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<概要>
 水素は燃焼しても水しか放出せず、温室効果ガス低減にむけた化石燃料に代わる有力なオプションとして期待されている。来るべき水素社会では大量の水素が必要であり、あらゆる手法で水素を製造しなければならないが、原子力、特に高温ガス炉は大量水素製造に適した能力を有している。日本原子力研究開発機構(以下、原子力機構)では、水を熱化学的に分解し水素を製造するISプロセスにより30NL/hの1週間の連続水素製造に世界で初めて成功した。また、高温ガス炉開発では、HTTRにより950℃の熱を原子炉から取り出すことに世界で初めて成功した。今後は、現在設計中の30m3/h規模ISパイロットプラントによるノウハウを受け、HTTRにISプロセスを接続し(HTTR−ISシステム)、1,000m3/h規模の原子炉による世界初となる水素製造の実証が計画されている。HTTR−ISシステムでは、技術の実証はもとより、経済性の確証に向けた研究開発が重要である。水素価格として製造段階で22円/m3を商用段階の目標とし、ISプロセスを非原子力級で製作可能とするなどの設計上の課題を克服する。原子力機構では、平成21年度までにHTTR−ISシステムの基本設計を行い、その後安全審査へ向かう計画である。
<更新年月>
2006年09月   

<本文>
1.はじめに
 水素は燃焼しても水しか放出せず、温室効果ガス低減にむけた化石燃料に代わる有力なオプションとして期待されている。来るべき水素社会では大量の水素が必要であり(参考文献1)、あらゆる手法で水素を製造しなければならないが、原子力、特に高温ガス炉は大量水素製造に適した能力を有している。日本原子力研究開発機構(原子力機構)では、水を熱化学的に分解し水素を製造するISプロセスにより2004年に工学基礎試験による30NL/hの1週間の連続水素製造に成功した(参考文献2)。高温ガス炉開発では、HTTR(高温工学試験研究炉)により2004年に世界初で初めて原子炉から950℃の熱を取り出すことに成功した(参考文献3)。今後は、現在設計中の30m3/h規模のISパイロットプラント(参考文献4)によるノウハウを受け、HTTRにISプロセスを接続させるHTTRを用いたISプロセスによる水素製造システム(HTTR−ISシステム(参考文献5、6))により、原子炉による世界初となる水素製造の実証が計画されている。
2.HTTR−ISシステムの目的
 HTTR−ISシステムの研究開発においては、高温ガス炉接続ISプロセスの商用炉への道筋を示すため、熱効率および水素価格等のユーザー要件の充足および原子力設備と化学プラントの接続に関する安全論理の確立が要求される。本要求達成のためのHTTR−ISシステムの目的は以下の通りである。
・原子炉の熱を用いた水素製造の実証
・原子炉と化学プラント接続における安全設計および安全評価手法の確立(化学プラントの非原子力級化)
・高温隔離弁等の高温機器の実証
・原子炉とISプロセスによる水素製造システムを調和させる運転制御技術の確立
・商用炉の経済性評価に必要なデータの取得(製造段階の水素価格22円/m3を目標)
3.HTTR−ISシステムの系統構成
 HTTR−ISシステムの概念検討に用いた系統構成を図1(参考文献7)および図2に示す。HTTR−ISシステムは原子炉、中間熱交換器(IHX)およびISプロセスの化学反応器群から構成され、原子炉とIHXの間を1次ヘリウムが循環し、IHXを介して2次ヘリウムへ熱を供給する。ISプロセスは、水素製造能力1,000Nm3/h規模を目指し、水素透過膜を設置してヨウ化水素分解率を向上させたHI分解器、多重効用缶により熱回収量を向上させた硫酸濃縮塔、触媒を担持した伝熱管を有するSO3分解器等により構成する。
 2次ヘリウムのメインラインは熱過渡のバッファの役割を持つ蒸気発生器およびヘリウム冷却器を通りIHXへ戻る。バイパスラインにISプロセスのSO3分解器、硫酸分解器およびHI分解器を配置し、それぞれ2次ヘリウムと熱交換を行う。ISプロセスの化学反応器群の下流に蒸気発生器およびヘリウムガス冷却器を配置することにより、ISプロセスにおいて急速かつ大きな2次ヘリウムの温度変動が生じた場合にも蒸気発生器で温度変動を緩和し、原子炉の運転に影響を及ぼさない。温度変動緩和に対する運転制御特性は、モックアップモデルを用いた試験により実証した(参考文献8)。これにより、ISプロセスには原子炉の除熱を期待しないで済むような安全設計を成立させる。また、事故時に原子炉と水素製造システムを隔離するため高温隔離弁のハーフスケールモデルを図3に示す。高温隔離弁の開発により(参考文献9)、高温環境におけるヘリウムのシール性能等を満足した。
4.ISプロセスの非原子力級化
 HTTRを用いたISプロセスによる水素製造システムでは、技術の実証はもとより、経済性の確証に向けた研究開発が重要である。水素価格として製造段階で22円/m3を商用段階の目標とするが、そのためにはISプロセスを非原子力級で製作可能とするなどの設計上の課題を解決する必要がある。そのため、HTTRに接続させるISプロセスは化学プラントの基準を準拠させる方針で安全設計を行う。現在、原子炉と化学プラントを接続した例は世界になく、今後、安全性における法基準の整備が必須である。米国では来るべき水素社会に備えて、安全論理の構築に力を入れ始めた。また、ISプロセスの非原子力級化の実現のためには原子炉から製品水素へのトリチウム移行量の低減、水素の爆発に対する評価およびその対策、熱交換器の伝熱管へのSiCセラミックスの適用に向けたガイドラインの作成等が必要である。原子力機構では、これらをソフト的、ハード的に解決し、国の安全審査に望む計画である。
5.HTTR−ISシステム開発計画
 HTTR−ISシステムの開発は平成17年度より概念検討を開始し、平成18年度に構成機器の概念設計を行う。平成19年度から平成20年度には機器および計測制御系についての詳細設計および合理化検討を行う。また、これと並行して動特性解析コードの開発および実測値による検証、安全性評価およびリスク評価をすすめ、平成21年度までにHTTR−ISシステムの基本設計を実施し、その後安全審査へ向かう計画である。
6.HTTR−ISシステムを用いた水素社会
 茨城県大洗町をモデルケースとした将来の水素社会の様子を図4に示す。HTTR−ISシステムにより製造された水素は一旦貯蔵施設でプールし、公共用水素バスや自家用水素自動車に水素を供給するため、トレーラーにより水素ステーションに搬送する。公共用水素バス、自家用水素自動車、大洗・苫小牧間の水素フェリー、アクアワールド大洗やマリンタワー等の観光施設の電源として水素を供給することが可能である。商用炉規模ではないHTTR−ISシステムを用いた場合でも、年間約240万m3の水素製造が見込まれ、この水素は1年間に1万キロ走行する自動車約2,400台分に供給することが可能である。
<図/表>
図1 HTTR−ISシステム概念検討の系統構成(1)
図1  HTTR−ISシステム概念検討の系統構成(1)
図2 HTTR−ISシステム概念検討の系統構成(2)
図2  HTTR−ISシステム概念検討の系統構成(2)
図3 高温隔離弁のハーフスケールモデル
図3  高温隔離弁のハーフスケールモデル
図4 茨城県大洗町の将来の水素社会の様子
図4  茨城県大洗町の将来の水素社会の様子

<関連タイトル>
高温ガス炉による核熱エネルギー利用の拡大 (03-03-05-01)
高温ガス炉による核熱エネルギー利用の範囲と拡がり (03-03-05-02)
高温ガス炉の利用の仕方 (03-03-05-03)
高温ガス炉の利用によるコージェネレーション (03-03-05-04)
高温工学試験研究炉(HTTR) (03-04-02-07)

<参考文献>
(1)岡野一清:水素社会の構築に向かって、水素・燃料電池技術の現状と課題、原子力学会、春の年会企画セッション総合講演、大洗、日本(2006)
(2)S.Kubo,H.Nakajima,S.Kasahara,S.Higashi,T.Masaki,H.Abe,K.Onuki:A demonstration study on a closed−cycle hydrogen production by the thermochemical water−splitting Iodine−Sulfur process,Nucl. Eng. Des.,233,347−354(2004)
(3)S.Fujikawa,S.Hayashi,T.Nakazawa,K.Kawasaki,T.Iyoku,S.Nakagawa,N.Sakaba:Achievement of Reactor−Outlet Coolant Temperature of 950℃ in HTTR”,J. Nucl. Sci. Technol.,41,No.12,1245−1254(2004)
(4)A.Terada,S.Kubo,H.Okuda,S.Kasahara,N.Tanaka,J.Iwatsuki,H.Ota,S.Ishikura,K.Onuki,R.Hino:Development of Hydrogen Production Technology by Thermo−Chemical Water Splitting IS Process −Pilot Test Plant,Proc. of GLOBAL2005,427,Atomic Energy Society of Japan,Tsukuba,Japan(2005)
(5)N.Sakaba,S.Kasahara,H.Ohashi,H.Sato,S.Kubo,A.Terada,T.Nishihara,K.Onuki,K.Kunitomi:Hydrogen production by thermochemical water−splitting IS process utilizing heat from high−temperature reactor HTTR,Proc. of WHEC2006,S04−043,Lyon,France(2006)
(6)N.Sakaba,S.Kasahara,H.Ohashi,S.Kubo,A.Terada,K.Onuki,K.Kunitomi:Hydrogen Production by using Heat from High−temperature Gas−Cooled Reactor HTTR;HTTR−IS Plan,Proc. Of ICAPP06,6024,Reno,US(2006)
(7)坂場成昭、本間洋之、高橋才雄、笠原清司、大橋弘史、西原哲夫、小貫薫、國富一彦:高温ガス炉による水素製造(11)HTTR−ISシステム概念検討、原子力学会 春の年会、N49、大洗、日本(2006)
(8)H.Ohashi,Y.Inaba,T.Nishihara,T.Takeda,K.Hayashi,S.Takada,Y.Inagaki:Development of Control Technology for HTTR Hydrogen Production System with Mock−up Test Facility −System controllability test for loss of chemical reaction−,Nucl. Eng. Des.,236[13],1396−1410(2006)
(9)西原哲夫,榊明裕,稲垣嘉之,高見和男:HTTR水素製造システムの高温隔離弁の開発,原子力学会和文論文誌,3[4],381(2004)
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