<本文>
1.はじめに
化石燃料利用による資源枯渇と環境影響の問題に対処する有望な手段の一つとして、太陽光発電が期待されている。近年、太陽電池の生産量増大と製造コスト低減、利用分野拡大が進展しており、世界の太陽電池生産量は560MW(2002年)に達している。さらなるコスト低減や効率向上、信頼性向上を目指した研究開発も進められている。しかしながら太陽光発電には、経済性の問題の他に、夜間や雨天には発電ができない大きな弱点がある。安定した電力供給のため、太陽光発電を
電力貯蔵 や水素と組み合わせたシステム概念の他に、分散配置した太陽光発電所を高温超伝導ケーブルで結び地球規模のエネルギーシステムを構築する構想、太陽電池を宇宙に展開して大規模発電を行うという宇宙太陽発電の構想も提案されている。
宇宙開発については、
国際宇宙ステーション (ISS:International Space Station)計画が進められている。ISSは低高度軌道を周回する全長約110m、重量約450tの多目的有人施設であり、寸法33.5m×11.6mの太陽電池パネル8セットを広げて、75kWの総発電容量をもつ。1998年に建設が開始され、2008年頃の完成を目指している。建設期間中の輸送のためスペースシャトル等により合計46回の打上げが予定されている。
近年、太陽光発電技術や宇宙開発は大きな進展を見せており、宇宙太陽発電の実現に向けて概念的な検討と基礎的な研究が続けられている。
2.宇宙太陽発電の概念
宇宙太陽発電の基本的な概念は、地球周回軌道に広大な太陽電池パネルを搭載した衛星を打ち上げて、太陽光により発生した電力をマイクロ波やレーザなどに変換し、地上の受電施設に送電をしようとするものである(
図1 )。赤道上高度36,000kmの地球静止軌道(GEO:Geo-stationary Earth Orbit)に太陽発電衛星(SPS:Space Power Satellite)を展開すると、ほとんど常に太陽光を受けて発電し、地上の受電施設に送電し続けることができる。打上げ費用の削減を図って、SPSを低高度軌道(LEO:Low-Earth Orbit)に展開させる提案もされている。また月面上に太陽発電基地を設置する提案もあり、月面ではケイ素や鉄などの主要な建設材料を月の資源から自給できる。GEOでは、食の期間を除けば季節や昼夜の別なく、また天候にも左右されないため、年間平均で地上太陽発電と比べて数倍高い効率で電力を供給できる。
3.宇宙太陽発電の研究動向
SPSのアイディアは、1968年に米国のP.Glaserによって最初に提案された(文献1)。1976年に、
米国エネルギー省 (
DOE )と米国航空宇宙局(NASA)により本格的な研究が開始された。当時は第一次石油ショックの後で、エネルギー源多様化の観点から代替基幹エネルギーが嘱望されていた。大規模で広範なフィージビリティスタディ「SPS:概念構成と評価計画」の成果として1979年にリファレンスシステム(文献2)が発表された(
図2 、
表1-1 、
表1-2 )。これは、寸法が5km×10km、重量が約50,000tの巨大な構造物であり、10GWの発電をする。マイクロ波の受電には広大な地上施設が必要とされる(
図3 )。地上での供給電力は5GWである。GEOに毎年2機ずつ合計60機を打上げて米国の全電力を供給する野心的で壮大な計画が立てられた。しかしながら、この計画は技術的には致命的な障害はないと評価されながらも、研究開発課題、技術的リスク、コスト競争力、必要投資額の面から実現性に乏しいと判断された(文献3)。また、国家財政の緊縮、エネルギー危機の消滅もあって、1980年に米国における大規模な研究は中止された。1990年代の後半に、環境問題への関心の高まりとこの間の技術の進展から、NASAにおいて「フレッシュルック」研究計画が開始された。この計画では、リファレンスシステムを大幅に見直して、より現実的な構想が追求された。多数のシステム概念が提案されたなかで、代表的なモデルとしては「サンタワー」型や「ソーラーディスク」型の概念がある(文献4)。LEOサンタワー発電衛星の概念を
図4 に、ソーラーディスク発電衛星の概念を
図5 に示す。フレッシュルック研究の結果を受けて(文献5)、その後さらに一連の宇宙太陽発電研究計画が続けられており、広範な研究が進められている。
日本では、1987年に宇宙科学研究所(現:宇宙航空研究開発機構JAXA)により、10MW規模のパイロットプラントSPS2000(文献6)が提案され、設計研究と基礎的な技術研究が進められた。SPS2000(
図6 )は高度1100kmの赤道周回LEOに打ち上げて、赤道周辺の開発途上国に送電することを想定している。衛星の周期は約2時間であり、衛星から1カ所の地上アンテナに送電できる時間は4分/周回程度となるため、平均供給電力は約250kWになる。1990年代初めに、通商産業省工業技術院(現:独立行政法人産業技術総合研究所)の
ニューサンシャイン計画 の一環として、SPS実現性の検討が行われ、1GW級SPSの基本構想がまとめられた。建設コストは2兆4000億円、発電コストは23円/kWhと見積もられた。宇宙開発事業団(現:JAXA)では、1998年から1GW級商用システムの実現を目指した検討が行われ、要素試作試験、実証衛星システム設計、推進技術調査等が進められている(参考文献7)。1GW級システムの建設及び発電コストはそれぞれ2兆7000億円、10円/kWhと試算された。2000年に、経済産業省/無人宇宙実験システム研究開発機構は宇宙太陽発電システムの検討を行い、2001年に実用化技術検討委員会を設置した(文献8)。
他に、カナダ、フランス、ドイツ、ロシア等で宇宙太陽発電の研究が行われている。1999年に欧州宇宙機関(ESA)/ドイツ航空宇宙センター(DLR)により「欧州セイルタワー」概念が発表された(
図7 、文献9)。
4.宇宙太陽発電の技術課題
宇宙太陽発電では、単位質量当たりの発生電力が最も重要なパラメータとなる。従来の衛星の太陽電池パネルでは数10W/kgであるが、宇宙太陽発電には1kW/kg程度の値が必要である。フレネルレンズや反射鏡による集光型も有力である。バス電圧には1000V以上が必要となるため、宇宙空間プラズマとの相互作用による材料劣化が問題となる。太陽熱による動的エネルギー変換は可動部の耐久性等の問題から太陽電池より不利とされている。大電力伝送用の回転継手の信頼性や超伝導ケーブル利用の可能性なども課題である。
SPSでは、2.45GHzや5.8GHzのISM帯(産業・科学・医療用バンド)周波数の利用が考えられている。アンテナを小型化するために、より高い周波数(4.5-30GHz)の利用も検討されている。大規模のフェイズドアレイ方式送電アンテナの開発、ビーム成形、ビーム指向制御が大きな問題である。地上受電施設の課題には、広大な面積が必要な施設立地の問題がある。レーザ送電については、変換効率向上、太陽光直接励起の研究が重要である。
軌道上で大規模な構造体を建設するためには、軽量で打上時収納効率の高いモジュール構造、トラス展開構造あるいはインフレータブル(膨張性の)構造を開発する必要がある。宇宙での作業は約$1M/hと非常に高コストであり、作業員の安全の面からも、船外作業を最小になければならない。このため、自己組立構造や組立ロボット、遠隔組立の技術開発が必要とされる。大規模構造物を軽量化するには柔構造とする必要があり、柔構造の軌道、姿勢、形状の維持・制御の技術開発が必要である。現状では、宇宙用ハードウェアのコストは$20,000/kg程度であるが、商用SPSではその1/20程度以下にする必要があろう。宇宙での廃熱には放射しか利用できないため、高発熱密度の集光型光電変換、マイクロ波変換あるいはレーザ変換に関わる放熱システムが重要な技術課題となる。
宇宙太陽発電には、大量輸送技術の飛躍的な進展が不可欠である。現状では、LEOへの打上コストは$10,000/kg程度と推定され、GEOへはその4-20倍かかる。宇宙太陽発電の実用化にはLEOで$200/kg程度以下、GEOで$800/kg程度以下に大幅に削減しなければならないだろう。このためには、低コストの超大型打上ロケットあるいはスペースプレーンや高性能の軌道間輸送機の開発が必要になる。
5.宇宙太陽発電の安全性と環境への影響
マイクロ波は
電離作用 を生じないが、生体内で発熱、誘導電流の発生、細胞内化学反応の変化など生物学的影響をもたらす。
電磁波 の健康影響評価について、世界保健機構(WHO)は国際プロジェクトを進めている。現在、
国際非電離放射線防護委員会 (ICNIRP)のガイドライン(文献10)及び日本の電波防護指針(文献11)では一般公衆及び職業人への曝露に対しそれぞれ1及び5mW/cm
2 を限度値としている。設計では、受電施設のサイト境界で限度値以下としなければならない。最近は、ISM帯の利用が盛んになってきており、地上受電施設の立地や送電ビームの成形、指向制御等を含めて電子機器への電磁干渉について対策が必要である。衛星通信に影響を与える多重波干渉、高調波、スプリアスノイズの低減も課題である。大強度マイクロ波ビームは電離層プラズマを加熱し、商用通信に影響を与える可能性がある。レーザ送電では、大気圏の加熱による局所的な気象の変化や飛翔する鳥などの生物に悪影響を与える可能性がある。眼や皮膚に対する障害の可能性も心配される。
宇宙太陽発電では、プラント建設を含めた炭酸ガス排出量は原子力発電並になると試算されている(
図8 )。超大型輸送ロケットの頻繁な打上げは大気に影響を与える。水分や熱の放出による対流圏の気象変化、水分や水素の滞留による熱圏の組成変化、水分放出による夜光雲の発生などの可能性がある。宇宙での作業や輸送によって放出される多量の物質とエネルギーは磁気圏とプラズマ圏に影響を与える。また射場周辺では、局所的な大気汚染や騒音が問題となる。大量の太陽電池生産に関わる採掘、製造の過程で放出される有害物質による環境汚染の問題や、大規模な地上受電施設に関わる土地利用、立地、周辺生態系への影響等も考慮しなければならない。SPSの反射光は天体の光学的観測に干渉し、また大強度マイクロ波は電波観測に干渉するなど天文学に影響を与える。
宇宙への往還、滞在、作業には、さまざまな
リスク がある。作業員の安全を評価するには、輸送機事故、建設事故、生命維持装置故障、
宇宙デブリ 、隕石、
電離放射線 、無重力、加速度、振動、騒音、熱、電磁場、高電圧、宇宙構造の帯電、精神的なストレスなど考慮に入れなければならない要因が多数ある。
6.まとめ
現状では、宇宙太陽発電の経済的成立性の見通しは立っていない。数多くの技術課題があり、環境影響や安全性についてもさまざまな問題が指摘されている。また軍事転用防止の保障など社会的な影響も大きい。宇宙太陽発電は地球規模の問題の解決を目指した壮大で野心的な構想であり、長期的な宇宙開発規模の拡大を見通し、科学技術振興、国際協力などの戦略的観点から今後の研究の動向を見守る必要があろう。
<図/表>
表1-1 リファレンスシステムの主要諸元(1/2)
表1-2 リファレンスシステムの主要諸元(2/2)
図1 宇宙太陽発電の概念
図2 リファレンスシステム概念
図3 宇宙太陽発電システムの規模(原子力発電所との比較)
図4 サンタワー概念
図5 ソーラーディスク概念
図6 SPS2000概念
図7 欧州セイルタワー概念
図8 各種発電システムの炭酸ガス排出量の比較
<関連タイトル>
太陽電池の原理 (01-05-01-03)
<参考文献>
(1)Glaser,P.E.: ”Power from the Sun: Its Future”,Science,162,857-866(1967)
(2)DOE: ”Satellite Power System Concept Development and Evaluation Program: Reference System Report”,DOE/ER-0023(1978)
(3)OTA: ”Space Power Satellites”,(1981)
(4)Mankins, J. C.: ”A Fresh Look at Space Solar Power: New Architectures,Concepts and Technologies”,IAS-97-R.2.03 (1997)
(5)NRC: ”Laying the Foundation for Space Solar Power,An Assessment of NASA’s Space Solar Power Investment Strategy”,National Academic Press (2001)
(6)Makoto Nagatomo,M.,Susumu Sasaki,S.,Naruo,Y.: ”Conceptual Study of a Solar Power Satellite: SPS 2000”,ISTS-94-e-04(1994)
(7)森 雅裕: ”マイクロ波による宇宙エネルギー利用について”、SPS2002-04 (2002)
(8)小林 徹: ”経済産業省−USEFの委員会活動について −宇宙太陽発電システムの実用化に向けて−”、SPS2002-01(2002)
(9)Seboldt,W.,Klimke,M. ”European Sail Tower SPS Concept”,ACTA Astronautica 48,5-12(2001)
(10)ICNIRP: ”Guidelines for Limiting Exposure to Time-Varying Electric,Magnetic,and Electromagnetic Fields (up to 300 GHz)”,Health Physics,74(4)494-522(1998)
(11)郵政省: ”電波防護指針”(1990)