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1.酸性雨の影響の多様性
酸性雨は1970年代以来、大きな環境問題として認識されてきた。今日では、ヨーロッパを始め北米、中国、東南アジアなど先進工業国を中心に世界的な規模で発生しており、国際的な問題となっている。
酸性雨は、湖沼のpHの低下を招き、湖底から有害な金属を溶出させ、魚を死滅させるなど湖沼の生態系を破壊し、湖沼を「死の湖」と化している。また、森林に降った酸性雨は、葉の代謝を妨げたり土壌を酸性化したりして、樹木の生長を抑え、枯死させる。さらに、大理石や金属などで造られているビル、住宅、橋などの建造物への影響も考えられ、特に、歴史的な遣跡や石像などが被害を受けているという報告や、酸性雨により目や皮膚に痛みを感じたという報告もある。
図1-1、
図1-2、
図1-3で各大陸における被害概況を示す。
2.湖沼への影響
ヨーロッパや北米では、酸性雨により湖沼の酸性化が進んでいる。スウェーデンでは、85,000ある湖沼のうち21,500の湖沼が酸性雨による影響を受けており、10,000の湖沼は既に酸性化し、そのうち9,000の湖沼では魚が死滅している。ノルウェーでは、2,650の湖沼で魚が死減し、カナダでは、4,000の湖沼が死の湖と化し、鮭が住んでいた河川でも鮭の姿が見られなくなっている。米国では、ニューヨーク州アジロンダック山を中心に約220の湖沼が酸性化し、この状態が続けばカリフォルニア州、米国北西部およびロッキー山脈地帯の14,000の湖沼のうち3分の2以上は酸性化するおそれがあるといわれている。また、日本にも、酸性雨の影響を受けやすいと考えられる湖沼があることがわかっている。
3.森林への影響
森林被害は、酸性雨によって生じる場合だけではなく、ガス状の硫黄酸化物、窒素酸化物、オゾンなどの
大気汚染物質、病虫害などの要因が複合的に作用するといわれている。森林への影響は、ドイツのシュバルツバルト(黒い森)やアルプスに代表されるヨーロッパに多く、「黒い三角地帯」で知られるチェコ西北部、ポーランド南部、旧西ドイツ東部の山岳地帯に影響を与えている。
図2は、ヨーロッパ各国における森林の被害の程度を葉の喪失率で示したものである。この被害の内容を詳細にみると、チェコのプラハの北部の国立公園などで森林被害面積は約50万ヘクタールにおよび、エルツ山域の4万ヘクタールの樹木が枯死した。現在、ヨーロッパの大部分の国では、森林に何らかの異常(10%以上の落葉)が見られている。
ドイツでは、特に黒い森といわれるババリアやバーデンヴュルテンブルグでの被害が今では75%と顕著である。症状は樹種を問わず現れ、トウヒ、モミ、マツなどの針葉樹だけでなく、ブナ、カシのような広葉樹にも被害が現れている。そこで、ドイツは従来、酸性雨規制の国際協力にはあまり熱心ではなかったが、自国内の被害の急激な拡大に直面し、強力な規制を行うために1986年に連邦環境省が設置された。
オーストリアでは約40万ヘクタールの森林が影響を受けていると推定され、オランダでもマツ、モミの早期落葉がみられる。
旧東ドイツでは約12%の森林が被害を受けていると報じられており、ルーマニアでも5.6万ヘクタールの林が工場からの煙で被害を受けている。
スイスではモミの25%、トウヒの10%が枯死寸前である。ポーランドのクラカウ地区の約50万ヘクタールのトウヒ、モミなどの森林が被害を受けており、被害はまだまだ広がるものと推定されている。
カナダのケベック州では、カナダ特産のメープル(楓)ヘの影響が深刻である。
米国においても、高山帯の針葉樹に影響が生じており、ニューヨーク州のアジロンダック山で、ここ25年間に赤トウヒの50%以上が枯れている。
中国では、四川省の我眉山の冷杉が衰亡し、87%が被害を受けている。
わが国においても、環境省の調査結果では欧米並みの酸性雨が観測されているが、生態系への影響については明確な兆候は見られていない。しかし、今後、影響が現れることが懸念される(
図3-1、
図3-2)。
4.建造物・文化財への影響
アテネのパルテノン神殿やローマの遣跡、ドイツのケルン大聖堂など歴史的な遣跡、建物、石像などに影響を与えている。
5.その他
スウェーデンでは、地下水の酸性化が進み間題となっている。さらに、米国のチェサピーク湾で発生する赤潮にも酸性雨が予想以上に関与していることが明らかになった。
6.国際的問題
このようなヨーロッパにおける森林被害の原因は必ずしも酸性雨だけではなく、光化学オキシダントなどの要因も考えられるというが、その場合でも酸性雨が最も重要であるという見方が有力である。
都市化や工業化が世界的規模で進むことにより、汚染物質の排出量はますます増えてきており、これによる影響は国境を越えて広域化し、深刻な問題となっている。日本でも、国内で発生するものだけでなく、韓国や中国で発生した汚染物質が日本海を越えてやってきて、一部の地域で酸性雨を降らせていると言われており、酸性雨の問題は、国内の問題というよりも、国際的な対応が必要な問題となっている。
このような状況において、酸性雨問題に関する地域の協力体制を確立することを目的として、2001年1月から東アジア酸性雨モニタリング(EANET)が稼働している。2003年11月に開催されたEANETに関する第5回政府間会合において今後の活動の財政基盤強化の観点から、2005年からすべて参加国が自主的に資金貢献を果たすことを目指して、資金分担について合意をみた(
図4)。
<図/表>
<関連タイトル>
酸性雨の発生原因 (01-08-01-21)
ハーグ宣言とノールトヴェイク宣言 (01-08-05-06)
環境問題に関する国際会議(国際的取組み) (01-08-04-07)
<参考文献>
(1)環境庁地球環境部(編):改訂地球環境キーワード事典、中央法規出版(株)(1998年2月)
(2)環境庁(編):平成11年版 環境白書 総説、大蔵省印刷局(1999年6月)
(3)EICネットホームページ(
http://www.eic.or.jp)
(4)環境省(編):平成16年版環境白書、(株)ぎょうせい(2004年5月)
(5)長崎県ホームページ:
http://www.pref.nagasaki.jp/