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<概要>
 高レベル放射性廃棄物地層処分では、人工および天然の2つのバリアによって構成される「多重バリア」の考えによって安全確保が図られる。人工バリア高レベル廃棄物に特異的な熱、放射線の観点から求められる機能に呼応して設計される。一方、天然バリアと称される深地層すなわち地下深部においては、放射性核種の移行媒体となる地下水の流れが遅く、かつ放射性核種を吸着する能力があるので、それを利用することによって生物圏から放射性核種を隔離できる。これらの性能が発揮され、人工および天然お互いのバリア機能を高めあうことが「多重バリア」すなわち地層処分のシステムに求められる最重要なものである。
<更新年月>
2006年01月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.多重バリアシステム
 現在、高レベル廃棄物の処分場は図1のような形態が検討されている。この廃棄物の処分では「多重バリアシステム」の考え方が安全確保の基本概念である。多重バリアシステムの構成は、図2のようにガラス固化体とオーバーパックからなる廃棄体、緩衝材、周辺の母岩というが代表的な例であり、これらは天然のウラン鉱床とほぼ同じ構造であることが判る。ウラン鉱床は自然界において放射性物質を長い期間にわたって保持していた物証と言えるから、処分システムを考える上で良い手本である(参考文献1〜3)。
2.接近シナリオと地下水移行シナリオ
 処分場を閉鎖して長期間経過した後に想定される影響には、(1)廃棄物の持つ隔離性能が低下して核種が放出され、それが地下水を介して生物圏へ到達することによって生ずる汚染と(2)廃棄物処分場へ人間が接近到達して生ずる汚染、の2つの形態が考えられる。前者を地下水移行シナリオ、後者を接近シナリオと呼ぶ.人間が廃棄物に意図的に接近する場合を除けば、処分に起因する環境汚染は、処分システムが崩壊し核種が漏洩を始めた後に起こることであり、システムが高性能であればあるほど、危険性の大きさは低減するが、逆に危険性が現れる時間は処分を実施した世代から遠く離れてしまう。
 地下水移行シナリオは、ガラス固化体が地下水と接触し、内部に封じ込められた核種が徐々に地下水に溶け出すことにより生ずる。図2の人工バリアの構造から判る様に、緩衝材やオーバーパックがあるのでガラス固化体と地下水とがいきなり直接接触することは無く、接触までに相当の時間が経過し、かつ、接触後のバリアの劣化は非常にゆっくりと起こる。
 ところで、廃棄物が火山爆発に巻き込まれ、地下から地上に吹き上げられる場合、あるいは隕石が衝突して廃棄物もろとも根こそぎえぐり出してしまう場合のような、いわば“突発的な変化”も考えられる。しかし、そもそも火山のマグマが吹き上げる可能性がある場所を避けるように、慎重な立地調査が行われる。また、地中深くにある処分場をえぐり取ってしまうような巨大隕石が衝突すれば、衝突そのものの被害のほうが放射能による被害よりも遥かに大きく、処分に起因する被害だけを防ぐような方策を議論しても意味がない。
3.処分システムにおける多重バリアの要件
1)天然バリアの要件
 前述の地下水移行シナリオにおいて、ある地点x、ある時間tにおける地下水中の核種の濃度は遅延、拡散、移流、吸着、放射性壊変の5つの現象に支配され、よく知られた移流・分散方程式で表される.処分場から核種が瞬時に全量放出され、無限遠方では常に濃度がゼロという2つの条件を与えると、この移流・分散方程式は容易に解け、図3のようになる(参考文献4)。図中で濃度のピーク値を中心に左右に拡がりを持つのは前述の拡散による効果が現れているためであり、ピークの中心が時間と共にxの正の方向に移動するのは地下水による搬送(移流)の効果である。ここで注目されるのは、処分場から距離Lだけ離れた地点における最大濃度である。可溶性核種が瞬時放出された場合の最大濃度(相対値)と処分に固有の無次元パラメータの関係を図4に示す(参考文献5)。このパラメータは、核種に固有な定数(半減期、遅延係数)と地質媒体に固有な定数(地下水流速、生物圏間までの移行距離)を一括したものであり、この図の例ではパラメータの値がおよそ1[m−1]よりも大きくなると濃度の最大値は急激に低減することが判る。また、難溶性の沈殿を形成しやすい核種、例えば、237Npや99Tc等の場合にはガラス固化体から溶出しても即座に沈殿を生成し、地下水中には沈殿の溶解度以上に溶けることができない。この時には、移流・分散方程式を解く場合の条件が異なるので、処分場から濃度一定で放出されると考えて解く。その場合も図4にあるように、先ほどの可溶性核種と同じ様な図が得られる。図4の結果をまとめと次のようなことが言える。地下水中に溶け込んだ核種が地下水と共に地中を移動する事が避け得ないとするならば、その核種の濃度を極力小さくするため、すなわち「処分パラメータ」を大きくするため、
・長い移行距離 L をとる → 深地層への処分
・地下水流速 U の遅い媒体を選ぶ(地下深部への処分)
・遅延係数 Rf を大きくとる → 吸着性の高い媒体への処分
という選択肢をとるのが地層処分である。
 難溶性の核種の場合には、溶解度 C0 が小さくなる条件を選ぶことも効果的な方法であり、これは溶存酸素の少ない還元性の地下水環境を選ぶことである。一般に、難溶性核種の属する元素の場合には、酸素の多量に溶け込んだ酸化性地下水よりも、還元性地下水のほうが溶解度が桁違いに小さい場合が多い(参考文献6) 。
(注)遅延係数は地中の岩石や土壌、砂等が核種を吸着する度合いを表し、全く吸着しない場合は最小値の1をとり、吸着し易いほど数値が大きくなる。核種によっては数千〜数万の大きな数値になる場合もある。実際に地下水とともに核種が地中を移動するときには、拡散係数Dや、地下水流速Uなどの移動に関するパラメータを遅延係数で除した値をとり、吸着のおかげで、あたかも移動速度が遅くなったように見える。
2)人工バリアの要件
 天然バリアはサイト選定という選択はできても、自然環境であるので改良という手段はとれない。一方、人工バリアは設計・改良が可能であり、それに要求される性能は次の点にまとめられる。
・地圧、静水圧などの外力に耐える機械的強度を保持すること、
・熱対流や地下水の放射線分解などの厳しい条件のもとで核種の移動が起こらないよう、発熱や放射能が高い期間の核種放出を回避すること、
・地下水の流れによる核種の搬出を緩和すること、
・空洞掘削時に持ち込まれた酸素によって化学的雰囲気が酸化側に偏った地下水環境を還元雰囲気に戻し望ましい環境を維持すること。
(1)機械的強度
 これはオーバーパックに期待される性能である。図5は炭素鋼製オーバーパックの厚さと負荷される圧力との関係を示したもので(参考文献7)、例えば、花崗岩のような硬質岩盤中の深度1000mに相当する静水圧等の負荷圧力に耐えるためには、胴体部で約5cmの厚みが必要となる(参考文献9)。当然、処分される深度が深くなるほど負荷圧力は大きくなると考えられるので、肉厚は厚くなる。オーバーパックは金属材料であるがゆえに腐食による厚さの減少が問題視される。そこで、通常は、腐食による損失分をあらかじめ足し込んでおいて、腐食後の残りの健全な部分のみで要求を満足するように設計が行われる。
(2)熱影響と放射線影響の緩和
「ガラス固化体」は90Srや137Csのような発熱性核種を含むため、発熱体同士を近づけると熱の干渉によって人工バリア内の温度が高くなってしまう。図6にはガラス固化体の処分埋設間隔の例を示す(参考文献8)。この例では緩衝材の温度を100℃以下に抑える制限を設けているため、ガラス固化体は約4〜7mおきに間隔をおいて処分しなければならない(参考文献9)。もちろん、温度上昇を抑えるには、冷却期間を長くして発熱量を低減するという方法もあるが、現状では30年から50年という冷却期間の方針があり、無制限には冷却しない。
 「オーバーパック」は放射線影響を緩和する、すなわち遮蔽体として機能する人工バリアでもある.図7にオーバーパック厚さと表面線量率との関係を示すが、地下水の過度な放射線分解を防ぐために15cm程度の厚さが要求される。従って、千年間の腐食減量を4cmとした場合には、この減損を予め見込んでおいて19cm程度の厚さとなる。(参考文献10、11)
(3)地下水流動の影響緩和
「緩衝材」は人工バリア内に地下水の流動が生じないよう設置される.緩衝材はベントナイトという粘土を材料とした成型物である.ベントナイトは水を吸収すると体積が数倍に膨らむ(膨潤)性質があり、廃棄体と岩盤掘削孔との隙間を埋めると同時に水みちも塞ぎ地下水を通りにくくする性質をもつ(参考文献12)。十分な厚さの緩衝材を設置すれば、廃棄体周囲の地下水流れは事実上無視できるようになる。そこで、核種の移行の観点からこの効果を簡単に見ると図8のようになる。この図を見ると地下水流速(U)と拡散係数(D)の比が1m−1 以下となるように地下水流速を低減できると、緩衝材を漏洩する水中の核種濃度は緩衝材入口濃度の1/10に低減することが判る。つまり、移流を排除し、地下水流速を極力小さくすることで、緩衝材からの漏洩濃度を小さくすることが可能である。
(4)還元雰囲気の確保
ベントナイトに随伴鉱物として含まれる黄鉄鉱は地下水を還元雰囲気とする能力があり、多くの難溶性核種の溶解度を低く抑える効果がある(参考文献11)。図9は処分時の酸化還元電位の推移を評価した結果であり、図中の酸化還元電位Ehが負の数値を取るので,黄鉄鉱の存在が長期間にわたり還元雰囲気を保持すると期待される(参考文献13)。
<図/表>
図1 高レベル放射性廃棄物の地層処分場のイメージ
図1  高レベル放射性廃棄物の地層処分場のイメージ
図2 高レベル放射性廃棄物の地層処分における多重バリアの例とカナダ・シガーレイクの天然ウラン鉱床断面との比較
図2  高レベル放射性廃棄物の地層処分における多重バリアの例とカナダ・シガーレイクの天然ウラン鉱床断面との比較
図3 可溶性核種の瞬時放出条件での濃度変化
図3  可溶性核種の瞬時放出条件での濃度変化
図4 可溶性核種の最大濃度と処分固有パラメータの関係
図4  可溶性核種の最大濃度と処分固有パラメータの関係
図5 炭素鋼製オーバーパックの胴体肉厚と負荷外圧との関係
図5  炭素鋼製オーバーパックの胴体肉厚と負荷外圧との関係
図6 ガラス固化体の処分埋設間隔
図6  ガラス固化体の処分埋設間隔
図7 オーバーパックの肉厚と表面吸収線量率との関係
図7  オーバーパックの肉厚と表面吸収線量率との関係
図8 緩衝材内部の濃度分布と移流効果の関係
図8  緩衝材内部の濃度分布と移流効果の関係
図9 処分時の酸化還元電位の推移を評価した結果
図9  処分時の酸化還元電位の推移を評価した結果

<関連タイトル>
放射性廃棄物 (05-01-01-01)
放射性廃棄物の処理処分についての総括的シナリオ (05-01-01-02)
エネルギー資源の生成と放射性廃棄物の処分 (05-01-01-13)

<参考文献>
(1)原子力環境整備機構のホームページ
(2)原子力委員会:高レベル放射性廃棄物処分懇談会「高レベル放射性廃棄物処分に向けての基本的考え方について」平成10年5月
(3)核燃料サイクル開発機構:「わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性地層処分研究開発第2次とりまとめ」第2分冊、図4.1-1, 平成11年11月26日
(4)J.Bear,Hydraulics of Groundwater,McGraw-Hill,New York,267-270(1979)
(5)村井進、佐藤正知、大江俊昭、連載講座 放射性廃棄物の処分 第1回 放射性廃棄物概論、日本原子力学会誌、45(10)、634-646、(2003)
(6)核燃料サイクル開発機構:「わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性地層処分研究開発第2次とりまとめ」総論、平成11年11月26日
(7)核燃料サイクル開発機構:「わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性地層処分研究開発第2次とりまとめ」第2分冊、図4.2.2-3、 平成11年11月26日
(8)核燃料サイクル開発機構:「わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性地層処分研究開発第2次とりまとめ」第2分冊、図4.2.2-6、 平成11年11月26日
(9)核燃料サイクル開発機構:「わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性地層処分研究開発第2次とりまとめ」第2分冊、表4.1.1-9、 平成11年11月26日
(10)核燃料サイクル開発機構:「わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性地層処分研究開発第2次とりまとめ」第2分冊、図4.1.1-20、 平成11年11月26日
(11)核燃料サイクル開発機構、「わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性地層処分研究開発第2次とりまとめ」、第2分冊、表4.1.1-11、平成11年11月26日
(12)R. Push,Use of Clays as Buffers in Radioactive Repositorie,KBS TR 83-46, Swedish Nuclear Fuel Supply and Waste Management Co.(1983)
(13)T. Ohe and M.Tsaukamoto,Nucl. Technol.,118(4),41(1997)
(14)T.Ohe,M.Tsukamoto,M.Kinoshita and T.Inoue,Waste Management 11(4),191(1991)
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