。併せて、長期耐久性の観点から局部腐食や環境割れ等の経年変化も含めた詳細な検討・評価が、寿命評価、防食材料、腐食監視等を含めて総合的に進められている。なお、英国では、減圧制御の高レベル廃液蒸発缶A、B、Cの伝熱管に腐食問題が発生し、それらの寿命評価が求められ、そのためNp等の腐食メカニズムの検討、伝熱管肉厚測定システムの開発が行われた。現在、新高レベル廃液蒸発缶Dの建設が2014年運転開始を目指して進められている。
(前回更新:2001年12月)
<図/表>
表1 再処理対象使用済燃料の歴史的推移
表2 再処理施設用Rグレード耐硝酸性材料の規格例
図1 耐硝酸性が要求される主要機器と材料開発の推移
図2 硝酸−水系の溶液化学的性質
図3 硝酸溶液中の硝酸イオン及び会合硝酸の硝酸濃度依存性
図4 硝酸溶液中での沸騰伝熱面における腐食性
図5 耐食金属の溶解度及びTi系合金の腐食速度の各硝酸濃度依存性
図6 沸騰硝酸溶液の酸化力に依存したステンレス鋼腐食速度の加速傾向
図7 ステンレス鋼製常圧蒸発缶で観察された腐食損傷形態の模式図
図8 商業再処理施設に使用される主要機器の形状例
図9 耐食金属酸化物間の硝酸溶液中の溶解度の違い
図10 爆着法によるR−Zr/SUS異材接合継手
<参考文献>
(1)IAEA-TECDOC-421;Materials reliability in the back end of the nuclear fuel cycle. (1987)
(2)武田ほか:動燃技報、No67、p64(1988)
(3)木内 清:日本原子力学会誌、Vol.31、No2、p.229(1989)
(4)田中ほか:原子力工業、Vol.38、No8、p.55(1992)
(5)腐食・防食協会(編):腐食・防食ハンドブック、p743(2000)
(6)住友化学:濃硝酸製造法の動向、特1972-II(1972)
(7)原研公開レポート、JAERI-M Report、M064(1994)
(8)次世代再処理技術の課題、日本原子力学会:3.2 再処理プラント材料技術 p.161(1991)
(9)再処理に関する国際会議報告、The 4th International Nuclear Conference on Recycling, Conditioning and Disposal, RECOD'94 Volume 3 Corrosion and Material Selection No5(1994)
(10)木内 清:原子力プラントの腐食、金属、株式会社アグネ、Vol.62、No.2(1992)p.9
(11)科学技術庁パンフレット:再処理施設の「異材接合継手」の安全性実証について
(12)林ほか:日本原子力学会誌、Vol.31、No11、p.89(1989)