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<概要>
 放射線環境で使用する高分子系材料を選択する観点からも、また放射線によって材料特性を改質する観点からも、放射線照射により力学的特性がどう変わるかは最大の関心事のひとつである。力学特性の変化は主に架橋と切断がもたらす分子構造の変化とそれに起因する固体構造変化による。高分子は実用的な強度を持つと同時に粘り強い性質を示す。これは粘性的な性質と弾性的性質を兼ね備えた粘弾性体であることによる。プラスチックとして包装、容器、機械部品などに用いる場合は主に弾性的性質が利用され、ゴム材料の場合は主に粘性的な性質が利用されている。放射線照射による力学的性質の変化のうち弾性が関与している性質は大きく変わらないが、粘性が関与している性質の変化はきわめて大きい。
<更新年月>
2006年06月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.応力−歪み曲線の変化
 低密度ポリエチレン(LDPE)は典型的な架橋型高分子である。これを放射線酸化が起こらない条件(非酸化系)で照射したときの引張り荷重−伸び曲線を図1に示す。ヤング率や降伏点強度は照射によって大きく変わらないが、照射線量が高くなるにつれて降伏後の荷重が大きくなり、引張り変形には大きな力が要るようになり、破断強度も大きくなる。このことは、弾性限界を超える応力を受けてもそれを受け止めることのできる強い材料になったことを意味する。他方、破断伸びは線量と共に小さくなる。ガラス転移温度(Tg)が測定温度より高いか低いか、及び結晶化度が高いか低いかによっても異なるが、結晶性高分子でも非晶性高分子でも、橋架けが起こると、降伏点を超えた領域で強度が大きくなり、破断伸びが小さくなるのが一般的である。LDPEと高密度ポリエチレン(HDPE)のヤング率と弾性率の線量依存性を図2に示す。LDPEでは結晶化度が変わってもヤング率と弾性率の線量に対する変化傾向はそれほど変わっていない。
2.各種高分子のヤング率・降伏点強度の線量依存性
 放射線切断型の非晶性高分子であるポリエーテルスルホン(PES)、ユーデルポリスルホン(U-PS)及びポリアリレート(U-polymer)の室温での非酸化系照射によるヤング率と降伏点強度の線量依存性を図3に、放射線架橋型の非晶性ポリエーテルエーテルケトン(PEEK-a)、結晶性PEEK(PEEK-c)及び熱可塑性ポリイミド(TPI、AURUM)についての結果を図4に示す。これらはTgが極めて高い全芳香族高分子である。図5には、脂肪族高分子のポリプロピレン(PP)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、エチレン−4フッ化エチレン共重合体(ETFE)、ナイロン−6(Nylon-6)についての結果を示す。これらは程度の差があるものの架橋も切断も同時に起こる高分子である。なお、これらの図では縦軸は未照射試料の値で規格化して示した。
 図2〜5の結果から、弾性限界内の特性値の増減は高々25%程度であることが分かる。線量に対する挙動は3つに分類できる。(1)ヤング率は大きくなるが、降伏点が低下する(PP、U-PS、PES、PEEK-a、PEEK-c、TPI)。(2)ヤング率と降伏点が線量と共に同時に大きくなる(ETFE、Nylon-6)。(3)ヤング率と降伏点はほとんど変化しない(PET、PVdF)。
 (1)に分類されるU-PS、PES、U-polymer、PEEK-a、TPIはTgがきわめて高い非晶性高分子である。室温では三次元的な分子運動が凍結されているため、照射で生成した固体構造上の損傷は保存されていると考えて良い。その上、線量に対する挙動が同じなのでヤング率と降伏点の変化のメカニズムは同じであるように見えるが、応力−ひずみ曲線を勘案するとメカニズムは全く違っていることが明らかになる。PEEK-a、TPIは靭性を失わないが、U-PS、PES、U-polymerは高分子の物性を特徴付けている粘弾性的性質のうち粘性的な性質が照射により損なわれている。放射線場で使用する材料の選定において単に特性値の線量依存性だけに基づいて判断することには注意を払う必要がある。応力−ひずみ曲線を勘案することは非常に重要である。
 (2)に分類されるETFEとNylon-6、特にETFEに関しては、架橋が優先的に起き、かつTgが室温以下の場合にはこのような挙動を示すように見えるが、PEの結果を含めると、そうとは言い切れない。
 (3)に分類されるPETとPVdFでは、PETのTgは室温以上でPVdFのそれは室温度以下である。また、PET の切断のG値(G(s))は0.035〜0.14、架橋のG値(G(x))は0.09〜0.17、PVdFでは、それらは各々0.6と0.6である。λ値(G(s)/ G(x))は大きく変わらないが、同じ線量で比べると起こるイベント数はPVdFの方が大きいことがG値の比較から分かる。Tgやλのみに関連付けて弾性限界内の物性値の照射効果を議論できそうにないが、弾性限界内の特性値の放射線照射による増減は最大でも25%程度とそれほど大きくないと言い切って良いと思われる。
3.各種高分子の破断強度・伸びの線量依存性
 図6〜8にこれまで述べてきた高分子の破断強度と伸びの線量依存性を示す。非晶性の切断型高分子では低分子量化による分子鎖の絡み合いの低下や分子間力の低下により単調に強度と伸びが低下すると考えられる(図6)。架橋型の高分子でも、同じような挙動を示すが(図7)、応力−ひずみ曲線の変化を判断材料として加えると切断型高分子とは中身が違うことが分かる。応力−ひずみ曲線の変化に放射線照射効果の全体像が最も良く現れるので、機械的特性の放射線改質が目的であれば、応力−ひずみ曲線の変化を的確に評価することが重要である。
 図7を見ると、PEEK-aとPEEK-c の破断強度の線量率依存性が少し異なる。同様なことがヤング率と降伏点の線量依存性にも認められる。結晶の存在が応力を高めている可能性を示唆しているが、全く同じ分子構造で非晶と結晶状態が得られる高分子は少ないので断定できない。
 図8は架橋と切断の両方が起こり、個々にλが違い、またTgが室温以下であったり以上であったりする結晶性高分子の破断時の特性である。破断伸びは線量にしたがい減少すると見なして良いが、強度に関しては様々である。照射効果が高分子固有の個体構造に反映されて発現した特性値変化である。伸びが線量と共に低下するので、この減少の仕方で耐放射線性が評価できる。
 PPはPEに比べてきわめて低い線量で破断強度・伸びが低下してしまう。PPの架橋と切断の確率は同程度であるが、PEの架橋の確率が切断のそれより高いと言うことだけでは説明できない程の差である。PPの結晶構造(3個の構造単位で1周期のへリックス)とPEの結晶構造(平面ジグザク)との違い、及びそれによる非晶での分子鎖詰まり具合の違いなど固体構造上の違いに起因していると推察される。
<図/表>
図1 低密度ポリエチレン(LEDP)の引張り荷重−伸び曲線
図1  低密度ポリエチレン(LEDP)の引張り荷重−伸び曲線
図2 低密度ポリエチレン(LEDP)と高密度ポリエチレン(HDPE)のヤング率と弾性率の線量依存性の比較
図2  低密度ポリエチレン(LEDP)と高密度ポリエチレン(HDPE)のヤング率と弾性率の線量依存性の比較
図3 室温で非酸化系照射したPES、U-PS及びU-polymerのヤング率と降伏点の線量依存性
図3  室温で非酸化系照射したPES、U-PS及びU-polymerのヤング率と降伏点の線量依存性
図4 室温で非酸化系照射したPEEK-a、PEEK-c及びTPI、AURUMのヤング率と降伏点の線量依存性
図4  室温で非酸化系照射したPEEK-a、PEEK-c及びTPI、AURUMのヤング率と降伏点の線量依存性
図5 室温で非酸化系照射したPP、PET、PVdF、ETFE、Nylon-6のヤング率と降伏点の線量依存性
図5  室温で非酸化系照射したPP、PET、PVdF、ETFE、Nylon-6のヤング率と降伏点の線量依存性
図6 室温で非酸化系照射したPES、U-PS及びU-polymerの破断強度と破断伸びの線量依存性
図6  室温で非酸化系照射したPES、U-PS及びU-polymerの破断強度と破断伸びの線量依存性
図7 室温で非酸化系照射したPEEK-a、PEEK-c、TPIの破断強度と破断伸びの線量依存性
図7  室温で非酸化系照射したPEEK-a、PEEK-c、TPIの破断強度と破断伸びの線量依存性
図8 室温で非酸化系照射したPP、PET、PVdF、ETFE、Nylon-6の破断強度と破断伸びの線量依存性
図8  室温で非酸化系照射したPP、PET、PVdF、ETFE、Nylon-6の破断強度と破断伸びの線量依存性

<関連タイトル>
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<参考文献>
1)貴家、工藤、瀬:「ポリエチレンの放射線照射効果に及ぼす結晶性の影響」、 第34回放射線化学討論会要旨集 (1992).
2)T. Sasuga, N. Hayakawa , K. Yoshida and M. Hagiwara:「Degradation in tensile properties of aromatic polymers by electron beam irradiation」, Polymer, 26, 1039 (1985).
3)T. Sasuga, S. Kawanishi, T. Seguchi and I. Kohno:「Proton irradiation effects on several organic polymers」, Polymer, 30, 2054(1989).
4)貴家恒男:「高分子材料の放射線劣化と改質 劣化と捉えるか改質と捉えるか−3.ポリエチレンの放射線照射効果は分子構造・固体構造でどう変わるか−」、放射線と産業、107,61(2005).
5)貴家恒男:「高分子材料の放射線劣化と改質 劣化と捉えるか改質と捉えるか−5.機械的特性の変化−」、放射線と産業、109,44(2006).
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