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海面上昇はアジア・アフリカ地域の巨大デルタ地域で洪水被害を増加させるとともに、小島嶼国にとっては存亡にも関わる可能性のある問題であり、全球的な気候変化に起因する最も重要な潜在的影響の一つである。海面水位の長期変動の主な原因には、氷床(ice sheet)や氷河(glacier)などの陸上氷の融解・蓄積に伴う海水の質量の増減、海水温の上昇・下降に伴う海水の膨張・収縮の過程などがある。IPCC第三次評価報告書(2001年)によると、これらの過程の評価に基づいて全球平均の海面水位は過去100年間に10〜25cm上昇し、将来的には種々のシナリオに応じて、1990年から2100年までに9〜88cm上昇すると予測された。以下では、IPCC第四次評価報告書(2007年)における海面上昇の現状と今後の見通しについて解説する。
1.海面上昇の現状
IPCCの第四次評価報告書では、地球気候の温暖化にはもはや疑う余地がないとし、その理由として世界の平均気温の上昇、広範囲にわたる雪氷の融解、世界の平均海面水位の上昇が観測されたことを取り上げている。このうち、世界の平均海面水位は過去の地学的データ、潮位記録、潮位計による測定値、衛星測定値等に基づいて推定される。当然のことながら、過去に遡るほど推定値の不確かさは大きい。しかし、地学的な観測結果によると、過去2000年間の海面水位変化は小さく、平均上昇速度は年間0.2mm以下であったとされている。
これに対して、1961〜2003年の期間における世界平均の海面水位の平均上昇速度は年間1.8±0.5mmと推定されており、過去2000年間の平均よりもはるかに大きい。潮位計と地学的データに基づき、こうした海面水位の上昇は19世紀半ばと20世紀半ばの間に始まり、20世紀を通じた海面水位の平均上昇は年間1.7±0.5mm、つまり、20世紀の100年間に17cm(範囲:12〜22cm)上昇したと推定されている(
図1)。
潮位計による観測値とは別に、気候変動に関係する諸因子による海面水位上昇への寄与が推定された(
表1)。このうち、海水温の上昇に伴う熱膨張の寄与は10年周期で変動するが、年当たりの平均にすると0.42±0.12mmであった。また、氷河、
氷帽、氷床の融解による寄与は年当たりの平均で0.7±0.5mmであった。これらの個別要因の合計値は年間1.1±0.5mmであり、1961年以降の潮位計の観測値である年間1.8±0.5mmと比べてかなり小さい。この食い違いに関して、第三次評価報告書の「政策決定者向け要約」は、「1961〜2003年の期間については、気候が及ぼした寄与の総計は観測された海面水位の上昇よりも小さいと見積もられている」とまとめている。
他方、1993年から2003年の期間について衛星高度計で測定された平均上昇速度の推定値は年間3.1±0.7mmである。同期間における熱膨張の寄与は1.6±0.5mm、他の要因との合計値は年間2.8±0.7mmであり、衛星高度計による観測値との食い違いは潮位計の場合と比べて小さく、海面水位の上昇に関する科学的理解が向上してきていることが示されている。1993〜2003年の期間の上昇速度は1961〜2003年の期間に比べて急増しているが、これが単に熱膨張の寄与の10年周期変動によるのか、または長期的な上昇傾向が加速したことによるのかは明確でない。
1993年以降の正確な衛星測定の結果は、海面水位変化に地域的な差異があることについても明確な証拠を提供している(
図2)。幾つかの地域では、この期間の上昇速度が世界平均の数倍に達し、また他の地域では海面水位が低下しつつある。1992年以降で最大の海面水位上昇が発生したのは、太平洋西部とインド洋東部であった。大西洋はそのほぼ全域で過去10年間に海面水位上昇を示しているが、太平洋東部とインド洋西部の海面水位は低下している。
2.海面上昇の長期見通し
近年(1980〜1999年)と21世紀末(2090〜2099年)の期間に
温室効果ガスによって引き起こされる
地球温暖化の結果としての海面水位の変化を、IPCCは6つの温室効果ガス排出シナリオ(通称SRESシナリオ)について評価した。(SRESシナリオについてはATOMICAデータ「IPCC第三次評価報告書(2001年) (01-08-04-14)」で解説している。)
各シナリオにおける海面上昇の大きさは以下のとおりである。
・B1シナリオ(持続発展型社会シナリオ):18〜38cm
・B2シナリオ(地域共存型社会シナリオ):20〜43cm
・A1Bシナリオ(高成長社会シナリオ、バランス型):21〜48cm
・A1Tシナリオ(高成長社会シナリオ、新エネルギー依存型):20〜45cm
・A2シナリオ(多元化社会シナリオ):23〜51cm
・A1FIシナリオ(高成長社会シナリオ、化石燃料依存型):26〜59cmであった。
すなわち、21世紀末の海面上昇は環境保全を重視したB1シナリオでも18〜38cm、高成長で化石燃料への依存も強いA1FIシナリオでは26〜59cmと予測している。
上記の数値範囲は
大気海洋結合大循環モデルの解析結果の信頼度5%〜95%に対応する値であるが、炭素循環のフィードバック効果に関する不確定性は考慮していない。各シナリオについての予測レンジの大きさは第三次評価報告の時よりも小さくなっているが、これは海面上昇に寄与する因子の不確かさが減少したためである。どのシナリオでも、21世紀中の平均上昇速度が1961年〜2003年の期間の平均速度(年間1.8±0.5mm)を超える可能性が非常に高い。
21世紀に海面上昇を引き起こす要因の中で、熱膨張の寄与が最も大きく、どのシナリオでも推定の中央値において70〜75%の寄与をしている。氷河、氷帽、グリーンランド氷床も海面水位の上昇に寄与すると予測される。大循環モデルの解析では、南極氷床の質量は表面融解による減少よりも降雪による増大の方が大きく、結果的に海面水位の上昇に対して負の影響を与えると予想されている。他方、グリーンランドの幾つかの流出氷河及び西南極の氷流で近年観測されている種類の氷の流出がさらに加速すれば、氷床による海面水位上昇への寄与が顕著に増大する可能性がある。例えば、もし、将来の世界平均地上気温の上昇に比例してこれらの過程に伴う氷の流出が増大するものと仮定すると、2090〜2099年の海面水位上昇の上限値はさらに10〜20cm上昇すると予想される。この例では、2090〜2099年の期間の南極氷床の流出率(A1Bシナリオの場合、近年に比べて5〜10倍程度)は、同期間に予想される南極での雪の蓄積率と概ね均衡することとなろう。これらの効果に関する理解は限定されているため、その可能性の程度を評価したり、最良の推定値を示すことはできない。
21世紀の海面水位上昇も、地理的にかなり差異が生じることが予測される。A1Bシナリオの場合には、空間的標準偏差のモデル間分布の中央値は8cmである。各モデルによる空間パターンは一般に細部においては類似していないが、1) 南極海では平均よりも低い、2) 北極海では平均よりも高い、3) 南大西洋からインド洋にかけて顕著な上昇域が細長く広がるなどの、共通の特徴がある。
(前回更新:2005年9月)
<図/表>
<関連タイトル>
地球の温暖化問題 (01-08-05-01)
温室効果ガス (01-08-05-02)
地球の炭素循環 (01-08-05-03)
IPCC第三次評価報告書(2001年) (01-08-05-08)
IPCC第4次評価報告書の第1作業部会報告書の概要(2007年) (01-08-05-09)
<参考文献>
(1)Solomon, S., D. Qin, M. Manning, Z. Chen, M. Marquis, K.B. Averyt, M. Tignor and H.L. Miller (eds.), Climate Change 2007:The Physical Science Basis, Contribution of Working Group I to the Fourth Assessment Report of the IPCC,
(2)気象庁:IPCC第4次評価報告書第1作業部会報告書政策決定者向け要約(日本語訳)
(3)気象庁:IPCC第4次評価報告書第1作業部会報告書技術要約(日本語訳)