<本文>
ソ連崩壊後のロシア連邦では、1991年12月に「自然環境保護に関する法律」が制定され、放射性廃棄物の宇宙や海洋への投棄が禁止されることになったが、各地の港湾における放射性廃棄物処理機能の不備などから、低レベル放射性廃液の海中放出を直ちに完全停止するには至らなかった。こうした事情から、1993年のロンドン条約加盟国会議で、放射性廃棄物の海洋投棄の全面禁止決議が行われた際、ロシアはその受け入れを拒否した。しかし、その後、日本や北欧諸国などによる廃棄物管理是正に向けての支援活動が具体化したことにともない、ロシアの低レベル放射性廃液の海中放出は実態として停止している。
(1)放射性廃棄物の海洋投棄
放射性廃棄物の海洋投棄に関連する国際法としては、1972年にロンドンで調印された海洋汚染防止条約(いわゆるロンドン条約)があり、旧ソ連もこの条約に加盟している。当時のソ連国内では、1960年から海軍とソ連保健省を中心に放射性廃棄物の海洋投棄に関する規則が段階的に定められて運用されたが、海洋汚染防止上の配慮が優先されたものではなかった。ロンドン条約が旧ソ連で発効した1976年以降は、条約との整合を図ろうとする動きも多少あったが、本質的な改善措置はとられなかった。原子炉など高レベルの放射能を含む廃棄物の投棄の大半はロンドン条約発効前に行われたものであるが、ロンドン条約発効後も条約を無視した投棄が続けられた。
1992年にロシア政府は、旧ソ連による北極海域および極東海域における放射性廃棄物の海洋投棄に関する調査を実施し、その結果を「白書」としてまとめ、1993年4月に公表した(図1参照)。その後、1993年10月にも、日本海において液体放射性廃棄物の海洋投棄が実施された。こうした廃棄物の投棄は、原子力潜水艦(原潜)の保守・運航や、退役原潜の解体等に伴うもので、放射性液体廃棄物は1960年から、また低・中レベル固体廃棄物は1964年から継続的にこれらの海域に投棄されてきており、白書公表当時も一部の投棄は継続していた。低・中レベル固体廃棄物は、原潜等の修理工場等で発生したもので、通常は金属製コンテナに詰めた状態で投棄されていた。大型の廃棄物は特別なバージや老朽船の船倉等に詰め込んで沈められている。ロシア海軍は、原潜運行の支援機能の一部として、放射性廃液貯蔵・移送用のタンカーを何隻も持っており、放射性廃液は、港湾の施設からの放出のほかに、これらのタンカーから洋上で恒常的に海中に投棄されていた。
IAEAが1999年に発表した「海洋への放射性廃棄物処理の調査」(Inventory of radioactive waste disposals at sea)によれば、放射性廃棄物の最初の海洋投棄が1946年に報告されてから1993年までの48年間に14か国、80か所で合計約85PBq(2.3MCi)にもなる。表1は、大西洋、太平洋、北極海それぞれに投棄された放射能で、図2は、投棄された地域分布である。
(2)北極海域における海洋投棄の影響
北極海域への放射性廃棄物海洋投棄の影響については、1992年からノルウェーとロシアの専門家による合同調査が毎年行われているほか、1993年の白書公表を契機に、IAEAが北極海域国際評価プロジェクト(International Arctic Seas Assessment Project:IASAP)を設定し、4年間にわたる調査と評価を行った。調査の結果、有意な汚染は、原子炉など高レベルの廃棄物が投棄された区域の周辺に限定されており、バレンツ海やカラ海の平均的な汚染は、バックグラウンドに比べ無視できるが、原子炉などが廃棄されたノバヤゼムリヤ島のフィヨルド周辺は十分な管理と継続的な監視が必要とされた。北極海域におけるロシア海軍基地や造船所における放射性廃棄物管理機能の強化や、後述の退役原潜の解体に関しては、1994年頃から米国、ノルウェー、EUなどによる幾つかの国際共同支援プロジェクトが進行している。これらの支援には、原潜解体のための設備供与、港湾における放射性廃液処理施設の近代化、原潜使用済燃料のマヤーク(Mayak)再処理工場への移送用キャスク、およびそれらの長期地上保管用キャスクの建造などが含まれる。
(3)極東海域における海洋投棄の影響とわが国の対応
旧ソ連およびロシアは放射性廃棄物を日本海およびカムチャツカ半島沖の極東海域で投棄していた。1966年から1992年にかけて、水深1,100mから3,700mの海域に、放射性液体廃棄物455TBq、放射性固体廃棄物252TBqを投棄したことが1993年4月にロシア政府から公表された「ヤブロコフ白書」で報じられて以来、わが国においては科学技術庁(現文部科学省)が中心となり、関係省庁等の協力を得て、日本周辺における放射能調査を継続して行っている。極東海域の放射性廃棄物海洋投棄の影響については、当時の科学技術庁に組織された放射能対策本部が、1993年10月から11月にかけ、海上保安庁、気象庁、水産庁の協力を得て、日本海の海洋環境放射能調査を実施した。また1994年と1995年には2回にわたり、IAEAの協力を得て日本・韓国・ロシア三国による共同海洋調査が実施された。これらのいずれの調査においても、従来の日本海周辺海域の放射能測定データと比べ特段の異常は認められなかった。また、1993年10月に日露核兵器廃棄協力に関する協定が締結され、日露非核化協力の最初の事業として、ウラジオストック周辺における放射性廃棄物管理体制強化のため、わが国が低レベル放射性廃液処理施設を建設し、この処理施設は「すずらん号」(図3参照)と名づけられ、曳航式のバージに搭載されており、年間7,000m3の処理能力を持ち、極東における液体放射性廃棄物の海洋投棄を将来にわたって防止する上で十分な処理能力を備えている。2000年4月に試運転を終え、2001年11月正式にロシア政府に引き渡している。現在はウラジオストック対岸のボリショイカーメニ湾にあるズヴェズダ造船所(原潜解体工場がある)の埠頭に繋留され、原潜解体で生じた放射性廃液の処理に使用されており、2001年から3年間の運転で低レベル放射性廃液約2,500m3の廃液が処理されている。わが国はこの他に2003年から極東ロシアにおける原潜解体「希望の星」支援を決め、使用済燃料の貯蔵施設の建設や、原潜解体等に資金を提供することになっている。2004年12月には事業費7億9千万円を拠出したビクターIII級1隻の解体が完了した。
海洋投棄ではないが、原潜が絡む海洋汚染の問題として、原潜の事故に伴う汚染の問題がある。そのため、日本原子力研究開発機構(元日本原子力研究所)は、原子力事故時の放射性物質の大気拡散予測システムSPEEDIとその世界版WSPEEDIを開発し、グローバルな実際的検証を行ってきた。さらに、大気・陸域・海洋における様々な環境数値モデル開発と環境影響研究の母体となるソフトウエア「SPEEDI−MP」を開発し、海洋環境汚染のシミュレーションとして日本近海(対馬海峡)で原潜が事故により沈没したと想定し、日本近海での汚染の拡散状況を調べている。
(4)退役原子力潜水艦の解体と廃棄
ロシアは1950年代末から冷戦終結にいたるまでの旧ソ連時代に240隻を上まわる原子力潜水艦(原潜)を建造した。その2/3はムルマンスクを中心にコラ半島一帯に基地を持つ北洋艦隊に配備され、1/3はウラジオストック周辺やカムチャッカ半島に基地を持つ太平洋艦隊に配備された。ロシアの原潜の型式は、初期のものから、最新のものまで、時代的に4世代に分類でき、第1世代のものは全て、また第2世代のものも大半がすでに耐用年数を過ぎ退役している。
2002年のG8首脳声明で、G8およびノルウェー、オランダ、スイス、スウェーデンなど20か国は、2012年までの10年間でロシアを対象に不拡散、軍縮、テロ対策、環境保全を含む原子力安全について資金の援助を約束している。この支援により、これまで195隻あったといわれる退役原潜のうち174隻の解体が近く完了する。北西地域では、119隻のうち109隻が解体完了または解体中であり、極東地域でも76隻のうち65隻の解体が完了する予定で、残りの11隻も2010年までに全てが解体される見通しである。
(5)原子力潜水艦解体に対するわが国の対応
2002年9月にウラジオストックで開かれた原潜解体に関する国際会議では、極東の太平洋艦隊が保有する退役原潜のうち42隻が燃料を装荷したままであることが報告された。ロシア側は、この問題の早期解決に向け、使用済燃料貯蔵施設の新設、解体原子炉容器の長期保管施設建設、使用済燃料のマヤーク再処理工場への輸送のための鉄道線路補強などの構想を示したが、実現のための最大課題は資金調達問題であるとしている。極東地域における老朽原潜の繋留保管長期化は、核拡散の観点からの懸念に加え、環境汚染防止の観点からも、わが国としても無視しがたい重要問題である。こうした観点からわが国は1999年から極東ロシアの原潜解体(図4参照)を支援することにし、2002年6月にカナダのカナナスキスで開催された先進8か国首脳会議(G−8)や2003年1月の小泉首相のロシア訪問でもこうした分野での財政支援強化を表明している。また、退役原潜の解体事業支援として、原潜の原子炉区画部分を半永久的に陸上で保管する大型施設を建設する決定を2007年1月行うとともに、放射線影響評価システムの支援を目指している。日本としては、むつ解体などの経験をふまえ、技術的支援を行う能力を有するものの、対象が核兵器を搭載する原潜という機微な軍事技術であるため、ロシア側に一定の線を越えて技術的に踏み込むことができないことから、こうした財政支援をいかに実効のあるものにするかについては難しい課題を抱えている。
(注)米国では累積で190隻近い原潜が建造されたが、海軍はShip/Submarine Recycling Program(SRP計画)と呼ぶ解体処理計画を持っており、原潜については就役25年以上を経過すると退役させ、解体処理する。解体処理用には、シアトル対岸のブレマートンに専用の海軍工廠(ピュージェット・サウンド海軍工廠)を持っており、解体後の原子炉容器は密閉後バージに載せてコロンビア川をさかのぼり、ハンフォードの処分場に埋設処分している。
(前回更新:2005年12月)<図/表>
<関連タイトル> 欧米諸国の放射性廃棄物海洋投棄 (05-01-03-22) 旧ソ連・ロシアの放射性廃棄物海洋投棄による水産物中の放射能調査 (09-01-03-07) 日本海における放射性核種移行の解明 (09-01-03-11) <参考文献>
(1)日本学術会議:18期荒廃した生活環境の先端技術による回復研究連絡委員会報告、放射性物質による環境汚染の予防と環境の回復、2003年5月
(2)日本学術会議:19期荒廃した生活環境の先端技術による回復研究連絡委員会報告、放射性物質による環境汚染の予防と環境の回復に関する研究の推進、2005年3月
(3)D.Bradley:”Behind the Nuclear Curtain:Radioactive Waste Management in the Former Soviet Union”,Battelle Press.(1997)
(4)T.Kobayashi et al.:Estimates of Collective Doses from a Hypothetical Accident of a Nuclear Submarine,J.Nucl.Sci.Technol.,vol.38(2001)
(5)天野光ほか:極東の放射性廃棄物投棄海域における環境放射能調査、第1回日韓露共同海洋調査における原研の調査、JAERI−Research 96−049、1996年10月
(6)外川織彦ほか:北太平洋とその周辺海洋の放射性廃棄物投棄海域における海洋放射能調査、第2回日韓露共同海洋調査における原研の調査、JAERI−Research 98−062、1998年10月
(7)植松邦彦:ロシア北方艦隊退役原子力潜水艦解体事業調査報告書、日本原子力産業会議、2003年6月
(8)IAEA:Inventory of accidents and losses at sea involving radioactive material,IAEA−TECDOC−1242,Sept.2001
(9)IAEA:Inventory of radioactive waste disposals at sea,IAEA−TECDOC−1105,August 1999
(10)外務省:わかる国際情勢 Vol.11、ロシア極東退役原潜解体協力事業
(11)外務省:ロシア退役原潜解体協力事業「希望の星」、平成21年1月29日、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/kyuso/star_of_hope.html
(12)原子力委員会:国内外の原子力開発利用の状況、原子力白書2006年