<本文>
燃料破損原因の究明と対策は原子力発電開発の初期から現在に至るまで重要な問題であり、長年努力がなされてきたが、対象となる破損現象は年とともに変化している。1970年代までは、
放射線が存在するという特殊な条件下での燃料挙動が完全には把握されていなかったので、予期しない燃料破損が続出して、対策に追われた。初期及び実用化が本格化した70年代に見出された破損原因は、
(1)水素化、
(2)フレッテイング磨耗(腐食)、
(3)PCI破損、
(4)被覆管の潰れ、
(5)水垢による腐食の促進、
である。上記の内、(4)はPWRのみ、(5)はBWRのみに起こる破損である。また、破損に至った例は非常に少ないが、燃料棒の曲がりも破損に繋がる現象として、原因究明と対策が施された。
燃料破損は現在でも無くならないが、破損原因はかなり変わっている。
図1及び
図2は70年代の西側諸国で報告された破損原因の推移、
表1は89〜96年の米国における破損原因の推移を示しているが、原因の変化が認められる。
(1)水素化
燃料
ペレットに含まれる水分を充分に乾燥除去せずに燃料棒に封入すると被覆管内面が水分と反応し酸化される。これに伴って生成した水素も被覆管と反応して非常に脆い水素化ジルコニウムを形成する。ペレットに含まれる程度の水分ならば、生成した水素が被覆管内全面と均一に反応すれば、単位反応面あたりの水素化物形成量は少なく、燃料棒の健全性に影響を及ぼす恐れはないが、局部的に反応するため、残留水分だけでも燃料破損に繋がる局所水素化物が形成される。
図3は水素化の進行を模式的に示したものであるが、ミクロ組織が日の出に似ているのでサンバースト(sun burst)とも言われている。水素は低温側に移動する傾向があるので、水素化物は温度勾配に従って外側へ移動するが、水素化物になることにより体積膨張があるので、体積膨張を起こした部分の移動も燃料破損を助けることになる。
水素化破損を防ぐためには、(a)ペレットの水分を充分に少なくしておく、(b)生成水素が被覆管と反応するのを防ぐ、の2方法があるが、現在は前者のみの対策がとられている。
通常のペレット製造では、粉末を固めたもの(グリーンペレット)を焼結後、水をかけながらセンタレスグラインダーで所定の寸法に研磨するが、研磨時にペレットに吸着、吸収された水分の除去を充分に行わなければならない。研磨時に水をかけない方法を採ることがあるが、この場合にはグラインダーの負担が大きいので、どちらの方法も一長一短がある。また、研磨後の乾燥を行う場合でも、高密度に焼結されたペレットは、吸着、吸収した水分を除去しやすいので、高密度(約95%TD以上、TDとは理論密度の意味)のペレットを用いるのが望ましく、またこの高密度ペレットは後述の被覆管の潰れ防止にも有効であるので、現在は高密度ペレットを充分乾燥している。
燃料棒に混入してしまった水分による局所水素化を防ぐ方法としては、被覆管より水素を吸収しやすい物質(水分ゲッター)を燃料棒中に挿入する方法がある。水分ゲッターはZr-Ni-Ti合金で、燃料棒上部のバネ内に挿入され、BWR燃料の7x7改良型に採用されたが、充分な乾燥をを行えば充分との考えで、現在は挿入されていない。
(2)フレッテイング磨耗(腐食)
燃料棒どうしまたは
グリッドや混入した異物と擦れあって磨耗するか、または保護性のある酸化膜(被覆管表面の酸化膜はこれに該当する)が常に除去され酸化が進行し、破損に至る現象である。これによる燃料棒破損は現在でも起こっているが、擦れ合う対象は時代とともに変わっている。
対策は擦れ合う対象ごとに異なっている。燃料棒どうしの擦れ合いで破損に至った例が初期にあったが、炉心を取り囲んでいるバッフル板の隙間からの
冷却材の横方向の流れが燃料棒を振動させ、隣接棒の擦れ合いが起こったためである。横方向の流れはバッフル板内外の水圧差が原因であるため、バッフル板の隙間を狭くして隙間からの流れを減らしたり、原子炉設計の変更でバッフル板内外ともに冷却材の流れを上向きに変更することで内外の水圧差を少なくし、これによる破損は無くなった。
異物には1次系内の構造物の部品が脱落したものと、金属デブリと呼ばれる1次系機器の修理時に発生したステライトやステンレス鋼の小塊が主なものである。対策は、これらの異物の発生を防ぐとともに、燃料集合体中に異物が入り込むことを防ぐことである。異物を少なくする努力は勿論であるが、完全になくすことは不可能である。集合体への異物侵入防止対策としては、集合体下部のタイプレートの冷却材ノズルを細くする、集合体最下端のグリッドを異物捕集をしやすい構造にする、燃料棒の下部端栓を長くして集合体下端に引っかかった異物が被覆管に接触しないようにする等の方法が採られている。しかしこの対策でも、デブリは細かいので効果が低い。燃料棒とグリッドの擦れ合いを防ぐにはグリッドの燃料棒拘束力を強くすればよいが、強い拘束力は燃料棒曲がりの原因になるので、難しい問題である。現在のフレッテイング破損はデブリによるものとグリッドによるものとが主要原因になっており、このフレッテイング破損がPWR燃料破損の主なものになっている。
(3)PCI破損
PCIとはペレットと被覆管の相互作用(pellet-clad interaction)の略であり、発電用原子炉実用化の初期から現在に至るまで取り組んでいる破損現象であるが、解決済みと言うには問題がある。その理由は安全性と経済性との妥協点をどこに落ち着けるかとの問題があり、或る運転条件でPCI破損問題を解決しても、経済性向上のために更なる改良が求められるからである。
PCI破損の原因は被覆管の
応力腐食割れであることが解明された。応力の発生原因は出力上昇によるペレット変形であり、腐食雰囲気はFPの沃素がペレットと被覆管の隙間に出てくるためと考えられており、被覆管の1%以下の変形でも破損に至る。ジルカロイはこの沃素雰囲気で
応力腐食を起こす物質であるが、中性子照射で硬化すると応力腐食感受性が増大し、燃焼が進むほどPCI破損が起こりやすくなる。
図4は出力急昇と燃料破損の関係に及ぼす
燃焼度の影響を調べたものであるが、燃焼度が高くなると、破損限界が低い到達出力や少ない出力変動側に低下している。
応力腐食割れを防ぐためには、(a)応力を或る値以上に上げない、(b)腐食雰囲気にしない、(c)応力腐食感受性の低い材料を用いる、の内の1つを実現すればよいが、(b)は採り得る対策がなく、(a)および(c)の対策が採られている。
(a)については、ペレットは鼓型に変形するので、PCI破損もペレット端部に接する部分で発生している。この部分の応力低下のために、面取り(チャンフアー)やくぼみ(ディシュ)をつけたペレットを採用しているが、くぼみについては逆に破損を促進するとの意見もあり、くぼみのない燃料も使われている。また、出力上昇速度を緩やかにすればUO2ペレットのクリープ変形を起こしやすくなるため応力を低下させ得るが、出力変動の自由度を狭めることになり、経済性に影響する。
(c)については、ジルカロイより応力腐食感受性の低い純ジルコニウム(Zr)の層を被覆管内面に作ることが有効であり、BWR燃料では純Zr内張りの被覆管が採用されている。但し、一旦破損して内部に水が侵入すると耐食性の低いZrが容易に酸化して破損が拡大するという問題がある。PWR燃料では、冷却材中のホウ素濃度で出力を調整するため局部的な出力変動が少なく、PCI対策がBWRほど重要でなく、Zr内張りの被覆管は使われていない。
(4)被覆管の潰れ
図5に示すように、被覆管が扁平に潰れたもので、PWR燃料で1970年代前半までに起こった。原因は燃料ペレットの焼きしまりと燃料棒内外圧力差が大きかったことによる。原子炉実用化の初期に、燃焼度の増加に伴う
スウェリングを吸収する空隙を予め作っておくとの考えで密度の低いUO
2ペレットが使われた時期があった。しかし、焼きしまりというペレットの収縮現象が発見され、それが燃焼の初期に起こるため、スウェリングとの相殺が出来ないことがあきらかになった。一方、燃料棒内圧よりも冷却材による外圧の方が大きく、特にPWRではその差が大きい。また放射線によるジルカロイクリープの加速もあり、炉外クリープデータから想定していたよりも容易に変形しやすいことも、被覆管の潰れを起こす原因となった。
潰れを起こした燃料棒はいずれもペレットが90%TDを僅かに超え、燃料棒のヘリウム充填圧力が
大気圧のものであった。したがって、潰れを防ぐには、(a)ペレット密度を上げて焼きしまりを防ぐことと、(b)燃料棒の充填ヘリウム充填圧力を上げればよい。前者の密度上昇はペレット乾燥にも有効であり、現在のPWR燃料には約95%TDのペレットが使われている。後者については、現在約3.2MPaの充填圧力にしている。
(5)水垢による腐食の促進、
初期に見られた燃料棒端栓の溶接不具合を除けば、ノジュラー腐食が銅を含む水垢で促進されたものであり、1979年にCILC(crud induced localized corrosion)として確認された破損機構もこれに含まれる。これはBWRに起こる腐食であるが、
表2に示すように、BWRの冷却材には溶存酸素が多いため燃料棒表面には鉄の酸化物を主成分とする水垢(crud)が付着している。通常の水垢は熱伝導を阻害しないが、給水加熱器等の1次冷却系中に銅合金を使用した場合にはこの水垢に銅イオンが含まれ、熱伝導を阻害する酸化物に変わる。そのため、被覆管外面の酸化反応界面の温度が上昇して過大の腐食で破損に至る。
対策としては、1次冷却系に銅を含む合金を使わないことと、被覆管製造工程中の熱処理を改善してノジュラー腐食を起し難くすることである。
<図/表>
表1 米国における燃料破損原因の推移(1989〜1996年)
表2 PWRとBWRの1次系水質の比較
図1 PWR燃料棒破損率の推移(1969〜1977年)
図2 BWR燃料棒破損率の推移(1969〜1977年)
図3 ジルカロイ被覆管内の局所水素化破損進行の模式図
図4 軽水炉燃料棒の出力急昇試験結果(KWU燃料の例)
図5 UO
<関連タイトル>
原子燃料の基礎 (03-06-01-01)
軽水炉燃料の炉内挙動(通常時) (03-06-01-06)
<参考文献>
(1)三島良績他:軽水炉燃料のふるまい(平成2年改訂版)、原子力安全研究協会(1990)p.123-137
(2)大久保忠恒他:軽水炉燃料のふるまい(平成10年改訂版)、原子力安全研究協会(1998)p.303-323
(3)Garzarolli,F.,et. al.;Atomic Energy Review,vol.17,31-129(1979)
(4)越後谷寛法他:最近の米国軽水炉燃料の信頼性、日本原子力学会誌、vol.35、No.8、718-724(1993)