<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 「原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)」と「原子力損害賠償補償契約に関する法律(補償契約法)」は、原子力事故による被害者の保護等を目的に策定された。原賠法では、原子力事故における原子力事業者の「無過失責任」、「責任の集中」及び「無限責任」の原則により、原子力事業者が全面的にその賠償責任を負うこととしている。しかし、異常に大きな天災地変や戦争などの社会的動乱による原子力事故は、賠償責任の対象から除かれる。また、原子力事業ごとの事故の賠償措置額を定め、原子力事業者が民間の「日本原子力保険プール」と賠償措置額を保証する保険契約を結ぶことを定めている。保険では埋められない損害を補償するため、補償契約法は事業者と政府が賠償措置額を上限とする補償契約を結ぶことを定めている。損害賠償の紛争は、原賠法によって設置される原子力損害賠償紛争審査会を通じて和解が図られる。福島第一原子力発電所事故の発生を契機に、原子力事業者が損害賠償するために必要な資金等に関する業務を速やかに処理し、損害賠償を迅速かつ適切に実施するため、平成23年9月に原子力損害賠償支援機構が設立され、賠償支援に係る業務を実施している。
<更新年月>
2014年01月   

<本文>
 日本の原子力損害賠償制度の考え方、損害賠償の仕組みと関連する法律、及び原子力事故と損害賠償の事例(JCO臨界事故と福島第一原子力発電所事故における損害賠償)について概要を述べる。
1.原子力事故による損害とその賠償の考え方
 社会生活や産業活動において第三者が被害者となることがある。この損害は契約に依らないので不法行為による損害といい、被害者は加害者に損害賠償を求めることができる(民法第709条)。この際に、被害者は、加害者には故意又は過失よる違法な行為があって、被害者の権利を侵害し、それによって被害者に損害が発生しており、権利の侵害と被害者の損害の間に因果関係があることを証明するのが一般的である。一方、加害者は、しばしば上記のうち「行為の違法性は無い」、「権利の侵害と損害間に因果関係は無い」、従って「被害者の損害に対する責任は無い」等を主張して法廷で争うことがある。このうち特に、「権利侵害と損害間の因果関係」の証明に様々な困難があることは、多くの公害訴訟等で広く知られている。
 原子力事故に特有の放射性物質や放射線被ばくによる環境や人への影響は、しばしばその発現に長期を要する。また、訴訟は生活と産業に大きな影響を与えることが多い。このため、原子力事故を一般的な公害訴訟等と同様に扱うと、裁判や調停に長期間を要し社会と経済に多大の損害が生じるおそれがある。このため、原子力損害に対しては固有の賠償の仕組みが作られた。
2.日本の原子力損害賠償の仕組み
 原子力損害賠償に関連する主な法律として、被害者の保護を図るとともに原子力事業の健全な発達に資することを目的とする「原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)」、原子力事業者が保険契約でうめることができない損害を政府が補償する「原子力損害賠償補償契約に関する法律(補償契約法)」がある。また、「原子力損害賠償支援機構法」に基づき、迅速な損害賠償を助ける組織として原子力損害賠償支援機構が設置されている。
2.1 原子力損害の賠償に関する法律と原子力損害賠償補償契約に関する法律
(1)原子力損害賠償制度
 日本の原子力損害賠償制度の概要を図1に示す。原賠法では、原子炉の運転を始め核燃料サイクル施設等で生じた事故を「原子炉の運転等」による事故と称し(第2条1)、それによる放射性物質や放射線による損害を、事故を起こした事業者の故意・過失を問わずに「原子力損害」と定義している(第2条2)。当該事業者は原子力損害に対し全面的に賠償責任を負う。これは、原子力事業者の「無過失責任」と「責任の集中」と称されている。また、原子力事業者の賠償責任の限度額については特に規定がなく、原則として「無限責任」が課せられている。
 しかし、異常に大きな天災地変や戦争などの社会的動乱によって生じた損害については政府が措置し、事業者の損害賠償の対象から除外することとしている(第3条1)。
 原子力事業者は原子力損害の賠償に備えて、文部科学大臣が承認する民間の保険会社と原子力損害賠償責任保険契約を結び、更に政府と原子力損害賠償補償契約(政府補償契約)を結ばねばならない(第6条)。そして、原子力損害の賠償に関する紛争は、原子力損害賠償紛争審査会(審査会)を設置して解決が図られる(第18条)。
(2)原子力損害賠償責任保険契約
 原子力事業者が、原子力事故による損害賠償に備え一定の資金を準備することを賠償措置という。表1は、原賠法施行令(平成25年6月26日)に定められた「原子炉の運転等」に対する賠償措置の金額(賠償措置額)である。
 原子力事業者は、損害保険の引受共同体「日本原子力保険プール(日本プール)」と表1の賠償措置額の保険契約を結んでいる(第8条)。プール組織による原子力保険の引受は、世界各国に存在し、日本プールは、さらに世界の原子力保険プールと再保険取引を行うことで巨額の原子力保険の引受が可能となっている(図2)。
(3)原子力損害賠償補償契約に関する法律(補償契約法)
 補償契約法は、原子力事業者が政府に補償契約料(補償料)を納付し(原賠法第10条)、民間保険契約等で賠償できない原子力損害を政府が補償する契約である(補償契約法第2条)。
 補償契約には、地震、津波又は噴火による損害、正常運転によって生じた原子力損害、及びやむを得ない事情で遅れた補償請求などが含まれる。補償限度は賠償措置額までである。賠償措置額を上回る原子力損害に対しては事業者が全ての責任を負うが、原賠法の目的達成のために必要と認められる時は政府が支援する(原賠法16条、17条)。
(4)原子力損害賠償紛争審査会(審査会)
 図3は原子力損害賠償の流れを示す。損害賠償に関する紛争は、原子力損害賠償紛争審査会(審査会)を設置して解決を図る(原賠法第18条)。審査会は原子力損害の賠償に関し、紛争の和解の仲介、損害の範囲の判定と一般的指針の決定、及びこれらに必要な調査と評価を行う。
2.3 原子力損害賠償支援機構法(支援機構法)
 福島原発事故の後、平成23年8月に支援機構法が成立し、官民共同出資で平成23年9月に原子力損害賠償支援機構(支援機構)が設立された。(ATOMICAデータ「原子力損害賠償支援機構法 (10-07-01-10)」を参照。)
 支援機構の目的は、大規模な原子力損害について、原子力事業者が損害賠償するために必要な資金等に関する業務を速やかに処理し、損害賠償の迅速かつ適切な実施を助け、生活の安定、経済の発展、電気の安定供給等を図ることである(支援機構法第1条)。
 支援機構の主な業務を表2に示す(支援機構法第35条)。
1)負担金の収納業務:支援機構の業務に要する費用に充てるため、原子力事業者は年度ごとに負担金を収納する。負担金額は、費用の長期的な見通しや原子力事業者の収支状況等から決定される(支援機構法第38条、39条)。
2)資金援助業務:原子力事業者が損害賠償するために機構に資金援助を申し込むときは、機構は、運営委員会の議決を経て資金援助(資金交付、株式の引受け、融資、社債の購入等)を行う(支援機構法第41条)。資金交付に要する費用に充てるため国債の交付を受ける必要があるときは、支援機構は原子力事業者と共同で資金援助に関する計画「特別事業計画」を作成する(支援機構法第45条)。
3)情報提供業務:損害賠償の円滑な実施を支援するため、被害者からの相談に応じ必要な情報を提供し助言する(支援機構法第53条)。
4)賠償支払業務:資金援助を受けた原子力事業者の委託を受けて、損害賠償を代行することができる。また都道府県知事の委託を受けて、避難住民や農林漁業者等に「平成23年原子力事故による被害に係る緊急措置に関する法律(仮払い法)」に基づいて賠償金の仮払い業務を行う(支援機構法第55条)。
3.原子力事故と損害賠償の例
3.1 JCO臨界事故の損害賠償
 1999年9月に茨城県のJCO東海事業所で臨界事故が起き、3名の従業員が重篤な被ばくを受けて2名が死亡した。その際に、救急出動した消防署員、JCO社員、事故施設周辺の住民等が被ばくした。これは原賠法が適用された最初の原子力事故である。
 損害と賠償の基本的考え方を整理するため科学技術庁(当時)が設置した「原子力損害調査研究会」は、約7,000件の賠償請求等を分類・整理し、それぞれについて因果関係や賠償額の算定等に関する基本的な考え方をまとめた。
 損害賠償の対象は主に、身体の傷害、検査費用、避難費用、財物汚損、休業損害、営業損害、精神的損害等であった。賠償総額は約154億円であったが、賠償措置額は10億円であったため不足分は親会社が支援した。原子力損害賠償紛争審査会(審査会)への申し立ては2件、裁判は11件であった。
3.2 東電福島第一原子力発電所事故の損害賠償
 当事故の損害賠償に関し、平成23年4月に原子力損害賠償紛争審査会(審査会)が設けられ、審査会の下に、原子力損害賠償紛争解決センター(紛争解決センター)が設けられた。図4に紛争解決センターの組織と業務の概要を、図5に標準的な和解仲介の手続の流れを示す。表3は、平成25年10月までの和解仲介手続の実施状況である。
 平成23年9月に上記の原子力損害賠償支援機構(支援機構)が発足し、表2に示す業務を開始した。東京電力は、原子力損害賠償補償契約に関する法律の規定による補償金1,200億円を含め、国から支援機構を通して当初の5兆円のうち平成25年10月までに3兆964億円を受領している。図6は支援機構の業務のうち、主に賠償支援業務の流れを示す。図7は、特別事業計画の立案と国債交付による特別資金援助の仕組みを示す。
(前回更新:2006年3月)
<図/表>
表1 原子力施設の運転等と賠償措置額
表1  原子力施設の運転等と賠償措置額
表2 原子力損害賠償支援機構の業務状況
表2  原子力損害賠償支援機構の業務状況
表3 東京電力福島原発事故の紛争に関する和解仲介手続の実施状況(平成25年10月25日まで)
表3  東京電力福島原発事故の紛争に関する和解仲介手続の実施状況(平成25年10月25日まで)
図1 原子力損害賠償制度の概要
図1  原子力損害賠償制度の概要
図2 原子力保険の構造
図2  原子力保険の構造
図3 原子力損害賠償の流れ
図3  原子力損害賠償の流れ
図4 原子力損害賠償紛争解決センターの組織と業務概要
図4  原子力損害賠償紛争解決センターの組織と業務概要
図5 和解仲介の手続(標準的な例)
図5  和解仲介の手続(標準的な例)
図6 原子力損害賠償支援機構による賠償支援の流れ
図6  原子力損害賠償支援機構による賠償支援の流れ
図7 特別事業計画による特別資金援助の仕組み
図7  特別事業計画による特別資金援助の仕組み

<関連タイトル>
原子力損害賠償に関する国際条約と諸外国の国内制度 (10-06-04-02)
核燃料加工に関する賠償制度の概要 (10-06-04-03)
再処理施設に関する賠償制度の概要 (10-06-04-04)
廃棄物処理処分に関する賠償制度の概要 (10-06-04-05)
輸送に係る原子力賠償制度の概要 (10-06-04-06)
JCOウラン加工工場臨界被ばく事故の概要 (04-10-02-03)
原子力損害賠償支援機構法 (10-07-01-10)

<参考文献>
(1)電子政府の総合窓口、原子力損害の賠償に関する法律、

(2)電子政府の総合窓口、原子力損害賠償補償契約に関する法律、

(3)電子政府の総合窓口、原子力損害賠償支援機構法、

(4)原子力損害賠償支援機構説明資料(平25年11月)、
http://www.ndf.go.jp/capital/ir/kiko_ir.pdf
(5)文部科学省、損害賠償制度の概要、
http://www.mext.go.jp/a_menu/genshi_baisho/gaiyou/index.htm
(6)電子政府の総合窓口、原子力損害の賠償に関する法律施行令(昭和37年3月6日政令第44号、最終改正:平成25年6月26日政令第191号)、

(7)文部科学省、JCO臨界事故における賠償の概要、

(8)文部科学省、原子力損害賠償紛争解決センター、和解の仲介パンフレット、
http://www.mext.go.jp/a_menu/genshi_baisho/jiko_baisho/detail/adr-center.htm
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ