<本文>
1.はじめに
1960年代から原子力発電の研究・開発を進めてきたブルガリアは、ドナウ川河畔近くのコズロドイ(KOZLODUY)に旧ソ連型PWRである第一世代炉(VVER-440/V230)4基と、第三世代炉(VVER-10000/V320)2基の合計6基を、1970年から1982年にかけて建設し、1974年から1993年にかけて営業運転を開始し、1993年には総発電設備容量は376万kWとなった(
表1 参照)。しかし、旧ソ連型第一世代炉であるコズロドイ1〜4号炉は、安全・防護策が西欧諸国の基準を満たさないとされ、安全性向上対策を実施したものの1998年から始まったEU加盟交渉での合意のなか、1、2号機を2002年12月31日に、3、4号機を2006年12月31日に運転を停止し、閉鎖した。2002年には原子力発電設備容量が376万kW、発電電力量202億kWh、全発電電力量に占める割合は49.6%%であったが、2010年には設備容量190.6万kW、発電電力量は145億kWhで、全発電電力量に占める割合は33.4%へ推移している(
表2 参照)。なお、現在稼働中の5、6号機の
原子炉 設計寿命は30年で、それぞれ2017年と2019年に運転停止時期を迎える。
図1 にコズロドイ-5、6号機の全景を示す。
2.エネルギー政策
2.1 欧州連合加盟前のエネルギー政策
もともと農業国であったブルガリアは、第二次世界大戦後に旧ソ連をモデルとした中央集権的な重工業政策を実施した。しかし、経済政策は強引に進められたため、1980年代に入って破綻を来たした。1989年には他の東欧諸国とともに民主化・市場経済化を開始し、1991年に民主的な新憲法を採択して議会制民主主義(政治体制:共和制)をとっている。その後の経済状況は急速に悪化して貧困と失業者の増大をもたらしたが、1996年には国際通貨基金(IMF)主導の経済改革を推進させるようになった。
このようななか、エネルギー政策を決定する「国家エネルギー機関」は、1998年8月に同国で最初の詳細なエネルギー政策文書として「2010年までのエネルギー開発及びエネルギー効率向上のための国家戦略」をまとめ、1999年初めに議会で承認された。その文書の主要な取り組みとして以下の7項目を挙げている。
1)EUの法制と調和した規制ベースの練上げと導入
2)エネルギー部門の市場指向の構造改革、競争の促進、エネルギー部門の民営化
3)公共及び需要家の利益の保護、自然独占としてのエネルギー企業に対するバランスの取れた経済規制、エネルギー資源の市場価格政策の実施
4)エネルギー部門の研究開発
5)エネルギー部門の技術革新
6)燃料輸入元の多角化及び国内エネルギー資源の最適利用、産業、民生部門でのエネルギー消費削減策の検討と実施
7)環境保護
このエネルギー政策は、自由市場に移行するための様々な民営化措置を含んでいたが、エネルギー部門の再編をさらに加速するため、新たなエネルギー戦略「ブルガリアのエネルギー戦略」がエネルギー・エネルギー資源庁によってまとめられ、2002年7月に議会に承認された。エネルギー供給保障、エネルギー部門の競争の促進及び環境保護が戦略の主な柱であった。
また、ブルガリアは「エネルギーの戦略」と並行して、1999年7月に「エネルギーとエネルギー効率利用法(Energy and Energy Efficiency Act)」を制定し、法律・規則体系を整備した。これにより、発送配電の一貫経営を行ってきた国営電力会社(NEK:Nationalna Elektricheska Kompania)は2000〜2003年に再編成され、8つの独立した発電事業者(コズロドイ原子力発電所と7火力発電所)と7つの配電会社が設立した。再編後のNEKは送電系統運用者となり、かつ8発電会社を含む独立系発電事業者(IPP)から電力を買取り、配電会社へ電力を供給することとなった。また、110kV以上の送電線を所有し、揚水発電所、主力水力発電所の運用も行っている。
2003年にはエネルギー法(Energy Act、2011年6月最終改正)が、2004年にはエネルギー効率化法(Energy Efficiency Act、2012年7月最終改正)が制定され、大口需要家を対象に電力取引市場の自由化を開始した。2007年7月までに完全に自由化されている。同時に2007年1月までに配電会社の小売供給部門は配電系統運用部門から分離され、小売供給事業者となり、8発電会社は2008年までにコズロドイ原子力発電所とマリッツァ東第2石炭火力発電所を除いて全て民営化された。2004年には、7配電会社が西部(ソフィア市、ソフィア地区、プレヴェンの各配電会社)、南東部(プロヴディフ、スタラ・ザゴラの各配電会社)、北東部(ヴァルナ、ゴルナ・オリャホヴィツァの各配電会社)の3配電会社に統合され、その3分の1の株式を公開した。西部はCEZ(チェコ電力)、南東部はEVN(ニーダーエステライヒ・エネルギー供給会社、オーストリア)、北東部はE.ON(ドイツ)により運用されたが、2011年12月、E.ON(ドイツ)社はチェコのエネグロプロ(ENERGO-PRO)社に株式を売却する方針を示している。
図2 にブルガリアの発電設備と送電系統図を示す。
1999年9月には「エネルギーとエネルギー効率利用法」に従い、エネルギー規制委員会(SERC:State Energy Regulatory Commission)が設立され、2005年2月に上下水道の規制を加えて国家水・エネルギー委員会(SEWRC:State Energy and Water Regulatory Commission)となった。SEWRCは、1)電力、天然ガス及び地域熱供給事業に対するライセンスの発給、2)電力、天然ガス及び地域熱供給及び上下水道の価格の設定、3)電力、天然ガスの送配電網、配送網への接続規制の策定、4)再生可能エネルギー電力のライセンスの発行、などの権限を持つ。
2.2 欧州連合加盟後のエネルギー政策
ブルガリアは国際原子力機関(IAEA)、国連(UN)、世界貿易機関(WTO)、国際復興開発銀行(IBRD)、及び国際通貨基金(IMF)へ、2004年4月には北大西洋条約機構(NATO)へ加盟している。また、2007年1月にEU加盟を果たした。
EU各国内において、エネルギー政策は国家主権に属し、それぞれのエネルギー方針に従って実行されるものの、2020年までのEUエネルギー政策の骨子である 1)EU経済の国際競争力向上、2)持続可能な経済発展(エネルギー率化向上による再生可能エネルギーの増大化と地球温暖化対策としての温室効果ガス排出量の削減)、3)エネルギー供給の安全保障の3課題とその相互補完の強化を目指す包括的な政策を目指すこと、が要請される。
ブルガリアのエネルギー資源は必ずしも豊富ではないが、バルカン地域や南東欧のエネルギーバランスに重要な役割を果たす電力輸出国である。そのため、エネルギー関連会社を傘下に持つブルガリア・エネルギー・ホールディング持株会社(BEH)を2008年8月に設立した(
図3 参照)。
EU加盟後の「エネルギー戦略2020」(経済エネルギー観光省策定、2011年6月ブルガリア議会承認済み)では、5つのエネルギー優先事項をあげた。1)エネルギー供給安全性の保証、2)再生可能エネルギー目標値の達成、3)エネルギー効率の向上、4)競争力のあるエネルギー市場と地位の向上、5)消費者の利益保護、である。具体的には、「エネルギーの供給保証を目的とした原子力発電所の増設、水力・再生可能エネルギーの利用拡大」、「燃料価格上昇への対応とした国内資源の中で唯一豊富な褐炭を活用した褐炭火力発電所の近代化・新設」、また、「発電効率を30%から40%へ引上げる」としている。2010年時点の発電電力量の電源別構成は、火力が約53%(褐炭発電:約40%)、原子力が約38%、水力・再生可能エネルギーが約11.3%であるが、2020年の電力需給想定では火力が約37%、原子力が約45%、水力・再生可能エネルギーが約11.7%となっている(
表3 参照)。
なお、褐炭に関しては国内生産の84%を占めるマリッツァ東炭田で今後50〜55年間は年3,000万トンの生産が期待されている。また、天然ガス供給パイプラインの敷設に関しては、ロシアからブルガリアを経由し欧州へ天然ガスを供給する計画が2つ進められている(
図4 参照)。1つはサウス・ストリーム計画で、ロシア・黒海・ブルガリア・オーストリア・イタリア南部に至るルートで2015年の稼動を目指している。他方はナブッコ・パイプライン計画で、アゼルバイジャンからグルジア、トルコ、バルカン半島、オーストリアを経由して欧州へ至る。天然ガスの供給源はアゼルバイジャン、トルクメニスタン、イラン、イラクなどが想定され、2014年の稼動を目指している。
3.原子力政策
ブルガリアは一貫して原子力推進政策を実施してきた。1986年のチェルノブイリ原子力発電所の事故以来、ヨーロッパ各国の脱原発の動きが強まり、旧ソ連型第一世代炉(VVER-440/V230)であるコズロドイ1〜4号炉は2002年12月から2006年12月までに閉鎖されたものの、近年、EU域内はエネルギー供給国やパイプライン通過国の外的要因に起因するエネルギー供給危機(2006年及び2009年のロシアとウクライナとのガス紛争、2008年のロシア・グルジア戦争など)や、原子炉の老朽化、石油・天然ガス価格の高騰などから、EUの気候変動対策を強化する状況での温室効果ガスを排出しない原子力発電への再評価と、脱・脱原発への方向転換が進められていた。
ブルガリアでも最重要エネルギープロジェクトとしてドナウ河沿いのベレネ(BELENE)で出力100万kW2基の原子力発電所建設計画が浮上した。ベレネ発電所は1986年及び1987年に建設を開始したが、資金不足のため1991年に建設中止の政府決定をしていた。しかし、閉鎖したコズロドイ1-4号機の代替電力源として、政府は2005年4月、ベレネ発電所の建設再開を決定した。発電所を所有する国営電力会社(NEK)は2006年10月、ロシアのアトムストロイエクスポルト社(ASE:Atomstroyexport)のVVER-1000/V466を採用することを決定し、運転開始は2014年と2015年を目指すことになった。計装制御設備はアレバNP社(フランス)とシーメンス社(ドイツ)のコンソーシアムであるフラマトム社が担当することになった。2007年5月にはドイツのRWE社の出資(出資比率:49%)を得てベレネ発電会社を新設したが、欧州債務危機の影響で2009年11月、RWE社が撤退した。また、2009年7月に誕生した中道右派ボリソフ政権は発電所計画を見直し、ロシアASEと契約金額の合意が得られないことから、ベレネ原子力発電所建設計画の遂行は困難になった。2012年3月、ブルガリア政府は経済効率性を理由にベレネ原子力発電所建設計画の中止決定を行った。これに対し、親露派で建設推進側の野党・社会党は中止を見直すべきだとして国民投票を要求し、国民投票に必要な50万人以上の署名を集めて7月末に議会に提出した。建設計画に携わったロシアのASE社は10億ユーロ(約1000億円)の損害賠償を求めて法的措置に訴える方針を示したことで、与党も国民投票を受け入れている。世論調査では建設反対派が徐々に増えているものの、賛成派が51%と多い。
なお、ブルガリア政府は電力供給確保のため、コズロドイ発電所5、6号機の運転寿命延長計画を進めている。当初の2017年及び2019年までの運転期間を2037年まで延長するもので、改修費用は2.5億ユーロ程度が見込まれている。また、天然ガス火力発電所建設、風力を中心とした再生可能エネルギー発電所の増設も予定している。新規原子力発電所としてはコズロドイ7号機として欧州型PWRを視野に入れた新たな建設計画が浮上している。
(前回更新:2006年2月)
<図/表>
表1 ブルガリアの原子力発電所一覧
表2 ブルガリアの発電設備容量、発電電力量の推移
表3 ブルガリアのエネルギー・電力需給想定
図1 コズロドイ-5、6号機全景
図2 ブルガリアの発電設備及び送電系統図
図3 ブルガリア・エネルギー・ホールディング(BEH)組織図
図4 ヨーロッパ向け天然ガスの供給源と輸送ルート
<関連タイトル>
ブルガリアの国情およびエネルギー、電力事情 (14-06-06-01)
ブルガリアの原子力発電開発 (14-06-06-03)
ブルガリアの原子力開発体制 (14-06-06-04)
ブルガリアの原子力安全規制体制 (14-06-06-05)
ブルガリアのPA動向 (14-06-06-08)
<参考文献>
(1)(一社)日本原子力産業協会:世界の原子力発電開発の動向、2012年版(2012年5月)
(2)(社)海外電力調査会:海外諸国の電気事業、第2編(2010年3月)、p.122-133
(3)(社)日本原子力産業協会:原子力年鑑、2012年版(2011年10月)、p.273-274
(4)(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC):蓮見雄著「EUのエネルギー政策とロシア要因について」(Analysis 2011.9 Vol.45 No.5)、
(5)国家水・エネルギー規制委員会:Energy Strategy of the Republic of Bulgaria till 2020(2011年6月)
(6)在ブルガリア日本国大使館日本ブルガリア協会:ブルガリア月報、
http://www.bul.jp/bulgaria.html
(7)米国エネルギー情報局(EIA):An Energy Overview of the Republic of Bulgaria および
(8)ブルガリア・エネルギー・ホールディング(BEH):組織図、
(9)Bulgarian Electricity System Operator(ESO EAD ):Electricity grid、
(10)コズロドイ原子力発電所(Kozloduy NPP Plc):コズロドイ-5、6号機全景、