<本文>
1.低減速スペクトル炉開発の意義
日本では軽水炉からの
使用済燃料を
再処理し、再処理で得られたプルトニウムとウランを混合させた燃料(MOX燃料)を用いたナトリウム冷却
高速増殖炉の実用化を前提とし、それまでの補完としてMOX燃料を軽水炉で利用するプルサーマル炉も採用する路線を採ってきた。高速増殖炉開発計画は、
もんじゅ(高速増殖炉原型炉)で1995年に発生した二次系ナトリウム漏えい事故を契機に全面見直しが迫られ、高速増殖炉開発は当初予定(2030年ごろ実用化)より大幅に遅れてきて、ますますプルサーマル炉の長期継続をせざるをえなくなってきた。海外ではすでに日本より先行してプルサーマル炉が普及しているのに対し、日本では社会的、政治的な混乱もあってプルサーマル計画がなかなか進展を見ていない。2004年以降から大間原子力発電所のフルMOX炉心BWRの建設計画を始めとして、国内電力会社の発電所においても利用計画が着実に進展しているが、当初のスケジュールに比べて計画は遅れ気味である。
一方、日本は核不拡散上、利用目的の不明確なプルトニウムを持たない政策を採用しているので、適正在庫量を超えるプルトニウムを蓄積しておくことはできない。現実的対応として、使用済燃料再処理を行ないつつ、プルサーマル炉が普及するまで使用済燃料中間貯蔵方式を導入する方式を採用している。しかしながらプルサーマル炉では、燃料燃焼の進行にしたがい
核分裂性プルトニウムの割合が低下するため長期サイクル運転が不可能である。転換比を上げ核分裂性プルトニウムの割合を一定に保持できれば長期サイクル運転も可能であり、また、多重リサイクルも可能となる。またプルトニウムが有効利用でき、ウラン資源の節約ができ、放射能廃棄物発生量の低減ができるようになる。高転換炉炉心をもつ低減速スペクトル炉(革新的水冷却炉)を研究開発する意義がここにある(
図1および
図2参照)。
2.国内外の低減速スペクトル炉開発の動向
(1)国内
日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)では、1980年ごろから軽水炉で稠密格子炉心を採用し、転換比を向上させた高転換軽水炉の炉心設計および熱流動設計の研究を行なってきた。一方、核燃料サイクル開発機構(現日本原子力研究開発機構)では、高速増殖炉実用化までの繋ぎとして新型転換炉(
重水減速沸騰軽水冷却炉)の開発を進めていたが、この新型転換炉原型炉ふげんも2003年3月に運転中止となった(2008年2月より原子炉の廃止措置段階に移行し、作業が進められている)。一方、原子力産業界では、高速増殖炉実用化まではプルトニウムをできるだけ軽水炉で燃焼させる方針であり、設計変更が最小限で済むMOX燃料使用の軽水炉、すなわちプルサーマル炉路線を進めており、他方、(財)原子力発電技術機構(NUPEC;平成19年3月に解散した)では経済産業省の委託事業でフルMOX炉心を対象とした炉物理実験をフランス(EOLE)と共同(MISTRAL計画)で実施し、計画どおり終了している。
高速増殖炉原型炉もんじゅの事故の影響もあって、高速増殖炉の実用化がさらに遅れる見通しから、転換比を高めてプルトニウムの高度利用を図る低減速スペクトル炉に関心が集まってきた。日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)では軽水炉技術をベースにした低減速スペクトル炉の研究を、東京大学では火力発電技術をベースにした超臨界圧軽水冷却高速炉に低減速スペクトル炉心の適応性を検討する研究を進めている。
(2)海外
プルトニウムを軽水炉で高度に有効利用する低減速スペクトル炉は海外でも注目され始めている。米国の原子力研究イニシアティブ(NERI)計画では稠密格子集合体炉心を用いて転換比を向上させる軽水炉概念が3件採用された(ATOMICA「第4世代炉の概念」<07-02-01-11>参照)。なお、米国は核不拡散の観点からプルトニウムリサイクルの方針を確定しておらず、超長期(15年間)運転の炉心あるいはトリウム採用の炉心についても検討している。フランスではナトリウム以外の冷却材採用の将来型高速炉を検討している。
3.低減速スペクトル炉の炉概念
(1)低減速スペクトル炉の特徴
低減速スペクトル炉は、軽水炉において稠密格子炉心を採用することにより、減速材対燃料比(減速材と燃料の体積比)を減らして、核分裂によって生まれた
高速中性子をあまり減速させず、比較的高エネルギーの中性子を利用して核分裂を起こさせる原子炉である。したがって
図3に示すように、低減速スペクトル炉の
中性子スペクトルは現行の軽水炉に比べ高速増殖炉に近いものとなっている。減速材対燃料比を現行軽水炉より小さくして、
図4に示すように、転換比をより高くすることができる。低減速スペクトル炉が導入できれば、核分裂性プルトニウムの炉内蓄積量を多くし、使用済燃料内の蓄積量を減すことができる。また、天然ウラン積算消費量も少なくてすみ、ウラン資源の節約になる。
(2)低減速スペクトル炉の炉概念
低減速スペクトル炉の設計目標は、
ボイド反応度係数を負に維持しながら、転換比をできるだけ高くすることである。現在、炉概念を検討中の低減速スペクトル炉の設計例を
表1に示す。全体的特徴としては、稠密燃料格子であることから三角(六角)格子燃料をもつ炉心が多く、負の
ボイド係数達成の観点から扁平炉心が多く、高燃焼度の観点から高い核分裂性
プルトニウム富化度の炉心になり、高転換比の観点からブランケット付き炉心になる傾向にある。重水は中性子減速能力が軽水の10分の1以下であるので、低減速スペクトル炉の減速材にふさわしい。
なお、ボイド係数を負にするためには、中性子漏れを大きくとる必要があり、この中性子漏れによる反応度補償のためプルトニウム富化度を高くする必要がある。しかし、プルトニウム富化度を高くすると、
親物質の減少から核分裂性物質の生成量が下がり、結果として転換比が下がる傾向にあり、これらのパラメータの二律背反性が設計上の課題である。
4.低減速スペクトル炉の研究開発計画
日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)では1997年から低減速スペクトル炉の炉概念検討を開始し、その後、「低減速軽水炉」と呼称を変えて、炉概念の絞り込みを行うとともに、成立性を確認するための研究開発を行った。これらの研究開発はATOMICAデータ「低減速軽水炉の研究開発」<03-04-11-10>にまとめられている。なお、最近では、「革新的水冷却炉」と呼称を変えて、概念検討と要素技術開発が進められている。
(前回更新:2004年6月)
<図/表>
<関連タイトル>
トリウムを用いた原子炉 (03-04-11-01)
溶融塩炉 (03-04-11-02)
宇宙炉 (03-04-11-03)
プルトニウム生産炉 (03-04-11-04)
地域暖房炉(熱供給炉) (03-04-11-06)
海上立地浮体式原子力発電所 (03-04-11-07)
低減速軽水炉の研究開発 (03-04-11-10)
<参考文献>
(1)岩村 公道ほか:低減速スペクトル炉の研究、JAERI-Research 99058(1999年11月)
(2)大久保 努:低減速スペクトル炉研究の現状、第4回低減速スペクトル炉に関する研究会報告書(2001年3月2日、日本原子力研究所東海研究所)、JAERI-Conf 2001-013(2001年9月)、p.4-23、p.117-131
(3)岩村 公道:低減速スペクトル炉によるプルトニウム利用、第4回低減速スペクトル炉に関する研究会報告書(2001年3月2日、日本原子力研究所東海研究所)、JAERI-Conf 2001-013(2001年9月)、p.97-116、p.243-258
(4)佐藤 治ほか:低減速スペクトル炉のコスト評価、第4回低減速スペクトル炉に関する研究会報告書(2001年3月2日、日本原子力研究所東海研究所)、JAERI-Conf 2001-013(2001年9月)、p.24-35、p.133-142
(5)木嶋 貞朗ほか:プルトニウム利用技術による天然ウラン資源のより効率的な利用の展望、原子力誌、38(5)、357-361(1996)
(6)牧原 義明:自立安全性を有する小型一体型PWRについて、第4回低減速スペクトル炉に関する研究会報告書(2001年3月2日、日本原子力研究所東海研究所)、JAERI-Conf 2001-013(2001年9月)、p.87-96、p.223-242
(7)石渡 祐樹ほか:超臨界圧軽水冷却高速炉、第4回低減速スペクトル炉に関する研究会報告書(2001年3月2日、日本原子力研究所東海研究所)、JAERI-Conf 2001-013(2001年9月)、p.63-72、p.189-206
(8)岡芳明ほか:高温高性能軽水冷却発電プラント−貫流型超臨界圧軽水冷却原子炉の概念、原子力誌、44(8)、600-605(2002)
(9)鍋島 邦彦ほか(編):第6回低減速軽水炉に関する研究会報告書、2003年3月6日、東海研究所、東海村、JAERI-Conf 2003-020(2003年11月)