<本文>
1.はじめに
海洋の
放射能汚染の源には以下のことが考えられる(文献1)。
1) 大気圏または水中における核実験によって発生した
放射性物質の放出
2)
原子力発電所、再処理工場などの平和的な核燃料サイクル工程、核兵器生産工程および教育、研究機関、病院などから発生する低レベル
放射性液体廃棄物
3) 上記施設から発生した固体廃棄物の海洋投棄
4) 上記施設の事故に基づく予期しない放射性物質の海洋への流入
5) 放射性物質を搭載した艦船および航空機などの事故による放射性物質の海洋への流入
6) 放射性物質を搭載した人工衛星の大気圏再突入失敗に基づく放射性物質の海洋への流入
放射性廃棄物海洋投棄に関する用語の定義は次のとおりである(文献1)。
「
海洋処分」:放射性廃棄物を回収の意図なしに人の管理下から海洋に移行する最終措置。なお、「海洋処分」には「海洋投棄」と「沿岸放出」がある。
「海洋投棄」:濃縮された液体廃棄物をセメント、アスファルト、プラスチックなどで
固化し、200リットルドラム缶に充填した固化体を、容易に破損しない方法で公海に投棄することをいう。固化体に含まれている放射性核種が、海水中に溶け出して人間の生活圏に移行するまでの時間が、放射性核種の
半減期に比較して、十分長いように隔離、閉じ込め機能を持つものが対象となり、高レベル液体放射性廃棄物はこの対象にはならない。
「沿岸放出」:放射性液体廃棄物が発生した施設内で放射能を除去し、各国政府の定める許容濃度より十分低いことを確認して、施設の所属する国の沿岸海域または河川に排出し、海流などでよりさらに希釈する方法である。すなわち、管理された放出である。
2.欧米諸国による放射性廃棄物海洋投棄の歴史
2.1 1967年以前の海洋投棄
世界で始めての海洋投棄は1946年に米国カリフォルニア海岸から北西約80kmの北太平洋において、米国によって実施されたことが
IAEAから発表されている(文献3、4)。
海洋は、その巨大な海水容量と海流による希釈・拡散能力を持っている。1940年代には放射性廃棄物の海洋投棄に係わる国際的な取り決めは存在しなかった。世界で最初に核エネルギー開発に成功した米国および英国では、研究開発および核兵器生産に伴って発生した放射性廃棄物の蓄積量も他の諸国よりも多くなってきたと思われる。従って、これらの国は最も早く海洋投棄を行ったのである。欧米諸国が実施した海洋投棄の実施例を
図1に示す。
米国以外の国については、各年毎の投棄放射能量が記載されている。1950年代中頃よりニュージーランド、日本、ベルギーなども海洋投棄を実施している。1966年までは各国が別々に海洋投棄を行っていた。
2.2 経済協力機構/原子力機関(OECD/NEA)の役割(文献3、5)
OECD/NEAは1958年2月1日に経済協力機構・欧州原子力機関(OECD-European Nuclear Energy Agency)として設立された。1972年4月20日、わが国は欧州以外で初めて加盟国となった。
NEAは協定に基づいてIAEAとは密接な関連を持っている。NEAの方針および活動は、加盟国代表により構成されている運営委員会で審議、決定され、
OECD理事会の承認を受ける。
OECD/NEAによる
放射性廃棄物処分における活動は、
放射性廃棄物管理委員会(RWMC)、
放射線防護公共保健委員会(CRPPH)が担当した。当時のOECD/NEA運営委員会の組織を
図2に示す。
RWMCは、西側原子力先進国における放射性廃棄物の処理・処分に関する政策立案の支援と実施における技術支援を行うために、年2回程度委員会を開催していた。
欧州諸国の海洋投棄は1967年からはOECD/NEAの協議の下で実施されていた。
1970年頃から発展途上国や投棄海域近隣諸国に、放射能による海洋汚染についての危惧の念が生じてきた。そこで、放射性廃棄物の海洋投棄に関する国際会議が開催されることになり、海洋投棄に関する国際条約(ロンドン条約)が締結され、1975年からその条約は発効することとなった。
2.3 ロンドン条約の経緯(文献6)
1958年 4月 国連海洋法会議は「公海に関する条約」を採択した。
25条:全ての国は、放射性物質その他有害な物質の使用を伴う活動により生ずる海水または上空の汚染を防止するための措置を執るに当たり、権限のある国際機関と協力するものとする。
1972年12月 ロンドン条約採択
1975年 8月 批准国が15ケ国に達したので、ロンドン条約は発効した。
1976年 9月 第1回ロンドン条約締約国協議会議
1977年 多国間協議監視制度設立
OECD/NEAの合意の下で行っている放射性廃棄物の海洋投棄については、加盟国はここで定める規制に基づいて共同海洋投棄を実施することになった。すなわち、加盟国は事前に投棄計画、環境影響評価等を提出して機関の協議、助言を求め、機関は投棄船に機関の代表者を乗船させて作業の監視に当たらせることとなった。同年以降、海洋投棄はこの制度の下で実施された。
加盟国が共同で実施する放射性廃棄物の海洋投棄の記録は、NEAが保持することになった。実施の状況を
表1に示す(文献7)。
北東大西洋の投棄海域の適合性を保つために共同研究・環境監視計画が開始された。その結果、北東大西洋の投棄海域は1982年まで利用された。太平洋および北東大西洋の放射線生物学調査は、米国環境庁によって時々実施されていた。投棄海域周辺から集められた海水、汚泥物、深海生物などの試料からは核実験フォールアウトによる放射能レベルを超す値は示されていない。しかし、投棄物の近くの試料からはCs、Puの高い値が示されたこともある。
1978年のロンドン条約締約国協議会議(第3回協議会)では、全ての源より海洋に移行した放射性物質の量を調査することになった。
1982年の第6回の会議ではスペイン、北欧諸国等より、海洋投棄に関する科学技術問題を再調査し、その結論が出るまで投棄を一時停止するという提案が行われ、国際的な調査が実施されることになった。
OECD/NEAの管理下において、実施された海洋投棄の資料はよく整理され、公表されている。1946年より1993年までに投棄された国別の放射能量、全投棄量に対する各国の寄与率および投棄海域をそれぞれ
表2、
図3、
図4に示す。
投棄放射能量は、北大西洋では英国の寄与が最も大きく、太平洋では米国の寄与が最も大きい。米国は1970年以降、海洋投棄は中止している。また、OECD/NEAの海洋投棄にも参加していない。第2回以降のOECD/NEAの海洋投棄にはフランス、西ドイツ、イタリア、スウェーデンは参加していない。主として英国、オランダ、ベルギー、スイスが実施している。非核兵器保有国では、オランダ、ベルギー、スイスがOECD/NEAの海洋投棄を最も有効に活用している。米国、英国、ベルギー、スイス以外の国の投棄量は僅少である。旧ソ連の北極海域への投棄は全体の45%以上を占めている。
1982年までに北大西洋の15ケ所に総量42,310TBqの放射能が投棄された。これはその時までに欧米諸国が投棄した世界の総量の92.3%に達している.
1983年 2月 第7回ロンドン条約締約国協議会議でキリバス、ナウルが放射性廃棄物の海洋投棄の全面禁止を求める条約改正案を提出したが、専門家による安全性についての科学的検討の結論が出るまでは、海洋投棄を一時中止(モラトリアム)する旨の決議となった(スペイン等16ケ国提案案)。
1985年 9月 第9回ロンドン条約締約国協議会議では、以下の決議が採択された。「国際的に受け入れられた放射性廃棄物処分は、
放射線防護の原則により海洋投棄が他の方法と区別して取り扱わねばならぬ、という科学的・技術的根拠はない。しかし、科学的には問題がなくても政治的、社会的見地からの調査が終わるまでは海洋投棄を引き続き一時停止する」。従って、1982年に実施した海洋投棄を最後として、以後は自発的に実施されてない。
1988年、専門家グループは放射性廃棄物の規制除外値について合意に達した。非放射性物質として取り扱えるものについての規則と指針を確立し、海洋投棄において明確に適用することとなった。
1989年の漏洩を伴う
原子力船の事故に関する情報をIAEAに報告するように加盟国に通告した。海洋の放射能には、今後、これらの値も含めることになった。すなわち、管理放出される液体廃棄物および艦船の事故による放射能である(文献4)。
1990年、CRPPHは北大西洋投棄海域における海洋投棄の適合性に関する再評価を行う。(この評価は5年毎に実施される)(文献3)
1991年、IAEA-TECDOC-588が発効された。IAEA-TECDOC-588は1999年にIAEA-TECDOC-1105として改定された。TECDOC-1105ではTECDOC-588に収録されたデータに加えて、旧ソ連とロシアから提供されたデータや、スウェーデンや英国からの追加データが示されている。
1993年11月 第16回ロンドン条約締約国協議会議。全ての放射性廃棄物の海洋投棄を原則禁止する条約付属書改定案を採択(ただし、25年ごとに見直しを行う)。
2.4 ロンドン条約の概要
「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」
(1) 条約の趣旨
投棄による海洋汚染を防止するために、廃棄物(全ての廃棄物を対象)の海洋投棄を国際的に規制しようとするものである。その基本的な考え方は条約上、特に許されるものの他、廃棄物の海洋投棄は禁止するということである。
(2) 規制の内容
投棄の規制上、廃棄物を3つに分類している。
a) 海洋投棄を禁止する廃棄物:
有機ハロゲン、水銀、カドミウム、廃油、高レベル放射性廃棄物など
b) 締結国の規制当局が、事前の申請に基づいて個別的に投棄の許可を与える廃棄物:
ひ素、鉛等を相当含むもの、低レベル放射性廃棄物等
c) 締結国の規制当局が、事前に投棄の原則的許可を与える廃棄物:
上記以外の廃棄物
(3) 条約の付託事項とIAEAの作業
海洋投棄が禁止されている高レベル放射性廃棄物の定義作りおよびその他の放射性廃棄物の海洋投棄について、各国の規制当局が許可を出す際に考慮すべき事項についての勧告作りをIAEAに付託し、IAEAは1974年の秋の理事会で、この定義および勧告を行った。その後、定義および勧告の随時見直しが行われた。
(4) 条約の発効
本条約は15ケ国の批准により発効するが、1975年8月、批准国が15ケ国に達し、この時から本条約は発効することになった。加盟国は日本、米国、メキシコ、英国などの70ケ国(1993年4月現在)である。日本は1980年11月14日に批准した。
(5) 海洋投棄の技術基準
a) 高レベル放射性廃棄物は海洋投棄の対象ではない。
b) 投棄海域は大陸棚より離れて、かつ4000m以上の深度であること。
c) 北緯50度以北および南緯50度以南の海域でないこと。
d) 液体は固化し、容器に封入し、投棄に際して容易に破損しないこと。
e) 海洋投棄に際しては事前にIAEAおよびIMOに通告すること。
<図/表>
<関連タイトル>
海洋投棄規制と実績 (05-01-03-10)
わが国の海洋投棄中止にいたる経緯 (05-01-03-11)
廃棄物投棄に係わる海洋汚染防止条約(ロンドン条約) (13-04-01-03)
ロシア連邦による隣接海への放射性廃棄物の海洋投棄 (14-06-01-16)
<参考文献>
(1) Calmet,K.L.Sjoblem,“Invenotry of radioactive material entering the marine environment”IAEA Bulletin,3/1992,p.25
(2)(財)原子力環境整備センター:放射性廃棄物関連用語解説(1986年6月)
(3)ドミニク、P.カルメ:放射性廃棄物の海洋処分:現状報告、IAEA機関紙第31巻、第4号、p.49(1989)(日本語版)
(4) IAEA-TECDOC-588、“Inventory of radioactive material entering the marine environment : Sea disposal of radioactive waste” IAEA March,1991
(5)日本原子力産業会議:放射性廃棄物管理ガイドブック1988年版(1988年10月)、p.103
(6)(財)原子力環境整備センター:放射性廃棄物データブック(1995年12月)、p.70
(7)日本原子力産業会議:原子力ポケットブック2001年版(2001年8月)、p.263
(8)IAEA-TECDOC-1105,”Inventory of radioactive waste disposals at sea”,IAEA,August 1999
(9)OECD/NEAホームページ: