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<概要>
 気候変動に関する政府間パネルの第2作業部会は、2007年に報告した第4次評価結果の中で、気候変化による現在及び将来の影響、気候変化に対する適応能力と脆弱性に関する科学的知見の現状をとりまとめた。政策決定者向け要約によると、評価結果の概要は以下のとおりである。人為起源の温暖化が既に多くの物理システム及び生物システムに識別可能な影響を及ぼしている可能性が高い。将来的には、気候変化によって淡水資源の減少(特に乾燥熱帯地域)、生態系の復元力の低下(動植物種の絶滅のリスクの増加)、サンゴの広範囲での死滅、沿岸域の洪水被害の増大、適応力の低い発展途上地域での健康被害の増加などが予想される。これらの影響は地域的に異なるが、その影響を合計して現在価値に割引いた場合には正味のコスト(経済的損失)となり、それは全球気温の上昇に応じて時間とともに増加する可能性が非常に高い。将来の気候変化に対応するためには、現在の対策では不十分であり、緩和策とともに広範な適応策の実施が必要とされる。
<更新年月>
2008年04月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.第4次評価の概要
 気候変動に関する政府間パネル(以下、IPCC)は第4次評価の結果を2007年に報告したが、第2作業部会(影響・適応・脆弱性)に関しては、4月上旬の第8回会合で政策決定者向け要約(SPM;Summary for Policymakers)が承認されるとともに、報告書本編が受諾された。
 第2作業部会では、過去のIPCC評価を踏まえつつ、さらに2001年に報告された第3次評価以降の新たな情報を加えて、(1)気候変化が自然システム、人為システム及び人間システムに与える影響、(2)上記各システムの気候変化に対する適応能力、(3)上記各システムの気候変化に対する脆弱性の3分野に関する科学的知見の現状が評価された。
 以下に、SPMの記述内容に沿って、第2作業部会による評価の概要をまとめる。
2.気候変化が自然及び人間環境に及ぼす影響
 物理的及び生物的環境の変化に関する観測データとその地域的気候変化との関係についての研究は、2001年の第3次評価以降、大幅に増大した。発展途上国に関してはデータと文献が乏しいなど、情報に地域的な偏りはあるものの、データの信頼性は向上し、第3次評価と比べて、温暖化とその影響に関して、より広範な、また、確信度の高い評価を可能にした。この評価から以下の結論が得られた。
 (1)すべての大陸と大部分の海洋から得られた観測結果は多くの自然システムが地域的気候変化、特に気温上昇の影響を受けつつあることを示している。こうした観測結果の実例は表1に示すとおりである。
 (2)1970年以降のデータの地球規模での評価により、人為起源の温暖化が既に多くの物理システム及び生物システムに識別可能な影響を及ぼしている可能性が高いことが示された。この結論を支持する証拠を表2に示した。また、世界の各地で観測された物理システム及び生物システムの変化と温暖化の相関に関するデータを図1にまとめた。この図は、地球全体でみて、生物システムでは約28000データのうち90%、物理システムでは約800データのうち94%で有意な影響が生じていることを示している。
 (3)地域的な気候変化が自然環境及び人間環境に及ぼすその他の影響も現れつつあるが、それらの多くは、適応、及び気候以外の要因のために識別が困難である。
3.将来の影響
 IPCCによって予測された今世紀中の気候変化の範囲に対応して、各システム、部門、及び地域において予測される影響に関する結論、並びに脆弱性と適応能力に関する結論のうち、人々及び環境に関連の深いものを以下に列挙する。なお、これらの影響は、気温、海面水位、大気中のCO2濃度のほか、降水量、その他の気候変数の変化に関係するので、影響の強さと時期は気候変化の程度と時期に依存し、さらには適応能力によっても変化する。
 (1)過去の評価でカバーされていなかった幾つかの分野を含め、将来影響の特徴に関するより詳細な情報が、広範囲のシステムと分野にわたって入手されている。 表3は、淡水資源とその管理、生態系、食糧・繊維・森林製品、沿岸システム及び低平地、産業・居住及び社会、健康の各システム及び分野において得られた知見をまとめたものである。
 (2)過去の評価でカバーされていなかった幾つかの場所を含め、世界の各地域について、将来的影響の特徴に関するより詳細な情報が入手された。主要な事例は以下のとおり。
 ・アフリカ−水不足の深刻化、農業生産の低下、海面上昇による沿岸域の脅威、マングローブやサンゴ礁の劣化など
 ・アジア−氷河融解に伴う洪水や岩なだれの増加、水資源の減少、メガデルタの洪水、地域的な食料問題など
 ・豪州等−降水量減少等による乾燥化、生物多様性の損失、旱ばつと火災による農林業の生産減少など
 ・欧州−内陸及び沿岸域の洪水、侵食の増加、氷河の後退、生物種の喪失、南欧の水資源の減少と熱波の頻度増大、中東欧での降水量減少や熱波の増加など
 ・中南米−アマゾンの乾燥化、生物多様性の喪失、乾燥地域の砂漠化、海面情報による洪水リスクの増加、水資源への深刻な影響など
 ・北米−西部山岳地域の雪氷原減少による水資源問題、森林火災リスクの増加、熱波の深刻化、暴風雨被害の増加など
 ・極域−氷河と氷床の厚さ・面積の縮小、自然生態系への悪影響など
 ・小島嶼−浸水・高潮・浸食等の沿岸災害の悪化による島の地域社会への脅威、漁業資源の減少、少雨期における水資源の減少など
 (3)全球平均気温の上昇幅に対応した影響の大きさを、より系統的に推測することが可能となっている。IPCC第3次評価以降の研究の進展により、将来気候上昇に伴う気候変化がもたらす影響に関して新たな情報が得られるようになった。 表4 はこうした情報のうち、人間と環境に関係が深く、かつその評価において信頼性の高い項目として、水、生態系、食糧、沿岸域、及び健康への影響をまとめたものである。
 (4)極端な気象、気候、及び海面水位に関する現象の頻度及び強度に伴って、影響が変化していく可能性がかなり高い。
 (5)幾つかの大規模な気候現象が、特に21世紀以降に、極めて大きな影響を引き起こす可能性を有している。例えば、グリーンランド氷床及び西南極氷床の広範囲の溶解によって大規模な海面上昇が起こった場合には、海岸線及び生態系の重大な変化、及び低平地の浸水が発生し、河川デルタでは最も大きな影響を受ける可能性がある。
 (6)気候変化の影響は地域的に異なるが、その影響を合計して現在価値に割引いた場合には正味のコスト(経済的損失)となり、それは全球気温の上昇に応じて時間とともに増加する可能性が非常に高い。特に以下の諸点に留意が必要である。
 ・全球平均気温の上昇が1990年レベルから1〜3℃未満である場合、ある地域のある部門で便益をもたらす影響と、別の地域の別の部門でコストをもたらす影響が混在する可能性が高い。
 ・一部の低緯度地域及び極域は、気温のわずかな上昇でも、正味のコスト(経済的損失)が発生する可能性が非常に高い。
 ・気温の上昇が約2〜3℃以上である場合には、すべての地域において正味の便益(経済的利益)の減少、又は正味のコスト(経済的損失)の増加のいずれかが生じる可能性が非常に高い。
4.気候変化への対応
 将来の気候変化への対応に関しては、以下の知見が得られている。
 ・観測または予測された将来の気候変化に対する適応(護岸工事など)が現在行われつつあるが、それらはごく限定的である。
 ・過去の排出に起因する温暖化の影響に対処するためには、適応に取り組むことがもはや不可避となっている。
 ・適応策には幅広い選択肢が存在するが、将来の気候変化への脆弱性を低減するためには、現在実施されているよりも広範な適応策が必要である。適応策の実施には障壁、制限及びコストが存在するが、これらはまだ十分には分かっていない。
 ・気候変化に対する脆弱性は、気候以外のストレス要因(貧困、資源入手の不平等、食料安全保障、経済グローバル化、地域紛争、感染症増加など)の存在によって悪化することがある。
 ・将来の脆弱性は、気候変化だけでなく、開発の経路にも依存する。(IPCCの検討では、開発シナリオによって脆弱性が異なり、影響を受ける人口が変化するとの結果が得られている。)
 ・「持続可能な開発」は気候変化に対する脆弱性を低減することができるが、一方、気候変化が進むと持続可能な開発の経路を達成するための国家的能力が低下する可能性がある。
 ・影響の多くは、緩和策によって、回避、減少又は遅延させることができる。
 ・適応策と緩和策のポートフォリオにより、気候変化に伴うリスクを低減することができる。(最も厳しい緩和努力を行っても、今後数十年間は気候変化の影響増加を回避することができないため、適応策は、特に短期的影響に対処するため不可欠である。)
5.系統的な観測及び研究のニーズ
 第2作業部会のSPMは、今後の課題に関連して、以下のように報告を結んでいる。気候変化の影響と適応ポテンシャルに関する科学は第3次報告以来向上してきたが、今なお多くの重要な問題が未解決である。このため、第2作業部会の報告書本編の各章では、今後の観測及び調査に際して優先的に取り組むべき事項に関する判断がまとめられており、これらの助言を真剣に考慮すべきである。
<図/表>
表1 自然システムが地域的気候変化から受けている影響の観測結果
表1  自然システムが地域的気候変化から受けている影響の観測結果
表2 多くの物理システム及び生物システムの変化が人為的温暖化に関係することを示す証拠
表2  多くの物理システム及び生物システムの変化が人為的温暖化に関係することを示す証拠
表3 各システムの将来影響に関する知見
表3  各システムの将来影響に関する知見
表4 21世紀における地球平均気温上昇に応じた気候変化に伴って予測される世界的影響の事例
表4  21世紀における地球平均気温上昇に応じた気候変化に伴って予測される世界的影響の事例
図1 世界各地で観測された物理・生物システムの変化と温暖化の相関
図1  世界各地で観測された物理・生物システムの変化と温暖化の相関

<関連タイトル>
地球の温暖化問題 (01-08-05-01)
温室効果ガス (01-08-05-02)
気候変動に関する政府間パネル(IPCC) (01-08-05-07)
IPCC第三次評価報告書(2001年) (01-08-05-08)
IPCC第4次評価報告書の第1作業部会報告書の概要(2007年) (01-08-05-09)

<参考文献>
(1)Climate Change 2007:Impacts, Adaptation and Vulnerability, Working Group II Contribution to the Intergovernmental Panel on Climate Change, Fourth Assessment Report, Summary for Policymakers (April 2007)
(2)気候変動に関する政府間パネル,”気候変動2007、環境、適応、及び脆弱性”,IPCC第4次評価報告書に対する第2作業部会からの提案,承諾された政策決定者への要約,平成19年4月8日付け環境省仮訳、http://www.env.go.jp/earth/ipcc/4th/spm_interim-j.pdf
(3)IPCC第4次評価報告書、統合報告書、政策決定者向け要約、平成19年11月30日付、文部科学省・経済産業省・気象庁・環境省仮訳、http://www.env.go.jp/earth/ipcc/4th/interim-j.pdf
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