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1.アジアのエネルギー概況
世界の人口は1999年に60億人を突破し2050年には90億人強と予測されており、人口の増加はエネルギーの確保にも大きな影響を及ぼす。人口増加率が大きいのはアジア、アフリカ、中東などで、このうちアジアは世界人口の約56%を占め、なかでも中国は現在の13億人から2030年には15億人に達する見込みである。アジア全体でも同年には48億人に達すると予測されている。世界の成長センターとも言われ経済成長を遂げたアジアは、1997年のアジア通貨危機で一時的な減速がみられたものの1999年には急速に回復し、中長期的には着実な成長が予想されている。これに伴い将来的にはエネルギー消費の大幅な増大が見込まれている。
1971から2003年にかけて世界の実質GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)は年平均4.1%で成長したのに対して、同じ期間の一次エネルギー消費は年平均2.5%で増大している。これに対し、日本を除くアジアの一次エネルギー消費は、同期間で世界平均の年平均伸び率の2.2倍に相当する5.6%で増加した。世界に占める一次エネルギー消費の地域別シェアでも、日本を除くアジアは21.8%へと拡大し、北米(米国、カナダ)の26.7%に次ぐ世界第2位のエネルギー消費消費地域となっている。しかし、人口1人当たりのエネルギー消費量ではアジアは先進諸国と比較してまだまだ低水準にあるため、今後さらに伸びる余地が大きいと考えられる(表1および表2)。主要国の一次エネルギー構成を図1に示す。
アジアを取り巻く地域協力の枠組みを図2に示す。 米国エネルギー省(DOE:Department of Energy)によると、2030年までの日本を除くアジア(中国、インド、韓国など)の経済は年平均4.9%で成長し、北米(米国、カナダ、メキシコ)の3.1%、西欧の2.1%、旧ソ連・東欧の3.9%を超え、今後も世界の成長センターになるものと見通している(表2)。また、アジアのエネルギー消費は2010年には北米とほぼ同等の世界の1/4を占め、日本を含めたアジアでは世界の約30%を占め、以降は世界最大のエネルギー消費地域となることが予測されている(表3)。 表4に示すように、アジアにおける部門別最終エネルギー消費の特徴は、産業部門の比率が大きいことである。産業部門における消費が最終エネルギー消費の半分以上を占めるのはアジアだけである。製造業がアジアの成長に貢献していることがわかる。運輸部門、民生部門でも消費量は拡大傾向を示している。また、アジアの電力消費の伸びは、アフリカ、中東とともに世界のどの地域の伸びをも上回っており、日本を除くアジアのエネルギー消費は2003年比で2010年には50%増、2020年には約2.0倍に増加し、電力は最も著しく伸びるものとされている。アジア地域におけるエネルギー源別発電電力量の見通しを図3に示す。IEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)によれば、国民総生産と電力需要の間には強い相関が認められている(<01−07−03−05>参照)。今後の経済成長によって、電力需要は着実に伸びるものと思われる。
アジア太平洋地域(APEC加盟国・地域、APEC:Asian−Pacific Economic Cooperation Conferenceアジア太平洋経済協力会議)においては、域内向け輪出額の全輪出額に占めるシェアが1990年の68.6%から1995年には73.0%に拡大するなど経済活動の相互依存関係を深めつつ経済成長が進展してきている。アジア地域(特に東アジア)は、1997年の通貨危機による一時的な経済成長の減速はみられたものの、輸出の増加、在庫調整の終了、個人消費の増加と近年のIT経済化[急速に発展する世界的なIT(Information Technology:情報通信技術)需要(IT需要:半導体やコンピュータなどを軸にした関連機器・サービスの需要)により、生産額・売上高、輸出額等が増加し、雇用が拡大し、経済成長につながること]の高まりが、緩やかな回復にとどまるとの見通しを覆し、1999年には急速に回復した。同地域の成長ポテンシャルは依然として高く、中長期的には元の経済成長過程に戻るとみられている。DOEの見通しも、そのような動向を予測している(表2)。
このような経済成長に伴い、アジアAPEC域内における最終エネルギー消費は1999年の石油換算15億36百万トン(MTOE:Million Tons of Oil Equivalent;石油換算百万トン)から2020年には26億24百万トンと年率2.6%で増加すると予測されている(表5)。
2.アジア主要国のエネルギー動向
人口、エネルギー、環境、経済問題を考える上で重要な中国、インド、インドネシア、タイ、韓国の5か国について、主としてエネルギー消費の視点から動向を概観する。 図4にアジアの主要国における一次エネルギー消費の推移を、表6に同主要国における一次エネルギー消費のGDP原単位を、表2に主要国・地域の経済成長見通しと一人当たり一次エネルギー消費を、表4に世界の地域別最終エネルギー消費の推移(部門別)示す。
中国の場合は、1980年代の一次エネルギー消費は年平均4.6%で成長し、2003年までの1990年代は年平均5.0%、1980年から2003年までは年平均4.5%で成長した。これに対し、OECD(Organization for Economic Cooperation and Development;経済協力開発機構)諸国はそれぞれ1%台であり、中国の一次エネルギー消費はOECD諸国を大きく上回っている。一次エネルギー消費のGDP原単位は、近年一貫して低下傾向にあり、多大の努力が認められるが、それでも日本に比較して7倍程度の値を示しており、改善の余地が大きい。1998年における最終エネルギー消費の部門別の比率は、産業、運輸、民生、それぞれ、58%、14%、24%である。
インドの場合は、2003年の一次エネルギー消費は、3億54百万トン(MTOE)でカナダ、ドイツと同程度である。2000年から2003年までの一次エネルギー消費は年平均1.4%で増加している。1980年から2003年までは年平均は5.9%の増加しており、それ以前と比較して格段に大きくなっている。1980年以降、工業化に力点を置いた政策に転換した効果と考えられる。一次エネルギー消費のGDP原単位は1995年まで一貫して上昇し高い値を示している。これは、鉄鋼、窯業、化学工業などのエネルギー多消費産業へのシフトが続いていることを示している。1998年における最終エネルギー消費の部門別の比率は、産業、運輸、民生、それぞれ、49%、25%、24%である。
インドネシアでは、2003年の一人当たり一次エネルギー消費は0.54トン石油換算トン/人で、日本の8分の1程度である。1980年代前半には、消費の伸びは鈍化したが、後半から増勢に転じている。前半には経済が構造不況期にあったが、後半には、食品加工、繊維産業の競争力の強化、銅・石炭等の石油以外の資源の輸出等で景気が回復したため、エネルギー消費が増加した。また、モータリゼーションの進展および家庭部門の消費の伸びが寄与していると思われる。一次エネルギー消費のGDP原単位は基本的には増加しており、鉄鋼業、窯業、石油輸送、化学工業などが寄与していると思われる。1998年における最終エネルギー消費の部門別の比率は、産業、運輸、民生、それぞれ、32%、36%、30%である。
タイの2003年の一次エネルギー消費は79百万トン(MTOE)で、1997年7月のタイ・バーツの切下げに端を発したアジア通貨・金融危機の影響から回復した。1人当たりの一次エネルギー消費は1.68石油換算トン/人で、日本の40%程度である。一次エネルギー消費のGDP原単位はかなり低い値であるが、2003年で日本の約5.6倍にあたる。鉄鋼、化学工業、窯業の寄与が大きいと思われる。1998年における最終エネルギー消費の部門別の比率は、産業、運輸、民生、それぞれ、31%、46%、21%である。
韓国の2003年における一次エネルギー消費は2億17百万トン(MTOE)で1997年からのアジア通貨・金融危機の影響から回復した。1990年から1997年までのOECD諸国の一次エネルギー消費は年平均1.6%の増加であったが、同期間で韓国は年平均8.5%の高い比率でエネルギー消費が増加している。一人当たりの一次エネルギー消費は4.54石油換算トン/人で、日本と同程度である。一次エネルギー消費のGDP原単位については、近年増加傾向にあるが、これは石油価格の低位安定とエネルギー多消費産業の消費が伸びたことによると思われる。1998年における最終エネルギー消費の部門別の比率は、産業、運輸、民生、それぞれ、45%、23%、29%である。
3.アジアのエネルギー供給
世界の一次エネルギー総供給構成は、かつての石油中心から多様化してきている。米国エネルギー省の世界のエネルギー需給見通し(International Energy Outlook 2006)によれば、2003年の構成比は石油38.5%、石炭23.9%、天然ガス23.6%、原子力6.3%、水力他7.8%である。2010年および2020年のエネルギー源構成では石油は現在より若干低下し約35%のシェアを占める見通しで、石炭、原子力はシェアを若干落とした分、天然ガスへの依存が高まり、水力他はほぼ横ばいの見通しである。2003年におけるアジアの一次エネルギー総供給の内訳は、石油38.6%、石炭41.3%、天然ガス11.0%、原子力3.9%、水力等5.8%の構成で、石炭の比率が高い。BP統計による2004年の主要国の一次エネルギー源別構成を図1に示した。
BP統計によれば、2005年の世界の原油生産量は日量81.1百万バーレルで、国別ではサウジアラビア(13.3%)、ロシア(12.1%)、米国(8.0%)、イラン(5.1%)がおもな生産国となっている。アジアでは、石油危機後(1980年以降)に石油依存度を低下させた先進諸国とは対照的に、石油依存度が上昇し、中国では石油消費量が年々増加している。
天然ガス貿易はパイプラインによる貿易と液化天然ガスによる貿易に分けられるが、北米、欧州地域はパイプラインによる貿易がほとんどであるのと対照的にアジア地域ではパイプライン網の未整備もあって全量LNG(Liquefied Natural Gas:液化天然ガス)による貿易となっている。日本は世界最大のLNG輸入国である。
アジアの力強い経済成長と家計所得の向上は、電力消費の増大を喚起させており、最近のアジアの電力生産量の伸びは世界のどの地域の伸びも上回っている。今後も経済成長に伴い電力消費の増大が見込まれている。一方、経済成長に伴い人流・物流が活発化するとともに自動車の普及も爆発的に進行し、石油消費の増大を招いている。アジアにおける自動車の保有台数はさらに増加を続けると見込まれる。エネルギー源別のアジア地域における発電電力量の見通しを図3に示した。
4.アジアの原子力発電−衰え見せぬアジアの原子力開発−
日本原子力産業会議(現日本原子力産業協会)の「世界の原子力発電開発の動向」(2005年12月31日現在)に関するプレスリリースによれば、2005年末現在、世界で運転中の原子力発電所は439基、建設中は36基、計画中は39基となった(表7)。
2005年に新たに営業運転を開始した原子力発電所は、日本の浜岡5号機(ABWR、138万kW)と東通1号機(BWR、110万kW)、韓国のウルチン6号機(PWR、110万kW)、インドのタラプール4号機(PHWR、54万kW)、ウクライナのフメルニツキ2号機(PWR、100万kW)、ロシアのカリーニン3号機(PWR、100万kW)の、5か国計6基で、このうち4基がアジアである。また、2000年以降の営業運転開始基数は合計30基(2,649万7000KW)に達し、アジアが19基(1,372万2000kW)で、世界全体の約52%を占めている。
また、2005年に新たに着工した8基は、韓国の新古里1、2号機(PWR、各100万kW)と新月城1、2号機(PWR、各100万kW)、中国のソンアナII期1号機(PWR、100万kW)、日本の島根3号機(ABWR、137万3000kW)、パキスタンのチャシュマ2号機(PWR、30万kW)、フィンランドのオルキルオト3号機(EPR=PWR、170kW)である。2005年に送電開始したのは日本の志賀2号機(ABWR、135万8000kW),臨界を達成したのは中国の田湾1号機(PWR、100万kW)である。
上記のとおり、アジア地域の原子力発電開発が順調に進んでいる状況が改めて確認された。新規に運転を開始した6基のうち4基をアジアが占めたことに加え、着工と計画入りした原子力発電所の基数もアジア地域がほぼ独占した。人口の増加、経済成長に伴うエネルギー消費の大幅増大が見込まれているアジアは、大筋において21世紀前半の原子力開発の中心になる可能性が大きい。<図/表>
<関連タイトル> 世界のエネルギー消費の展望 (01-07-03-05) 台湾のエネルギー資源、エネルギー需給、エネルギー政策 (14-02-04-01) インドネシアの原子力開発と原子力施設 (14-02-06-01) インドの国情およびエネルギー政策 (14-02-11-01) <参考文献>
(1)(財)日本エネルギー経済研究所計量分析部(編):EDMC/エネルギー・経済統計要覧(2001年版)、(財)省エネルギーセンター(2001年1月28日)p.167−214,p.216−219,p.225−226,p.229,p.298
(2)米国DOEホームページ Energy Information Administration,International
(3)BP社のホームページ statistical review of world energy 2006
(4)資源エネルギー庁(編):エネルギー2001、(株)電力新報社(2001年2月9日)p.25−30
(5)資源エネルギー庁長官官房総合政策課(編)、(財)日本エネルギー経済研究所計量分析部(協力):総合エネルギー統計平成12年度版、(株)通商産業研究社(2001年5月)p.406−407
(6)経済企画庁調査局(編集):アジア経済2000、大蔵省印刷局(2000年6月21日)p.1−29、同:アジア経済1997、同(1997年5月26日)p.28
(7)電気事業連合会(編・発行):図表で見るアジアとわが国のエネルギー(2000年3月)
(8)日刊工業プロダクション編集部:人口動向、アジアの経済成長が大きく影響、原子力eye(6月号)、Vol.47,No.6、p.10−11(2001年6月1日)
(9)(社)日本原子力産業協会のホームページ・プレスリリース(2006年4月1日)世界の原子力発電開発の動向(2005年12月31日現在)(http://www.jaif.or.jp/ja/news/2006/0401doukou.pdf)
(10)APERC(Asia Pacific Energy Research Centre)のホームページ
(11) 横堀 恵一:アジアとエネルギー市場、エネルギーレビュー、第18巻 第10号(通巻213号)、p12−14、(株)エネルギーレビューセンター(1998/10)
(12) 唐沢 敬:通貨危機とアジア−開発路線は変わるか?−、エネルギーレビュー、第18巻第10号(通巻213号)、p8−11
(13)APEC Energy Demand and Supply Outlook 2002,Asia Pacific Energy Research Centre,Tokyo,Sep 2002
(14)電気事業連合会ホームページ:原子力・エネルギー図面集