<本文>
1.牛乳に対する放射能移行評価の意義と主要核種など
大気中の放射能の一部は、牧草に沈着し、次いで乳牛により牧草が摂取されることにより、牛乳に移行する。環境に放出された人工放射能のうち、
90Sr、
137Cs、
131Iが汚染核種として重要視される。このうち、
131Iは、
半減期が8.05日で短半減期の放射能であるが、核分裂生成物収率が高いので牧草を通じて乳牛に取り込まれ易い放射能として特に注目されている。
わが国では原子炉が原因となったと考えられる有意な量の放射能が、牛乳中に検出されたことはない。
2.
放射性ヨウ素の植物に対する移行
大気中の
131Iの化学形には、CH3I(ヨウ化メチル)とI2(ヨウ素ガス)があり、それらは、大気中から直接牧草に移行することが明らかにされている。実験によればガス状のCH3Iは、主として気孔から取り込まれ、表面への付着はほとんどない。また、I2に比較して沈着しがたく、約1/100の
沈着速度である。微粒子状のI2は、気孔から取り込まれるばかりでなく、表面沈着が大きい(気孔からの取込みの2〜3倍)。屋外で粒子状で付着した
ヨウ素は(室内でガス状に付着させた場合に比較して)脱離し易い。
植物に直接移行した放射能は、その
壊変または降水による洗浄などにより減少する。沈着が継続した場合に、壊変・洗浄などとのバランスにより放射能が植物上に蓄積される。植物を牧草と考えると、牧草−乳牛−牛乳−人間という1つの
食物連鎖が考えられる。牛は牧草を1日約10kgと大量に摂取する。牛が摂取した
放射性物質は、それ自身の壊変と排泄作用によって減衰する。この摂取と減衰の効果がバランスするまで放射性物質は牛に蓄積され、その一部が毎日牛乳に移行する。
3.乳牛中の放射能量
(1)
131I
乳牛に対する
131I経口投与では、尿による排泄が主要な経路で、乳への分泌は2週間の平均移行比が5〜30%程度との報告があり、また、牛乳中の
131I濃度は、投与日以後、指数関数的に低下し、投与日に比較して投与4日目以降は1/100程度に下がる(生物学的半減期は約半日に相当)ことが見い出されている。第5回中国核実験(1966年12月28日)後、わが国における原乳中の
131Iの測定(1967年1月1日)では、10.2Bq/リットル)の
131Iが検出されている。
スリーマイル・アイランド(TMI)事故(1979年3月28日発生)後、3月28日から4月16日までの期間に連邦政府の各機関により環境試料が採取され、そのうちのミルクに関する測定結果、
131Iと
133Xeだけが環境試料中に含まれ、その値も非常に低いものであった。牛乳中の
131Iは、平均9.4pCi/リットル(0.35Bq/リットル)、最大36pCi/リットル(1.33Bq/リットル)で、山羊乳中の
131Iは平均30pCi/リットル(1.11Bq/リットル)、最大41pCi/リットル(1.52Bq/リットル)であった。
(2)
90Sr
90Srの乳牛に対する経口投与実験では、牛乳中に6日間分泌された
90Srの総量の投与量に対する割合を求め、平均0.81%を得ている。
90Srの乳牛に対する経口投与実験では、約1.5日後に最大値を示したのち、牛乳中の
90Sr濃度は、2日程度の生物学的半減期で減衰することを見い出している。実際の飼料から牛乳への移行率は1.2%であった。
90Srの牛乳からバターやチーズへの移行に関する試験で、
90Srのバターに対する移行は、極めて少ないと報告されている。ゴーダチーズ(Caで固められている)では、原乳中の約45%が生チーズに移行し、カテージチーズ(ガゼインを酸凝固させている)では僅か2%しか移行しないことが確かめられており、製造法により移行率が大きくなることが示された。
牛乳中の
90Sr濃度は、1986年4月に起きた
チェルノブイリ事故によりやや高い値を示した。1985年および1986年度の値(いずれも0.052Bq/リットル)は、1987年度(0.044Bq/リットル)、1988年度(0.040Bq/リットル)には低い値に復している。ドライミルク中の
90Sr濃度は、1986年度(0.41Bq/リットル)、1987年度(0.32Bq/リットル)、1988年度(0.33Bq/リットル)になるに従って低下する傾向を示し、再び1985年度(0.37Bq/リットル)程度に戻っている。
(3)
137Cs
137Csの乳牛に対する経口投与実験では、牛乳中に1週間に分泌された
137Csは投与量のおよそ10%であることが報告されている。また、大部分(85%)は、糞尿中に排泄される。これらのことから、
137Csでは、腸管吸収が
90Srの場合よりも高いことが判る。
137Csの乳牛中における生物学的な半減期は20日であると報告されている。
137Csの牛乳からのバターやチーズへの移行に関する試験では、
137Csのバターに対する移行は、0.5%程度であるが、その総てがバター中の水相に存在する。また、チーズに対する移行率も低いことから、牛乳中の
137Csの殆ど総てが水相中に存在するとしている。
1986年4月に起きたチェルノブイリ事故により高い値を示した1986年および1987年度のわが国の牛乳中の
137Cs濃度は、それぞれ0.34Bq/リットル、0.11Bq/リットルであった。1989年度は、0.081Bq/リットルであり、これは、1985年度の0.089Bq/リットル並みの値に復している。ドライミルク中では、1986年度は3.1Bq/リットル、1987年度は2.3Bq/リットル、1988年度は1.3Bq/リットルになるに従って低下する傾向を示し、1989年度には1985年度の0.96Bq/リットルのレベルに戻っていることが認められる。
(4) 輸入食品に関する放射能限度の暫定基準
輸入食品については、
国際放射線防護委員会の提言を基本に、さらに十分余裕のある値として放射能限度の暫定基準値(決定核種である
137Csと
134Csの放射能の合計を370Bq/kgとする)が設定されている。実際には、牛乳は、輸入されていないが、暫定基準の値は、これまで述べてきた放射能について判断する目安となる。ドライミルクでは、暫定基準を越える輸入食品は見出されず、したがって、輸出国に積み戻す事になったケースもない。
<関連タイトル>
食品中の放射能 (09-01-04-03)
年摂取限度(ALI) (09-04-02-14)
フォールアウト (09-01-01-05)
<参考文献>
(1) 佐伯誠道(編):「環境放射能」
(2) 日本原子力文化振興財団、原子力の基礎講座、6人体と放射線・原子力と環境
(3) 女性フォーラム30(1990)
(4) 滝沢行雄、久松俊一:“フォールアウトプルトニウム及び関連する核種の食品群別経口摂取量について”、文部省科研費(総合研究A)研究成果報告書(14-14と同じ)
(5) 日本分析センター「20年の成果」(財)日本分析センター(1994.4)
(6) 原子力安全研究協会(編):スリーマイル・アイランド原子力発電所事故に関する調査報告書(II)、(1981.2)、(IV)、(1981.4)