<本文>
化石燃料の燃焼等に伴い、硫黄酸化物(SO
x)、窒素酸化物(NO
x)等が大気中に放出され、雲や雨滴に溶解して雨が酸性化し、地表面に降下する事により、森林の破壊、魚介類の死滅、文化財・建造物への被害が生じる
酸性雨問題が深刻となってきている。そこで、科学技術政策研究所は、地球環境影響物質の排出量推計を行った。
1.地球環境影響物質の排出量推計の設定条件
アジア各国の2000、2010年のエネルギー消費に伴う地球環境影響物質(SO
x、NO
x、CO
2)排出量を推計することにより、地球環境への負荷の見通しを把握し、地球・環境への負荷を軽減する要因について検討する基礎資料とするため、環境対策について次の3ケースを想定し、アジア地域におけるエネルギー消費の予測における2ケースに対し
表1に示す組み合わせで将来の排出量を推計した。
・ケースA:現状固定ケース
現状のままで推移し、今後新たな環境対策が実施されないことを想定したケース
・ケースB:対策普及ケース
各国の国情に見合った環境対策が普及・実施されたことを想定したケース
・ケースC:日本並ケース
2000年、2010年において、現在の日本で行われている環境対策がアジアの全ての国で実施されたことを想定したケース
ケースAでは、エネルギー需要の増大に伴い、地球環境への負荷は更に増大していくことが見込まれる。これは、現在の技術水準で実施可能な範囲で環境対策が普及(ケースB)し、または日本と同等の環境対策が行われた場合(ケースC)に、
環境負荷にどう影響するのかを把握するための比較資料とする。
2.NO
x排出量の推計方法
国別NO
x排出量の推計は、エネルギーの利用形態によって排出量も異なってくることから、27燃料種類、17消費部門(
表2参照)別に推計することとした。各ケース毎に燃料単位消費量当たりの排出量(
排出係数)を設定し、燃料消費量との積により排出量を推計した。なお、各エネルギー消費量は予測値(4燃料分類、12消費部門)をトレンドによる比率で、さらに細分して用いている。
(1)ケースAにおける排出係数の設定
本ケースは、環境対策等において改善がなされないケースであり、1987年時点における排出係数をそのまま使用する。ただし、日本については、現状においてかなりの環境対策等が実施されていることから、将来においても同程度の環境対策等が行われているものと考え、独自の排出係数を使用する。ここで設定したNO
x排出係数を、
表3に示す。
(2)ケースBにおける排出係数の設定
本ケースは、各国の実情に応じた環境対策が行われることを想定したケースである。排出基準又は環境対策の普及率等の国別、エネルギー消費部門別の想定を基に排出係数を設定した。日本については、現状においてかなりの環境対策等が実施されていることから、将来においても同程度の環境対策等が行われているものと考え、他のアジア各国とは異なる排出係数を使用した。
(3)ケースCにおける排出係数の設定
本ケースは、各国とも日本の現状並みに環境対策が進行すると想定するケースであり、日本の現状(1987年)の排出係数を適用する。ここで想定したNO
xの排出係数を
表4に示す。
3.NO
x排出量の推計結果
アジア地域の2000年、2010年におけるNO
x排出量について、
表2の組み合わせに基づく推計結果を以下に述べる。なお、各々のケースは以下のとおり記述する。
1-A:特段の省エネルギーは見込まない、新たな環境対策は行わない。
1-B:特段の省エネルギーは見込まない、新たな環境対策を行う。
2-A:省エネルギー等の進展を見込む、新たな環境対策は行わない。
2-B:省エネルギー等の進展を見込む、新たな環境対策を行う。
2-C:省エネルギー等の進展を見込む、日本並の環境対策を行う。
(1)NO
x排出量の地域別将来動向
表5、
表6、
表7に各ケース毎にアジア各国及び中国、インド国内の地域別NO
x排出量の推計結果を示した。1987年におけるNO
x総排出量は15.5百万tと推計されているが、その後の推移(2000年、2010年)について各々のケースの推計結果をみる。
a.ケース1-A:このケースでは、NO
xの排出量が2000年26.0百万t、2010年37.0百万tと対1987年比で1.7、2.4倍となり、また年平均伸び率は4.1%、3.6%と増加している。2000年を各国別にみると、大きいシェア順に中国、インド、日本、韓国、インドネシアとなり、これら上位5か国のアジア全体の81.9%を占める。2010年も同様に上位5か国に変化はないが、全体に占めるシェアは80.3%とやや低下する。なお、年平均伸び率は、1987年〜2000年で台湾、マレーシア、シンガポール、韓国が9.1〜7.4%、2000年〜2010年でタイ、台湾、マレーシアが6.5〜5.8%高くなっており、工業化の進んでいるNIES、ASEAN等の国において極めて高い伸びを示している。
b.ケース1-B:このケースでは、NO
x排出量が2000年24.0百万t、2010年33.3百万tとケース1-Aと比較して排出量は概ね8〜10%低減され、対1987年比で1.6、2.2倍、年平均伸び率は3.4%、3.3%と低下がみられる。年平均伸び率の高い国は、韓国、台湾、マレーシア等でケース1-Cと同様の傾向である。
c.ケース2-A:このケースでは、NO
x排出量が2000年21.3百万t、2010年25.2百万tと省エネルギー等の効果が反映された値となっている。同じ環境対策を想定したケース1-Aに比べて、20〜30%低減されている。対1987年比で1.4、1.6倍となり、また年平均伸び率では2.5%、1.7%と緩くなっている。また、各国別には、ケース1-Aとほぼ同様のシェア構成となっており、中国、インド、日本、韓国、インドネシアと続き、これら上位5か国で81.6%、80.5%のシェアを占めている。
d.ケース2-B:このケースでは、NO
x排出量が2000年19.7百万t、2010年22.8百万tとなり、対1987年比1.3、1.5倍に、年平均伸び率では1.9%、1.5%とより増加の速度は小さくなっている。同じエネルギーを前提とするケース1-Bとの比較で20〜30%の、同じ環境対策を前提とするケース2-Aとの比較で8〜10%の削減となっており、また、何の対策も講じないケース1-Aとの比較では25〜40%の削減となっている。
e.ケース2-C:このケースでは、NO
x排出量が2000年15.0百万t、2010年17.8百万tとなり、対1987年比1.0、1.2倍に、年平均伸び率では−0.2%、1.7%となっている。SO
xの場合にはケース2-Aとの比較において70%を超える削減となるのに対し、NO
xでは30%にすぎず、SO
xのような劇的な効果は現われていない。
(2)エネルギー源別にみたNO
x排出量の将来動向
図1にエネルギー源別アジア地域全体のNO
x排出量を示した。
1987年の排出量は15.5百万トンで、その排出源別のシェアは石炭55.9%、石油34.7%、ガス1.2%、植物性燃料8.3%であった。その後、2000年、2010年での大きな変化は、石炭からの排出量のシェアが減少し、石油のシェアが増加していることである。1987年に対して石炭はA群のケースで8〜9%、B群で3〜5%減少し、石油ではA群で8〜10%、B群で4〜6%シェアが増加している。エネルギー消費量では、石油のシェアが減少しているにもかかわらず石油からのNO
x排出量のシェアが増加しているのは、石油の消費が最も負荷の高い輪送部門、それも道路輪送での伸び率が大きいため、伸び率の小さい石炭や植物性燃料のシェアが相対的に減少していることによる。
(3)部門別にみたNO
x排出量の将来動向
図2にエネルギー消費部門別にみたアジア地域全体のNO
x排出量を示した。
1987年のNO
x排出量は15.5百万tでエネルギー転換部門31.0%、産業部門30.2%、輸送部門25.3%、その他部門13.5%となっている。NO
xの場合にはSO
xに比べて、部門間のシェア変動が大きくなっている。2000年において、産業部門はA群のケースで5%程度、B群で3%程度、その他部門でも1〜3%程度1987年よりも減少し、輸送部門がA群で8%、B群で5%程度増加している。ケース2-Cでは、エネルギー消費量は1割のシェアにすぎない輸送部門が、概ね3割と最大のシェアを占めている。また、ケース2-Aに対し発電部門ではSO
x削減率は90%に達しているのに対し、NO
xでは35%にすぎない。
4.大気汚染
(1)中国
都市の大気汚染の悪化傾向は幾分和らぎ、一部では状況は改善されたが、全体としては依然として深刻である。主要汚染物は全浮遊粒子状物質(TSP)やPM10の粒子状物質であるが、一部の地域では二酸化硫黄(SO
2)も大きな要因である。人口、自動車数が多い都市域においては、二酸化窒素(NO
2)濃度が高い。二酸化硫黄(SO
2)や煤塵の排出源は産業系が80%以上を占め、民生系は20%以下である。国家経済と自動車産業の成長に伴い、自動車排ガスによる都市の大気汚染は深刻化している。北京には約200万台の自動車があって、二酸化窒素(NO
2)の82.5%、窒素酸化物(NO
x)の41%を排出している。バス及びタクシーの自動車に占める割合は10%に過ぎないが、これらからの排ガス量は30%以上を占める。
酸性雨でpH5.6以下となる都市は大河川の南側とチベット高原東部との間の広大なエリアと四川省に主に分布する。中国の中央部、南部、南西部及び東部は依然として、深刻な汚染地域であり、北部は一部の地域のみで酸性雨が見られる。酸性雨の範囲と頻度は変動がなく、その範囲は国土の約30%を占める。
(2)インド
都市部の大気汚染は危険なレベルまで悪化し、世界保健機構の統計によれば、デリーは世界の大都市の中で4番目に汚染された都市であり、またインドでは合計6つの大都市が深刻な大気汚染に悩まされている。これらの都市においてSPMの年平均濃度がWHOの基準の最低でも3倍を超えている。デリー(Delhi),カルカッタ(Calcutta)、カンプール(Kanpur)においては、SPM濃度の年平均がWHOの基準の5倍以上である。他方、硫黄酸化物SO
xと窒素酸化物NO
xは、基準値より低いと報告されている。
長期間にわたる観測データによると、中央公害対策委員会(CPCB)は、問題地域が24あるとしている。国中の都市部における大気の状態は、排出ガスや粒子の濃度が低中高及び深刻な状態によって分類される。世界銀行の研究によれば、都市部において人口と大気汚染の程度に相関は見られない。
多くの中規模の都市も巨大都市と同じ程度の大気汚染の問題を抱えている。大気汚染の増加は、様々な経済活動、特に工業や自動のエネルギー(燃料)消費の増加が直接の原因である。
<図/表>
<関連タイトル>
アジア地域におけるエネルギー消費の予測(1993年科学技術政策研究所) (01-07-02-02)
アジア地域におけるCO2排出量の予測(科学技術政策研究所) (01-08-01-10)
アジア地域におけるSOx排出量の予測(科学技術政策研究所) (01-08-01-12)
アジア・太平洋地域における環境問題の特殊性 (01-08-04-02)
<参考文献>
(1)科学技術政策研究所:アジア地域のエネルギー利用と環境予測、大蔵省印刷局(1993年6月18日)
(2)通商産業省:エネルギー‘97、電力新報社(1997年10月10日)
(3)国際協力事業団:国別環境情報整備調査報告書,
(4)国際協力事業団:国別環境情報整備調査報告書(中国),
(5)国際協力事業団:国別環境情報整備調査報告書(インド国),
(6)EIA:International Energy Outlook 2003 Environmental Issues and World Energy Use,
(7)EIA:International Energy Outlook 2003,Coal,
(8)国際協力銀行:中国重慶市における温暖化防止・大気汚染防止のための天然ガス転換・普及に係る調査 平成13年度,