<概要>
英国の原子力防災および災害の対応においては、オンサイトについては事業者、オフサイトについては、県(Council)が中心的な機能を果たし、それぞれの防災計画の立案と事故への対応を行うこととなっており、その意味で中央政府の役割は限定的である。中央政府の主な役割としては、衛生安全委員会事務局(HSE:Health and Safety Executive)の原子力規制機関である原子力安全局(NSD:Nuclear Safety Directorate)が設置許可を与える要件として事業者の防災計画の承認を行う。事業者が計画を立案するに当たっては、十分な準備や関係機関との調整、訓練を行うことがHSEから求められている。主管官庁は、発電所の所在地によって異なり、所在地がイングランドまたはウェールズにある場合は貿易産業省(DTI:Department of Trade and Industry)が、スコットランドにある場合はスコットランド行政府(SE:Scottish Executive)が主管官庁となる。<更新年月>
2007年09月
<本文>
英国の場合、原子力防災対応の主管官庁は、表1に示すように発生場所あるいは事象によって異なる。
緊急時における地域住民の安全確保の責任は地方警察長にある。オフサイトの緊急時対応のため、事業者により設立維持されているオフサイト施設(OSF:Off−Site Facility、District Control Centre(DCC)あるいはLocal Emergency Centerとも称される)では、警察が中心となり、消防、地方自治体、事業者および中央官庁から派遣される政府技術顧問(GTA:Government Technical Adviser)、上級政府関係代表(SGLR:Senior Government Officer)等で構成される調整グループ会議が設置され住民の安全確保に当たる。OSFの議長は地方警察長である。英国において、原子力緊急事態のための計画策定は、地方当局と緊急時サービス、並びに中央政府と他の諸機関を対象とする全体的な緊急時計画策定システムの一要素として捉えられている。
英国の原子力施設は、設計・建設において予防措置を実施し、かつ運転および保守に高い安全基準を設定することにより、一般公衆に被害が及ぶような事故のリスクは極めて低いレベルまで低下しているが、既に1965年の原子力施設法(Nuclear Installation Act)において緊急事態準備の重要性についての認識を示し、現行の原子力施設法においても原子力施設の認可条件として緊急時計画の策定を明確に規定している。許認可条件(LC11:License Condition 11)では、事業者が軽微なオンサイト事象から放射性物質の大量放出までのあらゆる事象にも効果的に対応すべく、適切な準備および対策を講じることを規定している。事業者はこの準備対策の一部をHSEに提出して、承認を受けなければならない。また、認可条件では、従業員の適切な訓練と緊急時対策の実地演習の実施、その効果の確認も求めている。HSEは、事業者による防災訓練の他に、HSEの原子力施設検査官が公式に監察する緊急時訓練演習計画を承認する。施設への燃料装荷はHSEの同意を必要とするが、その保証の一部として適切な緊急事態および避難準備のための緊急時計画の承認が含まれている。
英国では、TMIおよびチェルノブイリ事故の教訓から、事故への対処や緊急時対応について、一般公衆の不安を招かぬよう正確な最新情報を維持することが重要であるとの認識から、事業者からの情報提供を求める放射線緊急事態情報公開法(PIRER:Public Information for Radiation Emergencies Regulation)が1992年策定された。PIRERを包括し、さらに原子力施設を有する地方当局がオフサイト緊急時計画を策定する法的根拠を与える放射線緊急事態準備および情報公開法(REPPIR:Radiation Emergency Preparedness and Public Information Regulations)は、オフサイト緊急時計画の作成および試験についての要求事項が記載され、HSEによって規制される。
1.オフサイト緊急時計画
オフサイト緊急時計画は、施設における緊急時管理センター(事業者の現場指揮所もしくはサイト内対策本部に相当する)のほかに、施設からある程度離れたところにあるOSFを中心に対応がなされる。原子力緊急事態の発令によって、OSFが立ち上げられ、緊急事態発令後間もなく運営を始める。
緊急時計画の策定は、予見し得る事故または基準事故である設計基準事故に基づいている。基準事故は、施設付近の一定区域内における緊急対応のための詳細な準備対策を伴ったものである。詳細な準備対策は柔軟性があり、起こる可能性は極めて低いながら大きな結果を招く事故に対しては拡張性がある。その拡張性を助けるために、詳細な緊急時計画を地方および国の災害対策に結合させる。基準事故は、詳細な緊急時計画区域(DEPZ:Detail Emergency Planning Zone)の規模を決めるために使用される。マグノックス炉の場合、DEPZは1.6kmから3.5kmである。改良型ガス冷却炉(AGR:Advanced Gas−cooled Reactor)やPWRの場合は、設計基準や安全評価における改善によって、結果的に基準事故の大きさや結果が低減されている。これらの発電所については、基準事故の場合、敷地境界より外の活動を必要としない。このような場合にDEPZが必要となるのは、大事故対応のための基礎を構築しておくことが望ましい場合であり、新型プラントでのDEPZは1kmである。
2.介入レベル
防護措置に対する介入レベルである緊急時参考レベル(ERL:Emergency Reference Level)は、導入が正当化される回避線量レベルである。ERLを勧告するに当たって、英国放射線防護庁(NRPB:National Radiation Protection Board)(※NRPBは、2005年4月より、衛生防護庁(HPA:Health Protection Agency)の一部門(Radiation Protection Division)となった)は、放射線被ばくの可能性によるリスクを、対応策で処理できるリスクで相殺する。回避線量の介入レベルを表2に示す。
3.緊急時対応
原子力施設において緊急事態が宣言された場合、直ちに警察、消防等の緊急時サービス機関と地方当局および国当局に通知がなされる。緊急事態への対処を担当する各組織は、OSFに代表を派遣する。その中には通常、事業者、警察、地方当局、保健機関、地元水道会社、消防救急サービスが含まれる。さらに、政府省庁も代表を派遣する。それには、環境食糧農林省(DEFRA:Department for Environment,Food and Rural Affairs)(またはスコットランド環境農林省(SEERAD:Scottish Executive for Environment and Rural Affairs Department))、DTI、NRPBおよびHSE等が含まれる。放射性廃棄物の処分を担当する規制機関として、スコットランド環境保護庁(SEPA:Scottish Environment Protection Agency)、イングランドおよびウェールズ環境庁(EA:Environment Agency)の代表も参加する。また緊急事態エリアにおける生鮮食品に関する助言および必要に応じて制限を設定するため、食品基準局(FSA:British Food Standards Agency)も代表を派遣する。代表者は、状況について適切な評価が行われ、適切な対策が講じられ、かつ一般公衆が常に情報を得られるよう、緊密に連携をとる。緊急事態準備の構成を図1、図2および図3に示す。
4.地方組織の役割と対応
警察は自然災害等における緊急事態の場合と同様、原子力事故後、一般公衆を保護し助言を与えるために、他の関係機関と協議の上でオフサイト対策を調整する責任を有する。原子力事故によって影響を受ける恐れのある区域においては、警察は取るべき対策について独自権限をもち、その中には、区域外から追加資源を取り入れたり、活動の枠を本来の詳細な計画区域外に拡げたりする対応策も含まれる。警察の活動には、例えば、住民に屋内退避や、必要に応じて区域外への避難を呼びかけることも含まれる。その責務の履行に際しては、必要な対策について、様々な技術専門家、特にGTAから助言を受ける。
5.政府の役割と対応
GTAはNSDの検査官4名から構成され、緊急事態時にはDTIまたはSEの任命により、OSFに派遣され、現地において技術上の助言および情報提供を行う。
OSFのGTAおよび原子力緊急時情報室(NEBR:Nuclear Emergency Briefing Room)またはスコットランド行政府緊急時対応室(SEER:Scottish Executive Emergency Room)との間のコミュニケーションを支援するため、主管官庁はSGLRを任命し、オフサイト施設でGTAの支援に当たらせる。SGLRは上級政府高官であり、NEBRまたはSEERと、また必要に応じて閣僚と直接連絡をとる。SGLRは、GTAが中央政府の動きについて情報を得て、NEBRまたはSEERにも地方のオフサイト施設での施策やメディア向け発表に関する情報を伝えられるようにする。これは、調整され、かつ一貫した明確な助言がメディアを通じて一般市民に伝わるようにするためである。
DEFRAは、英国に影響を及ぼす外国の原子力事故が発生した場合の主管官庁である。チェルノブイリの事故以来、英国は、92の固定モニタリング施設においてガンマ線量を監視する全国的なネットワーク(RIMNET)と、英国政府の対応を調整するための「国家対応計画」を構築した。英国の原子力施設でオフサイト緊急事態が発生した場合は、DEFRAはEAと協議の上、環境運営・センターを設置して、イングランドおよびウェールズにおける緊急事態の英国環境への広範な影響を調査し、対応する。スコットランドでは、SEとSEPAが同様の対応策を整える。
NRPBは、緊急事態における放射線防護問題について省庁およびその他の機関に対して助言を与え、緊急時参考レベル(ERLs)を定めなければならない。NRPBは、原子力緊急事態の放射線モニタリングについても調整を行う。そのため、NRPBは環境および人のモニタリングを行うさまざまな組織と連係するチームを配備する。
また、オフサイトにおける広報センター(MBC:Media Briefing Centre)は、OSFから2km程度離れた場所に開設される。これは、プレスがOSFに集中することを避けるためである。通信手段は電話を主とし、複数の独立回線を持つことにより回線故障に備えた多重性を確保している。
6.演習・訓練
HSEは、緊急事態に関わる可能性のある原子力施設の全従業員が自らの任務について研修を受け、定期訓練に参加して適切な対応を確保することを求めている。これらの研修訓練のほかに、HSEは、各施設において定期的な演習を実施するよう求めている。レベル1の訓練演習は、各原子力施設において年に1度実施され、主としてオンサイトおよびオフサイトにおける事業者の活動に重点を置いて行われる。HSEの原子力施設検査官が立ち会い、事業者の準備の効果、訓練および資源を評価する手段の一つになっている。オフサイト施設がどの程度活用されるかは、事業者のニーズによって、またHSEの要求によって異なるが、訓練の時期とシナリオについてはHSEの同意を必要とする。
レベル2の訓練演習は、少なくとも年に1度、OSFの機能を対象とし、地方当局が策定した対策の精度を実証することを主目的としている。なお、OSFにおいては、責任あるいは責務を持つ組織が自らの機能も訓練する。レベル2の訓練演習の年間計画からレベル3として一つを選択し、OSFの機能だけでなく、中央政府の広範な参加機関の機能についても訓練を行う。その中には、ロンドンのNEBRまたはエジンバラのSEERに参加するさまざまな政府省庁の訓練も含まれる。レベル3としてどの訓練を選択すべきかは、事業者、主管官庁(DTIまたはSE)および原子力緊急時計画連絡グループ(NEPLG:Nuclear Emergency Planning Liaison Group)の間で、HSEと協議の上決定される。<図/表>
<関連タイトル> フランス、ドイツ、スウェーデンにおける原子力防災対策 (10-06-02-02) イギリスの原子力安全規制体制 (14-05-01-04) <参考文献>
(1)The United Kingdom’s Third National Report on Compliance with the Convention on Nuclear Safety Obligations,Revision 3,September 2004
(2)CIVIL NUCLEAR EMERGENCY PLANNING − CONSOLIDATED GUIDANCE,Prepared by the Nuclear Emergency Planning Liaison Group(NEPLG),DTI,Updated April 2006
(3)日本原子力研究所:原子力災害への対応に関する動向等の調査(内閣府受託報告書)(平成17年3月)
(4)日本原子力研究開発機構:米国等における防災体制の調査・分析(内閣府受託報告書)(平成18年3月)
(5)原子力安全委員会:原子力施設等の防災対策について(平成19年5月一部改訂)