<本文>
1.国情
ブルガリアは、人口約750万人(2010年現在)で、面積11万944平方km(日本の本州の約半分)の領土を有している。言語はロシア語に類似したスラブ系のブルガリア語が使用され、約80%がスラブ系のブルガリア民族で構成されている。文字はキリル文字で表記されるが、観光産業が発達するにつれ、地名などにローマ字も併記され、英語も広範囲にわたり通じる。
14世紀後半から19世紀後半までの500年間トルコの支配下にあったが、19世紀後半、露土戦争の結果トルコから独立(1878.3.3)。社会主義時代(1944年−1989年)は東欧諸国の中でも随一の親ソ国であった。1989年には他の東欧諸国とともに民主化・市場経済化を開始した。1991年に民主的な新憲法を採択し、議会制民主主義(政体:共和制)をとっている。2004年3月NATO加盟、2007年1月EU加盟を果たした。
2.経済情勢
ブルガリアはかつて農業国であったが、第二次世界大戦後に旧ソ連をモデルとした中央集権的な重工業政策を実施した。毎年2桁台の成長率の上昇を続け、1951年から1970年までの約20年間に実に13倍の高度成長を達成した。しかし強引に進められたこのような経済政策は、1980年代に入って破綻をきたし始め、平均成長率が4%前後に鈍化、同年代半ばに進められた工業化政策も失敗に終わり、財政は深刻な事態に陥った。1989年以降民主化が進み、市場経済への移行を開始したが、(1)輸出入の7〜8割を依存していた旧コメコン市場の喪失、(2)国連の対ユーゴ経済制裁による多大な
損害、(3)社会党(旧共産党)と民主勢力同盟間の頻繁な政権交代に起因する政策一貫性の欠如など、諸要因が重なり経済改革は遅れた。
1996年に経済状況が急速に悪化し、貧困と失業者の増大をもたらしたが、国際通貨基金(IMF)主導の経済改革を推進し、一部の公共事業を除いた国営企業の民営化を実施した。金融面では、1997年7月に通貨委員会を設置、独マルク(現在はユーロ)との固定相場制を導入するなど、金融安定化策を採用した。その結果、インフレの沈静化や金利水準の低下、外貨準備高の増加が見られるようになるなど、マクロ経済は安定し、失業率は地方を除いて全国的に低下傾向にある。2008年以降の世界金融危機の影響で、外国投資が大幅に減少して2009年
GDP成長率は−5.0%となったものの、輸出の伸びを受けて経済は回復しつつある(
表1参照)。
2010年の経済指標は、GDP:477億ドル、一人あたりのGDP:6,356ドル、経済成長率:0.1%、物価上昇率:2.4%、失業率:10.2%になっている。貿易については、2010年の輸出額が155.61億ドル、輸入額が192.44億ドル、主な輸出品は衣服、靴、鋳鉄類、非鉄金属、機械類、石油製品など、主な輸入品は繊維、原油・天然ガスなどである。主な貿易取引相手国は、ドイツ、イタリア、ロシア、ルーマニアである。
3.エネルギー事情
ブルガリアは水力発電量も少なく、石油とガスの資源は事実上存在しないなどエネルギー資源に恵まれず、
一次エネルギー供給量の約75%以上を海外から輸入している (
表2・
表3参照)。そのため、年間3,500万トン前後生産される石炭が同国のエネルギー産業の中心となってきた。石炭は広範囲に埋蔵するが、大半は低品位の亜炭(lignite)と
褐炭(brown coal)(推定埋蔵量45億トン)である。最も高質な
無煙炭(black coal)の推定埋蔵量は推定12億トンだが、その95%が地下1.5kmのDobruja堆積盆地に存在するため、今のところ採掘不能である。2011年に生産された石炭3,690万トンのうち、低品位の亜炭が93.6%、褐炭が6.3%であり、無煙炭はわずか1万4000トンである。亜炭の95.7%は同国最大の露天掘り炭田であるマリッツア炭田(Maritsa Iztok及びEast)で生産されている。亜炭生産はこのほかソフィア盆地のスタニャンツィ(Stanyantsi)、ベリ・ブレグ(Beli Breg)、チュクロボ(Chukurovo)炭田があり、褐炭生産には西部のボボブドル(Bobovdol)、パーニック(Pernik)炭田がある。
天然ガスの消費量は2009年で216万トン(石油換算)であるが、このうち98.6%はロシアからウクライナ・ルーマニア経由のパイプラインで輸入されている。なお、2000年代後半からガス供給を巡って度々起きたロシア・ウクライナガス紛争の影響を回避するため、ロシアのガスプロム社主導でウクライナを迂回して黒海・ブルガリアを経由するサウスストリーム・パイプライン敷設計画(SSNGP)が開始している(
図1参照)。ブルガリア国内の通過部分は国営企業ブルガリア・エネルギー・ホールディング(BEH)により2013年から着工する予定で、2015年完成を目指している。また、欧州のロシアへのエネルギー依存度を低下させるため、アゼルバイジャン、トルクメニスタン、イラン、イラクなどを天然ガスの供給元としたナプッコ・パイプライン計画を米国とともに進めている。
石油資源に関しては、首都ソフィア北部のプレベンに沖合油田があり、年間2万トン前後の石油が生産されているが、他の東欧諸国同様100%前後ロシアからの輸入に頼っている。なお、EUは2020年までに
温室効果ガス(GHG)排出量を20%削減、再生可能エネルギー比率を20%、エネルギー効率を20%向上させるという方針を打ち出しているため、ブルガリアで唯一の製油所であるロシアのLukoilの子会社Lukoil Neftochimが経営するNeftochim Burgasでも、2010年までに欧州規格Euro-5対応の脱硫関連設備、制御システムの近代化等々を完了している。
ブルガリアは石炭、石油などのエネルギー資源に恵まれないが、その立地からバルカン地域や南東欧のエネルギーバランスに重要な役割を果たし、ロシアから西欧、バルカン諸国までの石油・天然ガス供給の戦略主要拠点となっている。ブルガリアではEU加盟に合わせ電力・エネルギー企業の再編・民営化と市場の自由化が行われ、さらにエネルギー部門を効率よく管理、監督するため、国営企業ブルガリア・エネルギー・ホールディング(BEH)が2008年9月に設立した。これにより大型発電施設、公的電力供給、配電活動、天然ガス供給網が一体化している。
図2にBEHの組織図を示す。
4.電力事情
エネルギー消費量の急激な伸びに合わせて、ブルガリアでは発電設備が集中的に開発された。発電は石炭を中心とした火力発電が大きな比重を占めている。マリッツァ東炭田(Maritsa East)の亜炭を燃料とした第1〜3発電所、ウクライナ産の瀝青炭を燃料としたヴァルナとルセ発電所、褐炭を燃料としたボボブドル発電所など火力発電所の設備容量は総計4,570MWである。ブルガリア唯一のコズロドイ原子力発電所は6基の3,760MWを有するが、1、2、3、4号機は2006年末までに閉鎖し、現在5、6号機のみが運転中のため設備容量は1,906MWである(
表4参照)。また、水力発電設備は2184MWで、ほとんどがブルガリア南部や南西部の山岳地帯を中心としている。
図3にブルガリアの発電設備マップと送電系統図を示す。
総発電電力量は、1970年の194億kWhから1988年には424億kWhまで増加したが、1992年は337億kWhと若干低下した。その後は順調に増加し、2006年には458億kWhまで回復したが、2006年末にコズロドイ-3、4号機が運転を停止したため、2009年には430億kWhに減少した(
表5参照)。ブルガリアは重機械を使用する冶金化学工業などエネルギー多消費型産業の開発を推進してきた。そのため、比較的1人当たりのエネルギー消費量が大きい。
なお、ブルガリアは1992年頃まで自国の発電電力量だけでは電力需要を賄うことができず旧ソ連から電力を輸入していた。1991年には電力消費量315億kWh及び損失量53億kWhに対し総発電電力量(送電端)は347億kWhしか賄えず、その差分(約21億kWh)を400kV及び750kVの送電線を利用して輸入していた。しかし、1996年以降は輸出に転じ、現在ではバルカン地区の電力需要を満たす重要な位置づけにある。なお、ブルガリア国内の送電ネットワークは400kV、220kV及び110kVから構成され、系統運用は国営企業BEH社傘下の電力送配電会社ESOが運用している。ルーマニア、トルコ、ギリシャ、マケドニア、セルビアの5カ国と国際連携送電線を共有している。
5.ブルガリアの電力需給計画
経済・エネルギー・観光省は2011年6月に「ブルガリアのエネルギー戦略2020」と題し、2020年から2030年にかけてのエネルギー・電力需給予測を発表した(
表6)。EUは2020年までに温室効果ガス(GHG)排出量の20%削減、再生可能エネルギー比率20%、エネルギー効率20%向上という方針を打ち出しているため、ブルガリアにおいてもエネルギーの安定供給とEU法制と調和した規制ベースの構築と導入が求められる。エネルギー効率向上に関しては、設備投資による近代化、エネルギー消費削減策等により、バランスの取れた市場経済へ移行する方針である。温室効果ガス排出量に関しては、原子力、再生可能エネルギー及び石炭火力の近代化により、2010年の500kg/MWhから2030年には156kg/MWhへ削減する計画である。
(前回更新:2005年1月)
<図/表>
<関連タイトル>
ブルガリアの原子力政策および計画 (14-06-06-02)
ブルガリアの原子力発電開発 (14-06-06-03)
ブルガリアの原子力開発体制 (14-06-06-04)
ブルガリアの電気事業および原子力産業 (14-06-06-07)
ブルガリアのPA動向 (14-06-06-08)
<参考文献>
(1)(社)海外電力調査会:海外諸国の電気事業2010年版 、2010年5月、ブルガリア
(2)(一社)日本原子力産業協会:世界の原子力発電開発の動向−2012年次報告、2012年5月
(3)(社)日本原子力産業協会:原子力年鑑 2012年版、2011年10月、ブルガリア
(4)(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC):蓮見雄著「EUのエネルギー政策とロシア要因について」(Analysis 2011.9 Vol.45 No.5)、
(5)米国エネルギー統計(EIA):ブルガリア、
http://www.eia.gov/cfapps/ipdbproject/iedindex3.cfm?tid=2&pid=34&aid=7&cid=BU、他
(6)Bulgarian Electricity System Operator(ESO EAD ):Electricity grid、
(7)国家水・エネルギー委員会:Energy Strategy of the Republic of Bulgaria till 2020(2011年6月)
(8)国際エネルギー機関(IEA):Bulgaria: Statistics、
及び
(9)コズロドイ原子力発電所(Kozloduy NPP Plc):コズロドイ-5・6号機全景、
(10)経済・エネルギー・観光省:BULLETIN ON THE STATE AND DEVELOPMENT OF THE ENERGY SECTOR IN THE REPUBLIC OF BULGARIA(2012)、
http://www.mi.government.bg/files/useruploads/files/budget/bulletin_energy_2012_eng.pdf
(11)ブルガリア・エネルギー・ホールディング(BEH):組織図、