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1979年3月28日(現地時間)米国ペンシルバニア州に設置されているTMI
原子力発電所2号機において事故(以下、「TMI事故」という)が発生した。カーター大統領はTMI事故直後の1979年4月1日にTIM-2号炉を視察し、事故処理の安全対策と住民の冷静な対処を要望するとともに、事故による直接の混乱の収まった4月11日には、大統領任命の事故調査特別委員会を発足させ、事故原因の徹底調査を行うと発表した。
同委員会は正式名称を「TMI事故に関する大統領委員会」(President's Commission on the Accident at Three Mile Island )、通称「ケメニー委員会」と呼ばれるものであり、ダートマス大学総長のケメニー博士(J.G.Kemeny )を委員長とし、学界、労働界、地方自治体の代表者及び住民代表(ミドルタウンの主婦)から選出された12名の委員から構成され、4月11日の任命から6ケ月以内に大統領に報告書を提出すべく活動を開始した。
同委員会は証言や証人喚問の権限を大統領から与えられており、自ら行った12回の公聴会の結果やスタッフが実施した150回以上にものぼる証人喚問の結果ならびに種々の検討結果に基づき1979年10月30日に大統領に報告(「ケメニー報告」)を行った。以下にこの報告書の概要を示す。
1.TMI事故の評価
TMI事故は、一連の人的、制度的、機械的ミスの結果としておこった。3月28日の事故は装置の故障により始まり、運転者(運転員、技術者、監督者)はプラントの現状の認識に失敗した。運転員の訓練は不足しており、今回起こった出来事に対する準備ができていなかった。運転者は、いくつかの不適切な決定をし、いくつかの行動をした。もしこれがなかったらこのような大きな事故にはならなかったであろう。
なお、1974年刊行のWASH-1400(ラズムッセン報告)では、事故と機器故障および
原子炉事故中に起こりうるヒューマンエラー等、TMI事故と関係する事故も含めて解析している。TMI事故に似た小破断
LOCAが大破断LOCAより多く発生する可能性を示していた。アメリカでの原子力発電所の運転が400炉年以上になっているので、事故発生確率の点からこの種の事故の発生は予想されるべきであった。しかしながらNRCはWASH-1400の成果を、設計検討解析に組織立って使用しなかった。
2.健康への影響
放射
線量測定及び人口統計に基づいた結果は、以下の通りである。
3月28日から4月15日の間に放出放射能によって発電所から半径50マイル以内の住民が受けた
集団線量は、約2,000人・
レムと評価される。この地域の住民に対する自然バックグラウンド放射能による年間集団線量は、約240,000人・レムと評価される。従って、半径50マイル以内の住民が事故により
被ばくした線量は、年間バックグラウンド線量の1%以下であった。また、半径5マイル以内の住民の場合では、年間バックグラウンド線量の約10%かそれ以下であった。
事故期間中の敷地外一般人(発電所従事者を除く)の最大個人被ばくは、70ミリレムと評価された。事故期間中の放出放射能による一般公衆の
被ばく線量は非常に小さいので、現在の科学知識では、TMI事故によって、癌、発育不全、遺伝的障害の発生率の増加に至る程ではないと考えられる。3月28日から6月30日の間に、3人のTMI従事者が、約3〜4レムの線量をうけた。これは、NRCの3ケ月の最大許容線量3レムを上回っていた。
3.公衆の健康
州は、住民の健康と安全防護の責任がある。ペンシルバニア州の公衆衛生局とTMI地域の保健責任者は、TMI事故の重大な健康への影響に対応するのに十分な対策を持っていなかった。ペンシルバニア州の
放射線防護の責任は、環境資源省(DER)にある。TMI事故時にペンシルバニア州衛生局は、放射線緊急事態に対応できるような体制になっていなかった。また、放射線防護について、DERと公式の連絡をとっていなかった。
また、事故初期の数日中、 Met Ed社は事故で負傷したり、汚染した従事者の発電所内での手当ての責任を持つ委託医に通知しなかった。また、委託医は、発電所内で従事者に応急措置をする為の放射線医学的な訓練が充分でなかった。
Met Ed社は、今度の事故でいくつかの放射線防護上の問題を体験した。a)保健物理上の運用のための緊急時コントロールセンター及び緊急時に使用される分析室が、事故後早い時期に立入禁止となった区域にあった。b)防護マスクが不足していた。c)清浄空気の供給が不充分であった、などである。
4.緊急時の対応
TMIの敷地外への放射能放出事故時の公衆の防災計画は、非常に複雑であった。その計画は、電力会社、地方、州、及び連邦レベルの行政局を含んでいる。TMI事故では、この複雑さが問題となった。記載されていた計画のいくつかは調整されていなかった。
緊急時計画については、NRC及びその前身の
AECにおいても、重要視されていなかった。この理由として、原子炉の安全防護系の設計に自信があったこと、及び原子力の安全問題について大衆の関心を高めることを避けたいという考えがあったことが明白である。
また、緊急時計画の立案、検討、訓練に関して、NRC、Met Ed社、州及び地方の緊急時組織の協調性が不充分であり、TMIにおける重大な放射線事故に対して、充分な準備ができてなかった。NRCはTMI事故の最も厳しい局面において、不安な状況下で大きなプレッシャーを受けながら活動していた。このような状況のため、水素ガス発生に関して一つの計算ミスをした。このミスによって炉内の状態を誤解することにより、誤った避難勧告を行った。
5.電気事業者およびメーカー
多くの重要なケースにおいて、GPU社、Met Ed社およびB&W社は、安全問題に関する十分な情報を得る事ができず、また得た情報がどんなものであるかを分析し、その情報に基づいて然るべき措置を講ずることをしなかった。従ってTIM-2プラントの建設および運転に関係した会社の内部相互間で安全上の重要な項目に関してコミュニケーションの欠如があったのである。同様な問題はNRC内部にも存在した。
6.運転員の訓練
Met Ed社の運転員と監督者の訓練は不充分であり、事故が重大化する大きな原因となった。訓練計画は原子炉の安全原理に充分な力点を置いてなかった。
TMIの訓練計画はNRCの訓練基準に合致していた。しかも、TMIの運転免許試験の受験者はNRCの免許試験と運転試験で全国平均よりも高い得点を挙げていたにもかかわらず、運転員の訓練は事故に対応するには不充分であることが証明された。
7.原子力規制委員会(NRC)
NRCは発電所の運転実績について膨大な情報を蓄積していたが、これらの実績を評価し、起り得る包括的安全問題の危険信号を探し出す体系的方法を持たなかった。1978年、会計検査院はNRCのこの欠陥を批判したが、TIM-2の事故の時、改善の措置はとられていなかった。NRC内の主要な部局は情報や経験の交換がほとんど見られないまま、独自に活動を行っている。例えば、運転員が加圧器水位を信頼すると混乱する恐れがあるという事実はNRC組織のいろんなレベルで提起されていた。しかし、この問題は等閑に付され、TIM-2号炉事故が起こるまで陽の目を見ることがなかった。
8.情報に対する公衆の権利
事故以前は Met Ed社は、発電所の全般的な安全性を一貫して主張してきたが、会社は、毎週の記者会見でTIM-2でのトラブルなどに関する情報も提供してきた。この情報はこの地方の報道機関によって追跡されなかったし、しばしば理解されなかった。また、地方の報道機関は一般に発電所の安全性についての研究面の情報を出版したりあるいは放送することはなかった。Met Ed社 ばかりでなくNRCも公衆や報道機関に事故情報を与えるための特別な計画をもっていなかった。
事故の期間中、公式の情報源は、しばしば混乱し、また事実に気がつかなかった。報道機関の報道はしばしばこの混乱と無知を反映した。
○大統領声明:カーター大統領はこのケメニー報告を受けてタスク・フォースを編成し、その勧告の検討に当たらせていたが、1979年12月7日声明を発表し、大統領としてのTMI事故に対する姿勢を明らかにした。その声明文で、大統領は、原子力発電の安全性は何よりも優先するとして、運転員の訓練強化や制御機器の改善等ケメニー報告書で指摘された改善措置の実施を強く要請し、以下のようにNRC等の政府機関に対し5項目、産業界に対し3項目の改善策を示した。
(1) NRC委員長の権限強化を主眼とするNRC改組法案の作成。
(2) NRCのヘンドリー委員長を更迭し、外部から委員長を任命(当面はジョン・エイハーン(John Ahearne)が臨時委員長)。また、安全性の向上の成果について大統領に報告する監査委員会(Oversight Commitee)の設置。
(3) 連邦緊急管理局(
FEMA)を中心に1980年6月までに運転中の原子炉のあるすべての州で緊急避難計画の再検討を完了。
(4) すべての原子力発電所サイトに常駐検査官を配置。
(5) ケメニー委員会のすべての勧告を実施するように関係行政機関に要請。
(6) 産業界が独自の安全基準を開発するように組織化要請。
(7) 産業界が運転員及び監督者の訓練プログラム等を開発・維持するための作業の実施要請。
(8) 制御室は緊急時に対応できるようにできるだけ近代化・標準化・単純化を図ること。また、TMI事故以来、凍結状態にある新規の原子力発電所の許認可については、米国のエネルギー事情は不安定で高価格な外国石油に依存しているので、原子力発電を放棄したり、その利用を長い間停止するような余裕はなく、原子力の利用を放棄することはできないとして、NRCに対して6ケ月以内に遅れている許認可を再開するよう求めた。
<関連タイトル>
米国スリー・マイル・アイランド原子力発電所事故の概要 (02-07-04-01)
TMI事故時の避難措置 (02-07-04-03)
TMI事故直後の評価 (02-07-04-05)
TMI事故調査特別委員会の設置について (10-03-02-03)
<参考文献>
(1)原子力安全委員会(編):原子力安全白書 昭和56年版 大蔵省印刷局(昭和56年12月)
(2)TMI事故調査米大統領特別調査委員会報告書 昭和54年11月(Preface Overview Commission Findings Commission Recomendations)全訳