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<概要>
 宇宙線は、電離箱の電荷が徐々に放電していく原因の究明の過程でその存在が明らかになってきた(20世紀初頭)。ヘス(Hess)は、1911-1912 年に、気球を用いた系統的な観測により、宇宙線の存在を実証した。
<更新年月>
1999年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.電離箱の自然放電の原因
 密閉した電離箱に与えた電荷は、時間が経つと徐々に放電してしまう。この現象は当初、絶縁の不完全によるものと考えられていたが、ガイテル(Geitel;1900)や C.T.R.ウイルソン(Wilson;1900) は、絶縁が不完全なためではなく、電離箱内の空気の電離に起因することを見出した。
 それではこの電離は何故生じるのか?先ず、電離箱の内壁や充填ガス(に含まれる天然放射性核種)から出てくる放射線が考えられた。確かに壁材や充填ガスを慎重に選び、取り扱うことなどによって放電は著しく減少した。しかし完全ではなかった。次に電離箱周辺の物質(空気や土壌)から出る放射線が電離箱内部の気体を電離することが考えられたが、電離箱全体を水や鉛で遮蔽しても尚、電離を完全になくすことはできなかった。C.T.R.ウイルソン(1901)やリチャードソン(Richardson;1906) は、この電離の原因が地球外からやってくる透過力の強い何らかの放射線ではないかと推測し、様々な調査を行った。
 1910年前後になると、この推測を支持するような研究結果がでてきた。空気の電離の高度分布が、土壌中放射性核種による電離だけでは説明できなかったのである。電離箱を地上から徐々に持ち上げていくと、土壌からの放射線は空気に吸収されるため電離箱の電離は減少していくはずである。ベルグウィッツ(Bergwitz;1910) やマクレンナ(Mclenna) およびマッカラム(Macallum)(1911)はこのような実験をしたが、その減少のしかたは予想よりも小さかった。また、ヴルフ(Wulf;1909) がエッフェル塔で同様の実験を行ったところ、土壌からの放射線が空気で吸収されるとして予想される電離の約6倍もの電離を観測し、彼はγ線の源が大気上層部にあるか、または空気の吸収が予想以上に小さいのではないかと考えた。
 ゴッケル(Gockel;1910) はこの観測を一歩進めて、気球にのせた電離箱を用いて高度4500mまでの電離を測定した。すると、電離は高い高度でむしろ増加していることが明らかになった。土壌から放出される放射線がこのような高高度まで達するはずはないから、それ以外の放射線が上空に存在することが分ったのである。ゴッケルはこの放射線源として、放射性核種が崩壊してできた放射性のガスが大気の上層に蓄積したものを考えたが、これでは観測結果を説明するには少なすぎた。
2.気球による観測
 これらの観測結果を踏まえ、宇宙線の存在を明らかにしたのはヘス(Hess、オーストリア)であった。彼は気球に電離箱をのせてゴッケルと同様の観測を行った。先ず1070mまでの高度分布を測定し(1911)、放射線の強度が地上と大差ないことを示した。次に5350mまでの高度分布を測定し(1912)、低高度では電離が減少したが 800m付近から増加し始め、4000mでは約6倍に、5000mでは約9倍になることを明らかにした。このような結果は、放射性ガスの蓄積ということでは到底説明できず、どうしても地球外から一種の放射線が来ていると考えざるを得ないとの結論に達した。もしそうであれば、この放射線は極めて強い透過力をもっているということになる。なぜなら、地球外から地上高度5000mまでは水に換算して5〜6m、地上までは同様に約10mの空気層が存在しており、この地球外からの放射線はこの厚い層を貫通して到達するのである。普通のX線やγ線は水1mの厚さもあれば殆ど吸収されてしまうことを考えれば、この地球外放射線の貫通力の強さが分る。
 このようにして発見された地球外からの放射線はドイツでは「高所放射線」、「ヘス放射線」、「超放射線」などと呼ばれたが、英米では「宇宙線(cosmic ray)」と呼ばれ、現在では「宇宙線」という呼称が定着している。
 その後、この高いエネルギーをもった宇宙線は世界中の物理学者の関心を集め多くの研究が開始された。
3.宇宙線の性質の観測
 コールヘルスター(Kolhoerster;1913,1914) は、9300mまでの高度分布の精密測定を行い、地上での宇宙線電離強度の50倍に達することを示した。また宇宙線の空気に対する吸収係数を求め、1.0E−5/cm(Ra-Cγ線の約5分の1)の値を得た。
 1925年には、ミリカン(Millikan)およびキャメロン(Cameron) がミュアー湖(標高3900m)とアロウヘッド湖(標高2060m)での観測から宇宙線の水に対する吸収係数を求め(1.8〜3.0)E−3/cm 、コールヘルスターの値(2.5E−3/cm)と一致したことから宇宙線の存在を確認した。トンネル、坑道、水底での観測も行われ、コールヘルスター(1933)は、水深1000m相当の深さでGM管により宇宙線の存在を確認している。
 クレイ(Clay;1927) やコンプトン(Compton;1930-)は、地球上広く宇宙線強度を観測し、赤道近くで強度が極小になること(「宇宙線強度の緯度効果」)を確認した。さらに、緯度として「地磁気緯度」をとる方が宇宙線強度との相関が良いことから、地球大気に入射する1次宇宙線が電荷を持ち、地球磁場によって運動量の小さい粒子は跳ね返されるからであると解釈された(ストーマー(Stormer;1930)、ルメトレ(Lemaitre)およびヴァラルタ(Vallarta;1933))。宇宙線に対する地磁気の影響の概念を 図1 に示す。
4.新しい粒子の発見
 1927年にはスコベルツィン(Skobelzyn)がウイルソン霧箱により宇宙線の飛跡を初めて観測した。次いでアンダーソン(Anderson;1932) は強い磁場中でウイルソン霧箱を作動させ、宇宙線の進行方向を湾曲させて、写真撮影することによってそのエネルギーを測定した。その際、彼は磁場中で電子の軌道とほぼ同程度であるが反対方向に曲げられている宇宙線粒子の軌跡を観測した。これが陽電子の発見であり、当時ディラック(Dirac) が提唱していた量子論を基礎づけ、相対論的量子電磁力学の発展に貢献した。
 また、ストリート(Street) およびスティーブンソン(Stevenson;1937)は1947年、磁場をかけた霧箱中で曲りながら止った粒子の飛跡を見出し、その質量を電子の約100倍と測定した。これが中間子の発見である。これは1934年に湯川秀樹が核力の源として提唱した粒子であり、中間子が寿命100万分の1秒でβ線に崩壊するとしたブラッケット(Blackett)の推論(1938)と併せて湯川の理論を裏付けるものであった。
 このように宇宙線は、不可思議な電離成分の探求をきっかけに発見された。その後、様々な研究者によってその性質が解明され、それだけではなく、原子核理論、素粒子論上重要な事実の発見の宝庫となり、さらには宇宙論の発展にも多大な貢献をしてきたのである。
<図/表>
図1 宇宙線に対する地磁気の影響の概念
図1  宇宙線に対する地磁気の影響の概念

<関連タイトル>
宇宙用材料と放射線 (08-04-01-10)
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<参考文献>
(1) 仁科芳雄ら:宇宙線、岩波講座物理学 XI.B、岩波書店(1931)
(2) 早川幸男:宇宙線、岩波講座物理学III.C、岩波書店(1958)
(3) 西村純ら:宇宙放射線、共立出版
(4) 国立天文台(編):理科年表 平成10年版、丸善(1997.11)
(5) I.G.ドラガニッチほか(著)・松浦辰男ほか(訳):放射線と放射能−宇宙・地球環境におけるその存在と働き−、学会出版センター(1996.1)
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