<本文>
1.はじめに
宇宙空間は
銀河宇宙線や
太陽風という極めて強い放射線が飛びかっている世界である。我々の住んでいる地球表面は、大気という遮蔽物で大部分が遮断されているが、人工衛星や宇宙基地など宇宙開発に関わる場合には、これらの放射線に直接曝されることになる。通信衛星や気象衛星、惑星探査衛星、あるいは宇宙飛行士の活躍するスペースシャトルや宇宙基地の構成材料や機器は、宇宙放射線に対して十分の耐性を確保することが重要である。
2.宇宙環境
宇宙の放射線は、以下の3つに大別できる。(1)銀河宇宙線:太陽系の外、即ち、銀河に由来する宇宙線で、エネルギーの高い
重イオン等の粒子線とエックス線からなる。(2)太陽宇宙線:太陽から放出される放射線で、粒子線 (電子線や
陽子線) および紫外線からなる。(3)地磁気に捕捉された放射線:電子線や陽子線からなり、地上500km〜数千kmのバンアレン(Van Allen)帯に存在する。これらの主な放射線の種類と量を
表1に示す(参考文献1)。
放射線の種類や強度は、地球からの距離により大きく異なっており、また、太陽活動の強弱や銀河の爆発なども多大な影響を与える。
図1に地球の磁気による放射線の捕捉を示すが、中央の丸印が地球の大きさである。地上500kmにバンアレン帯の内帯、2500km前後に外帯があることを示している(参考文献1)。地球からの高度と放射線の強度を示したものが
図2であり電子と陽子が主に存在している(参考文献2)。
スペースシャトルなどの有人宇宙船は、高度400km以下の、低軌道(Low Earth Orbit:LEO)と呼ばれる放射線の比較的低いところを飛行している。また、放送衛星などの静止軌道(GEO:Geostationary orbit:GEO)は高度36,000kmで、バンアレン帯の外になるので、捕捉放射線の影響は受けないが太陽宇宙線と銀河宇宙線に曝される。バンアレン帯を横切る楕円軌道をとる特殊な観測衛星は、大量の放射線に曝されることになる。
3.宇宙用材料
宇宙用材料は軽量で、かつ、強度や耐熱・耐寒性、耐紫外線性、耐真空性などを満たすことが必要条件であり、さらに、耐放射線性を有することが求められている。
図3に科学観測衛星を示すが、各種の材料が使用されている(参考文献2)。材料の種類としては、通信や発電機能に不可欠の半導体素子、
太陽電池のパドル(支持台)やコンピューターなどの衛星本体の容器となる構造材料としてのアルミニウム等の軽金属や繊維強化複合材料、本体の温度を調整する熱制御や絶縁材料としての有機材料が主なものである。
この中で、放射線に感受性の高い材料は半導体と有機材料である。ここでは、耐放射線性材料選択や耐久性評価の対象となっている、半導体と有機材料について取り上げる。
3.1 半導体素子・デバイスの耐放射線性
人工衛星の本体はコンピューターであり、各種の半導体素子とデバイスから成り立っている。また、その電源は太陽電池であるが、これも半導体素子である。これら半導体の種類とその耐放射線性を
表2に示す。ここで、トータルドーズとは半導体としての機能が失われるに至る放射線の積算
線量を意味しており、
シングルイベントとは主に宇宙線によって引き起こされる故障の確率である。
シングルイベントは、高エネルギーの荷電粒子(重イオン)が1個で引き起こされるもので、その機構は
図4に示すように多数の電荷が発生するためと解釈されている(参考文献3)。したがって、この現象で故障の起こる確率はイオンの種類により異なり、
図5に示すように、線エネルギー付与(Linear Energy Transfer:
LET)が大きい場合に高くなり、ある値以下(
しきい値)では故障とならない(参考文献1)。このしきい値は半導体素子やデバイスによって異なっている。
トータルドーズは、放射線により半導体材料の中に結晶欠陥などが蓄積されて、徐々に素子としての特性が失われる現象である。この場合には、一定の放射線を短時間に与えた場合と、長時間で与えた場合で大きく異なり、前者の場合に特性の低下が著しく大きくなることが判明している(
図6)(参考文献4) 。これは欠陥が時間とともに回復することと関係していると解釈されている。
3.2 有機材料
有機材料は、軽量で電気絶縁性が高く、柔軟性と光透過性があり、薄膜に形成できるなど種々の特徴を有していることから、宇宙開発においても不可欠の材料である。宇宙で使用される有機材料の種類を
表3に示す(参考文献2)。有機材料は種類が多く、この表に挙げられている物質名の中にも多種類のものがあり、その中から耐放射線性に優れたものが選択されている。人工衛星本体の温度を制御する熱制御材料は有機材料のフィルムをベースとして、金属蒸着などを施した複合材料が利用されている。その一例として、熱制御材料(Optical Solar Reflector:OSR)の耐放射線性研究の例を
図7に示す(参考文献5)。これは真空中でGEO10年相当の照射量の電子線を、電子加速器を用いて照射試験を行った場合に、照射量および照射の速度(
線量率)が太陽光吸収率(α)と赤外線放射率(ε)に与える効果を調べたものであるが、照射による影響が認められないこと及び線量率依存性がほとんど無いことを示している。宇宙空間で数年から数十年にわたって照射量を、地上で加速器を用いて数時間に与える照射試験が妥当であること及び劣化が問題ないであろうことを示している。陽子線、重粒子線に対しては、電子線よりも宇宙空間での線量は低いものの、
吸収線量が同じであっても影響が異なるいわゆる線質効果が懸念されていたが、有機材料の熱光学特性については、試験した範囲においては認められていない(参考文献5)。
芳香族を含む有機材料の開発が進み、ポリイミドやポリアミドなど、耐放射線性が高く 、高強度のフィルムが製造されるようになった(参考文献6)。これら材料は、宇宙材料として適用が検討されており、高性能材料として発展が期待されている。とくに、ポリイミド類では、耐熱、耐酸化性に優れ、高靭性、溶融流動性、易成形性を両立させた材料が開発されており、複合材料化や大型膜構造物への応用が期待されている(参考文献7)。
宇宙環境では、放射線(電子線、陽子線、重粒子線)のみならず、太陽からの紫外線、真空、温度サイクル、またLEOならば紫外線により生じた原子状酸素(Atomic Oxygen:AO)による劣化も懸念されている。加えて、それらの劣化因子が同時に材料に負荷されるため、相乗効果も考慮する必要がある。しかしながら、試験研究機関で利用可能な施設・装置の多くが劣化因子を単独に負荷することしか出来ず、劣化を逐次に与える方式によって耐久性を評価せざるを得なかった。また、劣化を与えた後の分析・評価に際しても一度大気に曝す等の制約があった。真空中において、電子線、紫外線、原子状酸素を同時に材料に照射可能で、その後の分析に際しても真空中で搬送可能な複合環境試験設備が整備され運用されている(
図8)(参考文献8)。
<図/表>
<関連タイトル>
宇宙線の発見 (16-02-01-02)
<参考文献>
(1)松田 純夫:「宇宙開発と耐放射線性材料」、放射線と産業、No.68 、p.25-30(1995)
(2)黒崎 忠明:「宇宙用材料の放射線対策」、放射線と産業、No.63、p.15-20(1994)
(3)平田雅規:「宇宙用 LSIの放射線対策」、放射線と産業、No.63、p.21-24 (1994)
(4)久保山 智司:「半導体デバイスの低線量率照射試験技術と宇宙機器への適用」、放射線と産業、No.68 、p.40-46(1995)
(5)工藤 久明、杉本 雅樹、瀬口 忠男、田頭 実、今川 吉郎、中井 宗明:「宇宙用熱制御材料の耐放射線性評価試験」、電気学会、誘電・絶縁材料研究会資料、DEI-97-152(1997)
(6)瀬口 忠男:「高分子科学最近の進歩− 耐放射線性材料」、高分子、44巻、3月号、p.144-147 (1995)
(7)横田力男:「衛星をつつむ金色の膜ーポリイミドの研究」、ISASニュース、No.245、p.1-4(2001)
(8)井口洋夫監修、岡田益吉、朽津耕三、小林俊一編集:「宇宙環境利用のサイエンス」裳華房(2000)、p.221