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<概要>
 近年、わが国では放射線治療における誤照射事故が頻発している。誤照射とは、医師の処方と異なる線量を誤って照射した場合を指す。多くの場合、誤照射の原因は人的エラーで、治療機器の更新時や担当者の異動時に問題が発生する傾向がある。誤照射事故が頻発する背景として、急速に高度化する治療技術に対する人的資源や体制の不備が指摘される。
<更新年月>
2007年10月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 放射線治療はがん治療の柱の一つであり、予後のQOL(クォリティ・オブ・ライフ:生活の質)の高さから、わが国では治療患者数が著しく増加している(表1)。日本放射線腫瘍学会(JASTRO)の2005年定期構造調査によれば、全国712の放射線治療実施施設で新患者数156,318人、実患者数191,173人であった。新患者については、これまでのデータから約17万人と予想していたが現場での治療技術の高精度、複雑化やスタッフ不足により、患者受入にブレーキがかかっていないかと報告書では懸念している(文献1)。最近では、強度変調放射線治療(IMRT)や粒子線治療などの新技術が日進月歩で開発され、線量の集中性をより向上させることにより、正常組織の障害を極力抑えながら、腫瘍に対し高い局所制御率を挙げている。高齢化社会の到来にともない、放射線治療の役割は今後、ますます大きくなるものと予想されている。
 しかし、最近、放射線治療における誤照射事故が相次いで発覚している。表2にその一覧を示すが、3年間で国内の8施設から事故が報告されており(うち6件はこの一年以内に集中)、なかでも国立弘前病院で発生した過剰照射事故は対象となる患者数が276名とそれまで報告されていた事故に比べ一桁多く、マスメディア等でも大きく取り上げられた(文献2、3)。この状況を受け、2004年4月9日厚生労働省から各都道府県の部局長宛に「診療用放射線の過剰照射の防止等の徹底について」とした通達が発表され、関係法令の遵守、医療機関内の管理体制の徹底についての指導があった。
 放射線治療に関連する(社)日本医学放射線学会、日本放射線腫瘍学会、日本医学物理学会、(社)日本放射線技術学会等は、医学放射線物理連絡協議会を組織し、わが国における放射線診療の物理的・技術的品質管理・品質保証(QC/QA)について幅広い立場から検討し、必要に応じて調査報告書や勧告等を公表している(文献2-5)。同協議会によれば、誤って医師の処方と異なる線量を照射した場合を誤照射と呼び、誤照射のうち処方線量よりも5%以上多く照射した場合を過剰照射と定義している。事故の程度は表3に示すとおり、最も重篤な障害が予想されるクラスIAから障害の危険性が少ないとされるクラスIIまで5段階に分類される。弘前の事故の場合は、1名がクラスIAに該当すると報告されている(文献2、3)。
 事故の直接的な原因は、多くの場合、人的エラーであり、例えば治療機器への数値入力ミスや担当者間のコミュニケーション不足などが指摘されている(文献2-4)。また事故の発端が、治療機器の更新あるいは治療担当者の異動に起因することが多いという傾向がある。
 こうした事故原因の背景には、急速に複雑化かつ高度化する放射線治療においてマンパワーの確保やトレーニングの機会が不十分であったり、あるいは品質保証(QA)が現場の個人的な努力に委ねられているという、構造的な問題があると考えられる。最近実施された日本放射線腫瘍学会の実態調査によれば、がんの放射線治療を行う医療機関のうち、専任の放射線科医がいるのは3割に過ぎず、また診療放射線技師についても半数に満たない。
 本来、処方通り放射線が照射されていることを保証するには、確立したQAプログラムを第三者が実施すべきである。しかしながら、わが国では医師や技師が時間外に検証作業を行うか、あるいは検証作業を省略してしまっているという現実がある。
 放射線治療において事故の再発を防止し、患者の信頼を保つには、QAプログラムの構築とそれを行う専門家の配置が欠かせない。欧米では、このような専門職として医学物理士が活躍しているが、残念なことにわが国ではそのような職種あるいは養成コースが皆無に等しい。前述の実態調査では、医学物理士が常勤している施設は僅か7%であると報告されている。
 一連の事故を踏まえて、医学放射線物理に関連する諸学会が結成した医学放射線物理連絡協議会により「放射線治療の品質管理に関する委員会」が結成され、“放射線治療における医療事故防止のための安全管理体制の確立に向けて”と題する提言を最終報告書とした。その内容は、「放射線治療の医療事故の防止のために、放射線物理学と線量測定に関する知識を有する者による品質管理、患者中心の医療者の意識とスタッフ間の適切なコミュニケーション、ヒューマンエラーを前提とした品質管理体制が必要である」とする14の要約から構成されている(文献6)。
 これまでのところ、事故の発生件数の割には重篤な事例が少ないことが不幸中の幸いではあるが、頻発する事故を警鐘として、関係各機関では放射線治療に対するしっかりとした品質管理体制を早急に構築し、高齢化社会の到来へ向けて国民の信頼に応えることが急務であるといえよう。学協会などの関係団体において、医療現場における品質管理に関わる作業などに従事する「放射線治療品質管理士」や高度な放射線治療に従事する「放射線治療専門技師」並びに「医学物理士」の認定、各種ガイドラインの作成をはじめとする医療現場における放射線医療の品質管理の向上のための取組みが進められている。
<図/表>
表1 放射線治療を受ける患者総数
表1  放射線治療を受ける患者総数
表2 わが国の最近の放射線治療事故
表2  わが国の最近の放射線治療事故
表3 放射線治療事故の患者のクラス分類
表3  放射線治療事故の患者のクラス分類

<関連タイトル>
医療分野での放射線利用 (08-02-01-03)
放射線によるがんの治療(特徴と利点) (08-02-02-03)
放射線利用における放射線被ばく事故 (09-03-02-15)
治療用医療放射線と人体影響 (09-03-04-02)
放射線医学総合研究所 (10-04-05-02)
国立保健医療科学院 (10-04-09-02)

<参考文献>
(1)日本放射線腫瘍学会:JASTRO 2005年定期構造調査解析結果
(2)医学放射線物理連絡協議会:国立弘前病院における過剰照射事故の原因及び再発防止に関する調査報告書、日本医学放射線学会誌、64(5)、p.91-101(2004)
(3)医学放射線物理連絡協議会:国立弘前病院における過剰照射事故の原因及び再発防止に関する調査報告書、日本放射線技術学会誌、60(7)、p.887-895(2004)
(4)医学放射線物理連絡協議会:東京都内某病院における過線量照射事故の原因及び再発防止策に関する医学放射線物理連絡協議会による調査報告書、日本医学放射線学会誌、61、p.817-825(2001)
(5)医学放射線物理連絡協議会:北海道内某病院における密封小線源紛失事故の原因および再発防止策に関する医学放射線物理連絡協議会による調査報告書、医学物理、23、p.102-113(2003)
(6)放射線治療の品質管理に関する委員会:放射線治療における医療事故防止のための安全管理体制の確立に向けて(提言)最終報告、日本放射線腫瘍学会(平成17年9月10日)
(7)原子力委員会:原子力白書 平成18年版、第2章 第3節 原子力利用の着実な推進(平成19年3月)、http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/hakusho/hakusho2006/23.pdf
(8)池田恢:放射線照射事故とその背景−現況と展望−、第15回原子力委員会定例会議資料(2006年4月11日)、http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2006/siryo15/siryo12.pdf
(9)広川裕:放射線治療における誤照射事故対策としての品質保証、ISOTOPE NEWS、No.609、p.15(2005)
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