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<概要>
 有機系高分子材料が放射線照射を受けると、主に分子鎖切断と分子鎖間の橋架け(架橋)が起こる。放射線架橋を用いて高分子の高温特性を改善したり、放射線切断を用いてテフロンを微粉末化して潤滑材を製造するなどの放射線加工処理の立場では、これを改質として捉える。他方、原子力発電施設、高エネルギー加速器周辺、宇宙など放射線環境で使用される高分子材料は、同じく架橋/切断が起こり、初期特性とは違った性質を持つ高分子になる。これは劣化したと捉えられる。従って、放射線改質と劣化は、内容は変わらず程度の差だけであると考えることができる。ここでは、主に放射線架橋による高分子改質と劣化について述べる。
<更新年月>
2005年07月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.高分子の架橋と切断
 しなやかで十分な機械特性を持ち、且つ色々な形状に成形できる高分子の特性は、分子量がきわめて大きいことから発現している。高分子材料が放射線照射されると材料中にラジカルなどの反応活性種が生成する。これが化学反応の起点となって分子鎖切断、架橋、不飽和結合の生成などが起こる。このうち、高分子らしさに影響を与えるのは、架橋と分子鎖切断と言って良い。したがって、放射線改質と放射線劣化を考える上で、当該高分子は主鎖切断が起こるかあるいは架橋が起こるのかの知見は重要である。一般的には架橋のみが、あるいは切断のみ起こると言う例は少ない。架橋が主に起こるか、それとも切断が主に起こるかで架橋型高分子と切断型(崩壊型)高分子に分類されている。架橋型か切断型かはその分子構造に依存する。表1に真空中や不活性ガス中照射で得られた架橋型/切断型の分類を示す。ポリエチレンは代表的な架橋型であり、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)は代表的な切断型高分子である。図1に架橋型と切断型の具体的分子構造を示す。
2.放射線架橋による機械的性質の改善
 架橋するのに少ない線量で済むのか、それとも大線量を要するのかで「架橋効率」が高い・低いが論ぜられる。架橋効率は分子構造に依存するのはもとより、結晶性か非晶性か、結晶性分子であれば、結晶と非晶の割合(結晶化度)などの固体構造の影響も受ける。その高分子を良く溶かす溶媒に照射した試料を浸けると、未架橋部分は溶けてしまい、架橋部分は溶媒に溶けないゲルとなる。乾燥ゲルの重さを初期重量で割ったものをゲル分率と呼んでいる。図2は分子量の大小と密度が異なるポリエチレンのゲル分率と線量の関係を示したものである。結晶の密度は非晶のそれに比べて大きいので、密度が大きいと言うことは結晶化度が高いことと同義である。この図は、結晶化度が同等の場合は分子量の大きいほど、分子量が同じであれば結晶化度が低いほど架橋し易いことを示している。
 架橋が導入されると、分子鎖が架橋点で結び合わされるため、ガラス転移温度あるいは融点以上でも分子鎖が勝手に流動すことができなくなり、応力を受けても形態を保つことができる。そのため、ある程度の機械的特性を保持できるようになる。高温特性が改善されるとも言える。それを概念的に示すと図3のようになる。架橋しないと使えない生ゴムを加硫したのと同じ効果である。
 放射線架橋が導入されると機械的特性がどう変わるかを、ポリエチレンを例にとって示す。図4は分子量が同じ10万の低密度ポリエチレン(LDPE)と高密度ポリエチレン(HDPE)の不活性ガス中でのγ線照射による引張り特性の変化を示したものである。左の図はヤング率(引張り弾性率)と降伏点強度の線量依存性を示したものである。未照射HDPEのヤング率と降伏点強度はLDPEのそれに比べて大きく大きな力を受けても降伏しないことを示している。降伏までの領域を弾性領域と呼んでいる。ゴム材料を除いて、我々がフィルムや成型品として高分子を使う場合は、これら弾性限界内の特性値を利用している。この図だけからは、照射線架橋によって、もこれらの特性値はそれほど変化していないので、室温付近の機械特性の改善には放射線架橋はあまり効果がないように見える。しかし、右側の図のようにLDPEの破断強度は線量と共に大きくなり1000kGyの照射ではHDPEのそれに匹敵する。LEDPを放射線架橋してもHDPEにはならないが、降伏した後も引き延ばすのに大きな力が必要な非常に強い材料に変化している。放射線架橋は室温の機械的特性の改善にも有用である。
3.放射線架橋の工業的応用例
3.1 耐熱性電線被覆
 初期に工業化に成功したものは放射線架橋電線被覆と発泡ポリオレフィンである。電線の放射線架橋は電子機器類の基板間の配線を半田付けするとき被覆材料が軟化してめくれ上がったしまうことを防止することから始まった。架橋で生じた網目構造は融点以上になっても分子鎖がさらさらと流動することを抑えるという図3の原理を応用した技術である。コンピュータをはじめとする機器類の小型化の進行に伴う絶縁被覆材料の高温特性の改善にはなくてはならない技術である。最近では、融点が高い鉛フリー半田のリフローにも耐えるほどの耐熱性を基板材料に与えるための放射線架橋技術の探究が行われている。
3.2 発泡オレフィン
 断熱材・梱包材料として欠くことのできない発泡スチレンや発泡ウレタンは、加熱すると多量の炭酸ガスや窒素ガスを発生する薬剤を混合しておき、加熱成形して製造する。しかし、溶融粘度が低いと、せっかく発生したガスが逃げてしまう。溶融したときの粘度をいかに制御できるかが、泡の大きさ・均一性の善し悪しを決定する要因となる。成型時に化学架橋する方法も採られていたが、発泡剤と化学架橋剤の分解温度をうまく選ぶ必要があり、溶融粘度の低いポリエチレンやポリプロピレンには適用できなかった。放射線を用いて架橋を行えば、少なくとも架橋温度に関しては問題が無くなり、均一な発泡に適した分解温度を持つ発泡剤を選択することで問題を解決できる。
3.3 熱収縮チューブ
 高分子をある形状に成型して放射線架橋する。これを融解温度あるいはガラス転移温度以上に再加熱し、別の形状に再成形し冷却する。こうしてできたチューブを電線等にかぶせ、加熱すると元の形に戻り(記憶効果)、電線に密着した絶縁膜を作ることができる。
3.4 ラジアルタイヤの製造
 ラジアルタイヤは、チューブの役目をするインナーライナー、ボデープライ(カーカス)、サイドウォール、ベルト、トレッドなどのゴム製品を複雑に組み合わせた複合体である。これらの部材は、素材、配合等が目的に合わせて選択されており、加硫剤を含んだ生ゴムの状態で組み立てを行い、それを加硫釜の中で硫黄橋架けして製品としている。生ゴム状態の各シートは柔らかく、変形しやすく、粘着性があり、製造上種々の問題があった。ボデープライの部材を軽く放射線架橋することでいくつかの問題が解決され、使用材料の削減と製造・品質の安定性が実現している。
 走行中の絶え間ない伸縮によって架橋が壊れても、硫黄を用いる加硫物では壊れた架橋を自己再生すると言う利点がある。放射線架橋では、一旦壊れた架橋点は再生することがない。ラジアルタイヤへの放射線架橋の応用は両者の優れた点をうまく利用した例と言えよう。
3.5 その他
 塗膜の硬化への低エネルギー加速器の利用(キュアリング)、放射線法で水溶性高分子を架橋してハイドロゲルを作り、やけどを負った後の組織保護と治癒効果の促進を図るための創傷被覆・保護材が製品化されている。また、デンプン水溶液を架橋した創傷防止マットも市販されている。ハイドロゲルは可逆的に周囲温度と呼応して、吸水・脱水を行う性質があり、薬剤のドラッグデリバリーシステムへの期待も高い。ポリカルボシランという有機繊維を放射線架橋させそれを焼成して無機の炭化ケイ素超耐熱性繊維を得る工業技術の検討が行われている。工業応用されている例の一部を図5に示す。
3.6 放射線架橋助剤
 架橋を用いた工業化では、必要線量が少ないことがコストダウンにつながる。また、架橋と同時に放射線分解も起こるので、これを抑えるためにも線量を少なくすることが重要である。そのために、一分子中に反応性のビニル基を2コ以上有する多官能性モノマー(PFM)と呼ばれる化合物を混合して照射することが行われる。その原理と代表的なPFMを図6に示す。
3.7 耐放射線性材料
 原子力発電施設、高エネルギー加速器周辺、宇宙など放射線環境では多種類の有機系高分子系材料が電線被服材料、構造材料やパッキン類などとして使用されている。放射線架橋が起きても主鎖切断が起きても破断伸びは線量と共に図4右図のように単調に低下するのが一般的である。材料の耐放射線性を評価する場合には、伸びの減少を指標に取ることが一般的に行われている。図7図8および図9に種々の高分子についての”一般的な耐放射線性”を示す。放射線環境が変わると耐放射線性が大きく変わるのが普通である(原子力百科事典「高分子の放射線劣化と改質II」(08-04-02-12)参照)。”一般的な”という意味は室温付近で放射線酸化反応が起こりにくい条件の照射で得られた結果という意味である。なお、これらの図には架橋型の高分子ばかりでなく切断型高分子も含まれている。
 主鎖が全て芳香環からできている全芳香族高分子(図9)は、脂肪族高分子に比べてきわめて耐放射線性が高いが、ジフェニルスルホンやビスフェノールAを含んでいる高分子の耐放射線性はポリエチレン並みである。このように、耐放射線性は分子鎖を構成する芳香族ユニットの分子構造に大きく依存する。また、耐放射線性の高いポリイミドやPEEKは放射線架橋型で、耐放射線性の低いポリスルホン、ポリアリレートなどは切断型であることが明らかにされている。
<図/表>
表1 真空中、不活性ガス中照射で得られた代表的な架橋型/切断型高分子
表1  真空中、不活性ガス中照射で得られた代表的な架橋型/切断型高分子
図1 分子構造から見た架橋型/切断型の例示
図1  分子構造から見た架橋型/切断型の例示
図2 各種ポリエチレンのゲル分率
図2  各種ポリエチレンのゲル分率
図3 概念図:放射線架橋高分子における特性値の温度依存性、融解温度以上でもある程度の機械特性を保持できる。
図3  概念図:放射線架橋高分子における特性値の温度依存性、融解温度以上でもある程度の機械特性を保持できる。
図4 非酸化系照射における分子量が同じLDPEとHDPEの引張り特性の線量依存性
図4  非酸化系照射における分子量が同じLDPEとHDPEの引張り特性の線量依存性
図5 放射線架橋を応用した工業化例
図5  放射線架橋を応用した工業化例
図6 放射線架橋助剤の原理とその例
図6  放射線架橋助剤の原理とその例
図7 非酸化系照射における熱可塑性高分子の“一般的な”耐放射線性
図7  非酸化系照射における熱可塑性高分子の“一般的な”耐放射線性
図8 非酸化系照射におけるエラストマーの“一般的な”耐放射線性
図8  非酸化系照射におけるエラストマーの“一般的な”耐放射線性
図9 非酸化系照射における全芳香族高分子の“一般的な”耐放射線性
図9  非酸化系照射における全芳香族高分子の“一般的な”耐放射線性

<関連タイトル>
放射線による耐熱性窒化ケイ素繊維の作製 (08-04-01-19)
電子線硬化(電子線キュアリング)法による表面加工製品 (08-04-02-02)
耐放射線材料(有機材料) (08-04-02-04)
自動車産業分野における放射線利用 (08-04-02-11)
高分子材料の放射線劣化と改質II (08-04-02-13)

<参考文献>
(1)A.Charlesby, Proc. Roy. Soc., 215A, 187(1952).
(2)田 川清一:高分子、45, 782 (1996)
(3)貴家、工藤、瀬口、“ポリエチレンの放射線照射効果に及ぼす結晶性の影響”、 第34回放射線化学討論会要旨集 (1992)
(4)貴家 恒男:放射線と産業 107号(2005)、p.62-63
(5)小島 慶一:高分子の照射利用、「放射線応用技術ハンドブック」、第2刷(1996)、p. 245.
(6)吉井 文男:JUFeフォーラム、「原子力は環境に優しいか!?」
?放射線と放射線利用技術?、要旨 (2004)
(7)幕内 恵三;ポリマーの放射線加工、p.35、ラバーダイジェスト社 (2000).
(8)T. Seguchi and Y. Morita, Polymer Hand Book, VI/583-589.
(9)貴家 恒男:“放射線場で使用する材料・部品の信頼性の保証と寿命予測”、早川 淨編「高分子製品の長期品質保証とリスク対策」、アイピーシー(2004)、p.167-202.
(10)T. Sasuga, N. Hayakawa, K. Yoshida, and M. Hagiwara, Polymer, 26, 1039(1985).
(11)T. Sasuga and M. Hagiwara, Polymer, 28, 1915(1987).
(12)T.Hirade, Y.Hama, T.Sasuga, and T.Seguchi, Polymer, 32, 2499(1991).
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