<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 日本原子力研究開発機構の原子炉安全性研究炉(NSRR:Nuclear Safety Research Reactor)は、反応度事故時の原子炉燃料の安全性を研究するための専用研究炉として1975年に建設された。この研究炉の特徴は、反応度事故時の出力暴走などの急速な出力変化を模擬できるとともに、原子炉内の冷却材の条件を模擬できる実験設備を整え、現実的な反応度事故を模擬した条件のもとで原子炉燃料の挙動を調べることができることである。
 当初は、未照射燃料の照射試験を行っていたが、1989年からは照射済燃料(発電用原子炉等で照射され、燃焼の進んだ燃料)の照射試験を開始し、現在は照射済燃料の試験が中心になっている。
 得られた研究成果は、わが国の原子力発電所の安全評価指針の基礎データとして生かされているとともに、海外でも活用されている。
<更新年月>
2006年11月   

<本文>
 日本原子力研究開発機構原子力科学研究所の原子炉安全性研究炉(NSRR:Nuclear Safety Research Reactor)は、反応度事故時の原子炉燃料の安全性を研究するための専用研究炉として建設され、1975年6月に初臨界を達成するとともに、同年10月には第1回目の燃料照射実験を行っている。その目的から反応度事故時に特有な原子炉の出力暴走を安全に模擬することが必要であるため、TRIGA−ACPR型(Annular Core Pulse Reactor:円環炉心パルス炉;GA社製)が原子炉本体に選択された。
 NSRRの外観図を図1に示す。水深約9mの上端開放型プールの底に据え付けられている(図2参照)。この水の層が放射線遮蔽の役割を持つため、運転中の原子炉を直接見ることができる。特に、パルス運転時に発生するチェレンコフ光(チェレンコフ効果)は、強烈で神秘的ですらあり、多くの見学者が訪れている。また、炉心中央を貫通する直径約20cmの大型の実験孔(図3参照)が設置されており、様々な実験物を挿入して照射実験を行うことができる。
 図4は、NSRRの炉心の平面図を示したものである。表1に主要設計諸元を示す。炉心は、149本の燃料棒と11本の制御棒で構成されているが、炉心有効高さ約38cm、炉心等価直径約63cmと小型である。燃料の材料は、水素化ウラン−ジルコニウム合金(12wt%U−ZrH1.6)であり、ステンレス鋼製の被覆管に密封されており、TRIGA燃料と呼ばれているものである。この燃料の大きな特性は、出力(すなわち燃料温度)が上昇するとそれを下げようとする、いわゆる負のフィードバック効果が極めて大きく、応答が非常に速いことであり、この性質が出力暴走模擬のパルス運転を可能にしている。
 11本の制御棒のうち、8本は燃料フォロア型制御棒(中性子吸収物質部分の下に燃料が入った部分がある)であり、電動で駆動される。これらの制御棒は、比較的緩やかな原子炉出力の制御(調整棒6本)や緊急停止(安全棒2本)に用いられる。他の3本は、トランジェント棒と呼ばれる空気フォロア型制御棒である。これら3本のうち、2本は高速トランジェント棒と呼ばれ圧縮空気によって急速に(完全挿入から完全引抜きまで約50ms)炉心から引き抜くことができる。残りの1本は調節用トランジェント棒と呼ばれ、投入する反応度を調節するためのものであり、電動の駆動と圧縮空気による急速引抜き(完全挿入から完全引抜きまで約90ms)の両機能をそなえている。これらの機能と燃料棒の特性によって、負のフィードバック効果が働く前に大きな反応度を投入することができ、パルス運転が可能になっている。許可されている最大のパルス運転条件は、投入反応度4.7$、最高出力23,000MW、最大積分出力130MWsである。
 図5は、反応度投入4.67$時のパルス出力の例を示したものである。最高出力は約21,000MW、積分出力は約115MWsに達している。また、パルス出力の半値幅は約4.4msと非常に短く、極めて鋭いパルス波形であることがわかる。なお、このような鋭いパルス波形は、上述の負のフィードバック効果のみによって得られており、制御棒の挿入操作等は必要なく、安定かつ安全な運転が可能になっている。NSRRは、このように大規模なパルス運転が可能であるが、炉心がもつ強い負のフィードバック効果により、緩やかな出力変化を行う定出力運転では、最高出力は300kWに留まる。図6には、定出力運転を含めた代表的な出力特性を示す。
 反応度事故以外の異常事象への研究の要望の高まりを受け、1989年3月には大幅な炉心改造を完了した。本改造計画の主要課題は、高出力運転状態からのパルス運転やランプ状出力運転の実現であった。この際、NSRRの強い負のフィードバック効果に打ち勝つため、トランジェント棒のみではなく、調整棒も高速で駆動する必要があった。しかしながら、このような運転操作を運転員が手動で行うことは、正確さもさることながら安全性の確保が困難であるとの考えから、計算機を導入した全自動制御運転方式を採用することとした。
 制御棒の駆動の仕方や要求される出力波形などの運転データは、予めフロッピーディスクによって入力されており、出力上昇から停止までの全ての運転は、1個の開始ボタンを押すだけで実現できる。ただし、原子炉運転データの安全性に関しては、大型計算機でのシミュレーションや入力データのハードおよびソフト的チェック機能の完備等、何重もの対策が講じられているとともに、独立な安全保護系によっても確保されている。
 このようにして、現在NSRRの運転モードは、図6に示すように、(1)定出力運転、(2)単一パルス運転(従来のパルス運転)、(3)台形パルス運転、(4)合成パルス運転の4つとなり、多様な過渡事象の模擬が可能となっている。
 NSRRによる照射実験は、発電用原子炉の燃料と同一仕様(長さは約30cm程度)の試料(試験用燃料)をパルス運転によって照射し核分裂を起こさせ、極端な場合には試験用燃料を瞬時破壊にまで至らせるものである。このため、実験の安全性を確保する観点から試験用燃料を装填した実験用カプセル(基本的には密閉型圧力容器)を開発し、利用に供している。第1期実験計画は、未使用の燃料を試験サンプルとして、1975年に開始された。
 図7は、最も一般的な大気圧水カプセルの構造を示したものである。試験用カプセルは、燃料の破壊によってもたらされる可能性のあるガス状の放射性核分裂生成物(FP:Fission Product)あるいは圧力波等の機械的な力を安全に閉じこめるため、発電用の原子炉の圧力容器の設計と同様の基準(第一種容器)で設計および製作を行っている。また、国の許認可および検査を受け、合格したものでなければ実際に用いることはできない。このカプセルには、燃料の冷却用(NSRRの炉心から入射する高速の中性子の減速用にも利用される)に室温・大気圧の純水が満たされる。内径は約12cmであり、1〜5本の試験燃料を装荷することができる。また、燃料の温度、伸びあるいは燃料棒内圧などの多様なパラメータを計測するためのセンサーを組み込むことができる。
 実際の発電用原子炉では、高温(PWR型発電炉で入口温度約280℃)・高圧(同約160気圧)の冷却水が流れている。このような条件を模擬するため、温度および圧力の模擬が可能な高温高圧水カプセルならびに全ての冷却条件の模擬が可能な流動水カプセルも開発され、実験に用いられてきた。しかしながら、これらの装置は、長尺の構造で準備や運転に長期間を要するため、現在では取扱いの容易な短尺構造の高圧水カプセル(約290℃、7MPaのBWR運転条件模擬)(図8参照)を開発し、実験を実施している。
 上記のカプセル類では、各種センサーを通して過渡的な燃料のふるまいを把握し、実験終了後カプセルを解体して試験燃料の様子を観察することにより研究を進めることとなる。燃料挙動可視カプセルは、照射中の燃料の過渡的なふるまいを直接観察することを目的として開発したものであり、カプセル内の燃料棒を視野に納めるようにペリスコープ(潜望鏡のようなもの)を配置し、高速度カメラで画像を記録する。この装置によって、事故時の燃料の様子の理解が極めて容易になった。
 NSRRでは、現在、発電用原子炉等で照射された照射済燃料を対象とした第2期計画の実験が終了し、さらに燃焼の進んだ高燃焼度の照射済燃料や、MOX燃料を対象とした第3期計画に取り組んでいる。計画を進めるに必要な施設改造として、既設のセミホットセル、セミ ホットケーブに中性子しゃへいを追加する工事、MOX燃料実験及び高圧水カプセルに対応したカプセル装荷装置B型の製作等の施設整備を2006年3月に完了している。
 図9は、照射済燃料実験用大気圧水カプセルの構造を示したものである。照射済燃料における大量のFP内蔵を考慮して、二重密閉容器構造になっている。外部容器は密閉容器であるが、内部容器は密閉性とともに耐圧性を有している。このような複雑な構造のカプセルを遠隔操作で組み立てるにはほぼ一ヶ月を要する。
 NSRRは、1975年6月の運転開始以来30年を経過し、2006年3月で、3,033回のパルス運転および1,280回の燃料照射実験を行っており、順調に稼働している。
 1984年には、NSRRでの研究成果を基に、外国の研究結果を加えて、反応度投入事象(RIE)に関するわが国の安全評価指針が整備された。
 NSRRの照射済燃料実験は、2006年3月までに76回の実験を実施している。照射済燃料実験の試験内容を表2に示す。試験用燃料としては、PWR、BWRの使用済燃料(一部を切り出して短尺にしたもの)が主なものであるが、ATRの使用済燃料やMOX燃料、JMTRで予備照射した試料も用いられた。
(前回更新:2004年6月)
<図/表>
表1 NSRR(原子炉安全性研究炉)の主要設計諸元
表1  NSRR(原子炉安全性研究炉)の主要設計諸元
表2 平成17年度までに実施した照射済燃料実験
表2  平成17年度までに実施した照射済燃料実験
図1 NSRRの概観図(パルス運転中)
図1  NSRRの概観図(パルス運転中)
図2 NSRRの立断面図
図2  NSRRの立断面図
図3 NSRRの実験孔と熱中性子束分布
図3  NSRRの実験孔と熱中性子束分布
図4 NSRRの炉心配置
図4  NSRRの炉心配置
図5 NSRRのパルス運転例
図5  NSRRのパルス運転例
図6 NSRRの運転モードと代表的な出力特性
図6  NSRRの運転モードと代表的な出力特性
図7 未照射燃料実験用大気圧水カプセルと試験燃料
図7  未照射燃料実験用大気圧水カプセルと試験燃料
図8 高圧水カプセルの概要
図8  高圧水カプセルの概要
図9 照射済燃料実験用大気圧水カプセルと実験計装
図9  照射済燃料実験用大気圧水カプセルと実験計装

<関連タイトル>
JMTR (03-04-02-04)
NUCEF (03-04-02-06)
高温工学試験研究炉(HTTR) (03-04-02-07)

<参考文献>
(1)日本原子力研究所東海研究所:NSRR計画(パンフレット)、東海研究所安全性試験研究センター原子炉安全工学部(1996年)
(2)日本原子力研究所:FF第12号(1994年2月)
(3)石島清見ほか:JAERI’S PULSING RESEARCH REACTOR NSRR(NUCLEAR SAFETY RESEARC H REACTOR)−ITS UNIQUE PERFORMANCE AND WIDE APPLICATIONS −, Proceedings of NS International Embedded Topical Meeting on Physics, Safety and Applications of Pulse Reactors, Washington, D.C., Nov. 1994
(4)石島清見ほか:THE UPGRADE OF PULSING CAPABILITY OF THE NSRR WITH SPECIAL REGARD FOR THE SAFETY OF OPERATION, Proceedings of ANS International Topical Meeting on The Safety, Status and Future of Non−commercial Reactors and Irradiation Facilities, Boise, Idaho, Sep. 1990
(5)日本原子力研究所:原子力安全性研究の現状(1974年)
(6)日本原子力研究所:原子力安全性研究の現状(1976年)
(7)日本原子力研究所:原子力安全性研究の現状(1997年)
(8)稲邊輝雄ほか:改良型パルス運転及び照射済燃料実験のためのNSRR原子炉施設の変更に係る安全評価、JAERI−M 88−218(1988年11月)
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ