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<概要>
 高分子系材料を放射線照射すると、主に分子鎖間の橋架け(架橋)と分子鎖切断が起こる。これを利用して様々な高分子について機械的特性や熱的性質の改質が行われている。放射線化学反応も反応温度(照射温度)で架橋や主鎖切断の起こりやすさ(確率)が変わることが容易に想像できる。架橋/切断の温度依存性に関する知見は、材料の放射線劣化の立場では環境温度と材料の寿命との関連で重要である。また、放射線利用の立場では照射温度を変えることで架橋線量を下げられないか、あるいは分解速度を上げられないかという点で興味がある。事実、放射線崩壊型のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)もその融点近傍で照射すると架橋が優先的に起こるようになることが明らかになり、新たな用途が開けている。架橋と切断に及ぼす照射温度の影響および照射後の熱履歴の影響を概観する。
<更新年月>
2006年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.ポリエチレンの架橋と切断に及ぼす照射温度の効果
 1960年代にポリエチレンの放射線架橋に及ぼす照射温度依存性が広い温度範囲で調べられている。−50℃以下では架橋のG値は一定であること、−196〜25℃では架橋効率はほとんど変わらないことが報告されている。高温での照射効果に関しては、密度0.962の高密度ポリエチレン(HDPE)に対して、120℃まで温度を変えて真空中でγ線照射した結果がある。分子量分布を考慮して修正したCharlesby-Pinner型の関係式を用いて、ゲル分率の測定結果が解析された。切断のG値(G(s))と架橋のG値(G(x))およびその比λ(G(s)/G(x))を表1に示す。照射温度35℃と80℃で得られた結果を較べると、明らかに80℃の方が架橋の確率も切断の確率も大きくなっている。また、λが大きくなることから、80℃では切断の確率の増加度合いが架橋のそれを上回って大きくなることを示している。しかし、それ以上に温度を上げてもほとんど変化しない。HDPEの融解温度は127℃であるが、80℃を超えると結晶領域とも非晶領域ともつかない結晶界面に存在する分子の運動が活発になることと関係があると考えられる。
 150〜360℃の温度範囲で低密度ポリエチレン(LDPE)を真空中で20kGyγ線照射したときのゲル分率の照射温度依存性を図1に示す。300℃までは照射温度の上昇と共にゲル分率は大きくなるが、それ以上の温度ではゲル分率は低下し360℃ではゲルが生成しなくなる。
 この研究では、可溶部分(ゾル)の分子量分布が測定されている。ゲル分率が20%程度と低い場合には、ゾルの分子量分布は未照射の場合とほぼ同じであるが、ゲル分率が80%程度まで高くなるとゾルの分子量は低くなると共にその分布が狭くなった。この挙動は30℃照射でも220℃照射でも変わらず、元々あった分子量の小さな部分が架橋せずに残ったと解釈されている。これに対して、360℃で5.7時間(20kGyを与える時間)熱処理をした未照射試料の分子量分布はやや低分子量側に移動するだけであったが、全くゲル化が起こらなかった360℃で20kGy照射した試料の分子量分布はかなり低分子量側に移動した。300℃以上では照射による主鎖切断が促進され、360℃照射では分子鎖切断だけが起こることが明らかになった。
 照射温度30〜300℃で得られたデータをCharlesby-Rosiak式を用いて解析した結果を表2に示す。照射温度が高くなるにしたがいゲル化線量(ゲルの生成が観測される線量(Dg))は低下し、架橋のG値は大きくなる。また、λは照射温度220℃までは漸増している。これらのことは、照射温度が高いほど架橋も促進されるが、切断の方が促進されることを示している。300℃では架橋のG値もきわめて大きくなっており、220℃まで0.5内外であったλは1.6と極めて大きくなる。このことは、架橋の確率も高くなっているが、切断の確率はそれを上回って高くなっていることを意味し、室温照射の場合とは違った架橋構造になる可能性を示唆している。
 密度 0.955のHDPEと密度0.921のLDPEに真空中で30、50、80、120、150℃でγ線照射を行い、照射後直ちに30℃で7日間、80℃で2日間、150℃で2時間の熱履歴を真空中で与えた結果を図2に示す。30℃照射ではLDPEのゲル分率はHDPEのそれに較べて高い。これは結晶化度が低いほどゲル化し易いことに対応する。30℃で照射したHDPEを照射後150℃の熱履歴を与えると、ほぼLDPEのゲル分率に近づく。HDPEでは結晶中にトラップされていたラジカルが結晶の融解と共に再結合して架橋が生じるためである。熱処理の効果は少なくなるが、照射温度が80℃まではこの傾向が続き、120、150℃照射ではHDPEとLDPEの間で差がなくなる。80℃以上では前述のように結晶界面の分子鎖の運動の開始、さらに高温では結晶の融解により架橋の確率が増えるためと考えられる。
2.ポリエチレン以外の高分子
 切断型の典型であるPTFEを融点近傍で照射すると、架橋に転じるが、全芳香族ビスフェノール型ポリスルホン(PSF)、ポリカーボネート(PC)、ポリスチレン(PS)などについての高温照射実験では、PTFEほど顕著な照射温度依存性は見つかっていない。
 表3はPSFの真空中γ線照射におけるゲル化線量DgおよびにCharlesby-Pinnerの式を用いて算出した架橋のG値および切断のG値の照射温度依存性を示す。照射温度と共にDgは低下するが、35℃でのDgはポリエチレンの場合に較べて二桁ほど高く、架橋しにくい高分子であることが分かる。125℃までは照射温度と共にG(s)とG(x)が共に大きくなるが、切断の確率の増加の方が架橋のそれに較べて大きくなっている。ガラス転移温度(Tg)以上の220℃で照射するとG(s)=0、すなわち切断は起こらず架橋のみが起こる。
 PCやPSFをTg付近(それぞれ150、178℃)でわずか数kGy程度、電子線照射すると、表面硬度が増すと共に耐摩耗性が向上する。PCではこの温度で照射しても分子鎖切断が優先的に起きている。Tg付近での放射線照射により極くわずか分子鎖が切断されると、絡み合いがほどけ、また、分子鎖の再配列が可能な温度であるので、より密なパッキング状態が実現され、そのため硬度や耐摩耗性が向上すると理解される。
 立体規則性のないアタクチックポリスチレン(AA)および94%の立体規則性を持つシンディオタクチックポリスチレン(SPS)の高結晶化品(結晶化度50%;SC)と低結晶化品(結晶化度〜3%;SA)を77K〜473Kで真空中γ線照射したときの結果が調べられている。図3に各ポリスチレンの水素発生のG値の照射温度依存性を示す。
 いずれのPSでも、368K(Tg)付近で急激に水素発生のG値が大きくなる。水素の発生も主鎖の3次元的運動に密接依存していることが分かる。また、全温度範囲に渡り、AAの方がSCに較べ水素発生が多いばかりでなく、ほとんど非晶といえるSAに較べても大きい。このことは分子構造上の規則性(コンフィグレーション)によっても照射効果が変わることを示している。
 立体規則性が共に高いSAとSCを比較すると、結晶化度3%のSAのTg以下における水素発生は、50%の結晶化度を持つSCに較べて大きい。このことは、主鎖の三次元的な分子運動が凍結されていても非晶領域に存在する分子鎖からの水素発生が多いことを示している。結晶・非晶など固体構造上の規則性(コンフォメーション)の違いによる効果といえる。コンフィグレーションが違ってもコンフォメーションが違っても初期に起こる放射線化学過程は同じと考えられるが、これに続く水素ラジカル同士の再結合あるいは水素ラジカルによる水素の引き抜きの効率がコンフィグレーションとコンフォメーションの影響を受けた結果と思われる。
 Tg以上ではSAとSCの水素発生のG値はほとんど変わらなくなる。SAではこの温度で結晶化が進みSCとコンフォメーションが同じになったためと考えられる。図4は各ポリスチレンの架橋と切断のG値の温度依存性を示したものである。いずれのPSでも照射温度の上昇に伴い架橋のG値は低下し、切断のG値は増大する。その変化の度合いはアタクチックPS(AA)の方がシンディオタクチックPS(SA、SC)に較べて大きい。AAではTg以上で架橋のG値が急に低下すると共に切断のG値が急激に大きくなることがはっきり見て取れる。前述の水素発生の照射温度依存性と同様に、コンフィグレーションの違いが架橋/切断に大きな影響を及ぼしている。
3.極低温下における放射線劣化の抑制
 超大型加速器や熱核融合炉などでは超伝導マグネットが使用される。マグネットの高分子系絶縁材料は極低温下で大線量の放射線照射を受ける。極低温における放射線劣化に関する知見は材料を選択するのにきわめて重要である。また、運転休止・整備期間では室温に戻す必要があるので、極低温照射中に蓄積されたラジカルが急激に再結合した場合どうなるかの問題もある。
 超伝導加速器のメンテナンスに必要なデータを得る目的で、高エネルギー加速器周辺で実使用されている高分子系材料の極低温下における耐放射線性評価が行われている。これらのデータを概観すると、極低温では室温照射に較べて劣化が少ないといえる。
 典型的な例として、超伝導マグネットの絶縁材料を目指して開発されたG10CRと呼ばれるガラス繊維強化エポキシ複合材料(GFRP)の結果を図5に示す。室温照射に較べて極低温照射の方がきわめて高い線量まで強度低下が少ない。曲げ強度の低下はマトリックス樹脂の劣化を反映しているので、極低温では樹脂の放射線損傷が少ないことを示している。また、77Kで照射し、全く昇温せずに77Kで三点曲げ試験を行った結果と照射後一旦室温まで昇温して再び77K測定した結果がほとんど変わらず、室温までの熱履歴を受けても劣化は促進されない。力学特性に及ぼす放射線化学的変化は極低温での照射中に完結していることを示唆している。
 ポリメチルメタクリレート(PMMA)、PTFE、架橋ポリイソブチレンゴムおよびHDPEについての研究結果でも、機械的特性の低下は極低温照射の方が室温照射に較べて遙かに少ないことが報告されている。機械的特性の変化に併行して、ガス発生、分子量変化、ゲル分率の測定が行われ、極低温照射ではこれらの放射線化学反応が抑えられることが明らかにされている。
 種々の放射線化学反応はアレニウス型の温度依存性を示し、特定な温度域、例えばTg、で不連続に変わるといわれていた。しかし、GFRPおよびPMMAのTgは室温以上であり、室温照射もガラス状態で行われている。したがって、ガラス転移前後の主鎖の三次元的な分子運動の有無だけでは説明が困難であり、放射線化学反応は側鎖や主鎖の局所的な運動も効果を及ぼしていると推論される。
4.照射後の熱履歴による固体構造変化
 化学架橋と放射線架橋における最大の相違点は、架橋温度にあると思われる。過酸化物架橋でもシラン架橋でも高温で反応を行わせる必要があるため、ポリエチレンなどの結晶性高分子では融点以上で架橋が進行する。したがって、架橋終了後室温に戻す時の再結晶化過程は架橋点の影響を免れることができない。そのため、架橋前の結晶性・結晶化度とは違った製品となる。これに対して、放射線架橋は室温あるいはそれよりも少し高い温度で行われるのが普通であり、照射前の結晶性・結晶化度と大きく変わらない製品となる。
 図6にHDPE の未照射試料および758kGy照射した試料のDSCサーモグラムを示す。両者のプロファイルとピーク温度は全く変化がなく、また融解熱量も変化がないと見なせる。照射のみでは結晶部分に存在する分子鎖の架橋や切断はほとんど起こらないため、数100kGy 程度の照射だけでは結晶性や結晶化度の変化はほとんど起きていないと解釈できる。
 しかし、一旦融解した後、冷却し再結晶化をさせると図7に示すようにプロファイルが変わり、ピーク温度が低温に移動し、融解熱量が低下する。これは、再結晶化過程で非晶部分にできた架橋点が再結晶化を妨げる結果である。
 この現象はほとんどの結晶性高分子に見られるものであり、放射線架橋した製品が、融点に近い、あるいはそれを超えた熱履歴を与えられると、結晶構造が変わり、初期とは違った物性の材料になることを意味している。照射後融解までの熱履歴を受けた材料の機械特性が変化する可能性を考慮すると、使用環境によってはあらかじめ熱処理することなどが必要な場合があるかもしれない。
<図/表>
表1 ゲル測定から求めたHDPEの架橋のG値(Go(x))、切断のG値(Go(s))およびλ(G(s)/G(x))の照射温度依存性
表1  ゲル測定から求めたHDPEの架橋のG値(Go(x))、切断のG値(Go(s))およびλ(G(s)/G(x))の照射温度依存性
表2 種々の温度で真空中γ線照射したLEDP(Ube-C520N)の解析結果
表2  種々の温度で真空中γ線照射したLEDP(Ube-C520N)の解析結果
表3 PSFのDg、G(s)、G(x)の照射温度依存性(真空中γ線照射)
表3  PSFのDg、G(s)、G(x)の照射温度依存性(真空中γ線照射)
図1 LEDPを各温度で20kGy照射したときのゲル分率
図1  LEDPを各温度で20kGy照射したときのゲル分率
図2 種々の温度で240kGy照射したときのゲル分率と、照射後の熱履歴の影響
図2  種々の温度で240kGy照射したときのゲル分率と、照射後の熱履歴の影響
図3 立体規則性と結晶化度が異なるポリスチレンPSの水素発生のG値の照射温度依存性
図3  立体規則性と結晶化度が異なるポリスチレンPSの水素発生のG値の照射温度依存性
図4 各PSの架橋のG値と切断のG値の照射温度依存性
図4  各PSの架橋のG値と切断のG値の照射温度依存性
図5 GFRP(G10CR)の室温照射と極低温照射による劣化挙動の比較
図5  GFRP(G10CR)の室温照射と極低温照射による劣化挙動の比較
図6 HDPEの未照射と758kGy照射試料のDSCサーモグラム(非酸化系照射)
図6  HDPEの未照射と758kGy照射試料のDSCサーモグラム(非酸化系照射)
図7 上記試料を一旦融解し、16℃/minで冷却した後再測定したDSCサーモグラム
図7  上記試料を一旦融解し、16℃/minで冷却した後再測定したDSCサーモグラム

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