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<概要>
 福島第一原子力発電所事故では、津波により重要な設備が被害を受け、原子炉冷却機能を喪失して炉心が溶融し、環境に大量の放射性物質を放出した。
 この事故の教訓から、深層防護の概念の実践と安全性向上の継続的な取り組みとして、地震や津波などの自然現象、電源や冷却設備の共通要因故障、更に炉心損傷防止や格納容器破損防止・放射性物質拡散抑制に対する多くの対策が強化されている。また、原子力緊急事態支援組織の整備や更なる安全性向上への取り組みが行われている。
<更新年月>
2016年12月   

<本文>
 福島第一原子力発電所事故を教訓として、我が国の原子力発電所では、さまざまな安全性向上対策が取られることになった。以下に福島第一原子力発電所事故の教訓とそれを踏まえた安全対策を示す。これらの安全対策は発電所に順次、施されている。なお、具体的な安全対策は施設の特性に応じて事業者が選択し、炉型などによって異なる。
1. 福島第一原子力発電所事故の教訓
 福島第一原子力発電所は、2011年3月11日東北地方太平洋沖地震の発生にともなって、原子炉は自動停止した。外部電源が喪失したが、設計どおり非常用ディーゼル発電機が自動起動して非常用炉心冷却系に電源を供給し、炉心の冷却が行われた。しかし、その後に襲来した想定を大幅に上回る津波により非常用ディーゼル発電機、配電盤、蓄電池などの重要な設備が浸水被害を受け、6号機を除き、非常用を含めた全ての電源が使用できなくなり、原子炉を冷却する機能が喪失した。その結果、炉心溶融とそれに続く水素爆発による原子炉建屋の破損につながり、環境への重大な放射性物質の放出に至った。
 シビアアクシデント対策は、1990年代に事業者の自主保安の位置づけでアクシデントマネジメントが整備されたが、福島第一原子力発電所事故では、津波により、複数の機器・系統が同時に安全機能を喪失し、いくつかのアクシデントマネジメントが予定していた効果を挙げられず、その後のシビアアクシデントの進展を食い止めることができなかった。
 このようなシビアアクシデントを二度と起こさないため、シビアアクシデント対策を盛り込んだ新たな規制基準が策定されるとともに、原子力産業界では、規制基準に適合するのみならず、世界最高水準の安全性を目指した取り組みを継続的に実現していくため、想定事象の拡張、設備対策の向上、マネジメントも含むシビアアクシデント対策の充実、新組織の設立などの対応策が展開されている。
2. 原子力発電所の安全対策
 福島第一原子力発電所事故からの教訓により、深層防護の概念の実践と安全性向上の継続的な取り組みとして、地震や津波などの自然現象、電源や冷却設備の共通要因故障、更に炉心損傷防止や格納容器破損防止・放射性物質拡散抑制に対する多くの対策が強化されている(図1参照)。
(1)自然現象に対する取り組み
 原子力発電所に影響を及ぼす活断層や津波については、従来、様々な調査に基づき、対策が講じられてきたが、さらに活断層や地下構造の調査を行い、必要に応じて基準地震動の見直しや耐震強化が行われている。津波についても発生場所や高さを評価し、安全上重要な機器の機能が確保されるよう対策が実施されている。さらに防波壁、防潮堤の設置、扉の水密化なども行われている。
 また、火山、竜巻、森林火災などの安全性に対する影響を評価し、必要に応じて対策が講じられている。さらに原子力発電所内の火災についても、火災発生の防止、火災の感知及び消火、火災の影響軽減などの防護対策の改善が実施されている。
(2)電源の強化
 緊急時は、発電所を安定した状態にするため、あらゆる場面で電源が必要となる。このため、地震や津波などで送電線や非常用ディーゼル発電機が同時に喪失しないよう、外部電源(送電線)が2ルート以上確保され、変圧器などの浸水対策も講じられている。また、常設の非常用ディーゼル発電機が機能しない事態でもバックアップする電源車などの移動可能な非常用電源や恒設の空冷式の非常用電源が追加されている。さらに、重要な設備の制御に使う直流電源も強化されている。
(3)炉心損傷防止対策
 従来から複数の非常用炉心冷却設備が設置されているが、これらの冷却設備が地震や津波などで同時に機能喪失する場合を想定し、多様な冷却手段により、炉心が損傷する事態を防止する。たとえば既存のポンプが使用不能になっても、すぐに代替できる大容量ポンプが配備され、調達に時間のかかる海水ポンプモーターは予備品も確保されている。緊急時の水源もタンク、河川、ダム、貯水池など多様化が図られている。また、既存の非常用ポンプが同時に破損した場合に備え、可搬型ポンプなどを配備して原子炉や使用済燃料プールの冷却を確保する対策も講じられている。
(4)格納容器破損防止対策・放射性物質の拡散抑制対策
 万が一、炉心が損傷しても、格納容器の破損を防止し、放射性物質の環境への放出を十分低減させる対策が講じられている。緊急時に格納容器を冷却する機能を強化し、たとえば炉心損傷が起きた場合、格納容器下部に落下した溶融炉心を冷やす注水ラインが新たに設けられている。また、シビアアクシデント時に格納容器内部の圧力を下げるため、放射性物質を低減して蒸気を排気する「フィルタベント」が設置されている。炉心損傷時に懸念される水素爆発を防ぐために、水素濃度を低減できる「静的触媒式水素再結合装置」や原子炉建屋上部から水素を排出する設備も設置されている。
(5)運用面での対策
 緊急事態が発生した場合でも、非常用設備などを有効に活用できるよう、過酷な事態を想定したマニュアルを整備するとともに、防災訓練などソフト面の対策も継続的に実施されている。
3. 原子力緊急事態支援組織の整備
 万が一、事故が発生した場合でも、多様かつ高度な災害対応を可能とするため、2013年1月、電気事業連合会により「原子力緊急事態支援センター」が福井県敦賀市に設置された。この組織は、作業員の被ばくをできる限り低減するため、遠隔操作可能なロボットなどの資機材を集中的に管理・運用し、電力各社が行う現場状況の偵察、放射線量の測定、がれきの撤去など、事故発生事業者の緊急対応活動を支援する。
4. 更なる安全性向上に向けた原子力産業界の取り組み
 原子力産業界は、更なる安全性・信頼性を高めることを目的に、2012年11月、原子力安全推進協会(JANSI)を設立した。原子力安全推進協会は、独立した立場と強い指導力のもと、国内外の安全性向上に関する最新知見を取集・分析し、事業者の安全性向上を積極的に評価するとともに、提言や支援等を通じて事業者の活動を牽引していく。
 また、原子力発電の抱えるリスクを継続的に低減する目的から、2014年10月、電力中央研究所に「原子力リスク研究センター」が設置された。原子力リスク研究センターでは、巨大地震など低頻度ではあるが大きな被害をもたらす事象のメカニズム解明や、事故の発生リスクの更なる低減、また、もし事故が起きてもその被害を最小限にとどめるための研究開発を行う。
<図/表>
図1 原子力発電所の安全対策の概要
図1  原子力発電所の安全対策の概要

<関連タイトル>
福島第一原発事故の概要 (02-07-03-01)
福島第一原発事故収束(2011年12月)に向けた取り組み (02-07-03-06)
商業用原子力発電炉に係る新規制基準(平成25年7月決定) (11-02-01-03)

<参考文献>
(1)原子力規制委員会:実用発電用原子炉に係る新規制基準について−概要−(平成28年2月)、https://www.nsr.go.jp/data/000070101.pdf
(2)電気事業連合会:Enelog特別号Vol.3/2013(平成25年7月)、http://www.fepc.or.jp/enelog/common/pdf/sp2013_vol3.pdf
(3)一般社団法人日本原子力学会原子力安全部会:「福島第一原子力発電所事故に関するセミナー」報告書(2013年3月)
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