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<概要>
 2002年12月から2005年3月にかけて、茨城県東海村を社会実験地とするリスクコミュニケーションの実践的研究プロジェクトが行われた。この研究プロジェクトでは、JCO臨界事故後の調査や東海村及び周辺市の住民の意識調査結果を踏まえ、(1)自発的な参加者による継続的な対話活動、(2)様々なリスク問題に関する専門家と市民の対話の実施、(3)不特定多数の市民を対象とする情報提供が行われた。自発的参加者による対話活動では、原子力事業所の安全対策を市民が見聞きした上で意見交換を行う「視察プログラム」が行われ、原子力技術利用に伴うリスク問題の意見交換、すなわちリスクコミュニケーション活動の一形態を実現させた。参加者らは、この視察プログラムが原子力施設の安全・安心につながる活動と実感し、研究プロジェクト終了後もNPO法人として活動を継続しようとしている。一方、視察を受け入れた事業所側も、時間をかけた対話の有効性や原子力事業所の安全管理に対する市民の視点の有用性を感じている。より多くの市民の参加を図ることと継続的なリスクコミュニケーション活動が今後の課題である。
<更新年月>
2005年10月   

<本文>
 茨城県東海村を社会実験地として行われたリスクコミュニケーション活動は、2002年度に原子力安全・保安院が新設した提案公募型研究に採用されたプロジェクト「原子力技術リスクC3研究:社会(Community)との対話(Communication)と協働(Collaboration)のための社会実験」の中で実施されたものである。(注:原子力安全・保安院は原子力安全委員会とともに2012年9月18日に廃止され、2012年9月19日に新たに発足した原子力規制委員会の事務局である原子力規制庁がその役割を継承している。)
 研究プロジェクトの目標は、科学技術と社会との新たな関わり方のひとつとしてリスクコミュニケーションの社会的定着を目指し、(1)原子力技術の開発・利用に伴うリスク問題を取り上げ、東海村を社会実験地として行政・住民・事業者が参加するリスクコミュニケーションの社会実験を行うこと、(2)それらの経験・知見そして社会的視点からの評価を踏まえ、リスクコミュニケーション活動のためのシステム設計、運用、評価の実践的なガイドラインを作成すること、そして(3)リスクコミュニケーション活動の社会的効果について明らかにすることであった。
 東海村はJCO臨界事故を経験し、住民は「原子力のリスクを意識する」ようになり、村行政も「リスクの存在を前提として原子力と共存する地域社会」を目指す原子力安全モデル自治体を第四次総合計画の柱のひとつにしている。しかしながら、住民の3分の1が何らかの形で原子力事業に関わっている地域社会の中で、原子力のリスクについて語ることは容易ではない。研究プロジェクトが2003年1月に実施した東海村と周辺市住民に対する意識調査では、(1)自分の安全にとってもっとも関係するものは「原子力関連施設の安全性」であるものの、(2)原子力事業所と対話をする機会はほとんどなく、(3)機会があっても話がしにくいと感じる人の理由は「経験がないから」に次いで「言っても何も変わらない」があげられた。
 この結果を受けて、研究プロジェクトでは、あえてリスク問題を語ろうと考える自発的な参加者を募り、何をやるかという議論の段階から住民が参加し、「何かが変わる」という意識の共有を生み出し、小さな成功体験を持つことのできるリスクコミュニケーション活動を実施することにした。また、多くの住民は原子力問題以外のリスクにも関心があることから、日本リスク研究学会と共催で、原子力・化学物質・食の安全・自然災害・廃棄物問題をテーマとする専門家と市民との対話の場(公開ワークショップ)を実施した。さらに、不特定多数の住民・市民への情報提供活動として、東海村全戸を対象としたニュースレターの発行・配布、ホームページの開設を行った。
 自発的参加者によるリスクコミュニケーション活動のため、研究プロジェクトでは「東海村の環境と原子力安全について提言する会」(以下、提言する会)を設置した。2003年1月より村内からの参加者募集を開始し、同年4月から活動を開始している。この時点での参加者は6名であり、その後ニュースレター「しーきゅうぶ」(6月から発行)や口コミ等により最終的に16名が参加した。
 「提言する会」は2003年4月からほぼ月1回のペースで議論(図1)をし、2005年2月まで全21回の会合をもった。最初の4回の会合では、各参加者の問題意識・参加動機やプロジェクト運営のグランドルールや住民意識調査結果についての意見交換を行いながら、東海村の住民にとって必要なリスクコミュニケーション活動は何かを議論した。そこで明らかになったことは、JCO臨界事故後に住民が強く求めた「村が独自に原子力事業所を査察できる力をもつこと」が実現されていない、ということであった。このような問題意識から「提言する会」が全員一致で決定したのが、住民による原子力事業所の安全対策に関する「視察プログラム」である。
 住民による原子力事業所の視察プログラム
 視察プログラムは、次の目的をもつものとして構想された。
・住民が原子力関連施設でどのような安全対策が講じられているのかを実際に見聞きして、理解する機会をつくる。
・専門知識の有無に関わらず、住民の視点から懸念や課題を指摘する。
・視察結果を公開し、原子力事業所の公開性を高めるとともに、より多くの住民の関心を喚起する。
 これらの目的を達成するため、視察プログラムは、計画段階から住民が関わり、議論を中心とした活動内容となっている(図2)。視察参加者は、事前説明から始まって最低でも3回、原子力事業所と安全対策について議論する。「提言する会」では、大規模事業所のみならず、中小の事業所についても強い関心が示され、視察対象は村内の全原子力事業所として各事業所に活動に対する理解と協力を求めていくものとしている。
 第1回の視察は核燃料サイクル開発機構東海事業所((現日本原子力研究開発機構核燃料サイクル工学研究所)以下、サイクル機構)で、2回の実行委員会と事前説明を経て、2003年10月20日に再処理工場と放射性廃棄物関連施設の視察を実施した。第2回視察は、日本原子力発電株式会社(以下、原電)東海発電所の廃止措置で2004年6月14日実施、第3回は同社の東海第二発電所を対象とし、7月26日に実施された。また、同年9月30日には、茨城県原子力総合防災訓練に参加し、東海村に提言書を提出した。
 視察後、参加者は視察の感想や事業所への要望事項を視察レポートとしてまとめ、住民の視点で考えた“さらなる安全対策への取り組み”を提案している。サイクル機構では、視察直後から住民の指摘事項について事実確認を行い、対応可能な問題について対策を検討し、2004年5月末に住民提案に対する正式な回答書が寄せられた。原電からは、2004年12月に住民提案に関する事業所側の考え方や最近の取り組みの説明があり、再度の議論が行われた。また、村に提出した防災訓練に関する提案は、村が主催する原子力防災訓練検討会で取り上げられ、「提言する会」の提案に対しても村の対応策が示された。(「提言する会」の提言には第三者評価の実施が含まれており、2005年、東海村は村長の諮問機関である原子力安全対策懇談会とともに、「提言する会」メンバーに対し原子力総合防災訓練の第三者評価を依頼した。)(旧 核燃料サイクル開発機構と日本原子力研究所は、2005年10月に統合し、(独)日本原子力研究開発機構となった。)
 「提言する会」のメンバーは、視察プログラムが住民の安心につながる重要なプログラムであり、住民が求めていた活動だと感じ、継続的に実施したいと考えている。「提言する会」メンバーへのアンケート調査によれば、回答者12名中11名がこの活動を通じて「自分自身に変化があった」と感じており、変化の内容(複数回答)としては、「原子力に関する知識が増えた」「住民の活動に自信がもてるようになった」ともに7名、「原子力について意見を言いたいと思うようになった」6名、「原子力への安心感が強まった」5名があげられた。また、2004年に実施した意識調査では、視察プログラムを知っていた152名のうち約65%が「原子力事業所に住民の視点を意識させる点で意味がある」と考えており(図3)、東海村民(回答者数702名)の間でも環境や原子力安全について「住民が関わることは重要」と考える人が約6割となっている(図4)。
 一方、視察に対応した事業所側では17名が事後アンケートに回答し、このような活動は自分自身にとっても事業所にとっても、「とても役にたつ」6名、「少し役に立つ」4名、「どちらともいえない」5名、「あまり役に立たない」1名と答えている。対話の満足度については、議論に参加した14名中6名が「満足」したのに対して、8名が「どちらともいえない」と回答した。自由記述によれば、時間を十分とった議論の有効性や住民の視点の有用性を認める一方で、安全管理に対する事業所の考え方が受け入れられなかったことが満足度に影響を与えている。
その他の活動について
 公開ワークショップは、日本リスク研究学会との共催で2003年11月22日に開催した。意識調査で東海村民の関心が高かった原子力、食品、自然災害、廃棄物、化学物質を取り上げ、気楽にリスクの専門家と話してもらうという企画である。参加者は各テーマのリスク専門家として参加を依頼した研究者10名、住民18名、日本リスク研究学会員33名の61名であった。
 原子力のテーブルでは、リスク評価の専門家2名を迎え、東海村長を始めとする住民3名(うち女子高生1名)、原子力関係者・大学院生・社会心理学者8名が参加して活発な意見交換が行われた。原子力安全委員会で審議されている安全目標や原子力施設の確率論的安全評価の話をきっかけに、「巨大な技術を我々は管理できるか?」「客観的リスクと主観的リスク」「専門家の役割はどこまでか?」、「どういう情報が伝えられれば、住民は安全が維持されていると納得するか?」、「従来のPA活動の問題」「市民に対する専門家の態度」などの意見交換が行われた。原子力のリスクとしては、事故リスクだけでなく、安全を維持するための組織がもつリスク、環境に与えているリスク、原子力に依存してしまうリスク、地域社会が被るリスクがあげられた。
 参加者アンケートによれば、市民の参加が少なく、リスク問題について何らかの合意形成を期待して臨んだ専門家にとっては特に期待はずれだったとの感想が寄せられた。しかし、市民側参加者はこのような議論の機会に満足していた。
 ニュースレターは、2003年6月に創刊し、2005年3月の第18号まで発行した。東海村の全戸を対象に新聞折込方式で13900部を配布するとともに、村内の主要施設(コミュニティセンターや原子力関連PR施設など)に置いていただいた。2004年11月に実施した住民意識調査によれば、調査対象者の約10%が「ほとんど読んでいる」と答えており、配布数からおよそ1000名の読者がいたと考えられる。
 研究プロジェクトは今年3月に終了したが、「提言する会」は活動を継続し、さらに多くの住民と手を携えていくために、NPO法人HSEリスク・シーキューブ東海村支部「しーきゅうぶ東海村」を設立し、2005年10月新たなスタートをきった。
 (プロジェクトの詳細とその後のNPO活動については、次のホームページを参照されたい。)
<図/表>
図1 「提言する会」での議論の様子
図1  「提言する会」での議論の様子
図2 視察プログラムの実施手順
図2  視察プログラムの実施手順
図3 住民の視察プログラムに対する考え
図3  住民の視察プログラムに対する考え
図4 環境や原子力安全問題に住民が関与することに対する考え
図4  環境や原子力安全問題に住民が関与することに対する考え

<関連タイトル>
原子力におけるリスクコミュニケーション (10-06-01-11)

<参考文献>
(1)谷口武俊(電力中央研究所):平成14年度原子力安全基盤調査研究「原子力技術リスクC3研究:社会との対話と協働のための社会実験」事業報告書(2003)
(2)谷口武俊(電力中央研究所):平成15年度原子力安全基盤調査研究「原子力技術リスクC3研究:社会との対話と協働のための社会実験」事業報告書(2004)
(3)谷口武俊(電力中央研究所):平成16年度原子力安全基盤調査研究「原子力技術リスクC3研究:社会との対話と協働のための社会実験」事業報告書(2005)
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