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1.X線フィルム
X線検査は、歴史も古く信頼性が高いことで医療・工業分野で幅広く利用されている。これに使用されるX線フィルムは、X線の特性上、可視光を用いる一般写真用フィルムとは構造が異なる。ここでは、主な用途である工業用及び医療用のX線フィルムについて、その構成と応用を記述する。
1.1 X線フィルムの一般的構造
X線は、透過力がありフィルム面に入射したX線のうち写真乳剤の感光に寄与する割合は極めて少ない。X線フィルムは、このようなX線に対して十分な感度とコントラストを得るため、フィルムベースの両面に写真乳剤層があり、さらに写真乳剤中のハロゲン化銀含有率が高いことなどの特徴を有している。
図1に直接撮影用のX線フィルムの一般的な構造を示す。フィルムベースは、従来は三酢酸セルロースが使われていたが、現在では厚さ150〜200μmのポリエステルフィルムが使われており、視認性を向上させるため青色に染色されている。下引層は、乳剤層とベースの間にあり、ゼラチンにベース材料に対する溶剤を少量混合して、ベース表面に塗布して乳剤層とベース層を強固に結び付けている薄層である。乳剤層では、感光性物質であるハロゲン化銀(臭化銀AgBr、塩化銀AgCl、ヨウ化銀AgI)をゼラチンに均一に分散させた乳剤をベース上に塗布している。医用X線フィルムでは、高感度とするために臭化銀とヨウ化銀を使用し、その割合は約95:5となっている。保護層は、写真乳剤面の保護を目的として塗布されているが、これに静電気を除去するための薬品を添加し、静電気による感光を防止しているものもある。なお、集団検診などで使用する間接撮影用のX線フィルム(2.2参照)では、
蛍光板上の光で撮影するため一般の写真フィルムと同様に片面乳剤を使用しており、乳剤面の裏側には裏面層が設けられている。裏塗層は、ハレーション防止層ともいい、裏面での光の反射を防止して画像のボケを防止するための色素が塗布されている。
1.2 増感紙と増感の原理
X線フィルムは、透過力のあるX線を写真乳剤に吸収させるため、特に直接撮影用では写真乳剤がフィルムベースの両面に塗布してあることは前述の通りであるが、さらにX線を捕らえ易くするため増感紙(スクリーン)が用いられる場合がある。物質に高いエネルギーをもったX線を
照射するとその物質から2次電子が放出される。2次電子はX線と同様に写真乳剤を感光させるため、結果として露出時間の短縮が可能となるほか、X線の線量が不足している場合などに効果を発揮する。これに使われる物質は、一般に0.03mm〜1mmの鉛箔でこれを台紙に張り付けて使用している(金属箔増感紙)。
この他に、X線が当たると
蛍光を発する物質を台紙に塗布したものを、上記の金属箔増感紙と同じようにフィルムの両面に配置することで、大きな増感率を得ることができるようにつくられたものがある(蛍光増感紙)。また、上記2種類の増感紙を組み合わせたものも使用されている(金属箔蛍光増感紙)。
2.X線フィルムの種類と構成
今日、X線は工業・医療をはじめ様々な分野で利用されている。なかでも、工業分野で
非破壊検査として行われているX線検査及び医療分野における診断法の一つとしてのX線検査(レントゲン検査)は、信頼性が高いことから古くから利用されており、今日まで様々な検査手法が考案されている。
2.1 工業用X線フィルムの構成
X線検査の利用分野は、原子炉圧力容器、ボイラー、球形タンク、船体などの溶接構造物や鋳物等の内部欠陥検出をはじめ、各種組立品、電子部品の内部構造のチェックに至るまで、きわめて広範囲に及んでいる。このため、検査に使用するX線フィルムについても、用途(検査目的)に応じて最適なものを選択する必要がある。具体的には、被検体の(1)形状及び密度、(2)使用するX線発生装置の管電圧、(3)求める情報の種類として全体的な観察かあるいは部分的な詳細観察か、(4)増感紙の有無及びその種類、(5)高い精度を必要とする試験かあるいは迅速性を優先する試験か、等を総合的に考慮し選択する。
図2は工業用X線フィルムを用途別に分類したものである。
また、特殊な方法として、X線フィルムの代わりにペーパー(印画紙)を使用したX線検査システムがあり、専用の小型プロセッサとの組み合せで、きわめて短時間(およそ10秒)で現像処理が可能という特徴を有している。
なお、X線検査と並んで
コバルト60 、イリジウム192等を用いた
γ線検査があるが、X線とγ線はどちらも波長の短い電磁波である。原理的に、原子の軌道電子から放出されるものをX線、原子核から放出されるものをγ線と呼ぶが、どちらも電磁波の一種である。
2.2 医療用X線フィルムの構成
医療分野におけるX線検査は、胸部、四肢等の一般撮影から乳房の乳腺撮影等の特殊なものまで多岐にわたっている。このように医療におけるX線検査は、人体へのX線照射を伴うため、
被ばく量を極力低減しながら、診断に必要な情報が得られる十分な画質を確保するという、互いに相反する要求を満たさなければならない。このため、様々な検査手法が考案されるとともに、それに使用されるX線フィルムについても高性能化への改良がなされてきた。医療用X線フィルムは、前述の理由で大きな増感率が得られる蛍光増感紙を使用するのが一般的であるため、写真乳剤の感光波長域は増感紙の発光波長域と密接に関係している。1970年代に発光効率が高く、550nm付近の波長に発光のピークを有する希土類増感紙が開発され、その波長に写真乳剤の感光波長域を合わせてX線の利用効率を高めた「オルソタイプ」が、従来の「レギュラータイプ」に代わって現在の主流となっている。
医療分野で行われているX線検査には、直接撮影法と間接撮影法とがある。前者は、人体を透過したX線を上記のX線フィルムと増感紙を用いて直接記録する一般的な手法である。一方、後者は、人体を透過したX線をまず蛍光板に当て、発光したX線透過像を特殊なカメラを使って間接的に撮影する手法で、集団検診等で多くの写真を処理する際に用いられている。これに使われるフィルムは、蛍光板上の光で撮影するため一般写真用フィルムと基本的な構造は同じであるが、写真乳剤には蛍光板の発光波長との関係で直接撮影用のX線フィルムと同様に「オルソタイプ」が使用されている。また、これと類似したもので、
CT(コンピュータ断層撮影)・
MRI(核磁気共鳴映像)等のCRT画像を記録・保存するためのCRT画像記録フィルムなどがある。
図3は医療用X線フィルムを用途別に分類したものである。
3.X線フィルムの応用
X線フィルムは、X線検査以外にその特性を活かしていろいろなものに応用されている。この中で、個人被ばく線量計に使われている「
フィルムバッジ」と生物学及び物理学の分野で利用されている「オートラジオグラフィ」について記述する。
3.1 フィルムバッジ
フィルムバッジは、フィルム面の写真乳剤が放射線の入射量に応じて黒化度が増す性質を利用したもので、放射線管理区域等で作業する場合の放射線被ばく量管理に使用されている。フィルムバッジは、X線、γ線、β線、
中性子線による被ばく線量とこれら放射線の平均的なエネルギー(中性子線を除く)を推定することができ、また機械的強度が大きいなど優れた特徴を有する一方、被ばく線量の算定には、フィルムを現像する必要があり時間がかかる欠点がある。長い間個人線量計として使われていたが、現像処理の手間、特性の点で、螢光ガラス線量計、熱ルミネッセンス線量計(TLD)、OSL線量計(Optically Stimulated Luminescense)に置き換えられつつある。
3.2 オートラジオグラフィ
オートラジオグラフィは、
放射性物質から放出される
α線、β線、γ線などの放射線により写真乳剤を黒化(感光)させ、この黒化度により放射性物質の分布及び濃度を調べる方法である。オートラジオグラフィの歴史は古く、1867年Victorがウラニウムの硝酸塩及び酒石酸塩によって、感光乳剤に黒化が生ずることを論文に書いている。その後は、写真乳剤の発達に伴い生物学及び物理学に大きな貢献をなしてきた。オートラジオグラフィは、放射線による写真黒化をどのように利用するかに応じて、次の三つに大別される。
(1)マクロオートラジオグラフィ
X線フィルム等を用いて遮光下でフィルムと試料とを重ねて放置後、現像処理し、出来上がったフィルムの黒化度を肉眼で観察し、主に試料中の放射性物質の分布と濃度を評価するものである。
図4は、マウスの体内に放射性物質を注入して作成したオートラジオグラフを、コンピュータで処理して得られた画像(マウスの断面)である。この画像により体内のどの部分にどのような放射性核種が蓄積されるかを調べることが可能である。
(2)ミクロオートラジオグラフィ
顕微鏡標本を対象として、標本の局部における放射性核種の存在をとらえるもので、感光層には極超微粒子型乳剤を高密度に混入した原子核乳剤を、厚さ15μm〜50μm塗布した写真乾板が使用される。
(3)飛跡オートラジオグラフィ
個々の放射性粒子の飛跡(放射線が写真乳剤中を通った跡)を捕らえ、放射性核種の存在位置または、放射線のエネルギーを調べるものである。これには、上記のミクロオートラジオグラフィと同様に、写真乾板が使用されるが、感光層の厚さは、100μm〜200μm程度のものが使用されている。
<図/表>
<関連タイトル>
X線診断 (08-02-01-01)
工業用ラジオグラフィ(放射線透過試験) (08-04-02-03)
X線と放射能の発見 (16-02-01-01)
<参考文献>
(1)フジ写真フィルム(株)(編):FUJIFILM TECHNICAL HANDBOOK,1995年
(2)写真工業出版社(編):写真技術マニュアル、1977年
(3)日本非破壊検査協会(編):非破壊検査用語辞典、(株)養賢堂(1990年)
(4)日本コダック(株)提供資料
(5)フジ写真フィルム(株)提供資料
(6)有水 昇・高島 力(編):標準放射線医学、医学書院(1992年4月)
(7)日本放射線機器工業会(編):X線診断装置の保守管理データブック、電子計測出版(1989年10月)
(8)日本放射線機器工業会(編):医用画像・放射線機器ハンドブック、電子計測出版(1989年3月)
(9)出海 滋:CT技術とその産業分野への応用、平成4年度放射線利用研究会報告書 アイソトープ利用グループ、日本原子力産業会議(1993年)
(10)電子科学研究所(編):X線ハンドブック、平成9年3月