<大項目> 原子力発電
<中項目> 技術の改良・高度化
<小項目> 技術開発
<タイトル>
原子力プラント流動高温水中における炭素鋼腐食 (02-08-01-10)

<概要>
 原子力発電所では原子炉内で発生した熱エネルギーを用いて水/水蒸気を熱媒体としてタービンを回して発電する。従って、高温の水/水蒸気を運ぶ大小の配管が張り巡らされている。この流動高温水配管中で生じる炭素鋼腐食は、水中に溶解した酸素が酸化剤として働いて生じ、腐食速度は表面皮膜や水溶液中の酸素の物質移動によって支配される。流速の増大によって腐食は加速され、これは流速加速腐食(FAC)と呼ばれる。さらに高流速域では機械的作用が支配的なエロージョン・コロージョン(E/C)が生じる。溶存酸素量、pH、温度、流速、皮膜物性を決定する炭素鋼組成などに加えて、配管のエルボ、オリフィス、T字管など流速分布に影響を与える配管の幾何学的形状が腐食速度に大きな影響を与える。腐食速度等級からみると、PWRの炭素鋼腐食速度はB級(0.1〜1.0mm/y)に分類され、十分に寿命管理をして使用する必要のあるカテゴリーに入る。すなわちPWRの二次系配管での炭素鋼の腐食は定期的なモニタリングによる寿命管理が必須な系である。
<更新年月>
2005年12月   

<本文>
1.はじめに
 現在日本で稼動している商用の原子力発電所は、沸騰水型(BWR)と加圧水型(PWR)の二種類にわけられる。BWR型は原子炉内で発生した水蒸気によって直接タービンを回すが、PWR型は原子炉内の加熱された炉内水(一次系)の熱を熱交換器を介して二次系の水に伝えて水蒸気を発生させて、この水蒸気を用いてタービンを回して発電する。水蒸気となってからの発電の仕組みは火力発電所と基本的に同じである。火力発電所も原子力発電所も、大量の水と蒸気を用いるので、このための大小の配管が張り巡らされている。配管材料には炭素鋼およびステンレス鋼が用いられているが、原子力発電所を安全に運転するためには、この大小の配管が損傷しないように適切に維持管理して操業しなければならない。
 図1はEPRI(Electric Power Research Institute)による米国の軽水炉型原子力発電所における一次系と二次系を含む配管の損傷事象を原因別に分類した結果を図示したものである。BWRでは応力腐食割れ(SCC)による損傷が多く、PWRでは疲労およびエロージョン・FAC(流動加速腐食)(Flow Accelerated Corrosion)による損傷事例が多いことが示されている。対象とした炉型(BWR/PWR)比(1:2)を考慮してもPWRの方がエロージョン・FACが多いことが特徴的である。これまで配管損傷については、BWRで生じるステンレス鋼のSCCが注目されていたが、2004年(平成16年)8月9日に生じた美浜原子力発電所(PWR型)の二次系炭素鋼配管の噴破事故をきっかけに、あらためて炭素鋼配管のエロージョン・FAC損傷について、その特徴や原因に関心が高まっている。
 以下に炭素鋼の腐食機構について述べ、さらにエロージョン・FACとはどのような現象か、またその損傷機構はどのように考えられるかについて述べる。また化学プラント等で経験されている他の腐食損傷速度と原子力発電所で経験されているエロージョン・FACの速度とを対比して、維持管理上で留意すべき点を述べる。
2. 流動高温水中における炭素鋼腐食
 水溶液中における炭素鋼の腐食は、FeがFe2+イオンとなる次の反応で表される。
    Fe → Fe2++ 2e                 (1)
この腐食反応が進行するためには放出される電子が、水中に含まれる溶存酸素の次の還元反応によって消費される必要がある。
    O2 + 2H2O + 4e → 4OH          (2)
腐食溶解したFe2+イオンは、水中のOHイオンと結合して、沈殿皮膜、Fe(OH)2を形成する。
    Fe2+ + 2OH → Fe(OH)2          (3)
生成したFe(OH)2は、高温度ではさらに次のSchikorr反応によって、Fe3O4(マグネタイト)皮膜となる。
    3Fe(OH)2 → Fe3O4 + 2H2O + H2     (4)
 酸素を除去することによって(2)のカソード反応が抑制され、これに対応して(1)の鉄の腐食反応も抑えられる。また、生成したマグネタイト皮膜が十分な保護性を有するときには(1)の反応は抑制されて、炭素鋼の高温水中の腐食速度は十分に低くなる。さらに酸素濃度が低くなると、酸素の代わりに水が酸化剤となって電子を消費する次式の反応が進行する。
    2H2O + 2e → 2OH + H2          (5)
この反応が(1)の鉄の腐食反応とカップルして腐食が生じる。このように酸素の有無に関わらず鉄の腐食反応は進行するが、酸素のない場合の速度はより低くなるので、この脱酸素による防食法を基本とした水処理法で原子力発電所は運転されている。
 原子力発電所(PWRおよびBWR)の運転時の水化学条件を図2の電位—pH図上に示した。図中には(1)式の鉄の溶解反応および(2)式の酸素の還元反応、あるいは(5)式の水の還元反応の熱力学平衡電位や、(4)式によって生成するFe3O4などの腐食生成物の存在領域が示されている。また図中のCやDに示したように、PWRでは、溶存酸素を除去し、Fe3O4皮膜の安定な中性—弱アルカリ性還元性領域で操業している。
3. 流動による腐食加速とエロージョン・コロージョン(文献4、5)
 炭素鋼の高温水腐食の腐食速度は、表面に生成する保護皮膜によって低い腐食速度に保たれている。一方、腐食を生じさせる溶液中の酸素は、溶液中を拡散してきて表面で反応するので、腐食速度は溶液中の酸素が境界層を通じて行う炭素鋼表面への拡散と表面に生成するマグネタイト皮膜中の拡散が直列に結合した物質過程によって律速されることになる。高温水の流動によって、この物質移動過程、すなわち腐食速度が加速される時、これを流動加速腐食(flow accelerated corrosion:FAC)と呼んでいる。また水溶液のみの単相流の場合から、水/蒸気の二相流、あるいは砂粒などを含む三相流など場合を含めてエロージョン・コロージョン(erosion/corrosion:E/C)と呼ぶ。
 FACの損傷形態には、図3に示したような特徴的なパターンが生じることが知られており、 山や谷のある局部腐食状で流速の向かう方向に流れた形状(図4)をしていて、その形態の特徴から馬蹄状腐食(horse shoe corrosion)と呼ばれることもある。熱交換器などのパイプの吸い込み口からパイプ直径(D)の2倍程度のところに侵食が集中する吸い込み口腐食(inlet attack)と呼ばれる形態も知られている。この他エルボ、オリフィス部、T字部など乱れの大きい箇所で生じるE/Cは、乱流による腐食(turbulence corrosion)とも呼ばれる。また流体の衝突する箇所での腐食を衝撃腐食(impingement corrosion)という。
 表面皮膜の影響が無視できる場合には、完全な溶液中の物質移動支配となる。物質移動の無次元式は、
    Sh=αReβScγ                (6)
のように、Re、Sc、Shの無次元数によって表される。ここでRe:レイノルズ数(=luρ/μ)、Sc:シュミット数(=μ/ρD)、Sh:シャーウッド数(=kl/D)であって、k:物質移動係数(m/s)、l:相当直径(m)、D:拡散定数(m2/s)、u:流速(m/s)、μ:粘度(Pa s)、ρ:密度(kg/m3)、α、β、γは実験的に決定される定数である。流速を含むReの指数βは、保護皮膜の生成しない系について実験的に、層流ではβ=約0.4、乱流ではβ=約0.8となる。
 高温水中ではマグネタイト皮膜が生成していて、物質移動を抑制しているが、高温水の流速の増大によって、保護皮膜が機械的に除去あるいは破壊されると、腐食速度は著しく増大する。このE/Cによる腐食加速は、単相流、気液二相流、あるいは固体粒子を含む三相流の順に激しくなり、気泡の破裂によるキャビテーションや砂粒を含む場合のサンドエロージョンなどの現象が知られている。
 E/Cによる腐食速度の流速、v、に対する依存性を、
  E/C速度 = (化学的作用+機械的作用)損傷速度 〜 v  (7)
で表すと、表1のようにE/C機構に依存して、指数yは大きく変化する。対応するE/C速度の流速依存性を定性的に示したのが図5である。
 図5のAおよびB領域は流動加速腐食(FAC)の領域であって、(5)式に示した物質移動式から明らかなように、層流領域のAではy=約0.4、乱流領域のBではy=約0.8のように流速依存性は大きくなる。さらに流速が増大して、皮膜剥離臨界速度以上のC領域では、皮膜破壊が生じ、y=1のように流速依存性は著しく増大する。またD領域では、表面の保護皮膜が失われてE/C速度は急速に増大する。さらに固体粒子を含む二相流のエロージョンの流速依存性は表1に示したようにy=2−3の範囲にあり、キャビテーションでは指数はy=5−8と非常に大きくなる。
 すでに述べたように、高温水中では(4)式のマグネタイト形成反応が生じる。マグネタイト皮膜の構造は、腐食機構および保護機能の解明にとって重要である。これまでの知見によると、高温水中で生成するさび皮膜は二層構造をとり、外層の皮膜は結晶性マグネタイトで内層には結晶性に乏しいが保護性のあるマグネタイトあるいはFe(OH)2からなっていることが明らかとなっている。
 図6に示したのは、Dooleyら(文献7)による皮膜生成機構の模式図である。下地から溶解したFe2+イオンが内層および外層を拡散して、最外層で皮膜を形成すると考えられている。溶液の流動は、生成した外層皮膜を除去し、またFe2+イオンの拡散を促進することによって全体としての腐食を促進する。腐食した炭素鋼表面に黒色のマグネタイト皮膜が存在すること、また高流速の場合でもマグネタイト皮膜が認められることから、機械的剥離と皮膜再生とが同時に進行して、全体としての炭素鋼腐食が流れの乱れた箇所で促進されるモデルとなっている。
4.高温高圧水中の炭素鋼腐食に影響する因子
 高温水中の炭素鋼腐食の腐食速度は、流速、幾何学的因子、温度、pH、溶存酸素、合金元素に依存し、これらの因子の影響は経験式としてまとめられていて、各因子の影響を定量的に見積もることができる(文献8)。
 経験式や既存のデータから、いくつか重要な因子の影響についてみてみる。図7は流動加速腐食(FAC)による高温水中の炭素鋼の腐食速度に及ぼす流速および温度の影響を示したものである。腐食速度は、流速の増大とともに増大し、温度の影響については、140℃で極大値を示す特徴的な挙動を示す。また図8に示すように、腐食速度は溶液中の酸素濃度の低下とともに減少し、またpHがアルカリ側になると減少し、Crなどを添加した低合金鋼の腐食速度は著しく低下する。ステンレス鋼はさらに低い腐食速度を示すので、重要部位の配管には炭素鋼に替えてステンレス鋼を用いるようになってきている。なお美浜発電所の2次系水質はpH=8.8〜9.7および低酸素濃度(≦10ppb)にコントロールされていて腐食しにくい環境条件にとなっていた(文献11)。
5.腐食等級から見た流動加速腐食の減肉速度
 ところで腐食分野では、材料と使用環境によって決まる腐食速度の範囲をA、B、C級に分けて、対象とする材料が使用可能か否かを判定する目安としている。すなわち、腐食速度のレベルをA(0.01 mm/y以下)、B(0.1〜1.0mm/y)、C(1mm/y以上)級に分けて、A級ならば問題なく使用でき、B級ならば十分な寿命管理の上使用して良いが、C級ならば使用不可としている。
 事故調査委員会に報告されたPWRおよびBWRの高温水中の炭素鋼配管の減肉速度は、それぞれ平均で0.28mm/y と0.03mm/yとされている。また柳田らがまとめた化学工業分野の高圧装置での損傷事例では、表2に示すように、一般腐食の腐食速度0.15〜0.3mm/yに対して、E/C速度は0.5〜1.0mm/yと大きい値を示すことが報告されている。油井環境を模した炭酸ガスを含む食塩水中では、高温高圧流動条件下で49mm/yのような著しく大きなE/C速度を示し、またステンレス鋼の塩化物応力腐食割れ(SCC)の速度は数mm/yの値をとることが知られている(文献11、12、13)。
事故調査委員会で報告された、PWRとBWRのE/C速度を、以上に述べたデータと比較したのが、図9である。BWRでのE/C速度はA級であるが、PWRのE/C速度はB級に分類され、十分に寿命管理をして使用する必要のあるカテゴリーに入る。すなわちPWRの2次系配管でのE/Cによる炭素鋼の腐食は定期的なモニタリングによる寿命管理が必須な系である。
<図/表>
表1 保護皮膜の損傷の観点からみたE/C損傷速度の流速依存指数
表2 化学工業分野における圧力設備(配管)の腐食速度の指針
図1 米国の軽水炉(BWRとPWR)の配管損傷発生状況
図2 鉄の腐食反応の熱力学平衡条件を示す電位−pH図中におけるPWRとBWRの炉水条件
図3 美浜原子力発電所の二次系炭素鋼配管の内面に見られた黒いマグネタイト皮膜に覆われた鱗片状模様を示す腐食形態
図4 エロージョン・コロージョンの特徴的な損傷パターン
図5 E/C損傷速度の流速依存性
図6 高温水中で生成する腐食生成物皮膜の構造と成長機構
図7 流動加速腐食(FAC)による高温水中の炭素鋼腐食速度の流速および温度依存性
図8 高温水中における炭素鋼および低合金鋼の腐食速度におよぼす酸素濃度およびpHの影響
図9 種々の腐食事例における腐食速度と腐食等級の比較

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<関連タイトル>
原子炉機器(BWR)の原理と構造 (02-03-01-02)
原子炉機器(PWR)の原理と構造 (02-04-01-02)

<参考文献>
(1)千葉吾郎:INSS Journal 12,87(2005)
(2)原子力安全・保安院:配管破損メカニズムの原因究明に係る調査状況について、美浜発電所3号機2次系配管破損事故調査委員会(第5回)資料5−1−2(平成16年9月17日)
(3)M.G.Fontana and N.D.Greene:Corrosion Engineering,McGraw−Hill Book Company(1967),p.72
(4)E.Heiz:Proc. Symposium on Flow-Induced Corrosion:Fundamental Studies and Industrial Experience,K.H.Kennelley,R.H.Hausler,and D.C.Silverman(Eds),NACE,Houston,TX(1991)p.1:1−1:29
(5)J.Postlethwaite and S.Neisic:Uhlig's Corrosion Handbook,2nd Ed.,John Wiley & Sons,Inc. (2000)p.249−255
(6)B.C.Syrett:Corrosion,32,42(1976)
(7)R.B.Dooley and V.K.Chexal:CORROSION 99,Paper No.349(1999)
(8)Von W.Kastner und K.Riedle:VGB KRAFTWERKSTECHNIK,66[12],171(1986)
(9)H.Heitman and P.Schub:Water Chemistry of Nuclear Reactor Systems 3,British Nuclear Energy Society(1983)p.243
(10)産業技術サービスセンター:防錆・防食技術総覧(2000)、p.701
(11)原子力安全・保安院:関西電力株式会社美浜発電所3号機二次系配管破損事故に関する中間とりまとめ(2004年9月27日)
(12)原子力安全・保安院:配管減肉の傾向と管理手法について−減肉管理指針の評価−、美浜発電所3号機2次系配管破損事故調査委員会(第3回)資料3−1−3(2004年8月27日)
(13)柳田省三、小林英男:高圧ガス、36[8]、720(1999)
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