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1.スーパーヒートポンプ・エネルギー集積システム
家庭用、業務用等の空調設備が急速に普及したため、最大電力需要が急速に増大し、発電設備の新増設を余儀なくされているばかりでなく、設備の利用効率(負荷率)の低下が進んでいる。このため、最大電力需要を抑制し、設備の利用効率を高めるための対策が必要である。一方、わが国で消費される総エネルギーの50%以上は、排熱や
温排水の形で利用されないまま自然界に放出されており、この低品位エネルギーの有効利用は、エネルギー資源の乏しいわが国にとって極めて重要な課題である。
スーパーヒートポンプによるエネルギー集積システムは、夜間のベース負荷電源の余剰電力を利用してエネルギーを増倍して高密度に貯蔵し、昼間のエネルギー高需要時にこれを活用することにより、電力の負荷平準化をはかるとともに、低品位の未利用エネルギーを高密度に集積し、必要時に自由に取り出すことができるものであり、エネルギーの有効利用に大きく寄与するものと考えられる。
このようなエネルギーの有効利用技術の研究開発のため、通商産業省工業技術院(現独立行政法人産業技術総合研究所)が進めたムーンライト計画の一環として、スーパーヒートポンプ・エネルギー集積システム(略称SHP)の研究開発プロジェクトが、1984年から1992年まで実施された。本計画の目標とするシステムは、超高性能の圧縮式ヒートポンプと化学反応を利用した蓄積装置とを組み合わせた、電力を駆動源とする大規模なエネルギー増倍昇温、冷却、貯蔵システムである。
表1は、研究開発の目標を示したものである。
2.超高性能圧縮式ヒートポンプ
超高性能圧縮式ヒートポンプとして、
(a)出力温度が現状の冷暖房、給湯用と同程度で、成績係数(
COP値)が現状の機器の約2倍の6〜8を目標とした高効率型ヒートポンプ、
(b)成績係数は現状と同程度であるが、出力温度が現状より遥かに高い150〜300℃の熱出力を可能とする高温出力型ヒートポンプ、
を開発の対象とし、いずれも
表2に示したように目標値を達成した。
高効率型ヒートポンプの高効率化に最も重要な役割を果たしたのが、ヒートポンプ用作動媒体および
熱交換器の高性能化である。作動媒体としては、フロン規制に対応して、代替フロンからなる非共沸混合作動媒体を採用した。高性能熱交換器については、小温度差向流多段熱交換器等を開発した。
高温出力型ヒートポンプについては、熱源温度が50℃、出力温度150℃の低温熱源用ヒートポンプの作動媒体として、高温下でも安定なトリフルオロエタノール/水の混合媒体を用い、熱源温度が150℃、出力温度300℃の高温熱源用ヒートポンプには、媒体として熱安定性に優れた水蒸気を用いた。高温出力型ヒートポンプの場合は、圧縮機の多段化、あるいは、圧縮容積可変機の高性能化が必要であり、高温、高圧の作動媒体のもつエネルギーを高効率に回収・使用できる動力回収機構の開発が課題であった。
3.ケミカル蓄熱技術
ケミカル蓄熱は、化学反応を利用して熱エネルギーを化学エネルギーの形で蓄えるため、蓄熱中に熱損失がなく、また放熱時には反応条件を制御することにより出力温度を入力温度より高温又は低温にすることができ、従来の顕熱蓄熱、潜熱蓄熱にはない特性を有する新しい技術である。
図1にケミカル蓄熱の原理を示す。このケミカル蓄積技術の研究開発の対象とされたものには、
表1に示したように、高温蓄熱機能型と冷温蓄熱機能型があり、いずれも
表3に示したように満足すべき結果が得られている。
高温蓄熱機能型の高温ケミカル蓄熱については、副反応、腐食、毒性、取扱い上の観点から、反応系として、
(a)無機塩へのアンモニアの吸収錯化反応系、
(b)フッ化アルコールと高級エーテルとの溶媒和反応系、
(c)臭化カルシウム水和反応系、
を選定した。これらの反応はいずれも蓄熱/放熱サイクルにおいて大量のガス相の移動と大きな反応熱の精製/吸収を伴う可逆反応であり、各種の条件下における反応特性を明らかにし、実用的な蓄熱装置の設計手法を確立した。
冷温蓄熱機能型の冷熱ケミカル蓄熱については、反応系として、
(a)フロン等液化ガスの水和反応によるクラスレート(包接化合物)反応系、
(b)塩化カルシウムと臭化リチウムの溶質混合水和反応系
を選定し、いずれの場合も最終段階において、パイロット規模の実負荷実証試験を行い、その有効性と省エネルギー性を確認した。
4.トータルシステム
民生用結合システムとして、高効率型冷温兼用ヒートポンプとクラスレート冷熱蓄熱装置を結合したシステムを設置して、冷房および暖房負荷による実証試験を行い、本システムの有効性を明らかにし、電力負荷平準化に資することを実証した。また、産業用結合システムについては、高温出力型低温熱源用ヒートポンプと水和反応高温蓄熱装置を組み合わせた運転を行い、産業用結合システムとしての有効性を実証した。
以上の研究開発により、本システムを構成する要素技術はヒートポンプ、蓄熱装置のいずれも、それぞれの開発目標を達成するとともに、これらを組み合わせたトータルシステムの実証試験により、電力負荷平準化と負荷率の向上がはかられ、電源の多様化利用が促進されること、並びに従来技術では回収・利用が困難であった低品位エネルギーの再利用が可能となり、省エネルギー化の促進に役立つことが明らかになった。
5.最近の動向
新エネルギー利用等の促進に関する基本方針が改訂され(2002年12月 閣議決定)、河川水、海水、下水等の水を熱源として、その熱をヒートポンプ等で汲み上げることにより、給湯、暖房、冷房等の用途に利用する場合を温度差エネルギと定義し、導入目標を温度差エネルギー、
雪氷熱利用をあわせて約58万Klと定めている。
2001年6月の総合資源エネルギー調査会 新エネルギー部会報告書では、新たな市場拡大措置として、個々の導入補助や先進性の高いモデル的な事業への支援を通じた初期需要創出の推進などが有効であるとの見解を示している。
最近の技術開発では、従来のフロン冷媒に代わる環境に優しい冷媒を利用したヒートポンプの開発、実用化が課題となっている。特に、自然冷媒と呼ばれる自然界に存在する物質を冷媒として使用する研究開発が活発化している。自然冷媒には可燃性、毒性、高圧などといった問題を抱えた物質も含まれており、高効率化に併せて安全に使用するための技術開発が重要となってくる。
(1)超高性能空冷小型ターボヒートポンプ
三菱重工業と東京電力、中部電力、関西電力の4社は2002年2月2日、ビルや工場の空調等に使用する空冷ヒートポンプ分野において、業界最高のエネルギー消費効率(COP)5.0を持つ「超高性能空冷小型ターボヒートポンプ(冷房能力175kW/暖房能力200kW)」を共同開発したと発表した。「超高性能空冷小型ターボヒートポンプ」は三菱重工が開発した小型・高性能なターボ圧縮機を採用。さらに、外気で冷却した水を空気熱交換器に散布することにより高い冷却効果を発揮する「散水式空気熱交換器」を採用することで、冷房時COP5.0という業界最高効率を達成できたという。さらに、インバーターを標準装備することで、きめこまやかな運転制御も可能となり、大幅な省エネルギーとランニングコスト低減を実現した。冷媒にはオゾン層を破壊しない
HFC-134aを採用している。また、小型高性能ターボ圧縮機の開発により、市場規模の大きい小型ビル空調分野にも対応が可能という。
夏季の省エネルギーに期待が持てるようである。
<図/表>
<関連タイトル>
省エネルギー政策の基本理念 (01-09-08-01)
ムーンライト計画 (01-05-02-06)
<参考文献>
(1)日本産業技術振興協会(編):ムーンライト計画10周年記念成果発表会予稿集、日本産業技術振興協会
(2)工業技術院ムーンライト計画推進室監修:ヒートポンプシステム−IEA−技術評価報告、省エネルギーセンター(1983)
(3)資源エネルギー庁(監修):1997/1998資源エネルギー年鑑、通産資料調査会(1997年2月)、p.770-774
(4)新エネルギー・産業技術総合開発機構:平成14年度、温度差エネルギー、過去一年間の当該技術の動向
(5)Nikkei BP Network:BizTech、三菱重工と電力3社、業界最高COPの空冷ヒートポンプを共同開発