<本文>
1.海水中のウラン資源
海水中にはナトリウムをはじめとして、地球上に存在する百余の元素のうち
表1に示す77元素が溶け込んでいるため、海水は有用稀少金属資源の源として注目されている(文献1)。しかし、ウラン、チタン、バナジウムなどの希少金属は、海水1トン当たり2〜3mgと極微量で、ナトリウム(10.5kg)、マグネシウム(1.35kg)、カルシウム(400g)などの主要成分と比較すると1000万分の1程度の低濃度である。
ウランに注目するとその濃度は3.3ppbであり、海水中の溶存濃度順では、ナトリウムイオンやマグネシウムイオンなどのアルカリ、アルカリ土類金属が1から8番目を占め、ウランは13番目となる(文献2)。ウランは海水中では6価であり、2つの酸素原子と結合してウラニルイオン(+2価)の形態であるが、海水の
pHが8.3であるため、炭酸イオンと錯体を形成して、三炭酸ウラニルイオン(アニオン錯体、−4価)として存在すると考えられている(文献3)。資源として見た場合、海中には45億トンの膨大な量のウランが存在し、利用可能な鉱石中のウランの約1000倍の量が存在する。さらに、海底の岩盤表層にはウラン溶存量の1000倍以上の量が含有されており(文献4)、海水からウランを回収しても岩盤からの滲出により、海水中のウラン溶存濃度は一定に保持されると考えられている。
2.従来の海水ウラン捕集材
ナトリウムやマグネシウムイオンなどがウランの100万倍以上の濃度で共存する環境においては、ウラニルイオンを選択的に吸着する捕集材が必要である。
図1に海水ウラン捕集材の経緯を示す。多くの捕集材について海水ウランの吸着性能が検討され、当初、無機化合物である含水酸化チタンを用いた海水ウラン捕集材の研究開発が行われてきた(文献5、6、7、8)。しかし、含水酸化チタンは摩耗に対し機械的強度が低いため、海水からウランを捕集するための流動床において材料の損傷が避けられなかった。また、無機材料である含水酸化チタンでは比重が海水より大きいため、捕集のために海水と効率良く接触させるには、海水を汲み上げるポンプ動力が必要であり、捕集コスト低減化には有利ではなかった。より強度の高い捕集材の開発が切望され、200以上の有機化合物について、海水中ウランの吸着挙動がスクリーニングされた(文献9)。
その結果、海水のpH8.1〜8.3の環境におけるウランの捕集ではアミドキシム基がもっとも期待できる官能基であることが判明した。有機材料であるアミドキシム捕集材では、比重はほぼ海水と同じであるため、自然の波力や海流を利用して海水との接触を行わせることは可能である。アミドキシム捕集材の合成法として、汎用のアクリル繊維や乳化
重合ビーズなどを化学処理する手法が検討された(文献10)。これらのアクリル系材料から作製した捕集材では、材料の強度を担う高分子骨格に親水性のアミドキシム(またはアミドオキシム)基が導入されるため、導入量に比例して材料の強度劣化を伴うことがわかった。また、強度劣化を解決するために、高分子骨格を
架橋させる方法が検討されたが、架橋度の増加は吸着速度の低下をもたらした。
3.放射線グラフト重合法を用いた海水ウラン捕集材の開発
図2に示す放射線グラフト重合法を用いることにより、既存の材料にその特質を損なうことなく、接ぎ木のように新しい機能を付与することが可能である(文献11)。この方法によれば、厳しい海象条件や自然環境において長期間にわたり強度を維持でき、さらに、ウラン吸着性能に優れた捕集材の開発が可能となった。
放射線グラフト重合技術を応用したウラン捕集機能に優れる布状アミドキシム基型捕集材の合成法を
図3に示す(文献12)。
(1)高分子不織布基材に電子線を
照射して重合反応開始種となる
ラジカルを生成する。
(2)アクリロニトリルをグラフト(接ぎ木)重合する。
(3)導入したグラフト鎖中のシアノ基(−CN)をアミドキシム基へ変換する。
本法では、まず(1)の工程で、厳しい海洋環境にも耐久性があり、オイルフェンス用不織布として利用されているポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)を基材に選び、150〜200kGyの電子線を照射する。(2)の工程では、1〜2時間の反応で100〜150%のグラフト率が得られる。さらに、海水ウラン捕集効率を向上するためには捕集材と海水との接触効率の向上をはかることが重要である。アミドキシム基の近傍に親水基を共存させる分子構造を形成させるため、メタアクリル酸とともにグラフトさせるのが有効である。ウラン捕集速度はカルボキシル基の共存量の増加に伴って上昇し、アミドキシム基単独と比較して2〜3mmol/(g−捕集材乾燥重量:以下g−ad)のカルボキシル基を共存させることにより、約3倍の捕集速度の上昇が認められる(文献13)。(3)の工程では、ヒドロキシルアミンを用い、70〜80%の効率でアミドキシム基(官能基)を導入させる(文献14)。アミドキシム基の濃度は、グラフト率50%で4〜5mmol/g−ad、100%で7〜8mmol/g−adとなる。
(注)グラフト率(%)=100×(グラフトした基材の重量)/(グラフト前の基材の重量)
4.放射線グラフト重合により作製した捕集材の性能
種々のpHのウラニルイオン水溶液におけるウランの飽和吸着量をみると、水溶液のpHが4から6の範囲ではアミドキシム基と効率的に錯体を形成する。海水と同等のpH8付近の飽和吸着量は急激に減少する。これは、ウラニルの溶存形態が炭酸イオンと錯体を形成し、三炭酸ウラニルイオンの陰イオン型に変化するためである。アミドキシム基と三炭酸ウラニルイオンは
図4に示すような2対1の錯体を形成し、ウランまたは金属酸化物イオンを選択的に結合すると考えられている。pH2付近では飽和吸着量はゼロとなるため、捕集された海水ウランは酸性溶液と接触することで、効率的に溶離できる。したがって、この飽和吸着量のpH依存性は、海水ウラン捕集と分離回収の繰り返し使用ができる好都合な特性である(文献15)。
放射線グラフト重合技術を応用して合成した布状捕集材の海水ウランの捕集性能を評価するため、実海域予備試験装置を青森県むつ市関根浜の6km沖合に係留した。この試験では捕集材を直径30cm、厚さ10cmの吸着床(ステンレス鋼製のかご)に充填して、海面下10m、20m、30mに設置し、自然海流と波力を利用して海洋生物の付着状況及びウランの捕集状況などの検討を進めた。海水接触日数が20日間で捕集材中のウラン濃度は約1g/kg−ad、60日間で2g/kg−adであり、水深の影響はほとんど認められなかった。天然ウラン原料は1kg当たり1g以上(含有率0.1%以上)のウランを含むウラン鉱石が採算可能範囲として流通している。この方法で合成した捕集材は60日間、海水と接触すると捕集材中のウラン捕集量が約0.2%となり、汎用のウラン鉱石と同等以上のウラン含有量となる。金属鉱業事業団(現
石油天然ガス・金属鉱物資源機構)の最終報告書(文献16)で公表されたチタン酸系捕集材との捕集速度を比較すると、グラフト重合法で得られた捕集材は海水接触60日間で約5倍程度高い結果となった。実海域での実験を繰り返し、1997年度には、海水から
イエローケーキ16gと酸化バナジウム20gを捕集した。
5.実海域試験と今後の課題
海水からのウラン捕集の実用化の可能性を検討するため、1999年から2001年の3年間、1kgのウラン捕集を目標に青森県むつ市関根浜沖合7kmで海域試験が行われた(
図5)。この海洋試験ではグラフト重合により作製された布状の捕集材120枚はスペーサーを介して積層され、捕集材カセット(29cm×29cm×16cm)として用いられた。捕集材カセットは一辺4mの捕集床に144個充填され、実海域捕集材試験装置により3段の吸着床(カセット432個)に充填した350kgの捕集材を海面下20mの深さに20日間係留した。係留実験の間、吸着床をつり下げた浮体の位置は
GPSを利用してモニターされ(文献17)、安全が確保された。捕集材を充填した吸着床は引き上げられたのち、陸上の溶離施設に移送され、最初に、海洋生物などの汚染が除去される。次に、極低濃度の塩酸でNa、Ca、Mgなどのアルカリ金属やアルカリ土類金属が洗い落されたのち、希塩酸水溶液でウランイオンが溶離される。溶離後の捕集材はアルカリ処理により、再利用可能となる。3年間で12回の浸漬実験が行われ、1kgのウランを海水から捕集することに成功している(文献18)。また、捕集したウランは精製施設に運搬し(文献19)、イエローケーキとして単離した。
放射線グラフト重合法で合成した布状捕集材による海水ウランの捕集において、実用に向けた技術的な課題を抽出するためコスト試算が行われた(文献20)。捕集規模は100万kWの原子力発電所8基分の所要量に相当する1200トン/年である。コスト試算は捕集材の製造、捕集材の浸漬、溶離・精製の各工程に分けて行われ、ブイ、浮体、延縄方式の3種類の係留方法についてコストを比較した。その結果、海水ウランの捕集コストは鉱山ウラン(5.6千円/kgU)の5〜10倍と試算された。また、コストの80%以上が捕集材を海中に係留するための海洋構築物のコストであった。海水ウランの捕集コストを低減化するためには係留する吸着床の重量を軽減すること、捕集材の性能をさらに向上させることが重要である。
これまでの布状の捕集材では、捕集材を海水中に浸漬するためには、カセットに組み上げた捕集材を金属製の吸着床に充填する必要がある。1辺4mの吸着床ではその重量は充填した捕集材の重量の約6.5倍となる(文献20)。吸着床を使用しない係留が可能であれば、捕集コストの低減化が期待できることから、モール状の捕集材が開発された。また、
図6に示す特長を有するモール状捕集材を用いた捕集システムが提案されている(文献21)。このシステムにおける係留は吸着床を使用することなく、捕集材が海水中で自らを支持する。2002年から2年間、沖縄海域でウランの捕集性能試験(
図7)を行い、30日間の浸漬で1.5g/kg−adの性能が得られている(文献22及び23)。
図8にモール状捕集システムによるコスト評価を示す(文献23及び24)。ウラン捕集性能が4g/kg-ad、8回繰り返しの条件では、ウラン1kgあたり3万2千円と試算される。モール状捕集材による年間捕集総量及び海水ウラン捕集に適した海域を
図9、
図10に示す(文献25)。
(前回更新:2004年1月)
<図/表>
<関連タイトル>
ウランの地殻中での挙動とその分布 (04-02-01-01)
その他のウラン粗製錬 (04-04-01-02)
環境浄化材料の開発と実用化 (08-03-03-03)
<参考文献>
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http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2009/siryo20/siryo1-1.pdf
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http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2009/siryo20/siryo1-2.pdf