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<概要>
 日本原子力研究開発機構(原子力機構)は、日本海における海水循環および放射性核種移行を解明するために、日本海の日露双方の排他的経済水域での海洋調査を10年に渡って実施してきた。原子力機構による日本海海洋調査は、1994年と1995年における日韓露共同海洋調査へ参加することで始まった。18回に及ぶ海洋調査を通じて、現時点で調査可能な日本海の全域をほぼ網羅することができた。この結果、日本海の人工放射性核種分布マップを作成するとともに、放射性核種の移行過程を概観することができた。さらに、日本海の海水循環および海洋学的特徴に関する結果も取得した。ここでは、原子力機構による日本海海洋調査で得られた放射性核種移行に関する代表的かつ重要な結果を解説する。
<更新年月>
2007年12月   

<本文>
1.日本海海洋調査の経緯
 日本原子力研究開発機構(原子力機構)における日本海海洋調査は、1994年と1995年に実施された第1回および第2回日韓露共同海洋調査へ参加することに始まった。1993年にロシア政府から公表された「Yablokov白書」によって、旧ソビエト連邦とロシア共和国が日本海およびその周辺海域に放射性廃棄物を投棄していたことが明らかになったため、投棄された放射性廃棄物による影響の状況を調査することが共同海洋調査の目的であった。調査の結果、投棄海域の海水および海底土で検出された人工放射性核種は、投棄海域外のデータおよび大量投棄(1986年)以前のデータと比較することにより、核実験フォールアウトに起因するものであり、人体に影響のない濃度レベルであることが確認された。
 その後、原子力機構は、むつ事業所を拠点として、日本海における人工放射性核種濃度レベルの現状把握および海水循環・物質移行のプロセス解明を目的として、日本海海洋調査を実施した。従来の調査研究は局地的あるいは地域的なものであり、その結果を解釈するために日本海全体の情報が必要とされていたが、日本海は、日本、韓国、ロシアおよび北朝鮮という4か国の排他的経済水域(EEZ:Exclusive Economic Zone)がお互いに接し、他国のEEZ内において海洋調査を実施することは非常に困難(または不可能)であった。この困難を克服するため、日本海の大部分を占める日本とロシアのEEZを対象とし、日本側EEZとロシア側EEZに分割して、基本的には同一年に同一調査線で2回の調査を実施し、両調査で得られた観測・分析データを併せて解析する方法を採用した。
 これまで実施が困難であったロシア側EEZ内調査については、国際科学技術センター(ISTC:International Science and Technology Center)の枠組みを有効に活用することにより、そのパートナープロジェクトの下でロシア極東水理気象研究所(FERHRI:Far Eastern Regional Hydrometeorological Research Institute)と協力して実施した(1999年から2002年まで4回実施)。ISTC海洋調査は、ロシア側EEZ内で近年実施されたわが国唯一の海洋放射能調査であった。また、ISTC海洋調査と並行して、旧科学技術庁/文部科学省からの受託調査(1996年から2002年まで7回実施)、北海道大学・九州大学との共同研究(1999年度から2002年度まで4回実施)および旧日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)独自航海(1999年に1回実施)により、日本側EEZ内の調査も実施した。図1に示すように、これまで実施した18回に及ぶ海洋調査によって、現時点で調査可能な日露双方のEEZをほぼ網羅することができた。
2.日本海海洋調査の成果
 本調査で得られた海洋試料分析および海洋データ解析の結果、日本海の人工放射性核種分布マップを初めて作成するとともに、日本海における放射性核種や金属元素の移行の特徴を解明した。また、海水循環や海洋学的特徴に関する成果も得られた。以下に、日本海海洋調査で得られた放射性核種移行に関する代表的かつ重要な研究成果を示す。
(1)海水中の放射性核種濃度
 90Srの海域平均濃度(以下、RAC:Region-Averaged Concentrationと略す)の鉛直分布を図2に示す。一般に、主に溶存状で存在する90Srの海水中鉛直分布は、表層付近で最大値となり、深度とともに指数関数的に減少する傾向を示す(137Csも同様)。これは海洋表層に供給された放射性核種が、主として拡散的な運動によって深層へ輸送されることを示唆している。日本海におけるRAC(図中のJS)でもこのような分布となっており、北緯40度以北と以南では本質的な差は見られなかった。さらに、西部北太平洋におけるRAC(図中のPac:他機関による分析データ)と比較すると、興味深い特徴が明らかになった。日本海の表層濃度は西部北太平洋の赤道海域および亜熱帯海域の表層濃度と同程度であるため、日本海の表層濃度は、主として対馬暖流によって輸送される赤道・亜熱帯太平洋や東シナ海の表層水に源を持つと考えられる。これに対して、約500mより深い中・深層では、日本海の濃度が西部北太平洋の値より高くなっている。これは、冬期間の海水の沈み込みによる、放射性核種濃度の比較的高い表層海水の中・深層への輸送が、日本海では西部北太平洋に比べて効率的に行われているためであると推測される。日本海の海洋構造や地形的特徴がこの違いの生じる要因となっているであろう。
 中・深層における137Csインベントリ(単位面積当たりの核種存在量)の分布を図3に示す。これは、表層(約5m深)から海底上約100m深までの海水中137Cs濃度の鉛直分布データに基づいて、中層(300m深)から深層(1,500m深)までの核種存在量を計算したものである。137Csインベントリには、日本海南東部の大和海盆より日本海盆北西部の方が高い傾向が見られる。また、高インベントリ域が北西部から大和堆を東側へ迂回して大和海盆へ舌状に達している様子が伺える。この高インベントリ域の張り出しは、日本海盆のロシア・ウラジオストック沖における冬期冷却による表層海水の中・深層への沈み込み、大和堆に沿った東側海域への移流、そして大和堆を迂回して大和海盆北端への到達という水塊の移行に関する、これまでの海洋物理観測や3次元海洋循環モデルを用いた数値シミュレーション推定による知見と一致するものである。また、上述のような海域による差はあるものの、日本海における平均的な137Csインベントリは同深度帯の西部北太平洋の亜熱帯海域における値と比較すると20〜40%程度高く、日本海の海洋構造に関連付けられる鉛直輸送効率が西部北太平洋におけるそれに勝ることが原因であると考えられる。
 以上のように、日本海の海水における放射性核種濃度およびインベントリの分布は、海域および水深によって差が見られ、海盆毎で異なる特徴を示した。また、日本海におけるこれらの特徴は西部北太平洋におけるそれとは異なるものであった。このような独特な分布の形成には、日本海特有の水塊形成や海水循環が影響を及ぼし、特に冬期冷却による表層海水の沈み込みが重要な役割を果たしていると考えられる。
(2)海底土中の放射性核種濃度
 海底土中の239+240Puインベントリの分布を図4に示す。インベントリは表面から約15cm深までの単位面積(1m2)当りの核種存在量を表す。日本海盆の北西部における239+240Puインベントリは、4.8±4.3Bq/m2であった。この海域では、ほとんどの調査地点で有意な値が観測され、そのばらつきは大和海盆に比べて小さかった。日本海盆での比較的均一なインベントリ分布は、この海域における深層循環の影響によると考えられる。日本海盆北西部における放射性廃棄物の投棄海域とその他の海域との間には、インベントリの有意な差は見られなかった。
 一方、大和海盆における239+240Puインベントリは16±25Bq/m2であった。一部の調査地点では検出下限値以下であったが、その一方で南東部(新潟沖および能登半島沖:調査地点C5(北緯38度41分、東経137度42分)およびD5(北緯37度9分、東経136度14分))の2点では局所的に大きなインベントリが観測された。最も大きな239+240Puインベントリは能登半島沖海域(調査地点D5)で観測され、その値は68Bq/m2であった。調査地点D5の水深は359mであるのに対して、調査地点C5の水深は2,330mであり、海底土中のインベントリと調査地点の水深の間に明確な相関関係は見られなかった。大和海盆に見られる不均一な分布と局地的に大きな値は、この海域において支配的な表層海流である対馬暖流による粒子状物質の水平輸送と除去過程、そして急峻な変化を示す海底地形が影響していると考えられる。
 海底土中の放射性核種の起源と輸送過程を推定するため、海底土におけ239+240Pu/137Cs比の分布を調べた。図5に示すように、日本海北西部における核種比は核実験起源の値(0.03)と同程度であるが、南部海域における核種比はそれより大きく、対馬暖流に沿って大和海盆を北へ進むに従って小さくなる傾向が見られた。PuはCsより懸濁粒子への吸着性が高いので、南部海域における人工放射性核種の移行プロセスは、亜熱帯海域を起源とする溶存態Puが対馬暖流によって日本海に供給されて南部海域に沈降したか、Puが吸着した懸濁粒子が対馬暖流によって東シナ海から輸送されたと推定される。
 以上のように、日本海の海底土における放射性核種濃度およびインベントリの分布は、海水中データと同様に、海域によって差が見られ、海盆毎、特に南北で異なる特徴を呈した。北部海域における放射性核種のインベントリおよびインベントリ比の分布は比較的均一であり、地球規模のフォールアウトの兆候を示した。一方南部海域では、放射性核種のインベントリ比は著しい緯度変化を呈した。放射性核種の分布を決定する主たる要因として、北部海域では深層循環による輸送が提案され、南部海域では対馬暖水による水平輸送と効率的な除去が提案された。これらの知見から、日本海の海底土における人工放射性核種の分布は、放射性廃棄物の投棄などの人為的な事象の歴史に起因するものではなく、この海洋における生物化学的および物理的過程を反映したものであると要約することができた。
用語解説:「同一調査線」とは、海洋調査を行う線(観測線または測線と呼ぶ)を表している。例えば、東経133度30分の経度線を指す。海洋調査では、このような特定の経度線を対象として、その線上にいくつかの観測点を設定し、調査を行う。
<図/表>
図1 原子力機構が実施/参加した日本海海洋調査の調査地点(2回の日韓露共同海洋調査は除く)
図1  原子力機構が実施/参加した日本海海洋調査の調査地点(2回の日韓露共同海洋調査は除く)
図2
図2
図3 日本海海水の中・深層における
図3  日本海海水の中・深層における
図4 日本海海底土中の
図4  日本海海底土中の
図5 日本海海底土における
図5  日本海海底土における

<関連タイトル>
放射能の河川、湖沼、海洋での拡散と移行 (09-01-03-05)
海洋環境における放射性核種の移行挙動 (09-01-03-10)

<参考文献>
(1)O.Togawa,T.Ito and S.Otosaka:Transport processes of radionuclides in the Japan Sea obtained by JAEA’s expeditions,Jpn. J. Health Phys.,42[3],234-246(2007)
(2)外川織彦:日本海における放射性核種移行の解明、Isotope News、2007年1月号、No.633、19-22(2007)
(3)Togawa,O.,T.Ito,T.Kobayashi,S.Otosaka and T.Suzuki(eds.):Japan Sea expeditions for studies on water circulation and transport processes of radionuclides,JAEA-Research 2006-004(2006)
(4)Ito,T.,T.Aramaki,T.Kitamura,S.Otosaka,T.Suzuki,O.Togawa,T.Kobayashi,T.Senjyu,E.L. Chaykovskaya,E.V. Karasev,T.S. Lishavskaya,V.P. Novichkov,A.V. Tkalin,A.F. Scherbinin and Yu.N. Volkov:Anthropogenic radionuclides in the Japan Sea: Their distributions and transport processes,J. Environ. Radioac.,68,249-267(2003)
(5)Ito,T.,T.Aramaki,S.Otosaka,T.Suzuki,O.Togawa,T.Kobayashi,H.Kawamura,H.Amano,T.Senjyu,E.L. Chaykovskaya,T.S. Lishavskaya,E.V. Karasev,V.P. Novichkov,A.F. Scherbinin,A.V. Tkalin and Y.N. Volkov;Anthropogenic radionuclides in seawater of the Japan Sea: The results of recent observations and the temporal change of concentrations,J. Nucl. Sci. Technol.,42[1],90-100(2005)
(6)Otosaka,S.,H.Amano,T.Ito,H.Kawamura,T.Kobayashi,T.Suzuki,O.Togawa,E.L. Chaykovskaya,T.S. Lishavskaya,V.P. Novichkov,E.V. Karasev,A.V. Tkalin and Y.N. Volkov:Anthropogenic radionuclides in sediment in the Japan Sea: distribution and transport processes of particulate radionuclides,J. Environ. Radioac.,91,128-145(2006)
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