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<概要>
 塗装、印刷、接着などに使用される液状樹脂の硬化に、従来の熱、触媒等に代わるものとして、放射線照射による硬化法がある。線源には表面、薄層の加工に適した300keV以下の低エネルギー電子線(EB)が利用される。EB硬化 法の利点は、室温でしかも短時間で反応すること、熱に弱い基材への適用が可能なこと、エネルギー利用効率がよいことなどが挙げられる。プレコート鋼板、セメント瓦、石膏タイルなどの塗装、プラスチックフィルム、紙容器等の印刷、その他磁気材料、ラミネート加工、剥離処理剤、感熱記録体など幅広く実用化されている。
<更新年月>
2001年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.電子線硬化とは
 硬化(キュアリング)とは、熱硬化性樹脂の予備重合物である液状樹脂(プレポリマー、オリゴマー)が、流動性のある柔らかい状態から三次元網目を形成して、硬いプラスチック状態になることをいう。硬化させる方法としては、熱、触媒、紫外線(UV)、電子線(Electron Beam:EB)等がある。熱硬化性樹脂の一つである不飽和ポリエステル樹脂が放射線によって硬化することは、1950年代に発見されたが有望な硬化法として注目され、実用化(EB硬化法)が活発になったのは、工業用の低エネルギー電子加速器の進歩に伴う1980年頃からである。 表1 に現在実用化されている代表的な電子線硬化型オリゴマーの例を示す。
 EB硬化法の利点は、室温でしかも短時間に反応し、高速処理が可能であることで、熱に弱い素材あるいは熱容量の大きい素材への適用が可能なことである。表面あるいは必要な厚さの層だけを照射すればよいので、300keV以下の自己遮蔽型の低エネルギー電子加速器が一般に用いられ、エネルギー利用効率が大きく、省エネルギー的なプロセスといえる。また、電子線硬化型オリゴマーは、無溶剤型のため樹脂の使用量が少なく、大気汚染の恐れがないのが特徴であり、無公害プロセスともいえる。
 EB硬化に用いられる樹脂系オリゴマーは、普通、ビニル重合性の不飽和基をもつプレポリマーおよびモノマーの液相混合物で、硬化の反応形式はラジカル共重合である。このため、空気中の酸素がラジカルと反応して硬化を阻害するため、反応は窒素のような不活性ガスの雰囲気で行われる。カチオン重合系の場合は酸素による硬化阻害はないが、発生するオゾンに対する対策が必要になる。
2.使用される低エネルギー電子加速器
 電子線硬化に使用される電子加速器は、エネルギー範囲が150keV〜300keVの低エネルギー電子加速器である。300keV以下の低エネルギー電子加速器では、リニアカソード(リニアフィラメント)を使用する無走査型が主流である。また、低エネルギー電子加速器の場合、放射線の遮蔽は自己遮蔽型であり、中・高エネルギー電子加速器で必要とするコンクリート遮蔽施設が不要なため設置コストが低く、特に無走査型は小型であるのが特徴である。なお、耐熱性電線の架橋など、一般的に使用される300keV以上の中・高エネルギーの電子加速器はスポット状の電子ビームを電磁的に走査して線状のビームをつくる走査型になっている、また、発生するX線の遮蔽施設が必要となる。
3.電子線硬化の応用例
3.1 塗装
 日本でEB硬化法による塗装が実用化している分野は、プレコート鋼板の塗装(塗装鋼板をユーザーが必要時に加工する)、セメント瓦の塗装、石膏タイルの塗装などが挙げられる。欧米では、木材やパーティクルボードなどの塗装が行われている。
 EB硬化法によるプレコート鋼板では、硬化樹脂の種類によって高硬度性のものと、低硬度で折り曲げ加工ができる高加工性のものがあり、前者では高分子量のポリエステル(高硬度性)があり、後者ではアクリル共重合体(高加工性)がある。その塗膜性能を 表2 に示す。超高硬度性製品(ポリエステル)は、ほうろう製品に匹敵する硬度(鉛筆硬度で8H程度)で、白板等に用いられている。高加工性製品(アクリル)は適度な硬度(2H程度)で、家電製品等に用いられ、両者とも物性の5段階評価で優れた性能を示している。
 最近、道路トンネル内装板用に 表3に示すような超高硬度(9H以上)で耐衝撃性、洗浄回復性にすぐれたEB塗装硬化法によるプレコート鋼板(EBCトンネル内装板)が実用化され、石綿板に比べて、カーボンブラック+油の汚れからの回復性に優れている。
 セメント瓦は雨漏りや強風に強いため、台風の多い九州地方などで使用されている。なお、セメント瓦は多孔性のため、下塗り塗料にウレタン硬化型のものを用いて孔の内部で硬化させる工夫をしている。EB硬化法による塗装面は光沢があり、塗膜硬度が高いのが特徴である。
 石膏タイルは、石膏をガラス繊維で補強した建屋内装用のタイルである。EB硬化塗装では、常温で硬化するためタイル製造工程で従来の高温で長時間を要する焼成工程が一気に短縮されたばかりでなく、レリーフなどの凹凸加工や光沢のある美麗な仕上がりが可能になり、“アートタイル”の名でよばれている。装飾性にすぐれた内装材として広く使用されているほか、装飾品の分野にも普及している。また、塗装面の耐候性を活いかして屋外装飾の分野でも使用されている。さらに最近、カラーコピー機を利用して絵柄を基材に転写する新しいタイル製造法が開発されている。 図1にスクリーン印刷した絵柄表面にウレタンアクリレートをEB硬化塗装したタイルの例を示す。
3.2 印刷
 ポリプロピレンシートの枚葉印刷にEB硬化法が利用されている。従来のUV硬化法にくらべて下塗りの必要がなく、印刷スピードが非常に早い、また、シート表面は耐汚染性、耐擦傷性等にすぐれている。欧米では、レコードジャケット、包装紙、飲料用紙容器等の印刷にもEB硬化法が利用されている。
3.3 磁気記録材料
フロッピーディスクの磁気媒体の製造にEB硬化法方が応用されている。ヘッドに対する走行耐久性、表面の高温耐久性などで優れた高品質の製品が得られている。EB硬化型バインダーは、基材としてのポリエステルと磁気記録材料との良好な接着性や、表面に耐磨耗性を付与させるために一般に高分子量のウレタンアクリレート、飽和樹脂、アクリル系モノマーの混合物からなっている。さらに磁性体の含量が多いことから、塗工を容易にするためにシクロヘキサノン、テトラヒドロフランなどの溶剤で希釈されている。
3.4 ラミネート加工(接着加工)
 EB硬化法が非加熱かつ短時間で施工が可能なことから、熱に弱いポリ塩化ビニルフィルムやポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム等を鋼板へ接着するラミネート鋼板の製造に利用されている。その製造プロセスを 図2に示す。ここではPETフィルムをEB硬化性樹脂(EBC接着剤)で鋼板に接着している。PETラミネート鋼板は、光沢に優れた外観を有し、耐汚染性、耐食性、加工性などに優れた特徴を有する。また、フィルムに印刷やエンボスを施すことができるので、高意匠、高機能化のニーズに対応できる素材となる。
 欧米では、パーティクルボードと化粧紙のラミネート加工や金属蒸着フィルムの加工などが実用化されている。
3.5 剥離処理剤
 粘着ラベル等の剥離紙は、ポリエチレンラミネート紙やポリエステルフィルム等の基材上にシリコーン剥離処理剤が薄く塗られており、その上にゴム系、アクリル系等の粘着剤の付いたラベルが貼り付けられている。この基材表面のシリコーン剥離処理にEB硬化法が利用されている。EB硬化法で剥離処理をすると、基材の収縮、変形がないため少ない塗布量で安定した剥離性能が得られる。
3.6 感熱記録体
 医療診断装置等のCRT画像のプリント用として、感熱記録方式によるビデオプリンター用紙が使われる。その感熱記録体の構成を 図3に示す。ビデオプリンター用感熱記録体は、裏面コート層、支持体、その上の感熱層があり、さらに中間層の上に光沢、記録画像の保存性、耐薬品性等を向上させる目的でEB樹脂オーバーコート層が設けられている。このオーバーコート層にアクリレート系のオリゴマーあるいはモノマーを若干加えたオリゴマーと顔料からなるEB硬化樹脂が使用されている。
<図/表>
表1 代表的な電子線硬化型オリゴマー
表1  代表的な電子線硬化型オリゴマー
表2 電子線硬化プレコート鋼板の塗膜性能
表2  電子線硬化プレコート鋼板の塗膜性能
表3 電子線硬化法によるトンネル内装板の性能
表3  電子線硬化法によるトンネル内装板の性能
図1 EB硬化塗装した石膏タイル
図1  EB硬化塗装した石膏タイル
図2 電子線硬化法によるPETラミネート鋼板の製造プロセス
図2  電子線硬化法によるPETラミネート鋼板の製造プロセス
図3 ビデオプリンター用感熱記録体の構成
図3  ビデオプリンター用感熱記録体の構成

<関連タイトル>
電子線硬化技術の紙の表面加工の応用原理 (08-04-01-23)

<参考文献>
(1) 佐々木隆:「キュアリング」、放射線応用技術ハンドブック、朝倉書店(1990)、p.253
(2) 田村直幸:「EB装置の機構と特性」、光・放射線硬化技術、大成社(1985)、p.118
(3) 上野長治、岡襄二:「プレコート鋼板への応用」、光・放射線硬化技術、大成社、p.111(1985)
(4) 上野長治、岡襄二:「トンネル内装板用EBC塗装鋼板の開発」、放射線と産業、No.52,22 (1991)
(5) 林成幸、丸山孜:「アートタイルへの放射線利用」、放射線と産業、No.56, 14 (1992)
(6) 友末多賀夫:「電子線硬化法のPETフィルムラミネート鋼板への応用」、放射線と産業、No.52, 16 (1991)
(7) 大庭敏夫:「剥離紙用シリコーンのEBキュアリング」、放射線と産業、No.61 12 (1994)
(8) 向吉俊一郎、珠久茂和:「感熱記録体へのEBキュアリングの応用」、放射線と産業、No.61, 8 (1994)
(9) 中瀬吉昭:「放射線工業利用研究30周年記念講演会」放射線化学の進歩−歴史的経緯のまとめと今後の展望−、放射線化学、第47号、32(1989)
(10)岡村誠三(編著):「放射線化学の歴史と未来」[30年の歩み]、30周年記念事業組織委員会、(1991年11月)
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