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<概要>
 ヨーロッパでは1960年頃から急激に酸性雨(一般に酸性度pH5.6以下を呼ぶ)がひどくなり、特にひどいところではpHが4を下回る地域も出てきた。また、米国や中国でも酸性雨は観測されている。日本では環境庁が1983年から国内の酸性雨の調査を開始した。全国的に欧米並みの酸性雨が観測されており、降水のpHは全平均値4.77で、日本海側の地域では大陸に由来した汚染物質の流入が示唆された。現時点で植生衰退等の生態系被害や土壌の酸性化は認められなかった。東アジア地域における酸性雨の現状やその影響を解明するとともに、この問題に対する地域協力体制の確立を目的として、東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)が提唱され、1998年4月から試行稼働が実施され、政府間合意を経て、2001年1月から本格稼動(13か国が参加)している。2000〜2004年における降水のpHの年平均値は、4.2〜6.1の範囲に分布しており、中国南西部で強い酸性雨が報告されている。
<更新年月>
2009年01月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.欧米諸国
 ヨーロッパや北米では、酸性雨(注)により湖沼の酸性化が進んでいる。ヨーロッパでは酸性雨の問題は古く18世紀から存在し、土壌学者オーデンによる1956年から1966年までの降雨調査結果では、年平均のpHはかなり低いことが報告されている。特にベネルクス三国地域ではpH4を記録し、pHが4以下の地域があることもわかった。そして1960年頃から急激に酸性雨の影響がひどくなったことも報告されている。酸性雨問題は発生源である大都市や工業地帯の局所的な問題にとどまらず、その影響は気流などにより長い距離を移動し、国境を超えた国際的な問題となっている。
 図1に、1989年頃のヨーロッパにおける酸性雨の状況を示す。
 ヨーロッパの酸性雨の影響は、とくにスウェーデンで顕著であり、湖沼への影響が指摘され、湖沼の藻類などの沈澱物が調査されている。1960年頃からpHの低下が始まり、1979年には6.0から4.5程度になったことが報告されている。スウェーデンでは、85,000ある湖沼のうち21,500の湖沼で酸性雨の影響が確認され、約10,000の湖沼は既に酸性化し、そのうち9,000の湖沼で魚類の生息に悪影響が現れている。またノルウェー南部でも、2000平方kmの地域で魚類の生息が脅かされている(図2参照)。表1にヨーロッパと中国各地の酸性降下物のpH値を示す。まだ、6.0以下の地域は多いように見える。図3に北米における酸性雨の状況を示す。
 米国では特に北東部でpHが低くなっている。1930年代、ルーズベルト大統領のニューディール政策で多くのダムを建設した。その後、水力発電だけではとても電力をまかないきれないため、石炭産地であるオハイオ川流域に多数の火力発電所を建設した。これにより、石炭燃焼による二酸化硫黄が発生したため、この地域では特にpHが低くなった。1955年と1972年の間で、pHが4.5から4.2に下がった。
 以上述べたように、欧米における酸性雨の進行は、ヨーロッパでは北西部や中部、米国では五大湖以南で特に進行している。湖や河川のpHが4.5以下になると魚が生存できないといわれており、スウェーデンの約4500、ノルウェーの約2,650の湖沼で魚が死滅し、カナダの約4,000の湖沼は死の海と化し、鮭の姿が見られなくなった河川が報告されている。
2.中国
 中国では酸性雨は「空中鬼」と呼ばれ、最近の環境問題の中でも大きな関心事となり、データもしだいに揃いつつある。奥地を除いたほぼ全域で酸性雨が観測されている。約2400か所で観測したところ、そのうちの45%の地域で酸性化しており、その中でも瀋陽(pH3.6)や貴陽(pH3.7)、広州(pH3.8)などの地域は、世界で被害が最も進行している北欧なみと報告されている。また貴陽などでは酸性雨によるとみられる森林被害も発生していると報告されているが、中国全体をみると、黄砂の影響により、極端な酸性化は局地にとどまっている。表2に中国貴州省の主要都市における酸性雨の状況、図4に中国の酸性雨のpH分布を示す。
3.日本
 酸性雨により、湖沼や河川の酸性化による魚類等への影響、土壌の酸性化による森林への影響、建造物や文化財への影響等が懸念されており、原因物質の発生源から数千kmも離れた地域にも影響を及ぼす性質があり、国境を越えた広域的な現象である。日本では、1983年から酸性雨のモニタリングやその影響に関する調査研究を実施しており、2004年に取りまとめられた1983年〜2002年の計20年にわたる調査結果は、次のとおりである。
(1)全国的に欧米並みの酸性雨が観測されており(全平均値pH4.77)、また、日本海側の地域では大陸に由来した汚染物質の流入が示唆された。
(2)現時点では、酸性雨による植生衰退等の生態系被害や土壌の酸性化は認められなかった。
(3)酸性雨に対し生態系が脆弱であると考えられる岐阜県伊自良湖(いじらこ)等への流入河川や周辺土壌において、pHの低下等酸性雨の影響が疑われる理化学性の変化が認められた。ただし、これらの変化はいずれも直ちに人の健康並びに流域の植物および水生生物等の生態に影響を及ぼすレベルにはない。
 なお、最近の降水のpH(2004年度〜2006年度)を図5に示した。
 このように、日本における酸性雨による影響は現時点では明らかになっていないが、一般に酸性雨による影響は長い期間を経て現れると考えられているため、現在のような酸性雨が今後も降り続ければ、将来、酸性雨による影響が顕在化するおそれがある。このため、酸性雨の実態を長期的に把握し、酸性雨による被害を未然に防止する観点から、「酸性雨長期モニタリング計画」に基づき、2003年から酸性雨測定所等における湿性・乾性沈着モニタリング、湖沼等を対象とした陸水モニタリング、土壌・植生モニタリングを実施している。
4.東アジア地区
 東アジア地域における酸性雨の現状やその影響を解明するとともに、この問題に対する地域協力体制の確立を目的として、東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)が提唱され、10か国が参加し1998年4月から試行稼働を行い、政府間合意を経て、2001年1月から本格稼動(13か国が参加)している。参加国は共通の手法を用いて酸性雨のモニタリング(湿性沈着、乾性沈着、土壌・植生、陸水の4分野)を行っており、得られたデータはネットワークセンターに集積され、解析、評価および提供がなされている。また、データの質を向上するため、精度保証・精度管理活動等も推進している。事務局は国連環境計画(UNEP)が指定されており、アジア太平洋地域資源センター(バンコク)においてその活動を行っている。図6にEANET地域の降水中pH(2000〜2004年の平均値)を示す。pHの年平均値は、4.2〜6.1の範囲に分布しており、中国南西部で強い酸性雨が報告されている。

(注)酸性雨とは、硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)などの大気汚染物質が硫酸や硝酸などに変化し、雲を作っている水滴に溶け込んで雨や雪などの形で地上に沈着する現象(湿性沈着)を指すが、広義にはガス・エアロゾルとして直接地上に沈着する現象(乾性沈着)も含む。その結果、森林、土壌、湖沼などの生態系への影響をはじめ、建造物の劣化や人体への影響等が懸念されている。
(前回更新 2004年9月)
<図/表>
表1 ヨーロッパと中国各地の酸性降下物のpH値
表1  ヨーロッパと中国各地の酸性降下物のpH値
表2 中国貴州省の主要都市における酸性雨の状況(1991−1992)
表2  中国貴州省の主要都市における酸性雨の状況(1991−1992)
図1 ヨーロッパの酸性雨の状況
図1  ヨーロッパの酸性雨の状況
図2 ノルウェーにおける漁業への被害状況
図2  ノルウェーにおける漁業への被害状況
図3 北米の酸性雨の状況(1998年)
図3  北米の酸性雨の状況(1998年)
図4 1999年中国の酸性雨の分布
図4  1999年中国の酸性雨の分布
図5 降水中のpH分布図(2004年度〜2006年度)
図5  降水中のpH分布図(2004年度〜2006年度)
図6 EANET地域の降水中pH(2000〜2004年の平均値)
図6  EANET地域の降水中pH(2000〜2004年の平均値)

<関連タイトル>
酸性雨の発生原因 (01-08-01-21)
酸性雨の影響 (01-08-01-23)
酸性雨に関する国際的な防止対策 (01-08-01-24)

<参考文献>
(1)環境庁地球環境部(編):改訂地球環境キーワード事典、中央法規出版(株)、(1998年2月)p.60-69
(2)東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET):

(3)唐景春(Tang Jingchun):中国の環境事情,

(4)環境省ホームページ:平成20年版 環境・循環型社会白書,

(5)平成20年版環境統計集:2章地球環境、酸性雨、表2.22

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