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1.本意識調査の経緯
原子力関係者の間では、ここ十年来リスクコミュニケーション(*1)の重要性が指摘されてきたが、原子力と共存する環境では、未だ官民において具体的な活動はなされておらず、現在リスクコミュニケーション活動が始まりつつある化学産業分野や食品安全分野に大きく遅れをとることが懸念される。また、JCO臨界事故を経験した東海村では、村民がリスクの存在を実感しながら原子力と共存する地域社会、原子力安全対策モデル自治体を目指していくために、目に見える形でのリスクコミュニケーション活動の展開が求められている。
(*1)リスクコミュニケーションとは、化学物質による環境リスク(極力避けたい環境影響の起きる確率)に関する正確な情報を市民、産業、行政等のすべての者が共有しつつ、相互に意思疎通を図ることをいう。
以上の社会背景と地域社会の要請を受け、電力中央研究所、核燃料サイクル機構(現日本原子力研究開発機構)、東海村三者の協働による、リスクコミュニケーションの社会実験を行うプロジェクトが開始された。
このプロジェクトでは、リスクコミュニケーションの社会的定着を目指して、原子力技術の開発、利用に伴うリスク問題を取り上げ、茨城県那珂郡東海村を社会実験地として、行政、住民、事業者が参加するリスクコミュニケーションの社会実験を行う。それらの経験、知見そして社会的視点からの評価を踏まえ、リスクコミュニケーション活動のためのシステム設計、運用、評価等の実践的なガイドラインを作成するとともに、リスクコミュニケーション活動の社会的効果について明らかにする。
本プロジェクトは、3ヶ年計画で実施されるが、初年度の2002年には、社会実験の基本設計の決定および社会実験前のリスク問題に対する住民の意識調査・分析を行い、社会的効果評価のリファレンス情報を準備する。2003年には、社会実験の実施、社会的効果の分析および行政用、事業者用、科学技術者用そして住民用のガイドライン案を作成する。最終年度の2004年には、リスクコミュニケーション実践のガイドラインを提示するとともに、わが国の原子力界におけるリスクコミュニケーション活動の制度的維持管理方策について提言する。
初年度の成果として、2003年3月に「原子力技術リスクC3研究:社会との対話と協働のための社会実験」と題する報告書が発表された。この中に、社会実験前の状態を把握するために行った意識調査のデータが記載されている。この概要をここに紹介する。
2.原子力と環境リスクに関する意識調査
様々なリスクへの関心や認知、コミュニケーションの場についての評価と要望等を調査した。調査票の回収状況は
表1のとおりである。また、
表2(A) 〜(D)に、回答者の性別、年齢別、職業別、知っている原子力関係者の有無別の人数と割合を示す。
2.1 様々なリスクへの関心とその認知
東海村やその周辺地域の住民にとって、身の回りの生活環境の中で自分の安全に関係があると思われることは、第一に「原子力関連施設の安全対策」、次いで「食の安全」「廃棄物対策」「生活の安全や衛生」「治安対策」である。(
図1)
上記の問題の中で、特に行政(市町村長や職員)と話をしてみたい、あるいは意見を述べたい問題は、「原子力関連施設の安全対策」(19%)、「食の安全」(18%)、「治安対策」(12%)となっている。
(A) いろいろな技術や行為などの危険度
様々なリスクに対する4段階評価(非常に安全=1から非常に危険=4)の結果、住民が最も危険だと感じているものは、テロ、
放射性廃棄物、風水害、
原子力発電所と農薬(同レベル)、自動車と産業廃棄物処分場(同レベル)、遺伝子組換え食品、喫煙、石炭、航空機、レントゲン撮影の順であった(
図2(A))。一方、自動車の危険度を10とした場合の相対的な危険度の評価では、テロと放射性廃棄物の順位は変わらないが、第3位は原子力発電所になり、産業廃棄物処分場が続いている(
図2(B))。
4段階評価によるリスク認知よりも相対的な危険度評価が高いものは、原子力発電所、産業廃棄物処分場、遺伝子組換え食品であり、逆にリスク認知の順位より相対的な危険度評価の順位が低くなったものは、風水害と自動車である。リスク認知と相対的な危険度評価の関係を
図3に示す。また、相対的な危険度評価が高いテロ、放射性廃棄物処分場、原子力発電所、産業廃棄物処分場は、評価値の平均が高いだけでなく、分散も大きく、回答者によって危険度評価が大きく異なっていることを示唆している。特に原子力発電所の危険度評価の分散は12のリスクのうち最も大きい。
(B) 事故の被害や健康・環境・経済に与える影響の大きさ、それらの起こりやすさについての知識の有無
約90%の人が「よく知っている」「ある程度知っている」と回答したのは、自動車、風水害、レントゲン撮影、航空機、テロ、喫煙である(
図4)。一方、知識の程度とリスク認知には関連性が見出されない(
図5)。この結果は、「日本人のリスク認知は未知性とほとんど関係がない」という先行研究の結果と一致している。
(C) 身の回りの危険に関する情報の提供で重要なこと(複数回答)
リスク情報の提供では、第一に正確さ、第二に分かりやすさ、第三に入手しやすさが求められている(
図6)。また、情報の作成者の信頼性に関連して、「立場の異なる専門家の話が含まれている」「利害関係のない人や組織が伝える」「事実だけを伝え、作成者の解釈や主張を含まない」ことが求められている。これらの要件は、裏返せば現在の科学技術やリスクに関する情報提供の問題点であると考えられる。
本プロジェクトでは、これらの要件に配慮した情報提供のあり方について検討することにしている。
2.2 行政や原子力事業者とのコミュニケーション機会について
(A) 行政(市町村長や職員)と話をしたり、意見を伝えたりする機会の有無
行政とのコミュニケーションの場があると答えた割合は、「たくさんある」と「少しある」を加えても1割程度である(
図7)。意見を伝える方法としては、「区や常会を通じて意見を伝える」「行政が行う対話の場に参加して発言する」「役場の窓口に直接話に行く」が中心である。
行政と話をする機会がないと答えたが、6割の住民が行政と話したり、意見を伝えたりする機会を重要と考えている。しかし、機会が設けられれば気軽に話ができるかという問いに対しては、11%が「できないと思う」、70%が「どちらともいえない」と答えており、気軽にコミュニケーションできない理由としては、
・これまでに経験がないから(65%)
・言っても何も変わらないと思うから(51%)
・大勢の前で話をするのが苦手だから(35%)
・話を聞こうという態度ではないから(34%)
などがあげられている。
(B) 原子力事業者と話をしたり、意見を伝えたりする機会の有無
行政の場合と同様に、原子力事業者とのコミュニケーションの場もほとんどなく、「たくさんある」「少しある」を合計しても1割に満たない(
図8)。
意見を伝える方法としては、「事業者の懇談会に参加する」が71%を占め、次いで「意見を投書する」30%、「事業者の広報など窓口に直接話にいく」26%となっている。やはり行政の場合と同様に、6割の回答者が原子力事業者とのコミュニケーション機会は重要と考えているが、気軽に話ができると思っている割合は16%と少ない。
原子力事業者と気軽に話ができないと感じている人(10%)の理由としては、
・これまでに経験がないから(79%)
・言っても何も変わらないと思うから(50%)
・大勢の前で話をするのが苦手だから(36%)
などがあげられている。行政との対話の問題としてあげられた「話を聞こうという態度ではないから」という理由は13%と少ない。
(C) 原子力や環境問題について話しやすいと感じる場(複数回答)
原子力や環境問題について住民が話しやすいと感じる場としては、「常会単位で行われる懇談会や説明会」や「住民全体を対象にした懇談会や説明会」、「区単位で行われる懇談会や説明会」があげられている(
図9)。常会や区単位の懇談会、説明会は住民が集まりやすい場でもある。住民全体を対象とする懇談会や説明会でも、より住民の都合を考慮した対話の場の設計が重要であることを示唆している。
(D) 原子力についての会話や情報源について
家族や知人と原子力の話をする人は、「よく話している」1.6%、「時々話している」20.4%、「たまに話している」47.1%である。
原子力や環境問題の情報源は、新聞(96%)とテレビ(96%)が中心で、一般雑誌(53%)や家族・知人・友人との話(50%)、自治体の広報誌(48%)も比較的多い。講演会やセミナー(13.6%)、「科学雑誌」(9.7%)、「インターネット・パソコン通信」(10.1%)、「行政や原子力関係者との話」(4.8%)から情報を得ている人は少ない。比較的近隣に原子力関連施設が複数立地しているため、他調査に比べ展示館や発電所の見学(23.9%)、原子力事業所のパンフレット(36.9%)が際立って多い。
原子力や環境問題についての情報入手方法の希望としては、やはり、「新聞やテレビなどから」を希望する割合が97%と高いが、「施設の見学や原子力事業所の資料から」を希望する割合も52%ある。「専門家などと直接話をする場で」(34.5%)や「インターネットから」(35.3%)への期待も大きい。
2.3 臨界事故後の調査が示した住民の要望の実現度
(A) <緊急時に知りたいこと>として要望された事柄は知らされているか
「ある程度知らされている」「十分知らされている」と答えた人の割合は50%を超えているが、「想定される事故状況」や「避難先」に比べ、「
被ばくや汚染の防ぎ方」や「「想定される被害状況」については、やや評価が低い(
図10)。
(B) <今後行うべきこと>として要望された事柄は実現されているか
住民の要望は、十分とは言えないまでも実現されつつある。「東海村内の原子力関連施設の
査察を定期的に行い、結果を公表する」と「事故を踏まえた村の防災計画を早期につくる」ことは、やや実現されていないと答えた人の割合が高い(
図11)。
東海村では防災計画を策定しているので、住民への周知不足の問題も考えられる。いずれも、行政の能力向上を必要とするものであり、今後一層の努力が求められる。
2.4 原子力事業者への信頼を左右する要因
もっとも信頼が高くなる行為は、「過去、
原子力施設が安全上の問題を起こしていない」であり、安全操業の実績が信頼の基本にあるといえよう。ついで、「ほとんどの情報が住民に公開されている」「地域住民の委員会が施設閉鎖の権限をもっている」が続き、情報公開や地域社会への権限委譲が信頼に影響をもっていることが示された(
図12)。
地域社会への権限委譲が信頼を高めるという結果については、米国でも同様の結果が得られている。しかし、米国の調査では、信頼を高める事柄が地域社会への権限委譲にほぼ限定されていた点で、今回の結果とは異なっている。
一方、より信頼を失うものとしては、「住民の要望や意見を聞かない」「住民が求めた情報が提供されない」「行政が自由に施設を査察できない」「経営上の理由が安全に優先する」の順である。
唯一意見が分かれた項目は「施設で働く人が安全上の問題を告発する」である。「告発」行為や告発されるような問題を抱えていることを評価するか、告発できる組織文化であることを評価するかによって意見が分かれたと考えられる。
上述のほか、原子力や環境リスクに対する態度および科学技術に対する考え方のような社会的価値観なども記載されているが、紙面の関係で紹介できなかった。これらについては文献1を参照されたい。
以上の単純集計のほか、東海村と周辺市町、性別・年齢別、原子力関係者が身近にいるかなどによるクロス集計およびその結果の分析もなされているが、これも割愛する。
<図/表>
<関連タイトル>
原子力におけるリスクコミュニケーション (10-06-01-11)
東海村におけるリスクコミュニケーション活動 (10-06-01-14)
<参考文献>
(1)谷口 武俊ほか:原子力技術リスクC3研究、社会との対話と協働のための社会実験、平成14年度事業報告書、(2003年3月)
(2)日本経済新聞:原子力問題の告知活動 住民参加5%前後東海村など調査、第35面、2003年6月5日版