<本文>
1.放射平衡とジェネレーターシステム
放射化学の応用分野として、放射性核種Aが崩壊して放射性核種Bとなり、さらに核種Cへと崩壊していく場合、核種Aの
半減期 が核種Bより長く、経過時間がある程度大きくなると、見かけ上A、Bの原子数はいずれもAの半減期に従って減少することになる。この場合、AとBは過渡平衡の状態にあるという。放射平衡にある親核種の長寿命RIから短寿命の
娘核種 を必要に応じて化学分離する操作はカウ(雌牛)・ミルキングシステムまたはジェネレーターシステムとよばれる。代表的なジェネレーターとして、
42 Ar[半減期:T(1/2)=32.9y]/
42 K[12.36h]、
81 Rb[4.576h]/
81m Kr[13.1s]、
90 Sr[28.74y]/
90 Y[64.10h]、
99 Mo[65.94h]/
99m Tc[6.01h]、
132 Te[3.204d]/
132 I[2.295h]、
188 W[69.4d]/
188 Re[17.005h]、
226 Ra[1600y]/
222 Rn[3.82d]等が医学および学術研究用として利用されている。原理的には、アルミナなどの吸着体に親核種を吸着しておき、生理食塩水などによる溶離で娘核種を
ミルキング する。無担体 (キャリヤーフリー) のRIが得られることから、放射性医薬品に標識し、診断・治療に有用である。
図1 に核医学診断に現在最も多く使用されている(
99 Moとして142GBq、2003年現在)
99 Mo/
99m Tcジェネレーターシステムを示す。
アジア原子力協力フォーラム(FNCA)では、テクネシウム99m(
99m Tc)ジェネレータプロジェクトとして、アジア諸国で核医学診断で最も多く利用されているテクネシウム99mを生産する新しいジェネレータを日本の指導で開発・普及を行っている計画である。
2.反跳化学
核反応または
核壊変 に際し、原子が運動量およびエネルギー保存の法則を満たすようにはじかれることを反跳とよび、反跳エネルギーは化学結合エネルギーを超えることが多く、化学結合を切り離すなど化学的に大きな影響を及ぼす。これを反跳効果と呼び、残留核には運動エネルギーが与えられた状態であり、その原子を反跳原子(recoil atom) という。α壊変の際の反跳は早くから天然放射性元素の研究に用いられ、RaAからのRaBやRaC、ThCからのRaC”、ThC” の分離に利用されていた。化学的効果として最初に認められたのは、1934年ヨウ化メチルに中性子を
照射 し、安定な
127 Iから水相中に放射性
128 Iが反跳エネルギーによりC-I化学結合を切り、濃縮分離できることがわかったことである。この発見者にちなみ化学変化を伴う反跳効果をジラルド・チャルマー(Szilard-Chalmers)反応とよぶ。この方法の特色は、同位体の分離が比較的簡単に可能なことである。気相、液相、固相での分離法の研究が行われ広く適応されている。
特に、固相での反応には原子核反応後のターゲットがさらに熱や放射線を与えられたときに反跳原子の化学形分布が変化する現象があり、この現象はアニーリングと呼ばれている。これらホットアトム化学の利用は、有機化合物のトリチウム標識法や
アクチノイド核種 の製造と補集の他に高比放射能のRI製造に実用化されている。日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)ではフタロシアニン銅やクロム酸カリウムをターゲットとして原子炉内で照射し、反跳効果でターゲットから飛び出した
64 Cuや
51 Crを化学分離して、普通の(n,γ)反応で得られる製品より桁外れの高比放射能(2〜4TBq/g・Cu,5〜11TBq/g・Cr)のRIを国産で製造・頒布した。
高比放射能の
64 Cuは、銅の代謝異常による遺伝病であるウィルソン病の肝機能検査に重要な核種である。
3.同位体効果
RIをトレーサーとして用いるとき、それと同じ元素では同一の化学的挙動をするとの前提に立っている。しかし、厳密には質量数が異なることから正しくないことがある。水素や炭素など軽い元素ほどその影響は大きく、この現象を同位体効果(Isotope effect)といい、平衡定数や反応速度は異なっている。水素の同位体であるトリチウムはかなり大きな同位体効果を有することからその製造工程において物理・化学的性質を利用し水素、ヘリウムなどから分離精製される。
4.同位体交換反応
分子間あるいは同じ分子の一方から他方へ、同じ元素の原子の移動を同位体交換反応といい、平衡関係が成立する。この事実は1920年Hevesyにより、ThB(
212 Pb)を使い、*Pb(NO
3 )2を調製し、PbCl2 との間で交換がおこることをRIを使うことで初めて示した。この原理の応用では、原子炉内で照射した硝酸水銀溶液から金属水銀に
197 Hgを標識する方法としても利用され、それまでソーダ工業界では食塩電解槽の陰極に水銀を使用する方式が最も多く用いられていたが、環境汚染が社会問題化するなかで、水銀の系外への漏出を抑えられる計量管理が求められるようになった。そこで、同位体希釈分析法により国内の可性ソーダ工業界での食塩電解槽の水銀インベントリー(在庫量評価)が1986年まで15年以上の間、現場で行われた。
5.メスバウアー効果
1958年 Rudolf L Moessbauer は、金属イリジウム中の
191 Irの
線源 から放射される129keVの
γ線 を金属イリジウムに照射すると、その中の
191 Irによってγ線が共鳴吸収される現象を発見し、1961年にノーベル物理学賞を受けている。この現象はメスバウアー効果といわれ、現在ではイリジウムのほか鉄、ニッケルなど約40種の元素について、その同位体にこの効果があることが知られている。その原理を
図2 に示す。線スペクトルであるγ線のエネルギーをドップラー効果で変化させてメスバウアースペクトルを測定することにより、分子内の結合状態、分子間の総合作用、イオン半径など、核外の多くの情報が得られる。例えば、鉄や鉄化合物内部磁界の様子などの研究に利用されている。メスバウアー線源として使用される親核種(メスバウアー核種)には
57 Co(
57 Fe)、
61 Cu(
61 Ni)、
119m Sn(
119 Sn)、
129m Te(
129 I)、
193 Os(
193 Ir)、
197 Pt(
197 Au)など多くのRI線源が使用されている。
6.化学線量計
放射線が物質に当たると、物質を構成している原子・分子は電離や
励起 を受け、イオンや励起分子を生じるので、それが種になって化学反応が起こる。そのため、物質は化学的変化を受ける。その化学反応を定量的に調べるには、放射線の
吸収線量 を求める必要がある。気体、液体、固体を問わず、吸収線量を簡易にしかも精度よく求めるためには化学線量計を用いるのが便利である。化学反応が吸収線量計として使えるためには次の条件を満たすことが望ましい。(1)照射による化学反応量が
吸収線量率 によらず吸収線量のみに比例する。(2)試料とほぼ同じ原子組成、比重をもつ。(3)放射線の種類、エネルギーにあまり関係せず、100eVの放射線エネルギーによってイオンや原子、分子が何個生成したかを表す
G値 が一定なこと。(4)再現性がよく、取扱いやすい。現在最も広く用いられているのは硫酸第一鉄線量計であり、フリッケ(Robert Fricke)によって提案されフリッケ線量計とも呼ばれている。その組成は1mM FeSO
4 ・7H
2 O またはFe(NH
4 )2(SO
4 )2・6H
2 O (モール塩)、0.8N H
2 SO
4 、1mM NaCl の水溶液である。
X線 、γ線及び電子線をこの化学線量計に照射するとG=15.5でFe+2がFe+3に酸化される。生成したFe+3は304mμ吸収極大における吸光度を分光光度計で測定する。Fe+3の生成のため酸素が消費されるので、空気飽和溶液で最大5.0×10
2 Gyまでが正確に測定できる範囲である。その他、特に高線量の測定に硫酸第二セリウム水溶液におけるCe+4の還元を利用する化学線量計(硫酸セリウム線量計)等がある。
7.核化学
核化学(nuclear chemistry)は、原子核に関する化学である。放射化学が放射性アイソトープ(RI)の元素としての振る舞いを問題とするのに対し、原子核の性質を研究する分野として位置づけられる。最近では、タンデムやサイクロトロン加速器にオンライン同位体分離装置(ISOL)を接続し、軽イオン、重イオンビームによる核反応により生成する未知核種の探索や核構造の研究が行われている。プラセオジム125、127など新アイソトープの発見に用いられた装置を
図3 に示す。酸化物イオン源、レーザーイオン源などの開発、ガスジェット方式による短時間搬送装置、迅速な化学分離装置(抽出、
イオン交換 など)の接続で、より短寿命RIの核構造の詳細がわかれば、宇宙空間における元素生成過程の謎の解明にも役立つ分野である。
8.無担体RIの化学的作用の留意点
RIのトレーサー利用は最も頻繁に利用されているが、無担体RIは極めて低濃度であり、その化学的挙動はしばしばマクロ量で得られる知識と異なっているものがある。低濃度のRIを再現性よく扱うには、ガラスなどの容器への吸着、ラジオコロイド、加水分解、揮発性、微生物の作用、微量不純物の分析においては十分な注意が必要である。
<図/表>
図1
図2 メスバウアー効果の原理
図3 オンライン同位体分離装置(ISOL)
<関連タイトル>
医療分野での放射線利用 (08-02-01-03)
バイオドジメトリ(生物学的線量測定) (08-04-01-09)
放射性トレーサ法の原理と応用 (08-04-03-01)
<参考文献>
(1)日本アイソトープ協会(編):放射線・アイソトープ、講義と実習、丸善(2000)
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(3)日本原子力研究所:「たゆまざる探究の軌跡」研究活動と成果(1995)
(4)日本原子力研究所アイソトープ部:アイソトープ製造35年誌(1995)
(5)工藤博司:反跳化学を用いたRIの製造,Radioisotopes,32,64(1983)
(6)海老原寛:”Production of copper-64 in high specific activity by the Szilard-Chalmers process with copper phthalocyanine”Radiochim. Acta,6,120(1960)
(7)柴田長夫、吉原賢二:“Preparation of Chromium-51 of a High Specific Activity by the Szilard-Chalmers Process”Bull. Chem. Soc. Japan,32,422(1959)
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(10)H.Fricke,E.J.Hart:Radiation Dosimetry,Vol.2,Academic Press,New York,p.167(1956)
(11)E.M.Fielden,E.J.Hart,Radiat.Res.,32,564(1967)
(12)関根俊明、ほか:新しいアイソトープ
127 Pr,
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(13)日本アイソトープ協会(編):アイソトープ手帳、第10版、(2001)
(14)文部科学省科学技術・学術政策局(監修):放射線利用統計 2004年、日本アイソトープ協会(2004年12月)
(15)アジア原子力協力フォーラム(FNCA):