<本文>
環境中の自然放射性物質(あるいは天然放射性物質)は、地球の生成に伴って生じたものと、宇宙線によって生成されたものに分けられる。前者の地球起源の放射性物質は、地球の年齢の関係で、物理的半減期の極端に長い長寿命
核種(
40K、
238U、
235U、
232Thなど)か、その長寿命核種の
娘核種(
226Ra、
222Rnなど)に限定される。後者の宇宙線起源のものは、大気中の安定元素が宇宙線により
放射化したものであり、地球起源のものと比べ比較的短寿命の核種(
3H、
7Be、
14C、
22Naなど)が多い。
一方、人工放射性物質としては、大気圏核実験で放出された核分裂生成核種(
90Sr、
137Cs7など)及びα核種(
239Puなど)、
原子力発電所の平常運転時あるいは事故時に放出される
3H、
14C、
129I、
希ガスなどが挙げられる。
原子力施設では、施設からの
放射性核種の放出を合理的にできる限り低くするよう、厳しく管理している。放出される放射性物質については、事前に、環境中における放射性核種の移行解析及び被ばく線量評価が行われるとともに、運転中は、常時モニタリングが行われ、安全性を確認している。
1.大気中に放出された放射性物質の環境中における移行(
図1、
図2)
大気中に放出された放射性物質は、風によって運ばれるとともに、三次元的な拡散により次第に広がる(大気拡散)。さらに、粒子状の物質の移動には、沈着と再浮遊現象を伴う。典型的な沈着現象には、降雨による洗浄沈着があり、地表面に付着する。その後、放射性物質は地表水とともに河川、湖沼等に流出、あるいは土壌中に浸透する。放射性物質の再浮遊現象は、主として風による土壌の舞い上がりに伴い起こる。
大気中における放射性物質の人体への直接的な移行経路としては、呼吸に伴う
吸入摂取がある。また、放射線被ばくの形態としては、この吸入摂取による
内部被ばくのほかに、希ガス等の浮遊性放射性物質(放射性雲)からの
ガンマ線による
外部被ばくがある。間接的な移行経路としては、放射性物質が植物に沈着し、その植物を人間が直接あるいは家畜等を経由して間接的に摂取すること(
食物連鎖)が挙げられる。
2.放射性物質の土壌、河川、湖沼中における移行(
図1、
図2)
大気から沈着及び浸透、あるいは放射性廃棄物処分施設等から漏出した土壌中の放射性物質は、地下水の移動(地下水流)に伴い、土壌への吸着及び脱着を繰り返しながら移行し、河川、湖沼等に流出する。河川、湖沼等に移行した放射性物質は、最終的には海洋中に流出する。
これらの移行過程で、放射性物質は様々な経路を通して人間が摂取する食物に取り込まれることになる。放射性物質で汚染された土壌からの人体への移行経路としては、植物の根から吸収され、その植物を直接あるいは家畜等を経由して間接的に摂取する経路と、汚染土壌の再浮遊物質を呼吸に伴い吸入する経路が挙げられる。また、上記の内部被ばくの他に、汚染土壌からのガンマ線による外部被ばくも考えられる。さらに、土壌が放射性物質で汚染されると地下水も汚染されるので、この汚染地下水を井戸を経由して、直接(飲用水)あるいは間接的(農作物の灌漑水、家畜の飼育水利用などに伴う食物連鎖)に摂取することによる内部被ばくも挙げられる。
放射性物質で汚染された河川、湖沼等からの人体への移行経路は、直接的な経路として水道水(飲用水)の利用に伴う内部被ばくと、間接的なものとして水産物、農作物(灌漑水利用)、畜産物(家畜飼料への灌漑水利用、飼育水利用)摂取による内部被ばくとが挙げられる。
3.放射性物質の海洋中における移行(
図1)
大気から降下、あるいは河川等から流入した放射性物質は、海洋中で希釈され、海水の流れとともに移動、拡散する。海水中における鉛直方向の移動では、海流、海水温度差等による上下混合と、海中浮遊物への吸着等に伴う海底への沈降、高温海底域における上昇流などが考えられる。
海洋中における放射性物質の人体への直接的な移行経路としては、塩分を含んだ大気を吸入することによって内部被ばくすることが考えられる。間接的な移行経路としては、魚及び海草等の海産物を摂取することによる内部被ばくが挙げられる。
4.
決定経路
被ばく評価では、放射性物質の放出形態及び種類によって、重要な
被ばく経路が異なってくる。例えば、大気中に放出された場合には、呼吸に伴う内部被ばく、植物への沈着に起因する内部被ばく、放射性雲からの外部被ばくなどが重要な経路となり、これら2〜3の移行経路に着目して評価を行えば、十分に目的を達成することができる。これを決定経路と呼んでいる。
<図/表>
<関連タイトル>
天然の放射性核種 (09-01-01-02)
人工放射線(能) (09-01-01-03)
放射能の牛乳への移行 (09-01-03-04)
放射能の河川、湖沼、海洋での拡散と移行 (09-01-03-05)
食品中の放射能 (09-01-04-03)
放射性核種の生物濃縮 (09-01-04-02)
<参考文献>
(1) 佐伯 誠道(編):「環境放射能(挙動・生物濃縮・人体被曝線量評価)」、ソフトサイエンス社(1984)
(2) 日本化学会(編):「放射性物質」(環境汚染物質シリーズ)、丸善(1976)
(3) 放射線医学総合研究所(訳):「放射線とその人間への影響」−1982年国連科学委員会報告書、(株)テクノ・プロジェクト(1984)
(4) Radiation in Perspective-Application,Risks and Protection,OECD/NEA(1997)
(5) P.A.Davis et al.:The Disposal of Canada’s Nuclear Fuel Waste-The Biosphere Model,BIOTRAC,for Postclosure Assessment,AECL-10720,COG-93-10,AECL(1993)
(6) IAEA:Handbook of Parameter Values for the Prediction of Radionuclide Transfer in Temperate Environments, IAEA Technical Series No.364, Vienna(1994)
(7) 渡利 一夫、稲葉 次郎(編):放射線と人体−くらしの中の放射線、研成社(1999)
(8) 放射線医学総合研究所(監訳):原子放射線の影響に関する国連科学委員会2000年報告書、実業公報社(2001)