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<概要>
 近年、JCO臨界事故(1999年)や東京電力トラブル隠し問題(2002年)など、国民の「信用・信頼」を損なうという点で、大きな影響を与えたと思われる事故・事件が起こっている。そこで、実際にこれらの事故・事件が公衆にどの様な影響を与え、社会がどの様に受け止めたかを知ることは重要である。アンケートによる意識調査はこれらについて情報を与えてくれる有力な手法の一つとして利用でき、多くの貴重な知見が得られている。ここでは、いくつかの意識調査の結果をもとに、事故・事件と社会の受け止め方について分析した結果を述べる。
<更新年月>
2005年07月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.原子力発電に対する態度はチェルノブイリ事故以後大きな変化はない
 (株)原子力安全システム研究所の調査報告(母集団:関西地区18歳以上79歳以下の男女)など(図1)、アンケートによる意識調査結果を調査すると、1986年に起きたチェルノブイリ事故以降は、いくつかの事故・事件の発生にもかかわらず「推進−廃止」の態度には大きな変化は見られず、比較的安定した結果を示している(参考資料1,7参照)。公衆は、チェルノブイリ事故の様な大きな事故は別として、原子力発電の利用の可否についていえば、事故・事件の有無にあまり関係せず、比較的安定した態度を示しているといってよい。ただし、アンケート調査結果をみる場合には注意が必要である。アンケート調査では母集団や質問等により得られる数値が異なるため、以下のアンケート調査結果を見る場合にはこの事に留意する必要がある。
2.安心感・安全感は事故・事件直後に悪化し、その後回復する
 いくつかの調査結果をみると、原子力発電の「推進−廃止」の態度は、事故・事件にあまり関係しないが、「安心感・安全感」に関する意識は大きな影響を受けている。(財)社会経済生産性本部の意識調査(母集団:全国の政令指定都市及び東京都23区在住の成人、及び人口1万人以上の原子力発電所所在市町村の成人)によると、原子力発電の安全性に関する意見は、JCO事故以後徐々に良くなっていたが、東電問題直後の調査では大きく悪化している(図2)。
 また、(株)原子力安全システム研究所の調査報告には、「2000年にはJCO事故2ヶ月後に高まっていた原子力施設への不安が事故前のレベルに戻り...」との報告がある。事故・事件はその直後に公衆の安心感・安全感を一時的に悪化させるが、その後時間の経過とともに回復する傾向があるといえる。
3.有用感・必要感に大きな変化はない
 上記の様に「安心感・安全感」に関する意識は事故・事件に大きな影響を受けるが、それらに比べ、原子力発電の「有用感・必要感」に関する意識は事故・事件にあまり関係はなく、大きな変化を示していない。
 例えば、(財)社会経済生産性本部の世論調査では、原子力発電の必要性に関する意見は、安全性に関する意見に比べ、JCO事故以後、概してあまり大きな変化を示していない(図3)。
4.有用だから推進、不安だから廃止となるのではない
 上記に示した様に、多くの世論調査では大多数の人々は「有用」または「不安」との意見を持つが、「有用」と思うことがただちに原子力発電の「推進」意見となるわけではなく、「不安」と思うことがただちに「廃止」意見となるわけではない。
 (財)エネルギー総合工学研究所の調査(母集団:東京都全域、満18才以上の男女、実施時期:2000年11〜12月)では、原子力発電の「有用感」と「安心感」の回答を合わせて公衆を4グループに分類し、これらの4グループ別に原子力発電に対する「推進−廃止」の態度を示している(図4)。
 ここで注目すべきは有用&不安グループである。このグループでは「不安だが有用だから続ける」というケースと「有用だが不安だからやめる」というケースがあり、前者の方が多いのがわかる。
 原子力発電の「推進−廃止」の態度への影響力は、今までは「安心感」よりも「有用感」の方が強く、それ故「安心感」が事故・事件により悪化しても、「有用感」が比較的に安定しているため、結果として原子力発電の「推進−廃止」の態度はチェルノブイリ事故以降大きな変化はなかったといえる。
5.新・省エネへの期待が原子力発電の有用感に影響する
 多くの調査では、大衆の期待する将来の主力電源は、他を圧して「新エネ」と「原子力発電」である。ここで、「将来、新エネの利用でエネルギー供給問題が解決できる」との認識を持つ人がいれば、当然、原子力発電の「推進−廃止」の態度への「有用感」の影響力も弱くなるものと思われる。逆に、「将来、新エネの利用だけでエネルギー供給問題が解決できそうにない」との認識を持つ人がいれば、当然、原子力発電の「推進−廃止」の態度への「有用感」の影響力も強くなるものと思われる。
 したがって、原子力発電のことを考える際には、新・省エネなどとの関係が重要である。
6.信用・信頼と事故・事件が原子力発電の安心感に影響する
 連続する事故・事件により低下したと懸念されている原子力に対する「信頼感」と「安心感」の関係をみると、(財)エネルギー総合工学研究所の調査では、原子力発電に安心している人はほぼ信頼している人の中にしか存在せず、逆に、不信の人はそのほとんどが不安と思っている(図5)。
 前述の様に、事故・事件は「安心感」を一時的に悪化させるが、それにより「推進−廃止」の態度が同様に変化するわけではない。しかし、「適切に運営されているとの信用・信頼と事故・事件を起こさないこと」が公衆の安心感と密接な影響を持つことには留意すべきである。
7.原子力発電に対する関心が低下している
 これまで、原子力発電に対する安心感や有用感について述べたが、それら以前に、公衆は原子力発電に対する関心自体を失ってきている。
 (財)社会経済生産性本部の世論調査によると、原子力発電に対する「関心」は、徐々に低下している(図6)。例えば、マスコミなどで大きく報道された東電問題後では関心が高くなっていてもおかしくないと思われるが、調査結果では逆に大きく関心が低下している。
8.おわりに
 どの様な産業や技術であろうと、民主社会の構成員である公衆から社会的に認められずに存続し続けられるものはない。特に、原子力発電の様な巨大システムは、この社会との相互作用が大きいといえる。そのため、この問題の重要性はますます高まってきており、今日最も重要なものの一つとなっている。
 その観点でみると、アンケート調査結果から得られる知見で、最も注目すべきは、近年連続して起こった事故・事件にもかかわらず、公衆の原子力発電に対する関心が低下していること、そして原子力発電の利用の可否についていえば事故・事件にあまり影響されず、比較的安定した態度を示していることである。公衆が概して原子力発電を「有用」と思い、同時に「不安」と思う傾向は、時期により多少の増減はあるものの昔からあまり変わらず、事故・事件により一時的に安心感が悪化しても、原子力発電の持つ有用性を思い、結果として推進−廃止の態度は大きく変わらなかったといえる。
<図/表>
図1 原子力発電の利用についての意見の時系列変化
図1  原子力発電の利用についての意見の時系列変化
図2 原子力発電の安全性についての意見の時系列変化
図2  原子力発電の安全性についての意見の時系列変化
図3 原子力発電の必要性についての意見の時系列変化
図3  原子力発電の必要性についての意見の時系列変化
図4 有用感×安心感別にみた原子力発電に対する推進−廃止意見(2000年11月〜12月/東京)
図4  有用感×安心感別にみた原子力発電に対する推進−廃止意見(2000年11月〜12月/東京)
図5 日本の原子力発電の運転や管理への信頼感別にみた原子力発電に対する安心感(2000年11月〜12月/東京)
図5  日本の原子力発電の運転や管理への信頼感別にみた原子力発電に対する安心感(2000年11月〜12月/東京)
図6 原子力発電に対する関心度についての時系列変化
図6  原子力発電に対する関心度についての時系列変化

<関連タイトル>
「エネルギーと環境」に関する中学生の意識調査報告書 (10-05-01-13)
原子力と環境リスクに関する意識調査(東海村) (10-05-01-14)
高レベル放射性廃棄物に関する国民の意識 (10-05-01-15)
欧州連合市民と放射性廃棄物 (10-05-04-01)
欧州連合市民とエネルギー問題 (10-05-04-02)
米原子力エネルギー協会(NEI)の世論調査(2003年5月) (10-05-04-03)

<参考文献>
1)朝日新聞朝刊(2002年10月8日)など
2)北田 淳子:東電問題が公衆の原子力発電に対する態度に及ぼした影響−第3回定期調査−、INSS JOURNAL,Vol.10 2003(2003)
3)(財)社会経済生産性本部:第16回(平成14年度)エネルギーに関する世論調査 調査結果報告書(2003年3月)
4)(財)エネルギー総合工学研究所:エネルギー情報提供のための手法検討報告書(3)(2001年2月)
5)総理府:原子力に関する世論調査(1990年9月調査)など
6)資源エネルギー庁公益事業部(編):原子力コミュニケーション 新しい原子力広報を目指して、エネルギーフォーラム(2001年3月)
7)下岡 浩:原子力と社会 第I部 連続する事故・事件と社会の受け止め方の分析、日本原子力学会誌,Vol.46,No.2,89-93(2004)
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